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最終章 真夏の夜に馳せる音色

夏祭りを先取りしちゃうお得感

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 学園の近くにある商店街が開催する夏祭り、数年前まではお盆の時期に合わせて開催していたが、それだと近隣の夏祭りとバッティングしてしまい、思い切って前にもっていたそうだ。

 すると、思いのほか集客が上がり、今ではこの時期に定着しつつある。

「へぇ、夏祭りってもっと後だと思っていた」

 彼は、この場所に私を誘ってくれる。
 それだけでも、背中から頭のてっぺんまでゾクゾクと震えてしまうほど、嬉しい。

「はぁ、もう無理かも」

 今まで、気づかないふりをしていた。
 痛い痛い記憶が邪魔をしていたけれど、もう既に陥っている。

『わかった! 楽しみにしているね』

 飾りっけのない返事を送ってしまう。
 そして、送った文章が変でないかを何度も確認してしまった。

 すぐに返事が返ってきて、今までとは違い、即座にメッセージを開く。

『ありがとう! それじゃぁ、詳しくは明日の研究会の終わりにね』

 何か返事をと思っても、よい内容が浮かんでこないので、『了解♪』と描かれた猫のスタンプを一つ送り、画面を閉じる。
 枕を抱きしめると、クーラーが効いているはずなのに、熱くなった顔にヒンヤリとした感触が伝わってきた。

 特別なやり取りはない、だけど、この数カ月の間に彼の影が私の被っている殻の僅かな隙間を縫うように入り込み、今では名前を見るだけでため息が漏れてしまう。

「す、好き? なのかな?」

 ボっと、更に体全体に熱が一気に駆け巡っていく。
 たまらず、体をエビのように曲げて、小さなうめき声を枕に押し付けた。

 
 しっとりとした夜の空気とは違い、私の想いは体中を流れていった。
 このままではマズイ! そう思い、お風呂に入り気持ちを落ち着け、軽く課題をやろうにも、チラチラと横目で携帯電話にメッセージが来ていないかを確認してしまう。

「あぁ! もう、全然集中できない」

 言葉は乱暴でも、怒りの感情はまるでない。
 むしろ、久しく忘れていたこのトキメキに身体が馴染んでいないように思える。

「無理、寝よう」

 課題をダラダラと終わらせてしまい、気が付けば短針と長針が重なる時刻に近づいていた。
 さすがに、眠気が増してきたので、そのままの勢いでベッドに入る。

 だけど、部屋を暗くすると思い出してしまう。
 あの夜に起きた出来事を……。
 
「ね、眠い」

 寝不足で重い体を無理やり起こし、学園に行く準備を開始する。
 朝は頭が働いていないのか、夜のような感じにはならず、パッパッと進んでいった。
 
 学園に到着すると、晴香が話しかけて来た。

「おはよ――って、酷い顔だね」

「朝一番に言う?」

「寝不足はよくないよ、ただでさえ、私たちって朝早いから」

 そんなのはわかっている。 
 でも、彼女は彼氏さんと付き合う前後も、寝不足のような感じはしなかった。
 そう言ったコントロールが上手にできるのも晴香の凄いところである。
 
 小さく欠伸をしながら、席につき授業の準備をしていると、不意に後ろから声を掛けられる。

「おはよう! 陽さん!」

「ひょっ! え、えっと、おはよう伊織くん」

 不意打ち過ぎて、変な声をだしてしまった。
 振り向けば、教室のドアのところに爽やかな彼がいる。
 意識しないようにと、思っていても、だんだんと顔に熱が集まっていくのがわかった。

