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第3章 サトル、謡う

3-4-6 この道から歩き出す

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「な、なによ」
「マリーベル、大丈夫だから」

 警戒心いっぱいに俺を庇おうとするマリーベルを下がらせて、俺が前に出る。
 やっぱり大きい……。ヴィントより大きい。耳を入れたらサイモンさんに並ぶかも。

「あの、俺のせいで」

 謝らなくちゃいけないし、お礼も言わなくちゃいけない。
 こういうときって順番、どっちだ?
 緊張しすぎて頭が真っ白だ。
 でも、俺がなんとか言葉を絞り出そうとするのをぱっと肉球を見せて遮り、リチャードさんは俺の一歩前で立ち止まった。ダンスのような優雅さで右足を引き、羽帽子を取ってそっと胸に当てる。
 それからまるで舞台の役者のように完璧な礼を取って、歌うように言ってくれたんだ。

「リチャード・グロウリィの名において、およそ百年ぶりの新たなる吟遊詩人バルドラーの誕生、心より祝福いたしましょう。魔界の硝子の花リィレのように稚く、愛らしくも美しい呪歌バルドの後継者に大いなる幸いあれ」
「あ、ありがとうございます……?」

 お礼でいいのかな? いいんだよね?
 ピルピルさんも怒らずに見てるし。

「ふふ、こうして見ると、君は確かに魔物ではありませんね。わたくしとしたことがお恥ずかしい」
「いえ、あの、謡ってごめんなさい……。知ってたら、謡ったりしませんでした。真っ暗で、夜が…長くて、いろんな音がして、寝られなくてつい……」

 うう、せっかく音痴を克服したのに、結局自由に歌えないのか。
 しょんぼりしながら謝ると、少しだけ耳を下げたリチャードさんが腰を折って俺をのぞき込む。

「おお、それはさぞ心細かったことでしょう。吟遊詩人バルドラーと自覚がなくとも、感情を歌で吐き出すのは本能でしょう。わたくしの配慮が足りませんでしたね。なにも知らなかったなら、無理もないのです」

 ふよふよと揺れる尻尾が見え隠れして、つい目で追っちゃうけど、だめだ。今は反省しないと。

「ねえ、ピルさん。吟遊詩人バルドラーだから、サトルは勝手に歌っちゃ駄目なの?」
「んー? そんなことはないぞ?」
「だって、歌ったからこんなことになっちゃったんでしょう?」

 マリーベルが遠慮がちに、でもそこははっきりさせるぞって気合いを見せて聞いてくれるのがありがたい。

「そういえばそうだな。口ずさむぐらいは良いのではないか?」
「楽しくなっちゃって鼻歌が出るとか、僕たちでもあるんだよ?」

 ルーファスネイトとヴィントも気になる様子で寄ってきた。

「なんだなんだ、雁首揃えて。だから、普通に歌う分にはいいんだよ。問題は、魔力が乗った時だ」
「俺、そんなことしてなかったよ……」
「バカもん。実際に乗ってたからリチャードが勘違いしたんだろー?」

 また飛び上がってべしっと殴られるかと思ったけど、今度はお尻にぺしっとされただけだった。
 やった、これはもう怒ってない。

「ふふ、今となってはお恥ずかしい限りです。わたくしは存在もしないバンシィの影を追いかけ、疲れ果てたところをあの香しい緑の寝床に捕まっていたのですね」

 あああ、だからごめんなさいってば!
 やっとみんなが落ち着いて、今度こそ帰ることになった。
 まずはエルフの道へ出ないといけないから、ぞろぞろと連れだって歩き出す。
 エリアが一つ浅くなったから、このあたりはそんなに緑が濃くなくて歩きやすい。

「それにしても、サトル君。リチャードさんの偵察サルートからよく逃げられたって言うか、見つからなかったよね」
「リチャードはネズミがいるとなったら、とことんまで追い込むからな。よかったではないか。もし見つかっていれば、言い訳も聞かずに刻んでいただろう?」
「いえいえ、それほどでも」

