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雪どけに咲く花は黄色
おんせん⁉ ⑪
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「……」
無言で私の顔を見つめてくる彼、少し困ったかのような瞳になっているのは、気のせいだろうか?
「言えない? 無理にとは言わないけれど」
「いえ、言えないことはないのですが、少々恥ずかしいきもしまして」
「そう? 気にしないから言ってみて、凄く興味があるの」
ふぅ、と小さくため息が聞こえてくると、彼は覚悟を決めたのか、語りだしていく。
「お嬢様は覚えていないかもしれませんが、私は一度あなた様に救われております」
意外な言葉だった。 私と彼は以前どこかで会っていたようだ。
「私は貧民街の出です。 父親の顔は知りません、唯一食べられたのは母が握ってくれたオニギリだけでした。ある日、そんな母も亡くなり、街を彷徨っていて」
暖房の熱が無くなりだしたのか、寒くなってきたが、布団を羽織りながら彼が抱きしめてくれる。
安心感と心地よさに包まれた。
そう思っている合間にも蒲生さんは話しを進めていく。
初っ端から驚いた。 全然そのようには見えない。 きっと何か大切なことを彼は教えてくれそうな気がする。
「母がいたころは、喧嘩ばかりしていましたね。来る日も来る日も、大人とだってやり合いました。 ボロボロになって帰るのが当たり前で、母を困らせていましたが、そんな支えだった母が亡くなり、いっきに心に穴が開いたんですよ」
それから、街を彷徨い食べることもなく、ただ寒さと飢えに抱かれながら最後を迎えようとしていたとき、ある場所にたどりついた。
そこは、何もない場所で覚えているのは草に覆われていながらも、工事車両が多く、開発が進む前の段階であった土地ということだけ。
そこに倒れているところに、男性を引きつれた少女が来た。
「それってもしかして私?」
「そうです。お嬢様と今の私が務めている会社の社長ですね」
正直覚えていない。 そんなことがあったのだろうか? しかし、幼いころは父の職場によく遊びに行っていたのを覚えている。
「お嬢様は社長が止めるのを無視して私に近づくなり、こう言ってくださいました」
『ねぇねぇ、なんで倒れているの? お腹痛いの?』
蒲生さんは貧困故に義務教育以降は学校に通っていなかったようだ。
いかに私が無垢といえど今考えると凄い度胸である。
それに、彼が務めている会社の社長さんとも昔は知り合いだったのだろうか?
「最初は警戒しました。 けれども、朦朧とする意識の中でお嬢様は更に私にくださいました」
私が差し出したのは、手に持っていた食べかけのクッキーだったそうで、周りがそれを阻止しようとするも、彼は素早く私からクッキーを奪うと食べたそうだ。
「とても美味しかったです。 甘い物なんてほとんど食べたことがなかったので、それは涙がでるほどでした」
『よかった! 元気でた⁉』
「お嬢様の優しさに私は驚きました。こんな人がいるのかと、そしてその時の動きをみて、社長にスカウトされ今に至ります。だから、あなた様は私にとって、命の恩人であります」
「そ、そんな大げさな、それに私はそのときのことをほとんど覚えていないのよ」
「えぇ、それでも構いません、お嬢様は私を救ってくださいました。こうして生きて強くなったのもお嬢様をお守りするためだと思い、此度は志願させていただきました」
そんな過去があったなんて、そう言われてみると以前オニギリの件などを思い返すと、そうなのかもしれない。
いや、絶対気が付かなかった。 彼から言われて初めて気が付く。
その場で私の警護を担当していた人が、蒲生さんの動きを見て彼を雇い鍛え、学業まで面倒をみてくれたそうだ。
「社長には感謝しかありませんね。でも、あの人曰く」
『投資したぶん、ガンガン稼いでもらうからな!』
「なんてことを言っておりますがね」
苦笑しながらポリポリと頬を掻いている。
巡り巡って、彼は私を守るためにここに来てくれた。
彼が自ら望んでくれたのだと思うと、キュっと心が締め付けられる。
「その、ありがとう」
「いえいえ、何度も言いますがこれは私が決めたことですので」
「そう、なら今度は私が感謝しないとね」
「それも違います。私が感謝しております」
「なぜ?」
カーテンで隠れていた月明かりが、隙間から差し込み彼の横顔を照らした。
そこには、とびきり優しそうな表情をした彼がいる。 その顔をみていると、なぜか私の頬が強烈な熱をもつのがわかった。
「こうやって、あなた様とご一緒できることにですよ」
「それって――」
真意を聞こうとしたが、そのとき急に世界は光を取り戻した。
「……つきましたか、単純な停電みたいでしたね」
目がなれておらず、チカチカとする世界を見つめていると、外からドタドタと足音が聞こえ勢いよく扉が開いた。
「おい! 愛! だいじょ――っ‼」
栞奈と鮎子の表情が固まる。 視線は私と彼を交互に見ていた。
「えっと、その……。 お邪魔しました!」
鮎子が焦ったように部屋から飛び出していく。
「うーん、まぁ、薄々感づいていたけどね。 お幸せに!」
栞奈にいたっては意味のわからない言葉を発し、ニヤニヤしながら部屋を出ていく。
何がおこったのかと思い、蒲生さんを見ると、彼も「これは困った」といった表情をしていた。
冷静になって考えてみる。 暗闇に布団を羽織り抱き合う男女のシーンを脳内で描くと一気に恥ずかしさが込み上げてくる。
私は飛び跳ねるように彼から離れると、部屋を出ていった二人の後を追った。
「ちょ、ちょっと待って! これは誤解なのぉ‼」
無言で私の顔を見つめてくる彼、少し困ったかのような瞳になっているのは、気のせいだろうか?
