年下の男の子に懐かれているうえに、なぜか同棲することになったのですが……

安東門々

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元カレ

告白

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 その日の業務を滞りなく終え、私は肩にまるで重しを乗せたような感じで帰りの支度を進めていく。
 それにもう一つ気になるのは、志賀くんに送ったメッセージ……既読にはなっているけれど返事がない、こんなことは初めてでちょっとソワソワしてしまう。

「それじゃぁ、神薙さん! お疲れさまでした」

「え、えぇ、お疲れ様。本当に今日はありがとうね」

 必死に笑みをつくり、仕事を手伝ってくれた仲間にお礼を述べていく。
 皆が退社したのを確認し、私も会社を後にする。
 弊社の方針でできるだけ残業はしない方向のスタンスをずっと貫いており、遅くまで居残っていると社長自ら注意し帰宅させるようにしていた。

「まぁ、その代わり業務時間内にガッツリ頑張ろうってなるからね……」

 自分はわりと恵まれている環境だって理解している。
 無理なく仕事に集中できていたし、営業時代はそれなりに残業もしてきたけれど、最近は営業部も居残りは少ない。
 ここ数年でしっかりと会社の意識改善はできていた。

「さて、行きますか」

 財布の中身をチェックし、昼に買った品もこっそり見えない位置にしまって歩き始める。
 お店の場所は事前に調べていたので、迷うことなくたどり着けた。
 そして、お店の前に彼の姿を見つけると声をかける。

「お待たせ、まった?」

「ん? 待ってないよ、今日は急にだったけどありがとう」

「本当よね、これで断っていたらどうしたのよ」

「予約を速攻取り消す電話をしていたかな」

 微笑みながら、こちらをエスコートして店内に入る。
 少し疲れているのか、この間会ったときよりだいぶやつれているように思えた。

「それで、どうしたの?」

 席に案内されると、事前に頼んでいたのか食前酒が注がれると同時に、アミューズも運ばれてきた。
 一口サイズの小奇麗な料理に先ほどまで緊張していたのが、遠のいていく。

「どうしたって、一緒に食事をしようって思っただけなんだけど」

 食前酒をくいっと一気に飲み込んで、その後にすぐ水も飲みこむ様子をみて、私の心の中に不信感が芽生えた。

「それで、急に十一品もあるフルコースを予約しておく必要あるかしら? それに、その癖変わってないわね、緊張したり何か不安があるときって、そうやってお酒を勢いよく飲んだ後にお水を飲むヤツ」

 私に指摘され、驚いたような顔をした。

「そ、そうなの? 自分では自覚していなかったけど……」

「はぁ、それでそんなに私と食事するのが緊張するの? それとも別かしら?」

 ここにきて、漆田くんと再会してから感じていた違和感がカチッと固まっていく。
 きっと、彼は今凄く大変な場面なのだろう。

「まいったな、隠そうとはしていなかったけれど、こんなに早くバレるなんて」

 フォークとナイフを持って、料理を口に運ぶと柔らかい味わいに舌が喜ぶ、だけど、私と彼の表情はずっと硬いままだった。

「実は、今の仕事を辞めようと思ってね、次は本格的に海外でチャレンジしたいと思っている」

「あら、素敵じゃない、あなたなら出来るわよ。でも、辞める理由って?」

 早期の再発注に、仕事の進退、これでもかと節電されていた社内、これらの条件を考えるときっと今の会社はそう長くもたないのだろう。
 
「気が付いているかもしれないが、ウチはそのうち倒産するだろう、だから、この機会をチャンスだと思って外にって考えている」

 ビンゴ、やっぱりそうなのか、きっと注文してきた材料も格安でさばいた可能性が高い、その場をしのぐために自転車操業状態なので余裕がまったくないのだ。
 支払いは済んでいるが、支払日が遅れたのは知っていた。

「で? それを私に相談した理由は?」

 次のオードブルが運ばれてくる。 彩が美しい前菜に本当なら見惚れていたかったのに、そんな気分になれない。
 もしかすると、お金を貸してくれなんて言われる可能性だってあった。
 
「じ、実は紗香に頼みがあって――お、俺と一緒に来てくれないか?」

「え?」

 想定外の言葉が漆田くんから告げられた。
 大学時代に告白されたときも、こんな感じで唐突に言われたことを思い出してしまう。
 
「紗香に会って再確認したんだ、それに、さっきも俺のしぐさとか理解してくれて、やっぱりキミしかいないと思った。だから、俺と一緒に来てくれないか?」

「ど、どうしたのよ急に、な、なんで?」

 周りのお客がこちらをチラチラと確認してきている。
 小声で話しかけると、彼も咳を一度して小声にしてくれた。
 
「どうしても不安なんだ、自分は今まで自力で過ごしてきたけれど、海外ってなると不安で潰されそうになる。でも自分を発揮できるのはソコしかないと思っている。俺を支えて欲しいんだ」

 潤んだ瞳で言われてしまう。
 私の思考が止まりかけたが、その瞬間同居人の顔が浮かんでくる。
 
「私を選んでくれることはうれしいけれど、ごめんなさい……私はあなたを支えることはできないし、今の環境も凄く気に入っているの、だからごめんなさいね」

 こちらの答えを伝えると、小さくため息をつく漆田くん。
 
「そう言うと思ったよ。紗香が俺に興味が無いって再会してからずっと感じでいた。でも、ほら前みたいに俺が食い下がらなければOKしてくれるかなって淡い期待があったんだけど、ダメかな?」

 大学時代は、それで返事をしたけれど今は違う。
 だから、今度は私の意見もきっちりと述べることにした。

「人は簡単には変われないっていうけれど、私はあの頃の私じゃないの、だからね許して、でもきっと漆田くんなら絶対成功できるから応援ぐらいはさせてね?」

 私の言葉を最後まで聞いてくれ、またお水を飲むとワインを注文する。
 注がれた液体を眺めながら、ゆっくりと口に運んで一つ呼吸をすると、また話し出してくれた。

「そっか、わかった。あっさり引き下がるつもりはなかったかれど、確かに言われてみればそうかもしれない。人は変わるか、そうだよな。いい人でもいるのか?」

「それは秘密、でも元気でた?」

「まさか、振られて元気がでるほど人間できちゃいないさ、だけど、吹っ切れたその点だけは助かったよ。だけど、海外へはチャレンジするさ、成功してその時また声をかけられるように努力するさ」

「そう、なら楽しみにしておくわね、私も負けないから」

「紗香を恋人にできる人は幸せだな、まったく羨ましいよ」

 お互い軽く笑いあって、食事を進めていく。
 これからの展望やプランを煮詰めていった。 もし可能なら、ウチも力を貸せるかもしれないって、将来的にはそうなることが当面の目標になりそうだった。
 でも、なんとなくわかる。
 あなたの小さな仕草を見ればわかってしまう……きっともう会うことはないと。

「ごちそうさま」

「うん、美味しかった」

 ほろ酔いの私たちは外にお会計をすませると、外にでた。
 蒸し暑かった外は、いつのまにか心地よい風が吹く季節になっており、もう少しで冬がくる。
 
「送ろうか?」

「大丈夫、少し体を冷やしたいから」

 そういって、最後の会話を終えようとしたとき、私たちの後ろから小さく車のクラクションが鳴らされる。

「ん? おい、あれって」

「え?」

 振り返ると、真っ赤な車が私たちを照らしており、ゆっくりと近づいてくると窓が開いた。

「し、志賀くん⁉」

「どうも紗香さん、乗っていく?」

 乗っていくって、これどうみても高級車じゃない? エンブレムに暴れ牛のマークがあり、車高は道路すれすれの車だった。
 
「おいおい、こいつはすげぇや……こりゃ、俺ももっと頑張らないとな」

 ポンと背中を押してくれる。
 上にあがって開いたドア、えっと、これって確かガルなんちゃらドアって呼ぶんだっけ? 酔った頭が更にぐるぐると混乱していく。
 なんで彼がこんな高級車に乗って現れるの? そのまま乗り込むと、漆田くんは笑顔で手を振って見送ってくれた。
 それを確認すると、志賀くんは一礼し走り出していく。


 
 
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