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第三章 夏のホタルは儚い

『告白』

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 二人の声が聞こえる位置まで移動すると、気配を消してただ、ジッと待つ。

「あぁ、残念だなぁ」

「しょうがないよ。体調が悪いのを無理させるのはよくないから」

「それはそうだけど、これじゃぁ、いつもと変わらないじゃん!」

 不満そうな告先輩の横に覚先輩が立っている。
 プンプンと不満を言っている彼女の隣で、カチカチと数回ライトを点滅させると、視界の端でポっと光が見えた。

(‼ あれがホタル?)

 思わず息をのんでしまう。
 一匹光だすと、周りで同じように複数のホタルが光りだしていく。
 ポウッ。 ポッポ。 ホゥ。

 淡い緑色のような光が、私たちの空間を飛んでいる。

「き、きれい……」

 隣に座っている伊織くんも、思わず言葉を漏らしてしまうほど、綺麗であった。

「はぁ、でも、いっか、まだヒナちゃんやイオくんには来年もあるからね」

 ジャリっと、一歩近づいた覚先輩、もう二人の肩は触れそうなほど近づいていた。

「そう、だね……こっちは、最期のホタルになるかもしれない」

「やだ、何言っているのよ。覚らしくもない。今までこういった時はどうしていたの? 忘れちゃった? いきなり、変な昔の人の格言を言ってくるじゃない……‼」

 告先輩が冗談ぽく言っていると、真剣な表情をした覚先輩が、急に肩を掴んだ。

「ご、ごめん、痛かった?」

「い、痛くはないけど、びっくりした。どうしたの?」

 場の雰囲気が変わり、何かを感じ取った告先輩。
 真っ黒で微かな虫と蛙の声だけが包み込む世界に、先輩たちは突き動かされていく。

「つ、つぐ!」

「ひゃっ! ひゃい‼」

 二人とも口がたどたどしい。だけど、最初の一言が発せられたら十分だと思った。

「その……実は――自分には大切な人がいるんだ」

「……」

 一匹のホタルが告先輩の頬にとまると、彼女の頬を優しく照らし出していく。

「その人は、ずっと一緒にいて、それで可愛くて、元気で優しくて‼ だけど、視野が狭くてすぐに突っ走っていくんだ」

 二人の周りに淡い光が集まりだしていき、次第に宙に舞う光のドームが完成した。

「自分は、そんな素敵な人のことを裏から支えられたら、それで幸せだと思えてた。だけど、気が付いたんだ――ッ! ずっと、そう、ずっとその女性を目で追ってしまう。気が付くのが遅すぎて、甘酸っぱいドキドキも、挨拶するだけで、心臓が破裂しそうな感覚もない。それでも、これだけは確かだよ」

 クルクルと飛び回っている天使のような光体たちは、優しく夜を飲み込んでいく。
 小さな粒でありながら、その光はなんとも力強いのだろう。

「告、あなたのことが大好きだ……今までの関係が一番居心地がよいと思って、ずっとぬるま湯のような空気に甘えていたけれど、それは逃げているだけで、本当の自分に向き合っていない」

