年下の男の子に懐かれているうえに、なぜか同棲することになったのですが……

安東門々

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新生活

アルバイトくん

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 憂鬱だ、なぜこのタイミングで? そう思わずにはいられない。
 
「係長、今日行ってくれるかい?」

 係長……部長が私の背中ごしに話しかけてくる。
 一度も苗字や名前で呼ばれたことがないけれど、他の人にもそうしていたような? そこの新人くんとか、そんな感じでかなり付き合うのが苦手な人である。

「あ、はい! 部長、もちろんです」

 私相手にメールが来て、一応CCで部長にも届いていた。
 重い腰を上げて、出かける準備を整えていく、弊社は珍しい商材を取り扱っており最近の売りはなんと言っても、常温硬化液体ガラスを用いた建築物の防錆が売れている。

 その資料と価格や詳しい内容を聞きたいとステークホルダーの営業部長から入っていた。

「行ってらしゃい、あの会社は神薙さんのことを凄く気に入っていますよね」

 隣の席の人に声を掛けられた。
 そうなのかもしれない、いつも私に連絡をくれた。もちろん、最初に私が訪ねて営業をしたというのも理由の一つかもしれないが。

「それじゃぁ行ってくるわね」

 忘れ物がないことを確認すると、私は出社したばかりだったが外へと出て行く。
 会社から少しだけ離れているが、歩いて行ける距離なのでいつも徒歩で向かっていた。

 途中のカフェで帰りにテイクアウトでアイスコーヒーを買うのが、この会社へいく楽しみの一つなのだが、今日に限ってはそうは思えなかった。

「今日はいないわよね?」

 不安になりつつ、目的の場所に到着する。
 つい最近できたばかりの会社、ちょっと前は雑居ビルの一つに間借りしているような感じだったのに、今ではビルを一つ持つまで成長していた。
 しかも、本当に一瞬でここまで到達したのだから、経営者は凄い人なのかもしれない。

 かもしれない、この曖昧な表現は私は何十回も訪れているのに、未だにこの会社の経営者に会ったことが無かった。

「得体の知れない代表取締役社長か……」

 まるで、漫画の世界かのような設定に最初は不安であったが、支払いが遅れたり理不尽な注文などは一度もなく、会社内でも良い顧客リストに入っている。
 
「お⁉ 神薙さん、おはようございます。今日も綺麗ですね」
 
 私に会うたびに、冗談を言ってくる守衛さん、もう御年六十五を迎えたと聞いていたので、私からしてみると父のような感覚だ。

「もう、そう言ってくれるのは田村さんだけよ」

 私も冗談ぽく返すのがお互いの挨拶のようなもので、いつも肩の力を抜いてくれる存在である。
 最初のころは、本当に助かっていたが最近ではあまり緊張もしなくなり、肩に力は入らないでいた。
 だけど、今日は今日だけは違う……!! いつものように入ると、下を向きながら歩いていく。

「お? 神薙さん、お疲れ様です」
「神薙さんどうも‼ おはようございます」

 やめてやめて、顔なじみに社員さんから挨拶がくると、私もいつもの笑顔で返していくが、内心はとても焦っていた。
 どうか今日はいませんように、むしろ今後は顔をあわせませんように、そう願っていたのに、神様はあっさりとスルーしてくれたようだ。

「おはようございます神薙さん」

 ここ数日、よく耳にした声が聞こえてくる。
 思わずビクッと体が固まってしまうが、頑張って振り返り引きつる顔を整えながら挨拶を返した。

「お、おはよう志賀くん……」
 
 清掃のアルバイトをしており、いつも会社にいる頻度が高い、掃除だけでなくフロアのコピー用紙の補充だったりと幅広く雑用もこなしているようだ。
 私の顔をみるなり、パッと笑顔になるその仕草はいつも通りなので、最近は可愛いなんて思うこともあったが、今は違う。
 
「そ、それじゃぁ、私は待ち合わせがあるから失礼します」

 急いで待ち合わせ場所の会議室へ向かおうとするが、掃除用具を持った彼に追いつかれしまう。
 そして、小声でこんなことを聞いてきた。

「どうでした? 今朝のご飯は?」

「――ッ⁉」

 ドキッと心臓が飛び跳ね、私はあわてて彼にぐっと近寄り、右手の人差し指を口にもっていく。

「シーーッ! な、何を急に言うの⁉」

 自分では、小声で言っているつもりだが、もしかすると声が漏れているかもしれない。
 でも、周りをチラッと確認してみると、誰も私たちのことを見ていなかった。
 安堵しながら、小声で会話を続けていく。

「私たちが一緒に住んでいるのは、秘密なんだから黙っていて、わかった?」

 きょとんとした表情になるが、理解してくれたのか軽くポンっと手と手を叩くと、私の顔にぐっと彼の顔が近づいてきた。

「わかりました。二人だけの秘密ですね……」

「!!」

 こ、これはヤバいかもしれない。
 一気に顔に血が集まっていくのが感じられ、すぐに離れるとヒラヒラと手を振って笑顔で私を見送り仕事に戻っていってしまった。

「な、なんなのよ本当に……」

 それからの商談は散々な結果と言っても過言でない、普段の私を知っていてくれたのでなんとか凌げたが、これが新規なら絶対無理だったと確信する。
 帰ったら絶対に注意しなければならない、仕事とプライベートは違うということを教えないとだめだ。
 それでも、こんなに動揺する私もどうしたものかと……歳はこちらが上なのに、全然年上だと認識されていないかもしれない。

「うぅ……み、見てなさいよ」

 私の中でちょっとした計画が頭に浮かんでくる。
 ちょっと恥ずかしいけれど、お、大人だってわからせてあげるんだから!
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