「言えない? 無理にとは言わないけれど」
「いえ、言えないことはないのですが、少々恥ずかしいきもしまして」
「そう? 気にしないから言ってみて、凄く興味があるの」
ふぅ、と小さくため息が聞こえてくると、彼は覚悟を決めたのか、語りだしていく。
「お嬢様は覚えていないかもしれませんが、私は一度あなた様に救われております」
意外な言葉だった。 私と彼は以前どこかで会っていたようだ。
「私は貧民街の出です。 父親の顔は知りません、唯一食べられたのは母が握ってくれたオニギリだけでした。ある日、そんな母も亡くなり、街を彷徨っていて」
暖房の熱が無くなりだしたのか、寒くなってきたが、布団を羽織りながら彼が抱きしめてくれる。
安心感と心地よさに包まれた。
そう思っている合間にも蒲生さんは話しを進めていく。
初っ端から驚いた。 全然そのようには見えない。 きっと何か大切なことを彼は教えてくれそうな気がする。
「母がいたころは、喧嘩ばかりしていましたね。来る日も来る日も、大人とだってやり合いました。 ボロボロになって帰るのが当たり前で、母を困らせていましたが、そんな支えだった母が亡くなり、いっきに心に穴が開いたんですよ」
それから、街を彷徨い食べることもなく、ただ寒さと飢えに抱かれながら最後を迎えようとしていたとき、ある場所にたどりついた。
そこは、何もない場所で覚えているのは草に覆われていながらも、工事車両が多く、開発が進む前の段階であった土地ということだけ。
そこに倒れているところに、男性を引きつれた少女が来た。
「それってもしかして私?」
「そうです。お嬢様と今の私が務めている会社の社長ですね」
正直覚えていない。 そんなことがあったのだろうか? しかし、幼いころは父の職場によく遊びに行っていたのを覚えている。
「お嬢様は社長が止めるのを無視して私に近づくなり、こう言ってくださいました」
『ねぇねぇ、なんで倒れているの? お腹痛いの?』
蒲生さんは貧困故に義務教育以降は学校に通っていなかったようだ。
いかに私が無垢といえど今考えると凄い度胸である。
それに、彼が務めている会社の社長さんとも昔は知り合いだったのだろうか?
「最初は警戒しました。 けれども、朦朧とする意識の中でお嬢様は更に私にくださいました」
私が差し出したのは、手に持っていた食べかけのクッキーだったそうで、周りがそれを阻止しようとするも、彼は素早く私からクッキーを奪うと食べたそうだ。
「とても美味しかったです。 甘い物なんてほとんど食べたことがなかったので、それは涙がでるほどでした」
『よかった! 元気でた⁉』
「お嬢様の優しさに私は驚きました。こんな人がいるのかと、そしてその時の動きをみて、社長にスカウトされ今に至ります。だから、あなた様は私にとって、命の恩人であります」
「そ、そんな大げさな、それに私はそのときのことをほとんど覚えていないのよ」
「えぇ、それでも構いません、お嬢様は私を救ってくださいました。こうして生きて強くなったのもお嬢様をお守りするためだと思い、此度は志願させていただきました」
そんな過去があったなんて、そう言われてみると以前オニギリの件などを思い返すと、そうなのかもしれない。
いや、絶対気が付かなかった。 彼から言われて初めて気が付く。
その場で私の警護を担当していた人が、蒲生さんの動きを見て彼を雇い鍛え、学業まで面倒をみてくれたそうだ。
「社長には感謝しかありませんね。でも、あの人曰く」
『投資したぶん、ガンガン稼いでもらうからな!』
「なんてことを言っておりますがね」
苦笑しながらポリポリと頬を掻いている。
巡り巡って、彼は私を守るためにここに来てくれた。
彼が自ら望んでくれたのだと思うと、キュっと心が締め付けられる。
「その、ありがとう」
「いえいえ、何度も言いますがこれは私が決めたことですので」
「そう、なら今度は私が感謝しないとね」
「それも違います。私が感謝しております」
「なぜ?」
カーテンで隠れていた月明かりが、隙間から差し込み彼の横顔を照らした。
そこには、とびきり優しそうな表情をした彼がいる。 その顔をみていると、なぜか私の頬が強烈な熱をもつのがわかった。
「こうやって、あなた様とご一緒できることにですよ」
「それって――」
真意を聞こうとしたが、そのとき急に世界は光を取り戻した。
「……つきましたか、単純な停電みたいでしたね」
目がなれておらず、チカチカとする世界を見つめていると、外からドタドタと足音が聞こえ勢いよく扉が開いた。
「おい! 愛! だいじょ――っ‼」
栞奈と鮎子の表情が固まる。 視線は私と彼を交互に見ていた。
「えっと、その……。 お邪魔しました!」
鮎子が焦ったように部屋から飛び出していく。
「うーん、まぁ、薄々感づいていたけどね。 お幸せに!」
栞奈にいたっては意味のわからない言葉を発し、ニヤニヤしながら部屋を出ていく。
何がおこったのかと思い、蒲生さんを見ると、彼も「これは困った」といった表情をしていた。
冷静になって考えてみる。 暗闇に布団を羽織り抱き合う男女のシーンを脳内で描くと一気に恥ずかしさが込み上げてくる。
私は飛び跳ねるように彼から離れると、部屋を出ていった二人の後を追った。
「ちょ、ちょっと待って! これは誤解なのぉ‼」
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