年下の男の子に懐かれているうえに、なぜか同棲することになったのですが……

安東門々

文字の大きさ
上 下
42 / 46
そしてこれから……

満たされ

しおりを挟む
 寒い外から帰宅し、そのままリビングで彼を待つことにした。
 短く切りそろえている自分の爪をみていると年齢を感じてしまう。
 けれども、この手を握りながら外を歩いてくれる人がいる。

 夜の時も、優しく添えてくるのが合図になりつつあった。

「好きか……」

 普段の生活を思い浮かべるだけで、顔が緩んでしまう。
 正直言って、楽しい生活だと感じる。
 こんな満たされたまま生きていて良いのか? なんて、ことすら思ってしまうときがあった。

 時計の針が音も無く時間を刻んでいく。
 それを眺めていると、部屋の中が徐々に温まり始めると眠気がやってくる。

「ダメ、帰ってくるまで起きていないと、それに」

 今日は私がご飯の当番なので、もう少ししたら料理を始めないといけない。
 だけど、頭が重くなった感じがありちょっと横になろうとソファーに寝転がると段々と視界が回り始める。

「あ、これヤバいかも」

 呼吸が乱れ始め、ぽうっとした感じになる。
 たぶん熱があるかもしれない、そう思って立ち上がろうとするが力が入らない。
 疲れているかもしれない、だから少しだけ、ほんの少しだけ休もうと思って目を閉じることにした。

***

 何か私に触れる感覚で目を覚ましていく。
 まだ頭が重く、体は動かない。 だけど、キッチンから聞きなれた音が聞こえてくる。

「あ……」

 声を出そうとすると、ズキっと喉の奥が痛みうまく話すことができない。
 だけど、私の気配に気が付いたのか樹くんの姿が見えた。

「大丈夫ですか?」

 すこし冷えた手が額に当てられると、気持ちが良い。
 いつ帰宅したのか、体には毛布がかけられテーブルには清涼飲料水が置かれている。

「ご、ごめんなさい」

「なんで謝るんですか? 紗香さんきっと疲れていたんですよ」

 リビングの戸棚にしまわれている体温計を取り出してくると、私の熱を測ってくれた。
 ピピっと電子音が鳴ると表示された数字を見て、更に体が怠くなる。

「へ? 38.2……」

 思ったより高熱でクラクラが増していく。
 だけど彼は笑顔のまま立ち上がり、熱さましシートを取り出してオデコに貼ってくれる。
 そして、優しく頭を撫でてくれるとこう言った。

「休んでください、そして早く元気になってください」

「で、でも、樹くんのほうが忙しいんじゃ……」

 そっと人差し指で唇を抑えられ、それ以上会話ができなくなる。

「今は自分の体のことを心配してくださいよ」

 そう言って、体を支えてくれそのままベッドへと連れていってくれた。
 ふかふかの世界に横になると、布団をかけてくれ頬に優しいキスをすると部屋を出ようとする。

「ありがとう」

「お気になさらずに、ご飯は食べられそうですか?」

「ちょっとなら」

 それだけ聞いて軽く頷くと、部屋を出ていく。
 軽くため息をついて、天井を見ると先ほどよりも意識ははっきりとしてきているが、相変わらずグワングワンとした頭痛が続いていた。
 ここは素直に甘えることにして、休もう……早く回復して彼を楽にさせないと。

 そんなことを考えていたが、ふと一人暮らしのときを思い出してしまう。

「あの頃は、具合が悪くても一人だったから」

 会社に迷惑をかけないようにと、無理やり出社したり、ドラッグストアの風邪薬を飲んで寝込んでいた。
 出社は今思えば、かなり迷惑だったろう……ごめんなさい。

 心の中で、当時の人たちに頭を下げてもう一度眠ることにした。
 つい先ほどまで眠っていたのに、また眠気がきている。

「本当にありがとう」

 扉の向こうにいる樹くんの姿を思い浮かべて目を閉じる。
 体はシンドイけれども、心は満たされたままで、安堵もするし早く良くなる気もした。
 
 ご飯は玉子粥に、温かな中華スープ。
 食べるとビリっと痛む喉を優しく通っていく。
 
「美味しい」

「よかった。はい」

 そう言ってひと口分をレンゲですくうと口元にもってくる。
 
「待って、凄く自然に食べさせてもらっていたけれど、自分で食べられるから」

「いや、こんなときぐらい僕に食べさせてくださいよ」

 すっと差し出されたが、段々と恥ずかしくなってきた。

「本当に大丈夫だから、ほら、それにいつも樹くんには助けられているから心配しなくとも……」

 再度断ろうとしたら、目の前に真剣な表情で私を見つめてくる彼がいた。

「なにか勘違いしているかもしれませんが、助けられているのは自分のほうですよ。紗香さんはもっと頼ってください自分でなんでもかんでもこなそうと思わずに」

「え?」

 言われて驚いてしまう。
 だって、私は今までかなり彼に甘えていると思っていたが、そうじゃなかったの?
 
「どこか無理しているときがあるって思っていました。それはきっとまだ僕を百パーセント頼ってくれていないんじゃないか? ってずっと感じていたんですよ」

「そ、そんなことないわよ。私すごくあなたに頼っているし……そりゃ少しは年上らしくしようっては思っていたけれど」

「じゃぁ、その年上云々とか関係なく、普通にしててください。はい」

 パクっと無理やり口に入れられ、ほどよく冷えた御粥がするっと胃に入っていく。
 最初のころはしっかりしなくちゃいけないって思っていたけれど、最近はそれは無くなったと感じていたが心のどこかにはあったのかもしれない。
 彼が告白してくれたときに言ってくれた。
 年齢は関係なく「私」を好きになってくれたと……。

「はい、もうひと口食べますか?」

 再度差し出される。
 改めて思わされてしまった。
 そう……年齢は関係ない、ただ私は樹くんが好きで、彼も私を愛してくれているという事実だけ。

「う……あ、あーん」

 緊張しながら口を開けると、微笑みながら今度は優しく入れてくれる。
 冷えていない熱々な御粥に驚いて咽そうになるのを堪えると、プッと笑い声が聞こえてくる。

「なんだか、不思議な感じですね」

「そ、そう?」

 中華スープをほどよく冷まして渡してくれる。
 
「なんだか幸せかも」

「僕も同じこと考えていました」

 気恥ずかしい気もしないわけではない。
 でも、この満たされた世界に私たちは溶け込んでいっている。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

処理中です...