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奇妙な暮らしのスタート

次回濡れ場よ

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 そして、その日の業務が無事に終わりを告げる音が社内に広がる。
 弊社の特徴として、定時になると音で報せてくれるのだが、繁忙期を除くとこの音を聞いて背伸びをする人も多くなんだか一気に張り詰めた糸が解けたように感じられ、私は好きだった。

「つ、疲れた……」

 どっと、疲労が押し寄せてくる。
 朝の一件以来、仕事にまったく集中できないでいた。
 ユウは結局あの後戻ってこれていない、むしろ、いっくんと一緒に新人研修を受けていたと思ったら人事部長と一緒にご飯を食べてそれから各部署の案内へと移り、最終的に彼が担当する営業部へと行ってしまった。


 営業部はこの部屋ではなく、同じ階だが専用の部屋が用意されている。
 前社長の発案で、事務と営業を分けた理由はあまりハッキリしないけれどあっちはあっちでかなり楽しく仕事をしているそうだ。
 元々、ノルマにうるさくない会社であって口癖が「自分のお給料+アルファ程で良いですそれを目標に稼ぐように努力しましょう」と言われていたので、だいたいの目安を定めて働いている。

 
「ユウ、大丈夫かな?」

 営業部の人たちは新人さんが大好きで、強制飲み会みたいな行事はやらないけれども、何か楽しいことを企画はしているのかもしれない。
 それに、全体を通して新入社員が彼だけだったのは驚きだ。
 確かに、昨年度は誰も辞めていないので新しく雇用しなくともよかったのかもしれない? 販路拡大に向けて採用活動は行っていたようだけど。

「さて、帰りますか」

 黙っていても疲れるだけなので、早めに帰宅することにした。
 今日はまだ新しい期が始まったばかりということで、思ったほど仕事は無かったので定時帰宅を目指して行動を開始する。
 ユウには申し訳ないけれど、今日は帰らせてもらう……ゴメンナサイ!!

 それに、私の周りの人たちもソワソワしており何か話しかけたいといわんばかりの雰囲気を醸し出している。
 そうはさせない! いま捕まったら確実に根掘り葉掘り聞かれてしまうし、一緒に住んでいるなんてバレたらどうするのよ⁉
 やはり、ユウには申し訳ないけれど今後は一緒に朝来たり帰るのも控えたほうがよいのかもしれない。

「よっし、帰りますか」

 自分のタイムカードをパソコンに打ち込んで、記録ボタンを押すとカツカツと「お疲れさまでした~」と言いながら会社の外へ出ていく。
 経理の吏奈りなさんが、何か話しかけてきそうだったのを全力回避できたので、振り返ることなく帰宅していった。

 外の空気は冷たく、まだ春の夜に冬の空気が少しだけ居残っていた。
 そして、ふと視界に入ってきたのは朝は気が付かなかったけれど、このビルの一階に飲食店、おそらく居酒屋だろうか? そんな雰囲気のお店が準備されつつある。

「へぇ、ここに居酒屋できたら嬉しいな」
 
 そして、美味しければなお嬉しい! 同僚とクイっと一杯できたらなぁ……なんて考えたが、今私は無一文に近いので節制しなければならない。
 小さなため息を一度吐き出すと、足を新しい家に向けて歩き出していく。
 
 家の前に到着すると、何か違和感がある。
 あれ? 誰か先に帰ってきているのかしら? 一応、外から見る感じだと電気はついていないので真っ暗であった。
 でも、なんだろう……おかしいな? まさか⁉ 怖いお兄さんたちの再来を想像し、恐る恐る部屋の鍵を開けて家に入ると静けさだけが出迎えてくれる。

「あれ? 本当に誰もいないのかな?」

 玄関から居間に向かい、スイッチを押して明りをつけると小さな声で「ヒッ!」と叫びそうになったが、慌てて口を押えて声を押し込んだ。
 気づかなかった、まさか彼が先に帰ってきているなんて思いもしない。
 居間のソファーで「すぴぃすぴぃ」と寝息をたてながら休んでいる人がいる。

「い、いっくん?」

 眼鏡もとっており、お風呂上りなのかガウンを着て寝ていた。
 いや、ガウンって初めてみたけれどいっくんが着るとなんだが、凄く似合っていて……それにチラッと見える胸板がかなり艶っぽい。

 ドクンッ。
 自分の顔に熱が集まっていくのがわかる。
 
 少し湿度を含んで温められた部屋の中に慣れない香りを含んでいた。
 
「これがいっくんの香り?」

 スンスンと鼻を動かしてツイツイ嗅いでしまう、私はまるでその甘い香りに誘われる蝶のようにふらふらと彼の近くに寄って行ってしまう。

「う、寒そうだから」
 
 何か被せられるものはないかと探しに行こうとするが、いっくんの顔をまじまじと見てしまう。
 近くにくると、眼鏡を取って無防備に寝ており、年上だがあどけなさが残っており思わず頬を人差し指で突っついてしまった。

「う……ん?」
 
 あ、ヤバい起こしてしまったかな? そう思って立ち去ろうとしたとき、急に手が伸ばされ私の腰を掴みグッと一気に引き寄せられた。

「へ?」

 薄っすらと目をあけてモニャモニャと何かを言っている気がするが、これは間違いなく寝ぼけている。
 うん、そうだって……こ、こんな綺麗な顔が目の前にあるなんて!! そ、それにこの胸板凄く温かい。

 まだ微睡の中で、私の額に自分の額を合わせてスリスリとしてくる。
 彼の鼻筋がはっきりと見え、先ほどまでとは比べ物にならないぐらい香りが濃く、頭がクラクラしてきた。
 
「ど、どうしよう」

 困っていると、さらに抱き寄せられ首筋に軽く唇が触れた。

「ひゃッ!!」
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