41 / 114
第3章 サトル、謡う
3-3-2 反省と後悔と
しおりを挟む「よッ、少年。目が覚めたか」
「あ…うん。おはようございます」
ぼんやり考えてたら、ばさっとテントの入り口が開いて、ピルピルさんがひょこっと顔を見せてくれた。
そういえば、いつの間にか笛の音がやんでたな。
「ん、おはよー! 顔色はよくなったな。痣はまあ、そのうち消えるさ」
「はい。おかげさまで」
「おー生意気な」
「へへへ」
ぴんっと小さな手に鼻をつつかれて笑ってしまう。もちろんまだ身体は痛いけど、確かに昨日よりは楽になった。
「まだまぶしいか?」
好奇心でキラキラしてる子どもみたいな表情で、ピルピルさんが俺の顔をのぞき込む。
金属的な光沢のある水色の髪と頬の涙型の宝石がいつもより明るく見えたし、その周りに水のマナがちらちら舞ってたけど、まぶしくは感じない。
「やたらマナが視えて困ってたんだろう?」
「あー…はい、実は……それでびっくりしちゃって。なんでわかるの?」
「そりゃ吟遊詩人同士だからな。それに、ルーが歌ってただろ」
にんまり笑われて、ルーファスネイトが歌ったことになんの関係が? と首をかしげる。
「あいつは子どもを寝かせるには子守歌だって思い込んでるからな。まあ実際はルーよりヴィントの方が寝かしつけはずっと上手いぞ」
「あー…、それはなんかわかる」
っていうか、想像がつく!
ただ、ヴィントは子守歌は歌わない方がいいだろうな。ルーファスネイトは単純に美声って感じだけど、ヴィントの声はこう、口説きたい相手専用にしとかないと勘違いする人が大発生しそう。
「だから少年が泣くか、怖がってるかだろうと思ったのさ」
「面目ない……」
筒抜けかよ! いや、だって考えてもみて?
わけのわからない暴行を散々受けて、痛い思いをしながら寝て起きたら、いきなり目の前に昨日とは全然違う視界にご招待だよ!?
いや、一回生まれ変わった記憶を持ってるくせにって、自分でも思うけど!
「ルーファスネイトの説明じゃいまいちわかんなくて。俺、昨日は倒れたんですかね?」
「そうだな。蹴躓いてコケたまま起きなかったもんだから、お嬢ちゃんとヴィントが焦ってなー。なだめるのが大変だったんだぞー?」
「あああ……ますますもって面目なく……!」
「まあ、それでここまでヴィントが運んで、テント張って手当てして寝かせておいたわけだ」
うん、全身薬っぽい匂いがしてる! ガーゼや包帯を使ってないのは、必要なところぜんぶに巻いたらミイラになるからだよね。
「お手数かけました。そういえば、昨日はどうしてピルピルさんまで来てくれたんですか?」
「それかー。少年。まず、あいつらがなんでここにいるのかは知ってるか?」
「はい。確かヴィントがギルドの依頼で来たって。でもどうして俺なんかのためにあんな強いパーティがわざわざ来てくれたんだろうって……」
正直、依頼料はどうなってるんだろう。後払い?
山で遭難したときに救助隊やヘリコプターを要請したらすごく高いぞって話を思い出して、ドキドキする。
「単純な話さ。ワボロという商人が飛び込んできて、『無礼な冒険者に絡まれた後、サトル君の様子がおかしかった。もしかしたら町を飛び出してしまったかも知れない。あの子は妙な連中に狙われているんじゃないか。探して保護して欲しい』って金を積んだのさ」
「ワボロさんが!?」
お金を積んだって、いくらぐらいだろう!?
びっくりして聞くと、ピルピルさんはルーファスネイトに撫でられてぺったりした髪を、もさもさと整えながら教えてくれた。
「ああ。ちょうどあいつらもナーオットに来る依頼を受けてたからな。とにかく一番腕の立つパーティに依頼したいってんで、マイヤが森の近くにいたあいつらに小鳥を飛ばしたんだ」
「そんなことが…うわあ、ワボロさんにお礼言わなくちゃ」
「そうだろー? 少年が憧れてた月光旅団がピンチに駆けつけてくれたんだぞ? よかったなー?」
「ははは……そういうことにしときます」
もしかしてこの誤解、あの二人にも伝わってるのかな!?
うわあ……だとしたら恥ずかしい!
