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第4章 サトル、学ぶ

4-4-3 予感

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「ほう、ハトゥール族も狼と同じような性質らしいな」
「え? え??」

 シャンマさん、それってどういうこと?

「……サトル。風邪を引くといけません。中に入りましょう」
「うん、そうだね。ほら、行こう」

 聞く暇もないな。エルフィーネとベッラに手を引かれて、慌てて振り返る。だって話はまだ終わってないし。

「そういえば、そうだったな。フォース、人間ヒューマンではおまえの言ったような者は、『浮気者』と言うそうだ」
「そうなのか。だが俺は、浮気はしていないぞ」
「知っている。おれがおまえに突きつけた条件だからな。おまえの血を残すのは、おまえに求められた俺の義務だと思った」

 そう言って微笑んだシャンマさんは、やっぱり狐だ。ふわって浮かぶ狐火が綺麗で、表情だっていつもの穏やかなものだし。
 でも、本当はいやだったんじゃないの……?
 ついそう思ってしまうのは、俺が一夫一婦制なところからやって来たからだと思う。

「サトル、あんたって箱入りだったもんね。でも、フォースリントさんの言ってること自体は、間違ってないんだよ。まあ、私も絶対いやだけどさ」
「はい、わたしも同じです。ですが、文化の違いは理解しなくてはいけません。特に獣人族ガルフの中でも獅子や狼、狐、虎は少ないんです。だから同じような風習があったと思いますよ」

 うん……。二人に慰められたけど、心理的な抵抗感が大きくて、俺はうなだれて小さく頷いた。
 なんだか大騒ぎした俺が一番おとなげなかったというか、部外者のくせになにやってんだろう。
 第一俺なんか、結婚どころか恋人さえいなかったくせにな! 恋愛に憧れてるんだよ、今は十五歳なんだからそこは大目に見て欲しい!
 よその風習に首を突っ込むべきじゃなかったよ。
 謝らないとって思ったんだけど、ふと真面目な顔で振り向いたベッラの発言で、もっとびっくりさせられる羽目になったんだ。

「ねえ、それじゃあシャンマさんは子どもをちゃんと作って出てきたの?」

 うわ、それを聞く? 聞いちゃう!?
 エルフィーネと俺も固唾を呑む。

「おれか」
「うん。なんかさっきの話だと、そんな暇もなく駆け落ちっぽいなって思ったのよ」
「ああ、そうだな。……新月の御祓みそぎ最中さなかに乱入されて、そのまま連れ出されたから、そんな暇はなかったな」
「……フォースリントさん……」
「それはさすがに酷くない~?」

 エルフィーネとベッラ、女性陣の視線がきつい! 俺も同じっていうか、呆れや驚きもあるけど、もうここまで来たらその情熱にちょっと感動した。
 むっとしたフォースリントがじろっとシャンマさんを睨んで言う。

「何度も連絡を取ろうとしたが、取り次いでもらえなかったのだ。あげく、二度と狐の里に来るなと」
「それは、まあ……」

 普通なら、許されるまで通えってところだけど、一般人の結婚と違うもんなあ。相手が祭司長じゃ、絶対許されないだろうし。
 なんて相手に惚れちゃったんだ、この人は。

「その上、二度と俺が訪ねて来られんよう、吊り橋を落とすという話になったからな。これ以上の話し合いの余地はないと思って、押し入ったんだ」

 そしてふんすっと胸を張るのがフォースリントだよな。
 ああ、やっぱり! 最初は呆れてたのに、女性陣の顔が「すごい」「そこまでされたらほだされるかも」になってる!! 知ってた!
 こういう話に、人間ヒューマンは弱いんだよ!

「なんと情熱的な!」

 なんか窓から顔を出してたリチャードもほだされてる!!

「……そうだな。そして祭壇をぶち壊し、おれを奪った結果、おまえには消えない呪いが取り憑いた」

 え……。

「取り消せ、シャンマ! 呪いではない! おまえがそばにいる以上、これは祝福だ!!」
「呪いだろう。それはおれの里に伝わる禁忌の器……」

 があっと怒鳴ったフォースリントに、初めてシャンマさんが苦しそうな顔を見せた。
 エルフィーネとベッラ、俺の視線が白銀の身体から立ち上る光のマナに吸い寄せられる。

「傲慢の首飾りだ」

 あの、特徴的な首飾りか…!!

