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第6章 サトル、始まり

6-3-2 エルフの里にて

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「ったく、少年といると退屈しないなー」

 そういえば、あの二人はどうしてるのかな……。心配だよ。
 きゅっとピルピルさんの服を引いたら、ちゃんと通じてはいるんだな。教えてくれた。

「なにがあるかわからないから、宿へ帰したのさ。おまえが封印ケーラの中に閉じ込められて、二人ともそりゃあ心配してたぞ。力尽くで割るわけにもいかないし。あとで謝っとけよー?」

 うん、謝るよ。
 こくんと頷いた俺に、「では行くぞ」とニケが声をかけた。
 行くってどこへ? 不安になってそのまま立ち止まってたんだけど、ピルピルさんが俺の手を繋いで歩いてくれた。

「心配するな。この先にエルフの里への抜け道がある。さすがにボクも疲れたし、少年に薬がいるだろー?」

 そういえば、深き森に繋がってるんだよね。抜け道って、勝手に通ってよかったっけ?
 首をかしげて歩いてたら、サーベルキングが俺を見てた。

「こら、サトル」
「サトル君!」
「よいよい、あれらは子どもには寛容だ」

 もしかしたらあそこが入り口かな? 眠くてふらふらしながらピルピルさんの手を離して、太い木とツタの陰からこっちを伺うサーベルキングのそばに行く。
 大きな鼻面を俺に近づけてくれたから、俺は立派な牙を撫でてぎゅっと頭を抱きしめた。
 眠い……。ごめん、おんぶして。ケルピーはほら、水場じゃないとだし……。
 しゃべってるつもりだけど、まだ声が出ないな。息が漏れただけっぽいけど、意味は通じたようで、伏せてくれた。ありがたく背中に乗っかってぎゅっとしがみつく。
 すくっとサーベルキングが立ち上がって歩き始める。ゆさ、ゆさ、とよく揺れるし、掴まってないと落ちそう。
 ぐったりしがみついてたら、リチャードが来て持ち上げてくれた。

「寝ても構いませんよ」

 いや、もったいないから起きてる!
 思う存分もふもふを楽しみながら…って、まだぼさぼさしてるなあ。あとで絶対ブラシをかけてあげたい。
 でも、やっぱりいい匂いだ。
 眠気と戦いつつリチャードの腕の中を堪能してるうちに、木々やツタの間に封印ケーラで隠された抜け道からエルフの里に入った。

「辺境だな」
「長い眠りにつくには、ちょうど良い場所だろう?」

 ニケが案内してくれたのは、エルフの里といってもこの辺りはまったく人が住んでいないようで、集落とも言えないようなところだった。
 でも、緑がすごくきれいだ。
 濃淡様々で、緑の葉っぱの一枚一枚が輝くように美しい立派な木々が並んでる。どの木の根元にもふかふかした苔があって、足下は柔らかい草が上等な絨毯みたいだった。
 それにあちこちに熟した実が生っていて、果樹園みたいだ。
 もっとも、エルフの里にあるものはどれも普通には流通しないものだし、マナがたくさん含まれるから、元々の魔力が少ない人が食べたらマナ酔いしちゃうだろうな。
 息をするだけで魔力が回復するぐらい濃密なマナの気配が気持ちいい。ここにいるだけで俺もだるい眠気が覚めてきた。

「適当に採るぞー?」
「好きにしろ」

 リチャードの腕の中できょろきょろ周りと見てたら、ピルピルさんが濃い紫の桃と梅のあいの子みたいな実を採ってこっちに来た。

「ほれ、口開けろ」

 リチャードに下ろされて、素直にぱかっと開けた口に、その実が突っ込まれた。皮ごと食べられる柔らかさだ。
 かじったら、甘酸っぱくて美味しい! 夢中でもぐもぐ食べて大きな種を手のひらに出したら、眠気もスッキリ! かなり魔力が回復してた。

「なにこれ、エリクシールより効くね」
「おや、声も復活しましたね」

 リチャードがぽに、と俺の肩を抱いてくれる。

「これはエルフの里だけが作れるエリクシアの原料さ。ナイショだぞー?」
「うん、わかった。ここの実はどれもおやつとして食べてたけど、これがエリクシアの原料になるとは知らなかったなあ」
「贅沢なおやつだなー!」

 魔力切れで使われるエリクシールはただの気付け薬だけど、エリクシアは正真正銘の回復薬だ。
 でもエーデルポーションと同じで手に入りにくいんだよね。そもそも売ってないからお金でも買えない分、もっと希少価値が高いかも。

「ははは、この実を普通の果物のように言うのだな」
「俺にとってはそうだったんだってば。ねえ、少しもらったらダメかな? 教会の子たちにも食べさせてあげたいよ」

 見守ってたニケにくすくす笑われてお願いしてみたら、ぐるりとあたりを見て肩を竦めた。

「それは構わんが、どの実もエルフの里でしか力を持たんぞ」
「効果はなくていいよ。美味しいから食べさせてあげたいなって思っただけだもの。マナ酔いさせたくないしね」
「それがわかっているならば好きにするが良い。もともと、我のものではなく、この森のものだ」
「わかった! この鞄があったら腐る心配もないもんね」

 よし、さっそくいろんな実をもらっちゃおうと思ったんだけど。

「サトル」

 ひんやりとしたピルピルさんの声に呼ばれて、そばの小さなリンゴっぽい実を掴んだ手を離した。

「おまえだけは、この里に実った状態のままその実を持ち運べる。その意味を理解して欲しがってるのか?」
「…………」

 美味しいってだけじゃダメってことだよね……。

「それに、子どもの頃におやつにしてたおまえがマナ酔いをしなかったのは、おまえがソロモンの魔力を持っているからだ」

 しおしおと手を離したら、ニケが厳しい声で俺を叱ったピルピルさんに向き直って言ってくれた。

「べつに構わんじゃろう。この坊主は言いふらすような性分でもあるまい」
「そういう問題じゃない。いつどこでなにがあるかわからないから言ってるんだ。……まあ、エリクシールよりは効くから、その分だけならいいぞ」

 許してもらったのはありがたいけどさ、それよりまたケンカになったら困る!

「まあまあ、二人とも……」

 リチャードが間に入ってくれたし、俺がおろおろし始めたら、サーベルキングがのっそりとそばに来てくれた。
 おまえも心配だよね? っていうか、俺はもう元気になったし、なんならこのままおいとましてもいいしさ。
 またケンカになったら、今度はあの実をかじりながら吟遊詩人バルドラーの声ってやつで止めるぞ。
 いくつか実をもらって収納ストレージしてから、固い決意を胸にぎゅっとサーベルキングの首に腕を回したら、ニケの口から思いがけない言葉が出た。

「なんだなんだ、いたずらっ子の道化師がそんなまるで大人のようなことを言いおって。大体、ここの実が美味いと丸裸にして腹を壊すまで食べたあげくに、マナ酔いして三日も寝込んだ小僧の台詞とは思えんぞ?」
「やっかましい! いつの話をしてやがる!! そんなカビの生えた昔話を蒸し返すな!!」
「我にとっては眠りにつくほんの数年前の話だろう」
「そうじゃない」

 屈託なく笑ったニケにピルピルさんが深い息をついて、数メートル先にぽつんと建つ小屋を見る。
 いつからそこにあったのか、周りを囲む木に抱かれるように包み込まれたその小屋は、そこにあった年月を教えてくれるように苔むしていた。
 ピルピルさんはその小屋をじっと見つめて、ぽつりと言う。

「あれからもう、二百年だ」

 二百年…!?
 息を呑んだ俺に、サーベルキングが鼻を鳴らしてぺろっと頬を舐めてくれた。
 そ、そんな長生きなのか……! すごいな、小人族リルビスと魔族!!
 驚いてニケを見上げたら、ニケは黙ったままゆっくりと、深い息をついた。

「……知っている」
「もしや、目が覚めていたのですか?」

 リチャードが問いかけると、ニケは自嘲的な笑みを浮かべて「うつらうつらとだが」って呟いて、またリチャードの頭を撫でた。

「十五年ほど前か。一度目が覚めてな。おまえたちに頼まれたというエルフが代わる代わる様子を見に来ては、我が起きている時にあれこれ教えてくれたぞ」
「そうでしたか……。ところでニケ殿、わたくしはもうこのとおり、いい歳の大人ですよ」
「わざわざ帽子を取りながら言う台詞か? 大きくなったものだな」
「あなたの手は、わたくしにとってはいつでも心地よいものです。それにしても、わたくしがあなたに最後にお会いしたのは、魔王の城へ向かうあなた方を見送ったあの二百年前……。よくわたくしがリチャードだとわかりましたね? 毛並みもあのころからずいぶん変わったと言うのに」
「わかるさ。先代継承者のエセルバートと同じ目の色、そしてオーフェリアの銀灰の毛並み。ふふ、会う度によく我の膝によじ登っていただろう。竜が愛でた子を見失うものか。家族は皆健在か?」

 子どものころの! リチャード!!
 なにそれ超うらやましい…!!

「祖父はあの怪我がもとであまり動けない身になりましたが、ほかは皆元気です。それよりもそんな幼いころのことを……よしてください。お恥ずかしい」
「ははは、良いではないか。我にとっては大抵が子どもだ」

 照れたようにきゅっと羽根つき帽子を押さえたリチャードと、そっぽを向いたままのピルピルさんの頭をぐりぐりしたニケに、俺は感動した!
 子ども扱いされる二人が新鮮過ぎる! 俺もいつか二人の頭を撫でてみたいけど、今は怒られるだろうな。
 人間ヒューマンは短命だし、おじいちゃんになったらワンチャン許されるかも!?

