私の守護者

安東門々

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田村兄妹

ニューフェイス ⑭

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 どこから現れたのか、男性の肘から会長を助けたのは他でもない蒲生さんだった。
 にこやかな笑顔でいながら、片手であの男性の肘を止めている。

「さぁて、言いたいことは山ほどありますが、とりあえずは現状をどうにかしないといけませんね」

「はぁ! なんだこの優男は! てめぇのようなヤツが出しゃばる場面じゃねんだよ」

 肘を手から抜くと腰の回転を利用し、会長ごと後ろを振り向くとその勢いのまま強烈な突きをくりだした。
 しかし、その突きも彼の左手一本で止められると男性の顔色が一気に変わる。

「うぐぐぐぐ! う、動けねぇ!」

「いや、本当はあまりこういったことをしたくないのですが……」

 蒲生さんの細い瞳が開かれる。 少し興奮しているのか充血しかけた目が相手を睨みつけた。


「少々昔を思い出してしまうんですよ!」

 相手の右腕を掴んだ左手で捻ると男性の腰が浮いた。
 会長は慌てて手を離すと同時に腹部に蒲生さんの右足の蹴りが入る。

「ぶべぇ……‼」

 綺麗に入ったかと思ったら、そのまま数メートル飛ばされコンクリートの壁に当たって気を失っていた。

「凄い……」

 私と会長が驚いているところに、速水さんと鮎子も合流し現状をみて驚いていた。

「えっと、とりあえず警察呼ぶ?」

 鮎子がいち早く警察に対し連絡を入れてくれた。 未だに周りでは違法改造車両の音が僅かに聞こえるので、警察も苦戦しているのかもしれない。
 速水さんは突然現れた彼に対しどう対応してよいのかわからなそうにしている。
 会長は腰が抜けたのか放心状態でただ蒲生さんを見つめていた。
 そんな会長に彼は近寄っていくと優しく手を差し伸べる。

「ありがとうございます。あなたの勇敢な行動により助かりました」

「え、えっと」

 差し出された手を握り返し、勢いよく立ち上がる。

「きっとあなたは今以上に強くなります。それは肉体的なことばかりではなく、心も強くあるべきです」

 優しい笑みで話しかけられている会長は彼の言葉を聞いて少しだけ、頬を涙が伝っていく。

「さぁ、皆さん帰りましょう、あとは警察に任せて」

 パンパンと手を叩きながら帰るように促し始める蒲生さん、本当ならば警察が到着するまでここに残っていなければならないと思うのだが。
 異様な雰囲気を彼から感じ取った私は、何も言えずに車に向かって歩いていく。

 繁華街の駐車スペースまで到着すると私を待っている車が見えて来た。
 速水さんはいつの間にいなくなったのか、気が付くと姿が見えない。
 何度も丁寧にお礼と謝罪を述べて別れると、いつもと違い乱暴にドアが閉められた。

 田村兄妹の迎えも早々に到着予定とのことで、一安心するが消えた速水さんが心配だった。
 揺れる車内では、誰もが無言になり、なんとも冷たい空気に支配される空間となっていた。
 先ほどから、一切私に話しかけてこない彼は短い付き合いながらも「わかる」きっと怒っていると。

「お、怒っている?」

「……」

 無言が返事となる。 
 気を使ってなのか運転手は帽子を深く被り、自分の存在を消してくれた。
 私は息を丁寧に吸い込むと、喉の奥から声を低くだして伝える。

「ごめんなさい」

 トクンと心臓が跳ねるような感じがした。 
 私の言葉に反応したのか、蒲生さんは大きなため息を一度オーバーリアクション気味につくと、悲し気な瞳をむけて私に振り向いた。

「お嬢様――。 ご学友と遊ぶなとは絶対言いません、むしろ楽しんでいただきたいです。 しかし、今はご自身が狙われている立場、必ず私といつでも連絡がとれるような状況にしておいてください」

 充電の無くなった携帯端末を思い出し、自分の不甲斐なさを悔いた。

「GPSで逐一追跡したくもありませんし、どこに行くのにも私が同行するわけにもいきません……。 だから、せめてお嬢様のことを心配なさっている人がいるということをご理解ください」

 私はもう一度「ごめんなさい」を述べると、今度は少しだけ笑ってくれた。
 それを確認した運転手も帽子を元の位置に戻しアクセルを今よりも奥に踏んでくれる。
 
 家に到着すると、何事も無かったかのような振る舞いをしてくる。
 帰るなりお父様に叱られると思っていたが、違っていた。

「私と運転手さんしか知りませんよ。 皆さんには私と一緒に本屋を巡っていると伝えております」

 よかった。 もし大ごとになっていたらどうしようかと思った。
 実際大ごとになりかけたのだが……。 
 一歩前に進もうと思い、鞄に手を触れるとあることを思い出した。
 
 蒲生さんに振り向くと鞄から紙袋を取り出して冷え切ったたい焼きを一尾さしだした。

「えっと、これは?」

「たい焼きよ、凄く美味しいからよかったら食べて」

「たい焼きなのは見てわかりますが、まぁいいです。 ありがたく頂戴いたします」

 受け取ってさっそくひと口たべる。 冷えているが、上質な餡子の香りが私にも届いてきそうだった。

「美味しいです。 冷えていても生地がしっかりしていて、餡も美味しい」

「そう、それならよかった。 今日は本当にありがとう」

「いえいえ、ご無事でなによりでした」

 尻尾から食べ始めた彼と一緒に家に入る。 
 使用人がたい焼きをたべる蒲生さんを見て笑顔で「おかえりなさい」と言ってくれた。

 温かな我が家の一部に彼はもうなりつつある。


 

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