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我……恋? しちゃった♡

兵どもが塵の後

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「だ、誰だお前⁉」

「誰だ? だと……? 名乗る必要もあるまい。下郎風情が我の声を聞けただけでも至極の喜びに身を震えさせねばならぬのだから」

 ジャラジャラと品のない装備に錆が目立つ、どこから盗んできたのか手入れがされていない武器ばかり、この下郎どものことを思えばやはりあの勇者と呼ばれていた人間は、こやつらよりも上だったのだろうのぉ……。

「なんだこの優男が、むかつくぜ! やっちまえ! どうせ、この場を見られたからには始末するだけよ!」

 そう言って、彼らは何か呪文のようなものを唱えると周囲が光だし、地面から獣のような存在を呼び出した。

「ほぅ、それが噂に聞く召喚術とやらか」

「げへへへへ……兄ちゃん、もしかして召喚もできない出来損ないか? なんの魔法を使ったかわからねぇが、今の世の中魔法なんて廃れたんだよ!」

 臭い息に顔をしかめると、盗賊たちは従えている獣を我に向かって放ってくる。黒い犬のような存在、吐息は荒く目が血走っていた。
 なるほどどこかで感じたことのある気を僅かにまとっているが、あれらには遠く及ばない。

「俺たちは黒の盗賊団だ! ヘルバウンドたちよ殺せ!」

「何? 黒妖犬ヘルバウンドだと? フハハハハハッ! どんな冗談だ、人間はやはり冗談が上手であるな……ヘカテーの猟犬どもの本当の姿を知らぬのに、その名を語るでない下郎どもがそれらは黒妖犬ヘルバウンドすらなれなかった下の下以下の存在ではないか!」

「このガキが! 何をごちゃごちゃ言ってやがる! 召喚もできない出来損ないは死ねぇぇぇ――!」

「ふぅ……我に逆らうのか下の下以下のモノよ……」

 我が少しだけ、髪の毛一本分の力を開放するとこちらに向かってきた黒妖犬のなりそこないたちはピタリと動きを止めた。
 何が起きたのかわからず困惑している人間ども、しかも先ほど名乗っていたが【黒の盗賊団】? 方腹が痛いとはこのことか! センスの欠片も感じられないネーミングセンスに逆に頭が下がる。

「おい! どうしたんだよ! 早く殺せ!」

「この下の下以下の存在でも、我の力を理解できているのに、人間は感じ取れもせぬのか? まぁ良い。おい、下郎ども少しは自らの力で向かってこぬか? 昔の人間は己が力のみで我に挑んできたのだぞ」

「な、なにを言ってんだ! このクソがぁぁぁ――!」

 錆びついた斧に僅かに魔力がこもり、威力を増しながらこちらに向かってくる。ほぅ、昔は魔法は限られた人間のみが使うことができたが、今はこのような存在でも使えるのか、しかし、質が悪すぎる。
 我は指一本動かすと、斧を爪先で受け止めた。

「なッ⁉」
「どうした? 我を始末するのであろう? 焦らずとも殺してやろう」
「ググググッ……!」

 周囲の賊たちも、何か異変を感じ一斉に向かってきた。そうだ、そうでなくてはいけない。上の存在に対しては常に全力で向かわねばならない。手を抜くそれはつまり自らの命を差し出すことに直結しているからだ。

「あぁそうだ。賊どもにも感謝することがあったな、久しぶりに外の空気を吸えた。本当に感謝するよ」

「こ、この化け物がぁ!」

「お礼と言ってはなんだが、少しばかり力をだしてやろう【完全包囲ギャップレス・セージ】」
 
 襲ってきた賊たちが、何かにぶつかりその場で転んでしまう、そして声もこちらには届かない。完全な密室空間を作り出した。
 武器で見えない壁を必死に叩いているが、その程度では破られないうえに……。

「そんなにはしゃぐな、楽しいのか? それはよかった。我はかなり腹がたっておるのでな、悪いが余興は終わりだ【永久の火葬パーペチュアル.・ クリメイト 

 我が唱えたとき、賊どもを囲っていた完全包囲ギャップレス・セージの中で、黒い炎がポッと出たかと思うと、一瞬で中にいた下郎どもは塵と化した。
 それと同時に、黙っていたヘルバウンドのなりそこないたちも消えていく、なるほど主が亡くなるとコヤツらも消えてしまうのか……かなり不憫ではないか?

「ふぅ、久しぶりだと火力の調節がうまくいかないものだのう、もう少し苦しませるつもりであったが、こうも脆いとは計算外であった」

「あ、あのぉ……」

 おぉ! ヤバいヤバい。つい久しぶりに太陽の下に出たので高揚してしまったが、今はそれどころではない。

「だ、大丈夫か……ですか?」

 初めて彼女の姿を見た。その瞬間、我の普段何事にも動じない心臓がドクンっと強く大きく脈打つのを感じる。
 な、なんて可憐なのだろうか⁉ その蒼い瞳は二クスの瞳にも勝る美しさに、耳が少し隠れる程度に丁寧に切りそろえられた金色の髪はパールヴァティーも霞むほど輝いている! 凛とした顔のラインに淡いピンク色の唇は、我の眼をひたすらに惹きつけていく。
 あぁ――! なんたること! こ、ここまで美しいのか! 世界中の女神が束になっても彼女の足元にも及ばない。こ、これはマズイ……心臓が破裂してしまう、どんなモンスターもどんな悪魔も我の皮膚を貫くことはできなかったのに、まさか恋というモノはこれほどまでに恐ろしい魔法なのか⁉

「あ、ありがとうございます。助けてくれて……」

 立ち上がろうとしたとき、足に力が入らなかったのかフラッと倒れそうになる。

「危ない!」 
 
 我は急いで彼女を支えた。

「きゃぁっ!」

 うぉ―――! な、なんだこの柔らかい生き物は、人間と言うのはここまで柔らかいのか⁉ そ、それに良い香りもする。世界樹の木の実なんぞ消し飛ぶ香りではないか! し、心臓がもう耐えられん、あ……この我がよもや……

 薄れゆく視界のなかで、我はこうも脆弱な生き物であったのかと思わずにはいられなかった。



 
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