「あれ、でもよく俺が森にいるってわかりましたね」
「フフン、そこでボクの登場さ。教会がボクに依頼したからだな。エルフィがおまえが飛ばした小鳥を受け取って、真っ青な顔で駆け込んできたんだぜ? 戦に行くわけでもないのに、女を泣かせるのはダメだぞー?」
「エルフィーネ……」
つん、とおでこをつつかれて赤面する。
うわあ、あのよたよた飛んで行った小鳥のメッセージ、届いたんだ……。
だってあのときはああするしかないって思ったんだよ。でも悪いことしちゃったな……。
「この超・超ベテラン冒険者たるボクにかかれば、おまえの気配を辿って追跡するなんてわけもないさ! すぐさまあいつらと合流して、途中でクソ野郎を一匹火だるまにしておまえを探してたお嬢ちゃんを助けて、…って流れだな」
「マリーベル、強いな!?」
「おー、戦力としては少年よりよっぽど強いぞ。本人は駆け出しだの見習いだの言ってるが、こと火に関しちゃ熟練の魔女並の力がある。あれで技術が伴えばなによりだなー。少なくとも、男のパーティに入っても荷物持ちをやるような羽目にゃならないさ」
「それならよかった!」
「おう、安心しとけー? ちなみに、ボクが森に詫び入れたおかげでみんな無事だったってとこも重要だぞ?」
「あはは、はい」
ほっとした俺に笑ったピルピルさんがいつものようにおどけた後、また真面目な顔になって明るいブルーの目に覗き込まれた。
「サトル。教会のチビどももおまえが帰るのを待ってるぞ。ちゃんといっしょに肉を食ってやれ。肉だけ施されても、あの子らは喜ばない」
「はい…」
たくさん食べたいだろうから、お肉は食べてくれてもよかったのに。俺、そのつもりだったんだし。
でも、このままじゃいけないな……。
俺は本当に未熟者だ。
「よし。さー、辛気臭い話はこれで終わり! 外套だけ羽織れ。一応拭いてやったけど、さっぱりしたいだろ?」
「あ、川があるんですよね。水浴びできないかなあ?」
「ふっふっふ~♪ 水浴びどころか! あのお嬢ちゃんに感謝しろ。風呂ができてるぞ」
「お風呂! 本当!?」
超輝く笑顔になった自覚はある!
ぱぁっと笑って顔を上げたら、ピルピルさんも楽しそうに笑って、ばさっと俺の背中に真っ黒な外套を掛けてくれた。
「これ、俺のじゃないよ?」
「ルーのだからいいさ。あいつは引きずったって文句は言わん。ありがたく借りとけ。それなら下がすっぽんぽんでも隠れるだろ?」
「うっ、お気遣いどうも…」
「ガキんちょ同士でも、娘っ子に見られたら恥ずかしいだろー?」
「もう大人なんで、なおさら恥ずかしいよ!」
「はっはっは!」
くそッ、説得力のない身体が憎い! 見てろよ、成長期なんだからすぐにでかくなってやる!!
愉快そうに笑うピルピルさんに続いて黒くて長い外套に包まって引きずらないように外に出ると、気持ちのいい春のお日様が光と水のマナを連れて木漏れ日の間から降ってきた。
テントの中で見たのとは違って、木々の一本一本、木の葉の一枚ずつまでマナが通ってるのが視える。
「うわぁ……」
ここは冒険者の野営ポイントなのか、人工的にすこし開かれた場所で、あちこち花が咲いてたり、ちょっと歩くと岩場に面した水場がある。
小川が流れ込んでいて、そこを丸くはみ出すように掘ってるところで水浴びできるんだけど、そこからほこほこと湯気が上ってるのが見えた。
マナたちのさざめきも今はうるさくない。ただ子どもたちがはしゃいでるみたいに楽しそうな気配を感じるだけで、俺までつられて自然に笑顔になりそう。
綺麗だ……。さっきはどうしてあんなに怖かったんだろう?
「どうだい? 世界は美しいだろう?」
「はい……!」
「おまえは吟遊詩人として目が覚めたばかりだ。まずはその視界を手なずけることからだなー。マナが視えるのは便利だが、視界を解放したままはおまえが持たなくなるから駄目だぞ?」
「え? ……みんなも視てるんじゃないの?」
もしかして俺だけ? なにそれ、霊能力みたいで怖い! 俺は零感体質だったと思うんだけどな!?
