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第1章 サトル、悟る
1-3-2 初めての採取その2
しおりを挟む「わたしがスカートだから心配してくれたんですね。大丈夫ですよ」
「わ! …あ、ブーツだったんだ」
にこっと笑ったエルフィーネが、簡素だけどいかにもシスターっぽいデザインのワンピースのすそを少し持ち上げて見せてくれたら、中から膝までのしっかりしたブーツが見えた。
俺のものと同じ、要所に補強を入れた冒険用のやつだ。
「はい。本当に壁際でしたけど、毒消しのレダの根を採りに出ることもありましたから」
「そっか。じゃあ大丈夫かな。辛くなったら言ってね」
「はい。ありがとうございます」
よし、決まった。
魔物も小型で弱いやつしか出ないから、駆け出しの俺達でもたぶん大丈夫。ゲームでいうところのレベル1でうろうろできるところだし!
でも警戒は大事。俺は鞄から弓と矢筒を出して装備したし、エルフィーネも気合いが入った様子でぎゅっとショートロッドを握りしめた。
そういえばプリーストってあの杖で魔物を殴るんだっけ。少しはお金を持ってるし、武器屋でもうちょっといい装備を買ってあげればよかったかも。
いや、でも押しつけがましいのもよくない。
とりあえず、町の壁が見える距離で遊牧民の羊とかがいないところに行こう。
少し乾いた草の匂いがする風を浴びながら、遠くでがさっと音がしては慌てて確認を繰り返す。ほとんどが羊で、たまにタンブルウィードみたいな形の魔物、通称でそのまま「草玉」って呼ばれてるやつがいた。
でも臆病だから、俺たちを見つけたらあっちもぽんぽんはねながら逃げていく。あれの親玉のデカ玉ならなあ……上級のエリクシールの材料になる核を持ってるんだけど。
……いや、まだ倒せないか。
世間話をするような余裕はすぐになくなった。見渡す限りの草原どころか、俺たちの身長じゃ、目の前にはいつも草で全然周りが見えないからだ。
「サトル、前を替わりましょうか?」
「大丈夫、だいぶ慣れてきた。エルフィーネはそのまま周りを見てて」
「はい。サトルは森出身ですから、勝手が違って大変ですよね」
「うん。木の枝を払いながら歩くのは慣れてるんだけど、ここはかき分けてだもんね」
離れたところを警戒するエルフィーネのためにも、俺は足回りを警戒しながら彼女が歩きやすいように道を踏み開かないといけない。
これは思った以上に重労働だった。ゲームで遊んでたときは薬草なんて近くに生えてるんだし、わざわざ依頼に出すほどかなって思ってたけど、そりゃ他人に頼むよ!
草だって一回踏めばおとなしく倒れてくれるわけじゃなくて、二、三回は踏み固めないと意味がないし。
今だけでも前世の身体に戻りたい!
成人男性だったあのころの俺の身体なら、少なくともこの作業だけは絶対楽だ。それこそおっさんのくせにエルフィーネと二人で冒険なんて、申し訳なくてできないけど!
「あ、うしろです!」
「え?」
太い草の根元をぐりぐり踏みつけてたら、エルフィーネにぐいっと腕を引かれてたたらを踏んだ。
「そらよっ!」
「!」
軽い掛け声と同時にさっきまで俺がいたところをヒュンっと風が切って、オレンジっぽい少し大きな草玉が二つになって落ちる。
あれ、いつの間に…!
「よう、大丈夫だったか?」
「油断大敵~。足元ばっか見てても、離れたとこばっか見ててもだめだよぉ。この辺りはあんまり強いやついないけど、たま~にちょい強なオレンジ玉が出るからねぇ」
にかっと笑って現れたのは、さっきギルドにいた若い人間の男と犬型の獣人族の女性、少し遅れて寡黙そうな巨人族の大男のパーティだった。
「ありがとうございます!」
「助かりました!」
二人であわあわ礼を言ったら、思った以上に体力を消耗していて、お互いに軽く息が上がってる。
レベルで言ったら1だもんな。自分で思ってる以上にまだまだ頼りないってことだ。
こそっとサーチしたら、やっぱり三人ともステータスのHPのバーが俺たちよりずっと長い。
「もうそろそろ草の色が変わる。境界を超えるのはおすすめしないぜ」
「あっちまで行ったら赤玉も出るよぉ。おっかないでしょ?」
「……この辺りまでにしておけ」
口調は軽いけど心配してくれてるのが伝わって、俺は素直にその忠告を聞くことにした。
エリアが変わると、出てくる魔物の種類や強さが変わるんだ。そろそろ境界だから、向こうのやつが出てきたんだな。
草玉は緑、青、オレンジ、赤、黒の順番に強くなるんだけど、オレンジの気配を見逃すようじゃ確かに危険だ。
「はい。ここで探すことにします。皆さんも薬草採取ですか?」
唸れ、俺の「交渉」スキル! がんばって笑顔で返事をしたら、二人は笑って、巨人族の男には渋い顔をされた。
「まさか。俺たちはこの先のエリアでゴブリン退治だ。あいつら群れるんだが、中にでかいのが増えた上に、オークとつるんでるやつらがいるって情報が入ってな」
「そろそろキャラバンの移動時期でしょ? 先に始末してくれって依頼を受けたのよねぇ」
「……ラルベルテの麓あたりは大物を狩る連中もいる。乱戦になると、逃げだした魔物が思いがけないところまで移動することがあるから、……気をつけろ」
うわあ、びっくりするほど親切な人たちだ!
感動してエルフィーネを振り返ったら、エルフィーネも同じ気持ちらしくてうれしそうにうんうん頷いてくれた。
「わかりました!」
「ご親切にありがとうございます。どうか皆さんが無事に勝利できますように」
さらっと祈りの言葉が出るあたり、すごくシスターっぽい!
「はは、ありがとうよ。おまえらも気をつけてな」
「怖い目に遭ったら、懲りて街で仕事を探しなよぉ?」
巨人族の人はなにも言わないけど、ぽんって俺の背中を叩いて行ってくれた。
草原の色が変わる境界をものともせずにずんずんと歩いていく三人の背中が頼もしい。
いいなぁ…。いつかは俺もあんな風に境界を越えてみたい。
「サトル、わたしたちもがんばりましょう」
「うん。オレンジの草玉は怖いから、お互い気をつけようね」
さあ、冒険者としての初仕事(予定)だ!
とりあえず教えてもらったとおり、一人は見張り、一人が採取にしようと思ったんだけど…ふとひらめいてしまった。
「……これ、サーチできるんじゃないか?」
「サトル?」
「ちょっと待ってね」
まずは地図を出して、俺たちのいる緑のCエリアをズームする。
よし、Bエリアとの境界もわかりやすいな。
このまま「サーチ・オリジン」を使おうとしたけど、ステータス確認と違って口の中で呟くだけじゃだめだった。
「…『サーチ・オリジン』!」
「えっ」
声に出して詠唱したとたん、辺りであちこちが数秒ちかちかと光る。赤紫のが多いからラトリ草、青がレダの根があるところか。白はお茶にしたらリラックス効果のあるカミールの花で、オレンジはなんだろ? 花の色に光るらしいけど、このあたりで採れる薬草でオレンジ色の花はなかった気がするんだよね。
「サトル、今のは?」
「『サーチ・オリジン』って便利魔法なんだ。索敵と鑑定と捜索を足した感じの呪文、かな。光はもう消えちゃったけど、ほら。この地図は俺が出してる限り見えるから」
あれ、この魔法ってMPの消費はないと思ってたけど、ちょっと使った気がする。
そういえば森では隠蔽ばっかりでこっちは使ってなかったもんな。魔物が出るところだと消費するとか?
「すごい……。これもおばあさまが?」
「あはは…うん、まあ。俺のばあちゃん、ほんとにすごいでしょ?」
「ええ、とても! これならたくさん見つけられますね」
「さあ、早く採取しちゃおう。俺の魔力が切れるまではこの状態だから、見張りもしなくていいよ」
「はい!」
よし、採取だ。幸い消費MPはそんなに多くないし、薬草がある位置もわかるから、結構採れるはず!
まずは背が高くて固い草の根をかき分けて薬草を見つける。「サーチ・オリジン」が使えなかったら薬草を見つけるだけでもすごく時間を取られるところだから、記憶を引き継がせてくれたあの不思議な神様っぽいなにかに超感謝だな。
「場所がわかってても、採るのは自力だもんね。こりゃ骨が折れるぞ」
ラトリ草は若過ぎても育ちすぎてもだめ。見た目はアザミに似てる。茎がしっかりしていて、葉っぱが濃い緑で先端が少しくるんってなり始めてるものからくるんって巻いてるのが採りごろだ。
この葉っぱの部分を、茎の根元から丁寧に採るのが大事! その方が日持ちするんだよね。
「サトル、わたしは採取用の小さなスコップを持ってきてますから、レダの根はわたしが採りますね」
「ありがとう。このあたりに群生してるから、そこで済ませちゃおう」
「はい」
レダは小さいブドウみたいに集まって咲く青い花で、この根っこに薬効成分がある。少し太い根っこを千切らないようにそっと抜いて、中に詰まったペンキみたいにとろっとした白い汁をこぼさないように持って帰らなくちゃいけない。採りたては柔らかいけど干したらどんどん固くなって、よく乾いて白い石みたいになったら、中身が毒消しのいい材料になるんだ。
一応採りたてでも毒消しの成分はあるけど、そんなに強くないらしい。
それでも毒のある虫に噛まれたり刺されたときはオウルばあちゃんが根っこの白い汁を塗り付けるだけで治ったから、それなりの効果はあると思う。
「しっかし、手作業だと時間がかかるもんだな」
ゲームだと光ってるところを回ってクリックするだけだったから、こんな大変な作業だとは思わなかった。
長年やってたら普通に腰とか悪くしそうだ。
「あれ? オレンジのって薬草じゃないのか」
一つだけオレンジ色だった光のところを探したら、そこに落ちていたのは小石ほどの小さな核だった。
さっきのオレンジ色の草玉が落としたやつらしい。
サーチしてみたら、魔力の回復薬のエリクシールの材料になるって出た。
素材として売れるのかも知れない。倒したのはあの人たちだから、ギルドに行ったら渡したいな。
「ん?」
これも鞄に入れて、若葉と育ちすぎて固いものは残してせっせせっせとラトリ草を摘んでいたら、ふっと意識の中になにかの気配が入り込んだ。
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