「――‼」

 告先輩の息を飲む声が聞こえてくる。
 それを確認して、覚先輩は優しく彼女を抱きしめた。

「ごめん、ずっと側にいたのに、こうして触れるのは初めてだよね」

 
「ば、ばかなの?」

 告先輩がようやく声を出せた。
 言葉ではバカと言っていても、その空いた手はそっと覚先輩の背中に回されている。

「バカかもしれない。だけど、告への気持ちは本当だよ」

「そ、そうね。ほら、私って魅力的だし……」

「うん、凄くステキだよ」

 ぎゅっと、力強く抱きしめると、一匹のホタルが二人の頭上を飛び出した。

「矢島 告さん、私と付き合ってくれませんか?」

 すっと、整った顔を先輩の髪にうずめていく。
 動けないままでいる告先輩、だけど、背中に回した手は、解かないでいる。

「うん、ありがとう。それに、よろしく」

 ス――。 スッ――。 ポゥ。 ポッ。

 多くのホタルたちが、一斉に瞬き始める。
 二人の想いが繋がるときを理解しているのか、それとも、先輩たちの熱にあてられたのか、夜は静寂と喧騒が混ざりだしていく。

「遅かった?」

「うんん、遅くはないけど、私も実は甘酸っぱいドキドキって経験ないの、だから、もう少しだけ早くこの気持ちに気が付いて、味わっておけばよかったなって思う」

 先輩らしい、お互い好き合っているのに、近すぎる。
 それに、接する時間が多すぎたから恋の特徴が現れない、だから、恋だと認識していなかった。
 
 だけど、その大切な時間が積み重なったからこそ、二人にはとっくの昔に壁は無くなっている。
 ただ、どちらかが勇気を出すだけでよかった。

「よかったわね」

「えぇ、よかったです」

 私の背中に伝わる熱と鼓動は、この空間でもしっかりと感じ取れ、心を落ち着かせてくれた。
 
「大丈夫、僕も頑張ります」
 
 小声で呟いたけれど、この距離なのでばっちり聞こえてしまう。
 何を頑張るの? そう訊こうと思ったけれど、口を閉じてしまった。
 
「ねぇ、そろそろ、私たちも戻らない? 守衛さんずっと探していると思うから」

「うん、戻ろうか」

 気が付かれないように立ち上がり、元来た道を歩き出していく。
 先を歩いてくれる背中に、私は思い切って語りだした。

「ねぇ、返事も何もいらないから、ただ聞いてほしいの」

 私の要求通りに、彼は返事をしてこない。
 だから、私もいつも通りに、そう、淡々と昔のことをこぼれさせ始める。

「一度だけ、恋をしたのは教えたよね? あれ、結局告白する前にフラれたんだ」

 ザザっと、地面をしっかりと踏みしめる音だけが聞こえてくる。

 過去の想い出、なんて聞こえは良いけれど、私から恋という想いを遠ざけた原因は単純で、フラれたことが大きい。
 でも、素直にフラれたならここまで殻を被ることは無いと思う。

 パキッ――。

「一個上の先輩が好きだったの、凄くかっこよくて、運動もできて、勉強はちょっとあれだったけど、優しかった」

 ピキ――。

「頑張って連絡先を聞いて、勇気をもって連絡してみた。数分で返ってきたときはびっくりするぐらい幸せだったの、でもね……」

パリッ――。

「結局、私のような地味で捻くれた人は全然釣り合わないの、ある日、先輩の姿を見つけて慌てて木の陰に隠れてしまって、友だちと話している内容を聞いてしまったの」

 大きく息を吸い込む、大丈夫、もう大丈夫。 
 何度か、自分に言い聞かせて、しっかりと口を動かして伝えた。

「先輩はこう言ってた。当時、同じ学年の女性に告白されたって、でも、私の好意にも薄々気が付いていたんだともう。それを友だちに可笑し気に説明していた。で、こう言った」

『アイツと付き合おうかなぁ、後輩でいい子いるんだけど、ちょっと地味だし、俺に釣り合わないよね』

 クスっと笑って、自慢げに話していた。
 その言葉を聞いたとき、腕に力が入らず、その場に座り込み自然と涙が溢れてきたのを覚えている。
 それ以降、私は恋という感情に卑屈になり、遠ざけてきた。

「でも! 変わりたい、変われるって思って、この学園を選んだの、それで、どうにかできるって思わない、簡単なことじゃないってわかっているけれど」

 自分の殻の中は心地よい、それに甘えたい覚先輩の言葉の意味を理解できる。 
 それでも、どこかに今のままではダメだといつもささやく自分もいた。

「大丈夫ですよ」

 先を歩いていた伊織くんが、立ち止まり、明かりを消してこちらを振り向いた。

「僕が変われたのは、陽さんのおかげです。だから! 大丈夫です。必ず変われます。今度は、こっちの番だよ」

 最後の言葉の語尾に遠慮を感じた。
 でも、彼は私の手を握り、また歩き出していく。

「この間、西賀さんに告白された」

 ドクンッ――。
 
「でも、断わった」

 なぜ? 理由を聞こうとしたとき、近くで私たちの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
 伊織くんは、その声に返事をした。
 その瞬間、私たちの会話は途切れてしまう。合流した守衛さんは、私たちを見失ったことに何も言わない。
 こっちも道を間違ったことにしていた。

 ただ、念入りに注意を受けて、その日はお咎めはない。
 
 先輩たちを迎えに行くと、河原に座り、肩を寄せ合ってホタルを見ている二人の姿がライトに照らされた。
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