四分割ストーリー

安東門々

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現実と夢

たまごやき

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 そして、追試の日までそれぞれの勉強は続いた。
 追試の対策としては、やはり中間や期末と違い、その教科だけに集中して取り組めるので、しっかりと対策をすれば、大丈夫であろう。

 放課後に無事に追試を終えた二人が図書室に入ってくる。
 このころになると、付き合って間もない二人の噂は学園中が知るところとなっており、千香も周りの友だちから質問をよくうけるようになり、心配していた虐めや悪戯などは、今のところ起きていない。

「そもそも、千香ちゃんも人気高そうだもんね」

「そ、そんなことないですよ」

 二人が来るころには、勉強を終えた雪道と千代が薦めてきた本を読み終えた寧音が、少しばかり退屈そうに、外を眺めていたときであった。
 二人の姿を確認すると、すぐに立ち上がり、今日は何処かに寄って帰ろうと寧音が提案すると、追試を終えたばかりの秀と千香は喜び、雪道も今日は妹が友だちの家に泊まりに行っているそうで、夕ご飯は適当な品でもよいということになり、彼も同行することになった。
 
 四人で一緒に寄り道先を模索するなか、千香も周りからの人気が高いのでは? と寧音がいいだしたのだ。

「私よりも断然、寧音先輩がお綺麗ではないですか! 全然、私なんて足元にも及びませんし、それに頭も良いなんて、なんて完璧すぎるんですか」

「そう言ってくれるの、あなただけよ。でも、千香ちゃん勉強も苦手なの世界史だけで、運動もできちゃうんでしょ?」

「勉強は平均ですね、世界史が飛びぬけて悪いんですが、あとは軒並み平均です。あ、でも数学や化学は一応得意分野にははいりますけど」 

 うーんと、考えるような素振りをみせる千香に対し、寧音はゆっくりとその答えを待っている。

「運動はどうでしょうね? 一通りできますが、球技よりも走ったりするのが得意です」

「それが羨ましいの、私は運動が全然できないから、よく雪や秀にからかわれる。秀はわかるとしても、雪から言われるとなぜか、怒りを感じるのよね」

 すっかり仲良くなった女性二人とその後には会話の少ない男子二人が目的地目指して歩いている。
 今回訪れようとしているお店は、雪道おススメの玉子焼きを食べれるお店でここいら近辺では数少ない専門店の一つであった。

「いいのか、お前の彼女、寧音にとられているぞ」

「俺にあの間に入っていけと? お前はできるか?」

「理解した」


「しかし、雪道先輩がおススメする玉子焼きってどんなのですかね?」

 その問いかけに対して、雪道を除く二人はクスクスと笑い、楽しみにしていてねとだけ伝えた。

 そして、商店街を通り過ぎ、更に五分ほど進むと、小さいお店で店内での飲食スペースもないが、夕ご飯どきということもあり、店頭には多くのお客が訪れている。

「あそこですか!?」

 千香は、後ろを歩いていた秀の腕を引っ張ると目的地まで足早にかけていく。
 
「ちょっと待ちなさいよ」

 それを見ていた寧音も、後ろからマイペースを貫き通している幼馴染に、ジェスチャーで早く来るように伝えると、その後を追った。

 そして、雪道が最後に到着すると、初めて見るであろう後輩は、「うひゃー」と感嘆の声を発しながら、目の前でつくられている「玉子焼き」をみて興奮している。
 
「これって、タコ焼きとは違うんですか?」
 
「そう、これは明石焼きと言って、たこ焼きとはまったく異なる食べ物なんだ。大きな違いは、その名のとおり、玉子を多く使うことにより、柔らかく丸いように見えて、平なのが見た目の違い」

 心なしか、雪道はいつもより生き生きと会話をしているように思えた。

「具はタコのみで、特製のダシ汁につけて食べる一品だね、他にも違いはあるけど、とりあえず、今は早く食べたい」

 普段と違い、若干早口になる雪道の姿をみて、千香は心の底で彼の違う一面を拝見できた喜びに満たされていった。
 しかし、それだけでは腹は満たされるわけもなく、ヨダレが口の中にドンドン溢れてくる。
 
 その話を聞いた店主が、こちらに顔をむけて「おう! いつもありがとうね」と言いながら、手早く菜箸さいばしで返していく。
 
 各自一人前を受け取ると、別にダシ入りのパックももらい、近くの公園のベンチに腰かけて、熱々の一品を食べる。

「うんんんんん」

 初めて食べる明石焼きに、言葉にならないといった感じの千香に、一個の半分はダシ、もう半分はダシとソースという、組み合わせが鉄板の寧音に、男たちはダシに浸しながらすするように食べていく。

「幸せ!」

 満足そうに頬張る後輩は、秀にもう一個欲しいと頼み、彼は「ほれ」とだけ言うと、二個つまみ上げて、そっと彼女のパックに置いた。

 それをみて、嬉しそうにはしゃぐ千香はとても楽しそうで、周りまで彼女の明るさが伝染するよな感じがして、その場が一気に和らいでいく。
 
 みんなが食べ終わると、ゴミを整理しそれを公園に備え付けのゴミ箱に捨てると、それを合図にしたように、各々の帰路につく。
 今では、このゴミ箱をあまり見かけなくなったが、年月で酸化しボロボロになりながらも、いまだに現役であり、この公園を見守っている。
 しかし、このゴミ箱ももう少しでなくなると、全員が思うところであり、なにか寂しい風が余計に彼の風化を早めているように思えた。
 
 秀は今日もしっかりと駅まで彼女を送り届けるそうで、先に雪道と寧音は帰ると申し出て、明日からの休みについてお互い話し合いながら歩いていく。

「あの二人ってデートとかするのかな?」

 唐突に柄にもない質問を、隣を歩く女性に投げかけた。

「なに? 興味あるの?」

「興味がないって言えば嘘になるけど、単純にデートをしたときがない」

「それは、私もまだ経験ないかも」

「楽しいのかな?」

「楽しいんじゃない、楽しくないと人はやらないからね」

 その言葉に納得したのか、雪道はまたゆっくり家を目指していく。
 もちろん、その歩調に合わせるのは寧音の役割で、自分一人で帰るときよりも、雪道と帰るとなると十分は遅くなってしまうが、それについては文句は一切ない。

 なぜならば、それが昔からの彼らのペースなのだから。

 桜の舞う季節が過ぎ、追試の結果に胸をなでおろす一行。
 そして、外の空気は寒さが薄れ、肌にべっとりと絡みつく湿気が、不快さを増していく。

 雪道の前髪は、今まで以上に彼から清潔感を失わせ、まるで萎しなびれたピーマンのような空気を醸し出している。

 それに比べ、秀は持ち前の明るさと柑橘系の香りをお供に、いつもと変わらない様子でふるまっており、梅雨に打ち勝つ存在とは、彼のことであろうと思われた。

 女性は夏服にかわり、寧音の色白な肌が一層目立つと、周りの男子は遠巻きから彼女を見つめては、想いを募らせていく。

 千香も、秀に負けないぐらい元気に過ごしており、日々一緒に過ごしながら、寧音や雪道たちとも親睦を深めていっている。

「不快ね」

 下敷きの団扇うちわで雪道の前髪をあおぎながら、お気に入りのアイスティーを飲み込む。
 その風の強さは、ぎりぎり彼の素顔が見えるか見えないかのラインを守っており、その手慣れた感は幼馴染のなせる業と言えよう。

「寧音がバッサリ切っていいよって一言言ってくれれば、切るよ」
 
「それはダメ」

「なんで?」

「害があるからにきまっているでしょ」

「そんなに俺は醜いか?」
 
「違うけど、あんまり見せびらかすと、周りに害が及ぶから、そのままでいなさい」

「なんか、すごく腑に落ちないけど、まあいいや」

 今日は雪道が所属する委員会の手伝いとして彼女もついてきているが、正直なところ、それほど人手が必要ではない。
 所属委員会は、広報委員会の委員長であり、掲示物を定期的に張り替えや、交換したりするのが、主な仕事ではあり、それに掲示される場所が決まっているため、一人でも十分対応が可能なのだが、彼女は暇なので手伝うと申し出ると手早く仕事を済ませ、広報委員会室で二人の到着を待っていたのだ。

 二人が、景色に飽きてきたころ、控えめなノックの音が聞こえてきた。
 そして、お待ちかねの二人組が登場するが、この二人はいつ見ても元気そうで、きっと夏バテなどとは無縁の存在に思える。

「よーす」

 右手をヒラヒラと振りながら、真っすぐに雪道の隣の席に座る。
 その後を追うように、小さなお辞儀をすませて、駆け足で寄ってくる千香は、寧音の隣に座るなり、鞄からミネラルウォーターを取り出して一口のみこんだ。

 いつもと変わらない挨拶を済ませると、開けていた窓の外で地面に小雨が打ち付けられる音が聞こえてくる。

「この時期の雨って細いから、とても素敵なんだけど、この湿気だけはイヤね」

「そうですよね、思わず気分まで沈んじゃいますよ」

「え? そうか? 梅雨ってなんかお洒落で俺は好きだよ。外では遊べないけど」

「梅雨をお洒落って表現できる存在って、この学園ではあなただけよ」

 秀の冗談とは思えない発言に訝いぶかし気げな目線を送る寧音に対して、千香は先ほどから、小さな鼻をクンクンと犬のように動かしながら、何かを探している。

「先輩の飲み物からとても良い香りがしますけど、なんですか?」

「これ? アイスティーだけど」

 寧音の水筒を受け取った彼女は、少しだけ鼻を近づけると「いい香り」と胸いっぱいに香りを楽しんでいる。
 
「よかったら飲む?」

「いいんですか?」

「ええ、なんの代わり映えもしない紅茶だけど」
 
 「やった!」と喜ぶと千香は水筒に入った紅茶を味わうように、一口いただく。

「……甘くない」
 
 少しだけ、鳩が豆鉄砲を食ったよう顔になった千香をみて、寧音はクスクスと笑だす。
 
「あら、言い忘れてたけど、私は珈琲も紅茶にも基本的には何も加えないの」

「でも、めっちゃ紅茶の香りが口の中に残って、いいですね」

 新しい発見をしたかのように、まじまじと水筒の中身を見つめる彼女にと、紅茶についての知識を教え始めた寧音に対して、秀は痺れをきらしたように、言葉を発した。

「おい、紅茶の云々はいいから、早くも溶けているこいつをどうにかしないと」

 左手の親指で雪道を指さす。
 そこには、机にうつぶせになりながら、蚊のような声で何かを呟いている雪道がいた。

「ちょっと! 雪先輩、もしかして体調が悪いんですか? 痛み止めならありますけど」

  
 薬を出そうとしていた千香に対して寧音が静止をかけると、「気にしないで」と伝えた。

 そして、このころになると、千香も自然と雪道の呼び名を雪先輩と変えており、彼女曰く、ずいぶんと呼びやすくなったそうだ。

「大丈夫、こいつ寒いのは平気なんだけど、暑くなってくると段々とこうなってくる」

「でもまだ梅雨ですよ? これ、夏になったら大変じゃないですか?」

「それなんだけどね。もう一歩も動かなくなるから」
  
「夕方の涼しくなる時間帯までガチで動かないから」

「休みの日だって、扇風機の前から動こうとしないから、去年の夏は氷枕を抱かせて外に連れ出したけど、あまり効果は無かったわね」

 雪道と付き合いの長い二人は、ヤレヤレといった表情で、彼を見つめると、視線を感じてか、彼はむくりと顔を上げるなり、なんの脈絡もない話題を提案した。

「雨降ってきたから、なんとなく涼しいけど、やっぱり苦手だなこれからの時期は、だから、今度俺の家で涼しいデザート食べないか?」
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