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 名和がこんな大がかりな計画を立ち上げた目的はただ一つ、殺人映像スナッフフィルムの作成だった。
 それを業界で共有し、教材としてもちいればよりリアリティのある演出、演技、また特殊効果を実現でき、それがいては映画全体のクオリティ向上に繋がり、従っておのずと彼がうれえるところの衰退しきった日本映画復活の起点になると本気で考えていたのだ。

 世界的な映画監督の常軌をいっしたこの構想は、証拠隠滅をおこたった共犯たちの通信記録からどうにか浮かび上がったもので、名和本人からは死後の家宅捜索によっても決して見えてこなかった。彼は決行を前に証拠となるものをことごとく、慎重に廃棄していたようだ。
 だから計画が破綻はたんし、彼が死んだ今となってはそのをどのような人種の、どれほどの人数と共有するつもりだったのか知るすべはない。もちろんその動機も、そして自殺の動機さえ。

 ただ少なくともその相手が共犯たちでないことは断言できた。
 彼らもまたオーディションで選ばれた面々だった。彼らはみなキャリアを積んでいるだけの売れない俳優か、あるいは昇格できない助監督たちだった。
 役割に応じてばらつきはあるが、彼らにはそれぞれかなりの報酬が支払われた。しかし何より彼らの動機となったのは、
「俺の映画で使ってやる」
 という名和の誘惑だった。そんな条件で彼らはあのような狂気の片棒をかついだのだ。
 そうした判断を、ひんすればどんするの弊習へいしゅうおちいったとあわれむべきか、欲望に屈したと非難するべきかは読者諸氏の判断にゆだねる。

 ただ田口だけは例外的に強姦の実行役を買って出たようだった。彼は濡れ場をりたくて俳優を志望したことを仲間に語ってはばからないような人物だったので、当然のといえるのかもしれなかった。
 しかしこちらも例外的に、彼だけが実行犯のうちで極刑きょっけいまぬかれたのは皮肉という他ない。あのあとで里香さんを絞殺こうさつする手筈てはずだったのに未遂に終わったからだ。
 裁判の結果彼が言い渡されたのは殺人幇助ほうじょ罪、殺人未遂罪および強制性交とう罪で計十七年の実刑判決である。
 彼はこれを不服として控訴こうそ上告じょうこくして最高裁まで争ったがいずれも棄却ききゃくされて求刑通りの判決が確定し、現在は都内にある刑務所で服役中である。

 共通点ならば被害者たちにも存在した。全員両親がいないか、あるいは養親ようしん継親ままおやがいても疎遠そえんだったり、不仲であった。
 たとえばある遺族は修復をた被害者の遺体の引き渡しにおいて、損壊そんかいが激しいことを理由に引き取りを拒否したのだが、実のところは彼のために葬儀代を捻出ねんしゅつすることをしんだためだった。

 これに加えて共通しているのは、全員が比較的立場の弱い人間という点である。六人ともモデルや俳優としてはまだ駆け出しで、さらに里香さんらの所属する事務所は小さく、残りのメンバーに至っては皆フリーランスだった。つまり社会的には犠牲になったところで何ら痛痒つうようを感じない人間であった。


 里香さんが取材を承諾する条件には私が五人の最期さいごを明かすことも含まれていた。私はなるべく残酷な場面ははぶいて話した。事件以降それを耳に入れるのをけていた里香さんは涙を流して何度も謝罪していた。彼女は心的外傷の他、ただ一人生き残ってしまったことによるサバイバーズ・ギルトにもずっと苦しんでいたのだ。

 交換条件として、今度は彼女が彼女だけの「確信」を明かす番だった。どうしてそれに至ったのか、私は尋ねた。
「やはりお金ですね」里香さんは涙をぬぐいながら答えた。「他の皆に対する慰謝料はその遺族のかたたちが受け取りましたが、私の場合は当然私に支払われました。でもそのことについて、あの人たち(継親)が何も言ってこなかったんです。お金に困っているという噂は何度も聞いてたし、あの人たちの性格なら分け前を寄越せとか言ってきてもよさそうなものなのに……」

 里香さんの実の両親は彼女が小学五年生のとき交通事故によって共に亡くなっている。まもなく母の姉夫婦に引き取られたが、継父ままちちからセクハラを受けたりと折り合いが悪く、当時から家出を繰り返していた。
 前の事務所にスカウトされたのはその最中さなかのことだった。これを機に彼女は継親のもとを離れて事務所が管理する寮に入居したのだが、
「たとえば私が芸能界デビューしたと知った途端、たびたびお金を要求する電話をかけてきました。まだ新人だから、そんな稼ぎなんて無いとことわっていると、事務所のほうに電話するようになって……多分、嫌がらせのためでもあったと思います」

 里香さんは責任を感じてその事務所を自主的に退所した。これをきっかけに継親とは絶縁状態となった。だからこそ疑いは強まった。
「それなのに事件のあと、職員さんを通じてここの費用を負担すると言ってきたんです。もちろんことわりましたけど、こちらから援助したことなんて一度も無かったし、さっきも言ったように決してお金に余裕のある家で はないんです」
 不審な点はまだあった。
「それで思い出したのは仕事を辞める時に感じた違和感でした。当時の事務所はかなり小さなところなんですが、退所する私に見舞金みまいきんという名目でかなりの金額を出してくれました。
 ――今思えば両方とも罪悪感からそういうことをしたんだと思います。私が生きて帰ってくるなんて思ってなかったから……。
 それで分かったんです。私は事件の前から見捨てられてたんだって。あの人たちにとってお金にえられる程度の人間でしかなかったんだって……」

 彼女からでなければ得られなかったこの証言によって私の推論は裏付けられた。私は核心を突いた。
「では裁かれるべき人たちというのは?」
「はい。そのお金を出した人たちのことです」

 慰謝料は名和を始めとした加害者の資産から拠出きょしゅつされたが、それ以上の巨額きょがくが、それ以外のところから拠出され、密かに配分されていたのは確実だった。
 それはしかも慰謝料だけにとどまらないだろう。いかに名和が芸術界の大家たいかであっても個人的な計画であれほどの機材、武器、人員をそろえてはるか沖縄の孤島に搬入はんにゅうし、コテージの建設など諸々もろもろの設備を整えるだけの資金が調達できるとは考えにくい。名和の背後に、その計画に賛同し、出資した人物あるいは集団が存在するのは間違いなかった。

 取材を終えた別れ際、里香さんはこんな希望を口にした。
「最後にお願いを聞いてもらってもいいですか? 皆の遺族や関係者のところにどこからお金が支払われていたか調べてほしいんです」
 私は了承した。最初からそれが目的だったからだ。今回の取材と彼女の言葉で決意はさらに強まった。何としても「出資者」の正体をあばかなければならない。里香さんや、犠牲になった故人をなぐさめるためにも。
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