「ふん、これに捕まる前に俺は子を成した。だから俺の勝ちだ!」
「十二の神器ですね。なるほど……。シャンマ殿、苦しい思いをなされましたね」

 傲然と言い放ったフォースリントに、正確には金色の炎を閉じ込めたような宝石を持つ首飾りに視線が集まる中、リチャードがこっちまで優雅に歩いて戻って来た。

「リチャード……」
「ごきげんよう、シャンマ殿。神器同士は呼び合いますからね。あなたの言っていたゴーレムの復活周期と強度の変動も、なにか関係があるのかも知れません」
「ゴーレムの復活周期?」

 あ、そういえば俺、まだ仕事の話を聞いてなかった。

「はい。詳細は、また明日でいいでしょう。サトル君、まずは休みましょうね」

 ぽにっと肩を抱かれて、戻ろうと促される。
 もちろん従うよ。

「シャンマ、俺は」
「おまえは獅子の長になる者だ。その神器は、どんな形を取るにせよ、こうしておまえの首を縛るのが正しかったのだろう。それは、おれの月読みでもわかっていたことだ」
「だったら!」
「それでも、おれはこの事態を防げなかった、おれ自身が赦せない」

 背中で聞こえてきたシャンマさんの声は、落ち着いていた。
 感情の揺らぎなんか見えない。本心なんか、見えないよ。
 でも、苦しそうで。
 ……なんだか、俺の胸まで苦しくなってきた。
 十二の神器……? 怠惰の爪、傲慢の首飾り……あとは、なんだ? 呼び合うって……。
 ふわふわと、思考が揺らぐ。
 震える手のひらを見たら、いろんなマナが浮かんで視えた。
 光の蝶が、俺の中から、這い出て……。

「サトル」
「だ、大丈夫」

 気持ち悪い。吐きそうだ。
 汗ばんだ手をぎゅっと握って口元を押さえたら、エルフィーネが心配そうに背中に手を添えてくれる。リチャードの肉球が肩から腰に移って、しっかり身体を支えてくれた。申し訳ない。

「ねえ、私、水を持ってきてあげるよ」
「ええ、お願いね。ベッラ」

 よたよたとリビングに戻ると、神父様となにか話してたピルピルさんが声をかけてくれた。

「おや、顔色が悪いね」
「なんだー? どうかしたか?」

 いや、大丈夫だってば。そんな、子どもにするみたいにして欲しくない。
 でも、なんだか……怖い。
 すごく怖いことを聞いたような気がする。

「あれ、マリーベルは?」

 上がりかけた息を無理矢理飲み込んで聞くと、ふっと笑ったピルピルさんが教えてくれた。

「メルとボッコとアリアを寝かしつけてから、レジェにねだられていっしょにおしゃべりだとさ。たぶん、そのまま寝落ちしたんだろ」

 目の悪い子と黒ラブの子と赤ちゃん、それからあのおしゃまな女の子だな。そうか……。

「あの、仕事の話…明日でもいいって」
「ええ。構いませんよ」
「慌てるようなことでもないしな」
「ほかの子……ジュストとマルカートは……」
「リベリオンのドワーフ夫婦について行ったぜ。大工仕事の手伝いやって、あっちでいっしょに寝るとさ。気の合うこった。あいつらはいつも兄貴分をがんばってるから、たまには父ちゃんと母ちゃんに甘えりゃいい」
「そう……」

 それなら、いいか。よかった。
 リチャードが肉球で手を握ってくれたけど、今の俺の手、冷たくて汗ばんでるのが申し訳ないからそっと離す。ぎゅっと自分を抱くようにすると、エルフィーネがそばに来てくれた。

「サトル、飲めますか?」
「ちょっとぬるいのにしたよ。冷たいのもいやかなって」
「ありがとう」

 ベッラがくれた水を一口飲んで、重たいコップはエルフィーネが受け取ってくれる。
 本当に看護師さんみたいだなあ。

「大丈夫かね?」
「はい……。いやあ、ちょっとびっくりな話を聞いちゃって」
「はは、ここまで聞こえたぞー? 確かに、少年からすればあの二人の馴れ初めはびっくりだな!」
「うん。それに、つい……フォースリントの里の女の人と子どもたち、大丈夫なのかなって」

 苦笑しながら言ったら、ピルピルさんはなんとも優しい顔で肩を竦めて、まだなにかを話してるフォースリントとシャンマさんを見て言ってくれた。

「それはボクにもわからん。だが、あれは真っ直ぐな子だからな。絶対にウソをついて子どもを作るようなことはしないさ。それでも子を望んだ女も、あいつを愛したんだろう。ただボクが知る限り、獅子の女は強いぞ。子も一族皆で育てるし、役に立たないと見なされた男はたたき出される。おまえが心配するような事態にはならないさ」
「そう、なんだ……」

 うわあ、そこも野生のライオンと同じか。そういう意味では、ずっと強くあり続けなくちゃいけないフォースリントの方が大変なのかも知れないな。

「あーあ、ったく。あいつら、まだなにか言い合ってるのか。リチャード、ちょっと間に入ってやれ。シャンマもあれで意固地だからなー」
「神器を受け継ぐ一族だったのでしょう。気持ちはわかりますとも。では失礼して」

 ぽにぽに、と肉球で頭を叩かれて、「うん」と笑う。
 リチャードなら、上手く収めてあげるに違いない。
 フォースリントは偉そうだけど、本当にシャンマさんのことが好きだって気持ちは伝わったし。疑われてはいないだろうけど、それをわかってもらえないのはまあ…気の毒だもんね。
 俺からしたら、不誠実なことしやがってって部分がどうしたって残るけど!
 あんなの、俺の父親じゃ絶対無理だよ。
 まあ、俺の父さんは浮気なんて聞いたこともないし、母さんとも仲が良くてさ。
 文句を言いながらもいっしょにいたし。
 見た目だってあんな派手じゃなくて、寡黙な父だったけど、見るからにごく普通の温厚そうな……。
 温厚、そうな……?

「……………」
「サトル?」

 ひくっと喉が鳴った。
 ランプだけの明かりの中のはずなのに、奇妙にあたりがはっきり見える。光のマナをまとったエルフィーネが、あの深い緑の目で不安そうに俺を見ていた。
 だめだ。……笑え。

「どうしたの? 気持ち悪い?」

 ベッラもこっちに来たし、神父様とピルピルさんも腰を浮かしかけてる。
 笑え!

「ううん、大丈夫。でもちょっと疲れたし、今日は寝るね」
「サトル、本当に大丈夫ですか?」
「うん。エルフィーネも、ありがとう。神父様、お腹に巻くのはまた明日でもいいですか? シャンマさんが、明日には治癒ヒールの宝珠を使ってもいいって言ってたし、寝苦しそうだから…できたらもうしたくないなって」

 にこっと笑って聞いたら、神父様はちょっと笑って「そうだね」と頷いてくれた。

「それなら、サトル。わたしが宝珠を使いますね」
「ありがとう」
「約束します。きっと、治しますから」
「うん」

 早く、ひとりに、なりたい。
 よろめかないよう、気合いを入れて立ち上がる。ピルピルさんのなにかを探るような視線は感じたけど、顔を見る勇気がない。
 神父様が立ち上がって、「送ろう」って肩を抱かれた瞬間、悲鳴も上げられずに逃げた。
 ガタガタっと派手な音を立ててテーブルにぶつかって、息を呑んだエルフィーネの姿に申し訳なさ過ぎて、舌打ちを堪える。
 くそっ、またかよ! なにをやってるんだ、俺は!

「ご、ごめんなさい、つい……。エルフィーネも、ごめん。びっくりさせちゃった」
「謝らないで、サトル、顔色が」
「大丈夫、平気!」

 強く言い切ったら、エルフィーネがそっと引いてくれる。気にしていても、ここで強引に来ないでいてくれるところが、すごくありがたい。

「いや、私が悪かった。すまなかったね」
「いえ、俺が悪いんです! おやすみなさい」

 全身に冷や汗が噴き出す。もう表情を取り繕うだけでいっぱいいっぱいだ。

「待って、じゃあ私が送るよ。私なら持ち上げてあげられるし」
「いい! ありがとう、平気だから」

 ベッラに必死で礼を言って、走りたくても足が動かないから、乱れ始めた息を堪えて階段の手すりに取り縋ってなんとか息をしてると、後ろからプリモが駆け寄ってきた。
 どこにいたんだろう? 手が濡れてるから、水仕事をしてたのかな? だとしたら申し訳ないことをしちゃった。

「行こう、ほら」

 今度は断る余裕がなかった。
 小さいのに、力があるな。今日は三段目も気にならない。
 俺が手すりに縋って階段を上がるのに合わせて助けてくれて、なんとか上りきった。
 乱れた息を堪えられずになんとか客間のドアのまえに着くと、プリモがぎゅっと俺の手を握って話しかけてくれる。

「一人で平気かい? なにかあったら呼びな」

 金属的な光沢を持つ緑のくせっ毛を撫でて、俺は小さく頷きながらドアを開ける。
 俺が客間に入ったら、心配そうにしながらも中には入らずにドアを閉めてくれた。
 必要なことだけ簡潔に世話をしてくれて、そんな心遣いがありがたくて涙が出そうだ。
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