「なんだ、サトル」
「どうかしましたか?」

 じいっとその様子を見てたら、ピルピルさんはぶっきらぼうに、リチャードには心配そうに聞かれたから、俺は意気揚々と宣言した。

「俺、長生きするからね」
「はぁ?」
「それはぜひともそうしていただきたいところですねえ」
「ふふ、長生きと来たか」
「うん。健康にもケガにも気をつけて、長生きすることにする」

 あなたたちの頭を、いつか撫でるためにとは言わないけどさ。
 きっと、この人たちが人間ヒューマンと付き合うって辛いことだ。……必ず、残されるんだもの。

「ええ、そうしてください。願わくば、なるべく長く君と友人でいたいですからねえ」
「方法はいろいろある、が」

 リチャードが優しく俺の頭をぽにっと撫でて、ニケがにやりと笑う。でも、そのニケを刺すような目で睨んだピルピルさんに、ニケはひらっと大きな手を振って背中を向けた。

「短い一生を懸命にもがいて生きる人の子の姿こそ、美しいものだ」

 そう言って小屋に向かう背中を見ていたら、ピルピルさんが気のない様子で聞く。

「起きる気になったのかー?」
「道化師め。どうせ我を起こす気でいたのだろうが」
「目が覚めたのはすぐにわかったからな」

 がちゃ、とドアが開いた。うわあ……中まで木が生えてる。
 中には、まるで石で作った棺のようなものがあって、中に布団の代わりかな? ベッドパッドみたいな布が敷き詰められていた。

「しかし、よく目が覚めたもんだ」
「あの場所から我を運ぶのは苦労しただろう?」
「そうでもないさ。エセルバートたちもいたしな。……あいつの身体は無理だったが」
「なに。魂は還った。墓は遺された我らが悼むための象徴だ。それでいい」

 ピルピルさんと当時の話をしながらニケが服を脱いで、着替えていく。
 俺だけじゃなくて、リチャードもわからない話だから、俺たちは待つだけだ。
 少しして、ニケの着替えが終わった。
 ニケの衣装は、竜の谷でしか採れない特殊な金属を使ったビスチェとヒドラの革を使ったマントやグローブだった。豊かな胸が揺れて邪魔にならないよう、首から繋がってしっかり胸の膨らみを包み込んでる。腰回りは動きを妨げないように金属の輪が繋がった帷子みたいな作りで、長い脚は騎士のような鉄のグリーヴ以外は剥き出しだ。
 あとは指なしのグローブ。どれも黒くて、金属と石の間のようなもので出来てる。それが真紅の長い髪と琥珀色の肌を持つ長身によく似合っているっていうか、これぞニケだって感じ!

「どうした?」
「ううん、ニケだーって思って」
「なんじゃそれは。おかしなことを言う坊主だな」

 ふっと笑った顔が、かっこいい…! 女の人だけど、やたらかっこいいな!?

「行くのかー?」
「ああ。出立前に挨拶はせねばな。この森にもずいぶん世話になった」
「出立って、ニケ、どっか行くの?」

 待って、確かニケの故郷の竜の谷ってもう……。どうしようと思ってリチャードとピルピルさんを見たら、ピルピルさんが言ってくれた。

「心配するな」
「でも」

 ぽにゅっと俺の肩をリチャードが抱く。

「サトルはリチャードと戻ってろ。明日仕事に出るぞ」
「ピルピルさん……」
「ニケもいっしょだ」
「え?」

 どういうこと? ニケはなにも言わない。でも、リチャードの手に力がこもって、ぎゅっと俺を片手で抱き寄せながら言った。

「やはり、そうなるのですか……」
「新たな始まりを告げる者が現れたのだ。その意味はおぬしも知っているだろう?」
「それは……」
「我は竜だ。始まりを告げ、終わりへ導く者とともに在れと定められた者。サトルと言ったか」
「は、はい」

 鋼色の竜の目を向けられて、俺は姿勢を正してニケに向き直った。

「改めて名乗ろう。我が名はニケ。竜族にして、『憤怒の靴』の継承者だ」

 視線が勝手にニケの長い脚を見る。あの赤い模様から、それと知れる強力な魔力を感じた。
 それは…それも、神器ってやつか?
 なにも言えずに黙っていると、ニケは懐かしいものを見守るような穏やかな目をして言った。

「おぬしの旅を祝福しよう」

 なんて答えたらいいか、わからない。
 でも俺はたぶん、このひとを知ってる。
 知らないはずなのにどうしてそう思うのか、……怖い。
 黙ったままぎゅっと手を握って俯くと、リチャードが肩を抱いて、ピルピルさんは小さく笑って頭を掻いた。

「……?」

 でもふと、森がざわめいた気がして顔を上げる。
 なんだろう? 怯えてる?
 これは………。

「火のマナ?」

 俺が呟くと同時に、ピルピルさんが舌打ちして小屋を飛び出した!
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