32 / 37
最終章 真夏の夜に馳せる音色
背中を一押し
しおりを挟む
次の日は、特に課題が無くて助かった。
あの後、長湯をしてしまい倒れるようにベッドで休んでしまう。
気が付くと朝方の三時になっており慌てて課題の有無を確認してみると、無いことがわかりホッと安堵する。
学園に到着し、下駄箱に靴を入れていると、後ろから挨拶が飛んできた。
「おはよう陽さん!」
ドキッ――。
「お、おはよう伊織くん」
声の主が誰のなのかすぐにわかる。
だって、私が最近ずっと翻弄されている人なのだから。
隣のクラスの靴棚に行って慌ただしくしまうと、私の元へ駆け寄ってくる。
「これ、見せたくて」
鞄から、クリアファイルに入れられたチラシを取り出して、私に見せてきた。
そこには、夏祭りのプログラムが書かれており、出店するお店の内容も細かく記載されている。
「うわぁ、思った以上に色々あるのね」
「そうだね、これだけあると、全部は無理だから目星を最初につけておこうと思って」
彼の細く綺麗な指が、私に近づいてくる。
そっと、緊張しながらファイルを受け取り、チラッと確認してみるけれど、ダメだ、全然頭に入ってこない。
「ほら、こっちは雑貨屋さんのコーナーで、こっち側が飲食のコーナー……」
説明をしてくれているようだけど、私の視線は彼の横顔に釘付けになっていた。
この距離だと、私の心臓の音も相手に聞こえてしまっているのではないだろうか? そんな風なことも考えてしまう。
「――どうかな?」
「え⁉ う、うん良いと思うよ」
話の内容を殆ど聞いていないかったので、反射的に返事をしてしまう。
それを聞いて伊織くんは、嬉しそうに微笑むと、ファイルを手渡してきた。
「はいこれ、必要ないかもしれないけれど、当日まで、もしここに行きたい! とか、あったら、教えてね」
「あ! うんうん、わかった。考えておく」
満足したのか、用事があると言って、先に教室の方へ向かい始めた彼の背中を見つめながら、しばらくその場で黙ってしまう。
これは、想像以上に重傷かもしれない。
自分は恋というのは『痛いモノ』という、認識が強かったけれど、今回はちょっと違うような気がしてきた。
「でも、私なんか……」
ズキっと治りかけた傷口が痛み出した。
教室に行く前に、トイレに寄り鏡を見てみると、そこには私がいる。
伊織くんは既に、皆の人気者になっており、体育でも部活動にも勧誘されている。
そして、いつも休み時間になると、周りには可愛らしい女性がいつも居て、楽しそうに笑っていた。
「住む世界が違い過ぎる」
また、傷つくかもしれない。
そう思うと、途端に手が震えだしてくる。 もらったチラシをシワにならないように、鞄に入れて私は教室へと歩いて行く。
それからは、学園内が妙に怖くなる。
晴香に話しかけられても、曖昧な返事ばかりしていたので「熱でもある?」と言われてしまう。
逐一、手鏡で自分の姿と声を確認しては、落ち込んでしまった。
『どうせ、自分では』
そう思ってしまう、もう一人の自分が常にいる。
それでも、話しかけて楽しそうに接してくれる友だちもいるし、放課後になれば楽しく付き合っているのか、わかりにくい先輩たちもいた。
そ、それに伊織くんも――。
「はぁ、まいったな」
あんなにドキドキした気持ちでいたのが、一瞬で凍り付いてしまう。
そんなとき、晴香が声をかけてくれた。
「ねぇ、今日の帰りって暇?」
「? 研究会に行く予定はないから、暇かも」
今日も先輩たちは、進学の補講を受けるために、研究会は自主的に行ってほしいと言われている。
伊織くんも予定があるみたいで、今日は参加しないとのことで自動的に私も暇になった。
「ちょっと、付き合ってよ。それとも、やっぱり具合悪い?」
「うんん、大丈夫!」
そうだ、彼女と一緒に何かすれば少しは気がまぎれるかもしれない。
それに、晴香と二人で出かけるなんて、あまり無いことだった。
「彼氏さんは?」
「あぁ、今日は補講みたいで……」
やはり、船渡先輩も同じ環境のようで、少し寂しそうな表情になる。
もう少しで、夏休みに入る。 その前にテストが控えているので、遊ぶなら今しかない。
「それで? 今日は何が目的?」
「ん、ちょっとここでは言えないかも」
顔を若干赤めながら、答えてくれた。
なるほど、船渡先輩関係か、私で良いアドバイスができるか心配だけど、彼女のためなら頑張れる。
放課後になり、帰り支度を整え晴香と一緒に学園を後にした。
「ありがとうね、付き合ってくれて、私ってちょっと経験ないから分からなくて」
「経験って、私は無いけど……」
「あ! いや、その付き合うとかの経験じゃなくて――」
モジモジと煮え切らない態度をとっている。 いったい何がやりたいのだろうか?