「これ、今度行くところの」

 そう言って、手渡してくれたのは、一枚のチラシ。
 カラーの写真が散りばめられ、華やかな商店街の夏祭りを知らせるものだった。

「これって、昨日の?」

「そうそう、これ見つけて是非って思って」

 ニッコリ笑ったその顔に、心臓が飛び跳ねそうになる。
 私は反射的に顔を紙で隠してしまい、視線を下げてチラシを読むふりを始めたが、ちっとも内容が入ってこない。

「それじゃぁ、詳しくは放課後にでも」

 そう言い残して、自分の教室へ帰っていく。
 それでも、私は顔をあげられないでいた。

「陽‼」

 突然、私の顔を覗き込むかたちで晴香が大声を発した。

「‼ ちょっと、晴香なにするのよ!」

 突然のことに、驚いてしまう。今朝は、なにかと心臓に悪いことが続いているような気がする。

「なるほど、これはこれは、いや、凄いね」

 ニヤニヤしながら、彼女の小奇麗な顔がせまってくる。

「な、なによ」

「いや、陽も隅に置けないなぁって」

 私から離れて、ニッコリと笑う晴香、その笑顔がなぜか小憎らしい感じがしてならない。

「ずいぶん、含みがある言い方するわね……」

 ジト目で見上げると、晴香が一歩近寄って話しかけてくる。

「うん、だってわかるもん、私も同じだから」

 しっかりと、今度は軽くない口調で私に伝えてきた。
 意味を理解すると、先ほどまで晴香に向けていた視線が自然と横にそれていく。

「頑張りな、応援しているから」

 ポンっと背中を優しく叩いてくれ、席に戻ると同時に、他のクラスメイトたちが教室に入ってきた。
 すぐに喧騒の渦に包まれる狭い世界に、私の心は既に浮ついてしまっていた。

 放課後になって、研究会に行くと、珍しく鍵がかかっていた。
 合鍵を取り出して中に入ると、薄暗い部屋に窓から入った光が、ハウスダストを彩っている。

 むわっとした空気を取り除くために、窓を開けて小さな扇風機を起動させると、一気に部屋の雰囲気が変わる。

「よっし、こんなものかな」

 喉が渇く、伊織くんの顔が見れない。
 今、このときでもその名を心に浮かべただけで、キュッっと締め付けられてしまう。

 団扇を取り出して、パタパタと蒸れた空気を外にだすために、制服の襟を少し左手で引っ張り、空気を送り込んだ。
 すると、携帯電話に一件のメッセージが入る。

 相手は告先輩で、進学の準備のため今日は研究会に参加できないそうだ。
 それは同じ学年でもある覚先輩も同じで、どうやら、今日は彼と二人っきりの活動になる。

「二人っきり……」

 急に緊張感が増してくる。
 春までは、なんとも思っていなかったのに、いざ意識しだすと喉から心臓が飛び出しそうなほどドキドキしてしまう。

「あれ? 先輩たちは?」

 開けっ放しのドアから、声が聞こえてくる。
 聞きなれた透き通った声で、背中に届いたそれは、私の熱も同時にあげていく。

「ど、どうも」

「ん? やぁ、今日は珍しいね」

 声に負けないほど、爽やかな笑顔で入ってくると、定位置であるソファーに腰を降ろした。
 ぽっかりと空いたその隣は、私の定位置、いつもなら気兼ねなく座れるのに、今日は一歩が重い。
 そんな私を見て、彼は右手で私が座る場所をポンポンと叩いて合図を送ってくる。
 
 真っ赤になっている顔を隠しながら、近づき、距離をおいて座ると、伊織くんが鞄から何かを取り出した。

「ごめん、先輩たちが居ないみたいだから、今のうちに説明しちゃうね」

「あ、えっと、告先輩も覚先輩も今日は来れないって連絡きてたよ」

 チラッと横目で見ていると、一応彼も携帯電話を確認し覚先輩からのメッセージに今気が付いたようだ。

「そっか、なら今からでも大丈夫だね」

 手に持った二枚の黄色い紙を渡される。
 裏には黒い文字で何か書かれており、読んでいくと、更に私の鼓動は早くなっていく。

「こ、これって?」

「そう! 僕の父がちょっとした関係者でね。運よくゲットできたんだ」

 これは、チケットだ。 大きな見出しにこう書かれている『季節先取り花火・ペアチケット』。

 閲覧席のチケットのようであるが、最期のペアという文字ばかり集中してみてしまう。
 ペアというのは、私の知っている知識が間違っていなければ、二人という意味だと記憶していた。

 
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