 ヴィントとルーファスネイトに応えて、またにゅっと黄金の爪を出さないでください!!
 リチャードさんは触りたいけど、その爪がいつ自分を狙うかと思ったら恐ろしくて近づけないよ!
 じりじり不自然じゃないように気をつけて距離を取っていたら、ちょいちょいってまた俺たちを先導しながらピルピルさんが教えてくれた。

「そりゃ見つかるはずないさ。サトルが通っていたのはエルフの守りが効いた道だ。いくらリチャードの偵察サルートが優れてたって、おまえは『サトル』を探していたわけじゃなかった。そもそも敵意がない上に森の子フォレストゲインとして森に愛された子どもだぞー? それがエルフの守りの中にいて、見つかるもんか」
「そうなの?」
「そーなの。おまえはもうちょっと、おまえのおばあちゃんの偉大さとこの森に感謝することだ」

 感謝はめちゃくちゃしてるけどなあ……。
 改めてありがとうって、どうやって伝えたらいいんだろ? そう考えてたら、ヴィントが「ねえ」って片手を上げてピルピルさんに聞いたんだ。

「それならサトル君は、どうしてノウマンたちに見つかったのかな? 彼らは明らかに害意があったでしょう?」
「ああ、そりゃ……」

 あれ、なんでマリーベルを見るんだ?
 ルーファスネイトが小さくため息をついて、ぽんっと俺の肩を抱く。うん? なんなの?

「森で火を使って、トレントを盛大に燃やしただろう? あれであいつらの機嫌を損ねた上に結界を傷つけたのさ。せめてあの時点でお嬢ちゃんと離れていれば、ボクたちの追跡が間に合ったかもなー」
「あ……」
「ピルピルさん!!」

 マリーベルが真っ青になって俺を見たから、俺は慌ててピルピルさんを止めた!
 なにもそんな言い方をしなくてもいいじゃないか!!
 でも、ルーファスネイトがぐっと俺を引き寄せて止めるし、ヴィントも困った顔をしたけど、やっぱりなにも言ってくれない。リチャードさんだけが、小さく震えるマリーベルにそっと寄り添ってくれた。

「サトル」

 ピルピルさんはなにも言わない。その代わりのように、ルーファスネイトが俺の頬に冷たい手を添えて、落ち着いた声で言ったんだ。

「この娘は強力な魔力を持っている。その力を正しく行使できなければ危険だ」
「わかってるよっ。そうじゃなくて、ちがうんだよ! 俺も火の札を使ったんだ! だからマリーベルだけのせいじゃないし、それに俺だって……!」
「庇わないで! そもそもあたしが火魔法ファイアスペルを使わなければ、あんたが火の札を使うことはなかったわ。あんたにあの時言われたとおり、あたしがなにも調べずに来たのがいけなかったの」

 あのとき、確かに俺もほころびっていうの? そういうのは感じてた。でもさ、絶対マリーベルだけのせいじゃないよ!
 とにかく、マリーベルだけが悪いわけじゃないって一心だったんだけど、上手く言葉が出てこない。
 マリーベルがきつくクリスタルワンドを握って、苦しそうにそんなことを言うから。……どうしたらいいかわからなくなった。
 だってどう言ったって泣かせちゃいそうだし、もう俺がきつく怒ったあとなんだ。これ以上責めたくないのに……。

「母さんの水の札もそうだわ。あたしさえ気をつけていたら、あんな風に使わなくても済んだのに。なにより、あんたがそんな目に遭ったことも………本当に、ごめんなさい」
「やめて、マリーベル。俺は、そんなこと思ってないよ」

 俺がこんなことになったのだって、俺の自業自得でさ、なんならマリーベルはただ俺に巻き込まれただけだ!
 それなのに俺のことは一言も責めずに、まるで自分が全部悪いみたいに深く頭を下げられて申し訳なくなった。

「うん、そこはとことん反省しろー? 誰かを殺す前に気づいたんだ。それもこんなお人好しが相手でよかったなって話さ。同じ失敗を繰り返すのはただの阿呆だぞ」
「そうだね。サトル君じゃなかったら、賠償金だのなんだの、面倒なことになったかもねえ」
「うん、駆け出しといえど冒険者になった後ではな」

 な、なんで大人の人たちみんなこんな厳しいの……!?
 マリーベルは俯いたまましおれたお花みたいになってるし、俺の方が泣きそうになってリチャードさんを見たら、事情を知らないもんね。
 困ったように耳とお髭を下げて、ぽにっとマリーベルの肩を抱いた。

「……ごめん、なさい……」

 あああ、めっちゃしょげちゃってる! あんな顔させたくなかったのに!

「うぅ…っ」
「サトル君、ベルちゃんも」

 俺までべそっとなってお腹を押さえて俯いたら、ヴィントが笑って俺とマリーベルの頭を撫でて言ってくれた。

「ごめんね。ちょっと厳しいことを言っちゃったけど、でも本当のことだから。特にベルちゃんは魔力が強いから、それこそ今のうちに肝に銘じておかないといけないんだ」
「はい……」

 小さく返事したマリーベルに頷いたルーファスネイトが、静かな声音でさらに厳しく続ける。

「娘、忘れるな。強力な魔女は気まぐれな指先一つで仲間を殺す。力ある者の無知は罪だ」

 無知は罪、か……。それは俺自身もそうだった。
 うう、耳も心も痛いよ。

「わ、忘れないわ。絶対に、忘れない」

 俺は深く俯いたし、マリーベルはぐいっと涙を拭いながら、何度も頷いた。
 最後にピルピルさんのブルーの目がきらっと俺を見て、はい。俺も言われた!

「サトルもだぞー? 成り行きは昨夜お嬢ちゃんから聞いたけども、狙われてる自覚があるならとっとと保護を願い出るべきだったな」
「それは……だって、そんなお金ないし……」
「おまえのマジックアイテムの価値からすりゃ、後から面倒なことになるぐらいなら金なんかギルド持ちでどうとでもできたんだがなー。まあ、森から出てきたばかりの子どもにゃわからんか」
「ピルパッシェピシェール、ルーファスネイトも、どうかもうそのあたりにしてあげてください」

 俺もマリーベルも完全にしょげたところで、リチャードさんが間に入ってくれた。

「きちんと己を顧みて反省できた子たちに、これ以上の追い打ちは必要ありませんよ。十分に骨身にしみたことでしょうから」

 うう、リチャードさんの優しさがしみる……!
 マリーベルが頭をぽにぽにしてもらって、半べそでその手をぎゅっと握ってるのがうらやましい。俺もリチャードさんの肉球でぽにぽにしてもらいたい!

「わかったわかった。じゃあ最後に呪歌バルドについてか。とにかくおまえはまず、謡うときに感情を出しすぎないことだな」
「そんなこと言われても……」

 意味がわからない。
 だって、歌ってそういうものじゃないの?

「励ましたいって気持ちとか、治したいって気持ちはいいぞ。呪歌バルドを謡う時にそういう気持ちが乗るのは大事だからな。ただ、感情を吐き出すように謡う時は要注意だ。特に怖いとか悲しいとか、憎いとか。悪いものを呼ぶし、おまえが食われかねない」

 最後が怖い!
 とりあえず、普通にしろってこと? で、いいんだよね。たぶん。

「ほれ、エルフの道だ」
「はい……」

 ピルピルさんが立ち止まって、もちろん全員ここで一旦停止!
 ああ、エルフの道に出ちゃった。どうしようかなあ……。

「ふむ、十四時過ぎですか。良い時間ですね」

 鞄から銀色の懐中時計を出したリチャードさんに、さっきまでしょげてたマリーベルが「リチャードさんも懐中時計を持ってるのね!」とはしゃいだ。元気になってよかった!
 うんうん、大きな猫さんと懐中時計は絵になるよね! 本当なら俺も食いつきたいところなんだけど、それよりまず俺はこれからのことだ。
 ちゃんと意識してみて、やっとエルフの守りがある道って意味がわかった気がする。
 ここに入ったとたん、緑の色が柔らかくなったし、優しい木漏れ日を感じられたからだ。
 それに強い仲間がそろってるからってわけじゃなくて、魔物の気配が遠い。
 蝶や球体の形のマナが舞う数は多いけど、さざめきは穏やかだしあんまり目や耳が痛むこともなかった。

「おや、サトル君。どうしたのです?」
「あ…、そうよね。あんた、これからどうするの?」

 リチャードさんは不思議そうに、マリーベルは心配そうに俺を見てる。
 ピルピルさんはいつもの表情だし、ルーファスネイトも同じ。ヴィントはやっぱり心配そうだ。
 ここが分かれ道か……そうだよね。

「えっと…俺、森に帰るつもりだったんだけど」
「うん? このボクに通えってか? ふふん、いいぞ。心配しなくてもちゃんと送り届けてやるさ」

 あ、意外だけど怒ってない。

「サトル君……」

 ヴィントが耳をぺたん、尻尾をふしゃん…とさせて、マリーベルは無言だけどぎゅって俺のシャツの裾を握った。
 ルーファスネイトはなにも言わない。ただ小首を傾げて俺を見て、リチャードさんは落ち着かない様子で俺と、ピルピルさんの顔を見比べていた。

「いや、帰らない、です。その、やっぱり一人は淋しいから。俺は自分のことも守れないってよくわかったし、誰かといっしょにいて、その誰かにケガさせちゃったりしたらいけないって思うんだ、けど……」

 マリーベルの手に、いっそう力がこもる。ヴィントより、今回はルーファスネイトの方が早かった。

「うん、続けろ」

 ぐいっと小脇に抱き寄せられて、顔を上げる。
 俺の言葉を待つように、星がきらめく不思議な目がじっと俺を見ていた。
 いや、なんて言ったらいいか難しくてさ。言葉で自分の気持ちを伝えるって難しい。
 迷って、困って、俺はふっと理解した。
 ああ、だから吟遊詩人バルドラーは謡うんだなって。
 やっと目が開いた気がした。光と闇のマナが遊ぶようにじゃれ合いながら舞って、謡う。溶け合う。水も、土も、風も、火も寄り添って……。
 あんなにちらちらと視界に入り込んでいたマナが、空気に解けるように消えた。
 まるでそれを見ていたように、ルーファスネイトが微笑んだ。
 …………なんだ。わざわざ見なくてもいるっていうか、ちゃんと感じられるんだな。

「どうしたー? 目が覚めたって顔だな?」

 ピルピルさんに言われて、霧が晴れるように視界が広がった。きっと俺が本気で周りを見ようとし始めたからだ。

「うん。そうみたい。俺、帰って修行してから町で暮らす計画はやめます。町で、がんばろうかなって。また怖い思いをするかも知れないし、その度に泣きそうな気がするけど、それはまあしょうがないかなって」

 最後は笑って言えた。
 交渉スキルを使わずにこれだけ自分の言葉で話せたら、我ながら上出来だ!

「しょうがないから、あんたが泣かされたらあたしが相手を燃やしてあげるわ。もちろんこの森以外の場所でね!」
「簡単に燃やしちゃだめ!」
「うーん、子どもを怖がらせるような輩はだめだね」
「まあそうやって図太くなっていくのも人というものだ。大丈夫だろう」

 勝ち気な表情で自信満々に言い切ったマリーベルを慌てて止めたら、ヴィントはしみじみと、ルーファスネイトは俺の頭に手を乗せて朗らかに笑う。
 よかった、誰にも帰れって言われなかった。
 それだけでもうれしい。

「やれやれだ。リチャード、しばらくナーオットにいる予定なんだろ?」
「ええ。そのつもりですよ」

 ピルピルさんに頷いたリチャードさんが、すすす、と俺のところまで下がってきた。
 なんだろうと思ったら、尻尾が! ふわっふわの見事な尻尾が、するりと俺の足を撫でてくれた!

「サトル君。わたくしは誇り高きハトゥール族の戦士ですが、やはり魔族ですからね。いついかなる時も貴族として恥ずかしくない立ち居振る舞いをしているつもりなのですが、どうにも人の子に恐れられてしまいます」
「不思議ですね。こんなにかわ…かっこいいのに。ふわふわだし」
「ええ、ふわふわ……ふわふわ? まあ、そうですね。わたくしのこの銀灰の毛並みは自慢ですが」
「そうですよね。すっごく綺麗ですから!」

 胸を張って言うのがまたかわ…かっこいい!
 リチャードさんの毛並みはそれこそつるつる、ぴかぴかで、しかも風が得意属性なんだろうな。豊かな風のマナが立ち止まっていてもふわふわと豊かな毛並みを揺らしてて、全身で抱きつけたらどんなにか幸せだろうと思う!

「おや、吟遊詩人バルドラーの言葉でそこまで力強く褒められたらうれしいですね。ですから、サトル君」
「はい」

 猫の姿だけど、まさに貴族然とした優雅な所作で前脚……この場合は手?
 手が俺の頬に触れて、ぷにょっと肉球の感触がした。
 そして美しい黄緑色の目で、わざわざ俺をのぞき込んで言ってくれたんだ。

「我々も、良い友情を築けたらと思います。君は我が心の友の愛弟子。そして人間ヒューマンですからね。もっとも我ら魔族を恐れる人間ヒューマンわたくしが友となれれば、それは我ら魔界の住人にとって、一つの大きな架け橋となると思うのです」

 うれしかった……。この言葉は、本当にうれしかった!

「はい、俺も」
「ふふふ、おやうれしい」

 思わず抱きついても突き飛ばされなかったけど、マント越しなのが惜しい…! もう全裸で! 全裸で歩いてくれたらいいのになんて、友情が即ジ・エンドしそうで言えないけど!!
 そしていい匂い! ルーファスネイトが受け取ったあの折鶴についてた上品な香りは、リチャードさんの香水だったんだな!

「あ、あたしも抱きつきたいっ」
「もちろん歓迎しますよ、可憐なお嬢さん。こちら側が空いています」

 すっと俺と反対側の腕…前脚? を広げたリチャードさんに、マリーベルもぎゅっと抱きついた!
 幸せそうな顔だ。わかる! みんなもリチャードさんに抱きつけばいいのに!!
 あちこち痛い上にびっくりすることばかりだし、もうくたくただけど、もふっと抱き返してくれたリチャードさんの前脚と肉球の感触だけでおつりが出るよ!

「リチャードさん、冬はいっしょに寝てもらうとあったかいんだよねえ」
「鼾ではないが、いっしょに寝るとゴロゴロと喉がうるさい。それに夏は汗をかくから全身毛まみれにされて最悪だ」
「またそんなこと言って。夏にテントで脱ぐ方が悪いんでしょ。今年は宝珠をケチらずに行きたいよねぇ」
「気の向く依頼があればな」

 ヴィントとルーファスネイトの話を聞くと、俄然興味がわく……。こんなもふもふ…リチャードさんといっしょに寝られるなんて、ひたすらうらやましい!

「おーい、そういや聞くのを忘れてたが、サトル。家には寄るのか?」
「えっと……」

 そういえば、マリーベルが行きたがってたな。それを思い出してリチャードさんの柔らかくてぽわぽわな腹毛越しにマリーベルを見たら、マリーベルも忘れてたらしい。

「あたし、お墓参りはまた次の機会でいいわ。あんた顔色が悪いし、一回町に戻りましょうよ。知り合いの人たちが心配してるんでしょ?」
「うん……。ごめんね」
「もう、なんで謝るのよ。あんたの家なんだから、あたしが合わせるのが当たり前じゃない」

 ぷいっとしながらそう言ってくれたから、俺は素直に甘えることにした。
 正直、身体がだいぶ辛くなってたんだ。

「ピルピルさん、また次の機会にします」
「ん、わかった。なに、次は三日もかからず行けるさ。じゃあまっすぐ町に向かうぞ」
「うん!」
「しっかし、こんなところで謡ってバンシィに勘違いされるほど響き渡るって、おまえ本当に淋しかったんだなー」
「もう蒸し返さないでください!」

 しみじみとピルピルさんに言われて、ぎゅっとリチャードさんを掴んだまま言い返したら、笑ったリチャードさんが大きな肉球で頭をぽにぽにしてくれて、あんなに恐ろしい黄金の爪がすぐそこにあるのに。
 まるであの怖かった出来事もこのご褒美のためにあったように思えて、俺はその感触をしみじみと噛みしめた。
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