そう思っていると、商店街の入り口に到着しすぐのお店に立ち寄った。
外のウエルカムボードには、こう書かれている。
『夏の浴衣特集始めました♡』
カラフルな文字と切り紙で彩られていた。
なるほど、これがお目当てなのか、照れたような緊張しているような面持ちで、店内に入ると涼しい空間に変わる。
明るくオシャレな照明に照らされた洋服が、小奇麗に並んでおり、一番奥には店員さんがセレクトした色艶やかな浴衣が飾られていた。
「さて、選びましょうか」
「え? 何を買うって言ってないよね?」
「大丈夫、ここまで来て分からないのはきっと伊織くんぐらいよ」
そう言って、晴香の手を掴み奥へと進んでいった。
あの後、長湯をしてしまい倒れるようにベッドで休んでしまう。
気が付くと朝方の三時になっており慌てて課題の有無を確認してみると、無いことがわかりホッと安堵する。
学園に到着し、下駄箱に靴を入れていると、後ろから挨拶が飛んできた。
「おはよう陽さん!」
ドキッ――。
「お、おはよう伊織くん」
声の主が誰のなのかすぐにわかる。
だって、私が最近ずっと翻弄されている人なのだから。
隣のクラスの靴棚に行って慌ただしくしまうと、私の元へ駆け寄ってくる。
「これ、見せたくて」
鞄から、クリアファイルに入れられたチラシを取り出して、私に見せてきた。
そこには、夏祭りのプログラムが書かれており、出店するお店の内容も細かく記載されている。
「うわぁ、思った以上に色々あるのね」
「そうだね、これだけあると、全部は無理だから目星を最初につけておこうと思って」
彼の細く綺麗な指が、私に近づいてくる。
そっと、緊張しながらファイルを受け取り、チラッと確認してみるけれど、ダメだ、全然頭に入ってこない。
「ほら、こっちは雑貨屋さんのコーナーで、こっち側が飲食のコーナー……」
説明をしてくれているようだけど、私の視線は彼の横顔に釘付けになっていた。
この距離だと、私の心臓の音も相手に聞こえてしまっているのではないだろうか? そんな風なことも考えてしまう。
「――どうかな?」
「え⁉ う、うん良いと思うよ」
話の内容を殆ど聞いていないかったので、反射的に返事をしてしまう。
それを聞いて伊織くんは、嬉しそうに微笑むと、ファイルを手渡してきた。
「はいこれ、必要ないかもしれないけれど、当日まで、もしここに行きたい! とか、あったら、教えてね」
「あ! うんうん、わかった。考えておく」
満足したのか、用事があると言って、先に教室の方へ向かい始めた彼の背中を見つめながら、しばらくその場で黙ってしまう。
これは、想像以上に重傷かもしれない。
自分は恋というのは『痛いモノ』という、認識が強かったけれど、今回はちょっと違うような気がしてきた。
「でも、私なんか……」
ズキっと治りかけた傷口が痛み出した。
教室に行く前に、トイレに寄り鏡を見てみると、そこには私がいる。
伊織くんは既に、皆の人気者になっており、体育でも部活動にも勧誘されている。
そして、いつも休み時間になると、周りには可愛らしい女性がいつも居て、楽しそうに笑っていた。
「住む世界が違い過ぎる」
また、傷つくかもしれない。
そう思うと、途端に手が震えだしてくる。 もらったチラシをシワにならないように、鞄に入れて私は教室へと歩いて行く。
それからは、学園内が妙に怖くなる。
晴香に話しかけられても、曖昧な返事ばかりしていたので「熱でもある?」と言われてしまう。
逐一、手鏡で自分の姿と声を確認しては、落ち込んでしまった。
『どうせ、自分では』
そう思ってしまう、もう一人の自分が常にいる。
それでも、話しかけて楽しそうに接してくれる友だちもいるし、放課後になれば楽しく付き合っているのか、わかりにくい先輩たちもいた。
そ、それに伊織くんも――。
「はぁ、まいったな」
あんなにドキドキした気持ちでいたのが、一瞬で凍り付いてしまう。
そんなとき、晴香が声をかけてくれた。
「ねぇ、今日の帰りって暇?」
「? 研究会に行く予定はないから、暇かも」
今日も先輩たちは、進学の補講を受けるために、研究会は自主的に行ってほしいと言われている。
伊織くんも予定があるみたいで、今日は参加しないとのことで自動的に私も暇になった。
「ちょっと、付き合ってよ。それとも、やっぱり具合悪い?」
「うんん、大丈夫!」
そうだ、彼女と一緒に何かすれば少しは気がまぎれるかもしれない。
それに、晴香と二人で出かけるなんて、あまり無いことだった。
「彼氏さんは?」
「あぁ、今日は補講みたいで……」
やはり、船渡先輩も同じ環境のようで、少し寂しそうな表情になる。
もう少しで、夏休みに入る。 その前にテストが控えているので、遊ぶなら今しかない。
「それで? 今日は何が目的?」
「ん、ちょっとここでは言えないかも」
顔を若干赤めながら、答えてくれた。
なるほど、船渡先輩関係か、私で良いアドバイスができるか心配だけど、彼女のためなら頑張れる。
放課後になり、帰り支度を整え晴香と一緒に学園を後にした。
「ありがとうね、付き合ってくれて、私ってちょっと経験ないから分からなくて」
「経験って、私は無いけど……」
「あ! いや、その付き合うとかの経験じゃなくて――」
モジモジと煮え切らない態度をとっている。 いったい何がやりたいのだろうか?