「マナを視ること自体は誰にでもできるさ。特に魔法系のジョブだったり、魔力が高かったりするとな。あとは強力な魔法を使う術者の周りにも出る。けど、普段から精霊の唄を聴いたり、木や水場のマナが視えるのは吟遊詩人だけだ」
「どうして?」
魔法を使える世界なんだから、誰にだって見えてそうなものなのに。
こんな風に世界が見えていれば、こっちじゃもし科学が発展しても環境破壊問題とか無縁そうだと思ったんだけどな。
「それは吟遊詩人が精霊と契約して、その力を借りる代弁者でもあるからさ。ボクたちはその礼に謡う。人の喜びも悲しみも、感情に宿る力にはすべてマナの源になるものがあってな。命の循環ってやつだ」
お…おう、スピリチュアルな世界になってきたな!?
俺、大丈夫か?
精霊と契約なんか結んだ覚えないし!
…………っていうか、あの神様っぽいなにか様!
俺は! 普通に!! 音痴を直して欲しかっただけなんですよ……!!!
吟遊詩人のジョブを持ってるってわかったときは、「わーい音痴じゃない保証もらったぜ!」ってうれしかったのに、まさかこんな罠があったとは……ッ!!
「どうした? また怖くなったか?」
「いえ……どうやって慣れようかなって」
とにかくだ、先に聞いてよかった。
だって、誰かといっしょに歩いてるときにさ、「あれ、あのお花、今日は元気にマナが出てるねえ」なんて言っちゃって、「なんだこいつ」って顔される危険があったってことでしょ!?
そんなことになったら、もう誰かと話すとか無理っ! コミュ症が本物のコミュ障になっちゃうよ!!
「心配するな。ボクがちゃんと教えてやるさ。ルーも子どものころはマナに振り回されてよく泣いてたから、おまえを慰めたくて歌ったんだろうしな」
「え? ルーファスネイトが?」
「そうとも。今や冒険者の最強格に名が上がる黒衣の魔剣士も、昔はおまえと同じようにお子様だったってことさ。おーい、朝飯は先に食っててくれていいぞー!」
そう言っておどけるように笑ったピルピルさんが少し離れた木のそばで焚き火を囲んでるみんなに声をかけた。
調理係はヴィントらしい。朝から黒づくめなでかいお兄さんがコトコト料理してるのって、すごい絵面だな!
マリーベルは忙しく木のお皿を出してるし、ルーファスネイトは…ええと、料理が気になる様子でつつこうとしては手をぱしんとやられて笑ってた。子どもか!
なるほど、自己申告通り、確かにこの中で一番暇なのはあの人だな。
「おはよう、サトル君。気分はどう? 一応身体は拭いたけど、薬を塗ったからべたべたしてるでしょう。気持ち悪くないかな?」
「大丈夫です。あの、ヴィント…さん。昨夜はいろいろとお世話になっちゃって……」
あれ、もしかしてこれ、みんな俺たちの方を気にしてたけど声をかけずに待っててくれた感じ?
気を遣わせたのが申し訳ない。この人には特に恥ずかしいところを見られたから、俯いてごにょごにょと言ったら、大きな手をそっと下から頬に添えて笑ってくれた。
ルーファスネイトより少し大きくて温かい手だ。ヴィントは体温が高めなんだな。
「ヴィントでいいよ。依頼を受けたって言ったでしょ? 気にしなくていいから、早くお風呂に入ってさっぱりしておいで。君にも食べられそうなものを用意するからね」
お礼を言う前に、さわやかなイケメンスマイルでやり返された! こっちもまぶしい!!
キャンプみたいな道具を使って作った焚き火の上に鍋がかかって、その隣では魚を焼いてる。なんかおしゃれな感じにハーブとか乗っかってるし、横っ腹にバッテンの切れ目まで入ってて、まるで野外の小洒落たカフェ料理みたいだ。
0
お気に入りに追加
174
あなたにおすすめの小説
裏アカ男子
やまいし
ファンタジー
ここは男女の貞操観念が逆転、そして人類すべてが美形になった世界。
転生した主人公にとってこの世界の女性は誰でも美少女、そして女性は元の世界の男性のように性欲が強いと気付く。
そこで彼は都合の良い(体の)関係を求めて裏アカを使用することにした。
―—これはそんな彼祐樹が好き勝手に生きる物語。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない
AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。
かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。
俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。
*書籍化に際してタイトルを変更いたしました!
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる