四分割ストーリー

安東門々

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現実と夢

これには気が付くのかよ……‼

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 男性陣は、さっぱりとした塩味のジェラートを食すことにより、食べたばかりなのだが、次は何を食べるのかと模索しているが、それは既に満腹な女性陣から断りが入り、解散となった。
 その日の夜は、千香は満足げに布団に入り込むと、財布にしまってある映画のチケットの半券を取り出し、月明かりの手助けを借りながらしばし眺める。
 
 これほど近い距離で、二人きりで長い時間いられたのは初めてでないだろうか、映画の後も千香が疑問を投げかけると、雪道は丁寧に答えてくれた。
 
 そんな些細な出来事でも、十分に満足できる。
 しかし、寧音に対する気持ちも徐々に大きくなるのは否めなかった。
 とてもよく、自分の面倒を見てくれるうえに美人で性格もよいときているので、なかなか恋敵と認識できないでいる。

 そもそも、なぜあの二人はこれほど一緒にいるのに付き合っていないのだろうか?
  
 何か見落としているのでは?
 そんな疑問が産まれてきたが、明日の楽しみさと今日の疲れが、彼女を深い眠りに誘うのにはそれほど時間はかからなかった。

 
 次の日は、前回雪道の家に集まった以上に滑稽な状態で、昨日のジェラートに対して闘志を燃やした雪道が、同じような塩味のジェラートを作ったが、やはりあの味には勝てずに意気消沈したり、秀はお土産でもってきたお茶を淹れようとしたが、急須からお茶をこぼすなど、散々な感じではあるが、終始笑いが絶えなかったのも事実であった。

 そして、待ちに待った彼特製の昼食の時間だが、今回は季節外れのお雑煮が主役として登場した。しかし、その香りをかぐと一気に食欲が増してくる。

「おい、このダシってなんだ?」

 秀が顔を近づけながら香りを嗅ぐと、香ばしく、今まで経験したことのない香りが鼻を刺激する。

「これは、ハゼのダシだよ」

「ハゼってなんですか?」

 千香の頭上にはハテナマークが無数に出ており、寧音も中途半端に「魚」の一種とまでしか理解しておらず、答えを出せずにいた。

 「ハゼは、日本各地の内湾や汽水域に生息する魚で、釣りの人気魚種の一つなんだけど、東北のある県では、そのハゼを使ったダシでお雑煮をつくるんだけど、ちょうどそのハゼの焼き干しが手に入って、それでつくってみたんだ」

「うわ、これですか中に入っている魚のようなのが?」
 
「そうそれ、試しに食べてみたけど、けっこう美味しいよ」

 見た目に少し躊躇する千香であったが、雪道のつくる料理はどれも今まで失敗などなかったので、思い切って一口食べると、口いっぱいに芳醇な香りと上品なダシの味わいが広がり、ゴボウやセリの香りもそれを助長してくれる。

 そして、目を引くのが、「いくら」だと思っていた赤い粒は「筋子」で、この塩気もアクセントになり、その味を吸い込んだ餅はとても柔らかく、そして美味しかった。

 寧音や秀の評判もよく、直ぐに雑煮は無くなり、午後は雑談やカードゲームで盛り上がる。

 この楽しい二日間はあっという間過ぎ去り、気が付けば夕日に小雨がちらつき、幻想的な雰囲気を演出しているが、これから帰る組としては憂鬱な展開でもあった。

「おっしゃ、とりあえず今日は帰るや」

 千香にも目線で促して、二人はある程度片づけを済ませると、一緒に家を出ていく。

「ねえ、あの二人って付き合っているのよね?」

「そのはずだけど。」

「そうは見えないと思わない?」

「え? そうかな、俺は普通に仲良さそうにみえるけど。」

「そうじゃなくて、仲が良いのは見ればわかるけど、なんだか腑に落ちないのよね」

「ごめん、寧音が何言っているのか全然理解できないんだけど」

「そうかもね、今日の私昨日と違う点は?」

「シャンプーの香りが柑橘系だったのに、ココナッツ系のような香りに変わってる」

「ちょ、ちょっとそんな変なところに敏感にならなくてもいいから、もっと外見で変わったところないかを聞いているの。」

 雪道の奇襲に頬を赤らめながら、おどおどと言葉を発する彼女だが、まさか彼がシャンプーを変えたことに気が付くとは思ってもいなかったようで、これは完全な不意打ちであった。

「すまん、わからない」

「やっぱりね。 ちょっと期待したけど、ちなみに千香ちゃんは一発で気が付いたわよ」

「そうか、でも本当にごめん、全然わからない」

 大げさに肩を落としながら、両手の手のひらを上に向けて「ヤレヤレ」といったポーズをとると、「だからわからないの」とだけ言われ、素早く片付けを終えると、雪道の家をあとにした。
 帰っると、まっすぐに部屋にいき、机の引き出しをあけると、そこにはいつもの無香料で無色のリップクリームが置いてあった。
 そのリップと、鞄から取り出した淡い色付きのリップを交換すると、そのまま引き出しを元にもどしていく。

 しかし、世俗に疎い朴念仁かと思っていたが、まさかの香りには敏感だったとは、今まで気が付かなかった。
 慌てて髪の毛の香りをチェックするが、あまり自分ではわからず、とりあえず今のを使い切ってから、元に戻すか、更に変更するのか決めようとした。

 それにしても、疑問が残るのはやはりあの二人だが。
 確かに一見付き合っていそうには見えるが、どこか壁があるように思えてならない、むしろ壁と表現してよいのかそれすらも曖昧で、彼女の胸の奥に少しだけ雲が陰りだしてくる。

 そんな気持ちを晴らすためには、やはり音楽を聴きながらの読書であろう、学園などではわずかに聞こえる喧噪をBGMにしながら聴けるので、音楽は必要ないが、家にいるときは別である。
 今日は詩集を、雨にも負けないようなしっとりとしたバラードで聴きたい気分になり、その音楽を選ぶと、イヤホンから音が流れだす。

 しかし、詩集をめくる手が重く、イヤホンを外し本を閉じると、そのまま携帯端末で戸次 嗣美の名前を検索して、メッセージを送る。

「ちょっと聞いて!!」

 今日も嗣美は不在で、何やら休みの日でも学園で何かをしているらしいので、最近はあまり関われていない。
 それでも、メッセージを送信してから五分後には返信があり、可愛らしい絵文字と、彼女を心配する文面をみて、一人笑顔になりながら今日の出来事を綴りだしていく。
 
 晩御飯の直前まで、途中からはメッセージではなく直接電話でやり取りをすると、幾分かすっきりし、キッチンでは炊き込みご飯んの良い香りが漂ってくる。
「そうだ、こんど釜飯を作ってもらおう」

 などと、雪道へ対するリクエストを考えながら階段を降りる。
 そして、胸の奥を覆う雲には今しばらく触れないでおこうと心に決めた。

 秀は、千香とのメッセージのやり取りをしながら、少しだけ心の中に、今まで感じたことのない気持の表れに悩んでいた。

 それは、親友の雪道と一緒にいるときのような感覚に近いが、それとはまた違ったような気もする。
 とにかく、彼女と一緒にいると「楽」な自分の存在があり、それがとても居心地がよく感じられ、かりそめな関係ではあるが、ここ数ヶ月で彼女の存在がこれほど、大きくなるとは思わなかった。

 しかし、目を閉じれば浮かび上がってくるのは、想いを伝えることができないでいる、寧音の姿ばかりで、すぐに目を開けては、天井をみて、また目を閉じるの繰り返しばかりで、こちらは数ヶ月前と比べてちっとも進歩していない。
 
「千香は凄いなあ」

 彼と違って、徐々にではあるが考えて行動している彼女は、確実に雪道に存在をアピールしている。
 二年以上経過しているのに、自分の不甲斐なさを悔やみながら、窓を開けると霧雨が部屋の中に入り、この憂さを包み込んでくれた。

「よっしゃ、俺もいっちょ行動してみるかな」

 自分に足りない覚悟を決めて、千香へメッセージを送る。
 
『俺も負けないぞ!』

『私も頑張るぞ!』

 無意味のようで、なぜか元気になる一文を眺めると、端末のディスプレイを暗くし、机に向かって勉強を始める。

 自発的に勉強をするのは、年に数回あるかないかの彼が、テスト前でもないのに机に参考書を開き、ペンをノートに走らせていく。

 次の日の昼休みに、いつも一緒に食べている雪道のもとへ赴くと、秀は少し考えるような素振りをすると、雪道を見据えて「俺に勉強を本格的に教えてくれ」と頼み頭を下げた。

「かまわないけど、急にどうした?」

「いや、俺ってば今の今まで、特に変わろともしないで生きてきてさ、でも何個か夢があったんだけど、それも半ば諦めていた状態だった。でも、変わろうとして努力しているやつを見ていたら、俺も変われるかもしれない、もしかすると、努力しだいでは届くかもしれないと、思えてきた」

 ぐっと力のこもった眼差しはとても強く輝いていた。

「だから、遅いかもしれないが、今からでも俺の面倒をみてくれるとありがたい」

 両手をあわせて、頭を下げる親友をみて、彼は表情を変えることなく「いいよ」とだけ、言うと、自分のお弁当を広げる。

「ありがとうな」

 その答えに対して、笑顔で答えると、秀も同じく母お手製のお弁当を食べ始めた。
 
 その日の放課後に、寧音が雪道が勉強している図書室に向かうと、そこには見慣れない人物が肩を並べて勉強している。

 「あら、珍しい」
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