そう思っていると、商店街の入り口に到着しすぐのお店に立ち寄った。
外のウエルカムボードには、こう書かれている。
『夏の浴衣特集始めました♡』
カラフルな文字と切り紙で彩られていた。
なるほど、これがお目当てなのか、照れたような緊張しているような面持ちで、店内に入ると涼しい空間に変わる。
明るくオシャレな照明に照らされた洋服が、小奇麗に並んでおり、一番奥には店員さんがセレクトした色艶やかな浴衣が飾られていた。
「さて、選びましょうか」
「え? 何を買うって言ってないよね?」
「大丈夫、ここまで来て分からないのはきっと伊織くんぐらいよ」
そう言って、晴香の手を掴み奥へと進んでいった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
あさはんのゆげ
深水千世
児童書・童話
【映画化】私を笑顔にするのも泣かせるのも『あさはん』と彼でした。
7月2日公開オムニバス映画『全員、片想い』の中の一遍『あさはんのゆげ』原案作品。
千葉雄大さん・清水富美加さんW主演、監督・脚本は山岸聖太さん。
彼は夏時雨の日にやって来た。
猫と画材と糠床を抱え、かつて暮らした群馬県の祖母の家に。
食べることがないとわかっていても朝食を用意する彼。
彼が救いたかったものは。この家に戻ってきた理由は。少女の心の行方は。
彼と過ごしたひと夏の日々が輝きだす。
FMヨコハマ『アナタの恋、映画化します。』受賞作品。
エブリスタにて公開していた作品です。
月神山の不気味な洋館
ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?!
満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。
話は昼間にさかのぼる。
両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。
その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。
わたしの師匠になってください! ―お師匠さまは落ちこぼれ魔道士?―
島崎 紗都子
児童書・童話
「師匠になってください!」
落ちこぼれ無能魔道士イェンの元に、突如、ツェツイーリアと名乗る少女が魔術を教えて欲しいと言って現れた。ツェツイーリアの真剣さに負け、しぶしぶ彼女を弟子にするのだが……。次第にイェンに惹かれていくツェツイーリア。彼女の真っ直ぐな思いに戸惑うイェン。何より、二人の間には十二歳という歳の差があった。そして、落ちこぼれと皆から言われてきたイェンには、隠された秘密があって──。
悪魔図鑑~でこぼこ3兄妹とソロモンの指輪~
天咲 琴葉
児童書・童話
全ての悪魔を思い通りに操れる『ソロモンの指輪』。
ふとしたことから、その指輪を手に入れてしまった拝(おがみ)家の3兄妹は、家族やクラスメートを救うため、怪人や悪魔と戦うことになる!
ペンギン・イン・ザ・ライブラリー
深田くれと
児童書・童話
小学生のユイがペンギンとがんばるお話!
図書委員のユイは、見慣れた図書室の奥に黒い塊を見つけた。
それは別の世界を旅しているというジェンツーペンギンだった。
ペンギンが旅をする理由を知り、ユイは不思議なファンタジー世界に足を踏み入れることになる。
フツーさがしの旅
雨ノ川からもも
児童書・童話
フツーじゃない白猫と、頼れるアニキ猫の成長物語
「お前、フツーじゃないんだよ」
兄弟たちにそうからかわれ、家族のもとを飛び出した子猫は、森の中で、先輩ノラ猫「ドライト」と出会う。
ドライトに名前をもらい、一緒に生活するようになったふたり。
狩りの練習に、町へのお出かけ、そして、新しい出会い。
二匹のノラ猫を中心に描かれる、成長物語。
ちょっとだけマーメイド~暴走する魔法の力~
ことは
児童書・童話
星野桜、小学6年生。わたしには、ちょっとだけマーメイドの血が流れている。
むかしむかし、人魚の娘が人間の男の人と結婚して、わたしはずっとずっと後に生まれた子孫の一人だ。
わたしの足は水に濡れるとうろこが生え、魚の尾に変化してしまう。
――わたし、絶対にみんなの前でプールに入ることなんてできない。もしそんなことをしたら、きっと友達はみんな、わたしから離れていく。
だけど、おぼれた麻衣ちゃんを助けるため、わたしはあの日プールに飛び込んだ。
全14話 完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる