四分割ストーリー

安東門々

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現実と夢

鈍感

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 しかし、次に訪れたのは意外な人物で寧音の友だちの一人でもある、図書委員長の若宮わかみや千代ちよとその後輩である三好みよし慶都けいとであった。

 黒髪を三つ編みにして、眼鏡がよく似合う少女で、まさしく図書委員という感じがする。
 一方、その隣にいつもいるのが同じ図書委員であるが、きりっとした目が特徴的で、長身と整った体形からは伺えない、読書好きで茶道の心得も併せ持ちギャップが激しいと周りから揶揄されているが、本人はとくに気にしてはおらず、千香と同じ学年だが、お互いの面識はそれほどない。

「いたいた、寧音さんこの間借りた本なんだけど、次私読みたいから、そのまま返却しないで、私に渡してもらえないかな? 返却の手続きはこっちでやっておくから」

「その本なら、昨日読み終わって帰りに寄ろうと思ってたから、今返してもいい?」

 寧音は鞄から本を取り出すと、席から立ち上がって彼女に手渡しながら、次のおススメの書籍の情報を聞いている。
 そして、次に借りる本が決まりまた席に戻ろうとしたときに、勉強を終えた雪道が教室に入ってきた。
 そんな彼の姿を確認した千代は、少し顔を背けながら、急いで教室から出ていき、その後を慶都が追っていった。

「あれ? 今、若宮さん来てなかった?」

「来てたけど、雪の姿見て帰ったわよ、何かしたんじゃない?」

「ん? 全然心当たりがないんですが」
 
「彼女に変なことしたら、許さないからね」

「そもそも、俺と若宮さんそんなに関わったときないから」
 
「それでも、ダメだからね」

 ハイハイと適当な相槌をうちながら、二人が待つ席に近づくと、雪道は寧音の机の前に腰かける。
 そこは、千香の隣の席で手には世界史の参考書が握られている。

「よし、さっそく始めようと思うけど、秀のテストの範囲はわかるけど、立花さんの範囲を教えてくれない? でも、あれだね。 秀は最初に日本史からやらないとダメかも、世界史って言っても、二人の範囲が被っているわけではないから」

「それもそうね。 じゃあ私が秀に日本史を教えてあげるから、千香ちゃんに世界史お願いしてもいい?」

「寧音が協力してくれるなら助かるけど、二人はそれでもいい?」

 この問いに対する二人の答えは決まっており、勢いよく二人は頷きながら、勉強の準備をはじめた。

「で、地図帳はある?」

「はい、これですけど」
 
「一応聞くけど、地図帳は活用している?」 

 何回か使用しているにもかかわらず、綺麗な地図帳をみた雪道はわざと意地悪な質問を投げかけるが、それに対して彼女は恥ずかしそうに目線をそらすだけだった。

「世界史に地図帳は必須だけど、歴史は流れで覚えると頭に入りやすい、どうして、露土戦争が起きたのか? 出来事単体で捕らえようとするから、覚えれないのがほとんどで、物語だと思えばいい」

「でも、覚える範囲が広すぎて」

「日本史もそうなんだけど、世界史はあっちこっちに話が飛ぶから苦手って人が多いのも事実、だけど、さっき言ったように物語すると覚えやすい、単純なエピソードでもそれは記憶に残るからね」

 雪道は筆箱から鉛筆を取り出すとノートの端に何かを書き始めた。

「わかりやすいエピソードの例を挙げると、カラスって漢字で書くと(烏)って書くんだけど、全身が黒く、どこに目があるのかわからないから、(鳥)の文字から目の部分を取り除くと、(烏)という漢字になる。こうやって覚えた漢字は記憶に残りやすく、覚えやすいと思わない?」

 この話を聞いていた千香は、瞳を輝かせ尊敬のまなざしを雪道にむけるが、隣で日本史の勉強をしていたはずの秀も、同じような瞳をしていた。

「あのさ、あなたはこっちに集中しなさい」

 頭を鷲掴みにされ、無理やり顔の向きを変えられると、寧音は呆れた表情で、日本史の勉強を再開した。

「じゃあ、雪道先輩! 今回の範囲なんですが、一応去年の範囲も被っていて、特に間違いが多かったのが、ここなんですよ」

「アレクサンドロス三世関連の時代だね。 わかった。ヒュダスペス河畔の戦いは、テストにでる確率は低いけど、転換点として覚えておくべき」

 その後の勉強は各々の気持ちと平行しながら進んでいき、いつの間にか夕日が沈みかける時間に差し掛かっていた。

「今日はここまでね」

 秀に日本史を教えていた寧音は、大げさに疲れたような仕草をしながら勉強道具をしまい始め、秀も背伸びをしながら外の空気を吸いに廊下にでる。
 
「千香ちゃんもそろそろやめて、甘いモノ食べにいかない?」
 
 その提案は、疲れ切った脳が自然と欲しており、雪道との勉強できる魅力的な状況ではあったが、元気よく立ち上がり、寧音の提案に賛同の意を表した。

「もうそんな時間か、俺も帰って夕食の準備しないと、妹がうるさいからな」

「そう言えば、嗣美ちゃんに会いそびれたから、今度はきっちり会いたいな」
 
 いつでも会える距離にいるのに、なぜそうまでして会いたいのか理解できない兄であったが、それよりも今晩のおかずを何にするのか、思考はそちらに向いてしまっている。

 その帰り道、秀は予約していたゲームの発売日ということもあり、寧音と千香の二人が勉強が終わったあとの、楽しみにむかっている。

 雪道は、秀と同じ方角に夕ご飯の買い出しにいき、途中で妹の嗣美と合流するそうだが、こちらの女性二人は、ゲームを買って遊んでいる暇はないと、愚痴をこぼしている寧音に苦笑いをしながら、ゆっくりと千香は話を聞いていた。

 そして、今日の放課後で気になる点があり、その疑問を寧音にぶつけてしまった。
 あの若宮先輩は雪道先輩のことが好きなのではないだろうか? そう思うと、心が焦り少しでも情報が欲しくて焦った行動をとってしまったが、それを聞いた寧音は冷静にこう答えた。

「そうかもね。雪ってば、平日はほとんど図書室に通っているから、彼が特段変わった行動をしていなくても、直接かかわっていなくても、空間は共有しているから、何らかは思うところがあるんじゃない?」

「雪道先輩もなかなかやりますね」
 
「確かに、普段はあんな頼りないけど、いざとなったら結構動けるしね」

 いきなりのライバル登場に心底焦っている千香だが、それを悟られないように必死に話題を変えようと模索したが、その会話は行わることなく寧音がおススメする甘味処に到着した。

 甘味処の店名は少々風変わりで名を『熊』の暖簾をかけている。

「ここのスイーツはだいたい全部美味しいわよ」

「だいたいってのが、凄く不安なのですが」

「そうね。 店主の気まぐれどら焼きだけはダメね」
 
 常連の寧音曰く、そのどら焼きはその都度中身が変わり、最初のころは「ずんだ」や「みたらし団子」など、中身もとても美味しかったが、ネタが無くなるにつれて、段々と方向性を見失い。

 最終的には、『世界の缶詰紀行』と題されるようになってからは、まだ白桃などが入っているときは良かったが、ヨーロッパシリーズの段階で、タラのレバーをスモークした缶詰が中身のとき以来、このシリーズを口にしたときはなかった。
 
 単体で食べると、とても美味しいのだが、混ぜるとなんとも言えない風味が口の中を支配して、彼女にとっては苦手な味わいであった。

 それでも、このシリーズをこよなく愛し、通っている人がいると噂では耳にするので、やはり世の中はよくできていると感じられた。

「さて、中にはいりましょうか」

 歴史を感じさせる暖簾をくぐると、そこには小さな店内ながら、清潔感があり竹を基調とした色合いの落ち着きのある店内であった。

 二人は夕方の肌寒い風があたりにくい、奥の席に座ると、にこやかに女性の店員さんが温かなお茶をもってきてくれる。

 寧音はここに至る道すがらで、注文するメニューをある程度決めており、迷わず「きな粉餅・甘酒セット」を頼むが、同行者は少しばかり迷っているようで、常連の寧音はアドバイスとして、今日のイチオシと書かれた頁の中で選べば間違いないと教える。

 そして、迷いに迷ったが、最終的に選んだのは「店主選抜和菓子三点と抹茶セット」に決めた。
 
 先に運ばれてきている緑茶を飲みながら、しばし二人はずいぶんと打ち解けたような感じで、会話を楽しんでいく。
 それは、運ばれてきた和菓子がとても美味しい事実と、千香の話すクラスメイトとのやり取りや、寧音の周りで起こるハプニングの話題が話を盛り上げてくれる。

 もう、可愛らしい後輩に対して無粋な質問は投げかけないでいる。
 
「寧音先輩は、部活しないんですか?」

「そうね。これと言ってやりたいこともないけど、運動があまり得意ではないってことも大きな要因ね」

「文芸部とか文化部はどうですか?」

「それも一時期考えたけど、私が好きなのは読書であって、部活で活動するほどのものではないの、一年のときから続けているのは、委員会ぐらいよ」

「そうなんですか、私は部活入ろうか迷いましたけど、家が遠いので、帰りを考えると、ちょっと無理でした」

「委員会は入ってないの?」
 
「一応所属はしてますよ」

「どこに?」

「選挙管理委員会です」

「あら、予想外でちょっと驚いた」
 
「えへへへ、邪な考えだったんですが、あまりお仕事無いかなって思ったんですが」

「どうだった?」

「それが、選挙の期間に突入すると予想以上に忙しいんですよ。普段はやること無いんですがね」

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