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しおりを挟む六人への加害はほぼ同時多発的だった。それは島じゅうに設置された定点カメラを含む大量のカメラで撮影されていた。そのため映像は多数存在し、確認作業は順不同となったが、ここでは一人ずつまとめて記述する。
第一の殺人
雅人の逃走はコテージ裏手の森林に及んだ。進むほどに月明かりの射し入る余地が失われてゆくものの、複数のライトに追い立てられて逃げるしかないという状況だった。
しかしこちらの暗視カメラの映像では、彼の行手に暗視ゴーグルを着けた男がはっきり映っている。願いも空しく雅人は男に拳銃で脚を狙撃されて転倒した。
途端に照明が焚かれてうずくまる彼を照らした。彼だけの舞台に、彼の苦悶という独壇場のためのピンスポットが当てられたという風だった。
苦悶は続いた。残る四肢にも赤いレーザーポインターが当たると、順次銃弾が撃ち込まれたのだ。彼はそのたび短くうめいた。そうして地面をのたうち回って、望まないダンスを踊らされたようだった。
ふと光の中に別の男が入って来た。犯人たちは皆、揃いの黒い目出し帽を被っていた。
男はそのまま雅人に馬乗りになってナイフを振り下ろした。――絶え間なく、何度も、全身に亘って。
雅人にはもう抵抗するだけの体力は残っておらず、されるがままだった。
犯人が目線の位置に装着しているウェアラブルカメラによる主観映像も存在した。
それは腹膜を裂かれたことで人間の臓器がどのように露出するか、一刺しのたび、その苦痛がどのような声を上げさせ、表情を取らせ、そして創傷に応じた出血の仕方や程度がどれほど存在し、それを経て肉体がどんな変遷を辿って衰弱していくかを観察するように、しつこく全身を舐め回すものだった。しかしレンズがすっかり鮮血に染まったことで絶命の瞬間は捉えられていない。
それを補完したのはカメラを搭載したドローンからの映像だった。それは地表を舐めるように進み、真っ赤に染められた草生にたたずむ男を越えたのち、もう動かない雅人に焦点を合わせて静止し、その顔をクローズアップした。目も口も虚ろに開いたままの、蠟で作ったような顔に。
彼はまたしても望まないものを人目に晒したことになる。こんな死に顔は彼の尊厳への侮辱という他ない。
第二の殺人
亮は海を逃走経路に選んだ。夏場とはいえ夜の海の危険は彼なら熟知していたはずだ。それでもためらわなかったのは泳力に自信があっただけではなく、沖合に漁船の灯りを見たからだろう。だがそれに乗っているのは犯人の一人だった。亮は巧みに誘導されたに過ぎなかった。
彼は軽快に水を搔いてみるみる漁船に接近した。それが巨大なケージを曳航しているとも知らず。
ケージの中には四メートルサイズのサメが窮屈そうに泳いでいた。公判における被疑者(当時)の供述によれば空腹状態にさせたホホジロザメとのことである。映画でしか見ない例の種類だ。
漁船のサーチライトが亮を照らした。彼は手を振って助けを求めたが、応じたのは大量の小魚の切り身だった。血は抜かれていなかった。
船員に扮した男はバケツからそれらをひしゃくで掬いざま、亮の周りの海面に撒き続けた。
思わぬ見返りを手で防ぎながら亮は叫んだ。
「おい! バカ! おい!」
心の底から出た怒りだった。
それでも漁船に近づこうとしたところで男がケージを開放した。自由と、格好の食料を得たホホジロザメは血の匂いを辿ってたちまち亮に迫った。
明かりの中に迫り上がってくる魚影を見た血まみれの亮は青ざめて引き返したが到底間に合わず、あえなく撒き餌とまとめて捕食された。あるいはついでに捕食されたというべきだろうか。
襲撃の詳細は、その直前に男が投入した水中カメラが捉えていた。それが発する光でできた画角は、途方もない力で海中に引きずり込まれた亮と、そのせいで発生した無数の水泡に占められた。立ち上る水泡がやがて赤く色づいたものに変わると、これに紛れて一瞬、ちぎれた亮の上半身がよぎるのが見えた。こちらに向けられていたのが背面だったため、中身をほぼ失った断面が見えても、顔が見えなかったのは幸いだったと言えるのかもしれない。ただし遺体は見つかっていないことから、それも画角の外で捕食されたと推測される。
それはサメにとっては何気ない食事の作法、たとえば菓子パンを二つに割ってから食べるようなものなのだろう。
ドローンによる空撮映像もあった。海面に浮かんでいた鮮血に人間のものが大挙して加わるも、絶えない波の営みにたちまち散逸していった。腹を満たしたホホジロザメも、いつしか外洋に消えていた。そのためこの個体の行方を知る術は失われ、亮の存在は永久にこの世から失われることになった。
このように映像の内容はいずれも酸鼻を極め、心理職の人間からは短期間で観ることを止められるほどだった。特に次の映像を見た同僚は現在も心理カウンセリングを受けざるを得ない状態である。
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