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地の魔将 参戦す
宿
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***
「本当によろしいのですか? 我々としては、承諾できないのですが」
俺の提案を聞いて、一番驚いたのはアマイモンだった。
なにせ、暗殺されそうだと知って、護衛を全て断り街の宿で眠りたいと言っただけなのだが、冷静な声色でいながら、言葉は酷く重いのでかなり怒っているかもしれない。
「いいんだよ。相手は俺の首が欲しくて欲しくて仕方がないんだろう? だったら、俺にも考えがある。それに、いつも杜にある小屋で寝ているから、この街で一番安くてボロボロの宿に泊まりたい、今更ふかふかのベッドになんか眠れないからな」
俺に考えがある。
その言葉が効いたようで、ギリっと下唇を噛むと、少しの間考え始めた。
「わかりました。妥協案として、私も同行します。それでも構いませんか? もし、ダメな場合は強制的に我が城にて休んでいただきます」
「ア、アマイモン様⁉ 主が下々のボロ宿などに行かれなくとも……」
周囲のリザードマンたちが困惑しだしている。
納得できないだろう、そこまで俺にする価値があるのかと? 大戦を知っているかもしれない、経験もしているだろう、だが、俺という存在にはまだ不信感があるのかもしれない。
「良いのだ、気にするな、あのケトル様が何か策があると仰るのなら、大丈夫であろう」
それでも、納得できない親衛隊に対し、彼女は即座に指示を出して搦め手から出発する準備を開始する。
「あぁ、それと、大変申し訳ないんだが、俺たち実は杜での生活が長くて……」
前々から言おうと思っていたことを、親衛隊が居なくなってから呟くように吐き出すと、アマイモンはクルっとこちらを振り返り、こう言ってくれた。
「察しております」
腰につけた袋から、小さな財布を取り出して渡してくれる。
「す、すまない」
恥ずかしい感じがしてきた。
モルフィも大げさに頭を下げてお礼を述べてくれている。
「気にしないでください、あの杜ではお金は意味をなさいのでしょうし、この街で不便をおかけいたしましたら、父になんて言われるか」
クスっと小さく笑ったその笑顔は、夜の淡い光に照らされ神秘的でありながら、凄く美しかった。
「それでは、行きましょう」
アマイモンの案内で、俺たちは宿まで行くことになるが、まさか本当に付いてくるとは思っていなかった。
全員、フードとマントで姿は確認できないようにはなっているが、この領地の長が心配だからと言って、行動を共にしてくれるなんて、考えられない。
「ケトル様」
モルフィが俺の隣に来ると、耳元で囁いた。
「どうかしたのか?」
キョロキョロと辺りを見渡して、にっこり微笑むと腕に抱き着いてくる。
もにゅっといきなり柔らかい感触に包み込まれる左腕、ぎゅっと力をいれてくる細い指先は、俺の少し老けた肌に優しく食い込んでいく。
「おいおい、いきなりどうしたんだ⁉」
「えへへへ、ここ素敵な場所ですね」
周りを見ると、出店などが立ち並び、賑やかな雰囲気で溢れかえっている。
そんな光景を彼女は見たことがなかった。
単純に楽しいのかもしれない、俺やヘラオ、魔獣たちしかいない世界とはまるで違う場所、キラキラと瞳を輝かせながら見るだけでも楽しんでいた。
「後で、一緒に来ましょうね!」
娘が言うのだから、父親の俺は返す言葉は決まっている。
「もちろん、ゆっくりと来ような」
俺の返事に満足したのか、また笑うと腕を絡ませたまま、アマイモンの後を着いていった。
そして、キラキラした表道から外れ、裏道や小道を警戒しながら進んでいくと、到着したのが目の前の宿で、たしかに、これは凄い。
「え? こんな立派な宿が一番安いんですか?」
モルフィが信じられない質問をする。
しかし、彼女は知らないのだよ……基準が杜の小屋なので、今にも崩れそうな感じのする宿でも十分に立派に見えてしまう。
「り、立派かはわかりませんが、ケトル様のご要望にあう形の宿かと思われます。今、確認してきましたが、今晩のお客は私たちだけのようですので」
そうだろうな、灯りが一つもない時点で気が付いていたが、まぁ、十分だろう。
二部屋とってもらい、隣の部屋は女性陣で俺は一人のつもりだったが、アマイモンとモルフィの猛反対により、全員同じ部屋で寝ることになってしまう。
「おいおい、別に俺は……」
「いいえ! ダメです。父からお聞きしておりましたが、ケトル様はあり得ないほど、戦闘は弱いと聞いておりますので、ダメです」
「そうですよ、本当にケトル様は虫も殺せないほどなのですから! 私が一緒じゃないと絶対ダメです!」
な、情けない――二人の女性に護られるおっさんって、どんな顔をすればいいんだよ。
ほら、目の前で宿の亭主、めっちゃ複雑そうな顔しているじゃん、そ、そんな目で俺を見ないでぇ――‼
それから、説得を試みようとしても、彼女たちが首を縦にふることはなく、俺たちは一緒の部屋で泊まることとなった。
もう、どうにでもなれ、しかし、あの亭主……最後に、なんか悟ったぞ! みたいな顔していたが、不安しか感じない。
部屋の鍵を開けると、ギィっと軋む音が鳴り、埃とカビの香りで充満している中へと入っていく。
「う、嘘だろ……」
目の前には、小さな部屋、そして、ちょっとだけ大きなベッドがある。
しかも、一つだけ、何を勘違いしたのか、あの亭主! 余計なことをしやがって、全然そういった関係じゃないし、ば、バカじゃねぇの⁉
現状を見たモルフィは何ていうんだ、心配になって隣に視線を向けると、なぜかとても嬉しそうに腕から離れ、ベッドへ飛び込んでいく。
アマイモンも、マントとフードを脱ぐと、小さくため息をついてベッドの横の椅子に腰を下ろした。
「あれ?」
もしかして、動揺しているのって俺だけなのか?
「本当によろしいのですか? 我々としては、承諾できないのですが」
俺の提案を聞いて、一番驚いたのはアマイモンだった。
なにせ、暗殺されそうだと知って、護衛を全て断り街の宿で眠りたいと言っただけなのだが、冷静な声色でいながら、言葉は酷く重いのでかなり怒っているかもしれない。
「いいんだよ。相手は俺の首が欲しくて欲しくて仕方がないんだろう? だったら、俺にも考えがある。それに、いつも杜にある小屋で寝ているから、この街で一番安くてボロボロの宿に泊まりたい、今更ふかふかのベッドになんか眠れないからな」
俺に考えがある。
その言葉が効いたようで、ギリっと下唇を噛むと、少しの間考え始めた。
「わかりました。妥協案として、私も同行します。それでも構いませんか? もし、ダメな場合は強制的に我が城にて休んでいただきます」
「ア、アマイモン様⁉ 主が下々のボロ宿などに行かれなくとも……」
周囲のリザードマンたちが困惑しだしている。
納得できないだろう、そこまで俺にする価値があるのかと? 大戦を知っているかもしれない、経験もしているだろう、だが、俺という存在にはまだ不信感があるのかもしれない。
「良いのだ、気にするな、あのケトル様が何か策があると仰るのなら、大丈夫であろう」
それでも、納得できない親衛隊に対し、彼女は即座に指示を出して搦め手から出発する準備を開始する。
「あぁ、それと、大変申し訳ないんだが、俺たち実は杜での生活が長くて……」
前々から言おうと思っていたことを、親衛隊が居なくなってから呟くように吐き出すと、アマイモンはクルっとこちらを振り返り、こう言ってくれた。
「察しております」
腰につけた袋から、小さな財布を取り出して渡してくれる。
「す、すまない」
恥ずかしい感じがしてきた。
モルフィも大げさに頭を下げてお礼を述べてくれている。
「気にしないでください、あの杜ではお金は意味をなさいのでしょうし、この街で不便をおかけいたしましたら、父になんて言われるか」
クスっと小さく笑ったその笑顔は、夜の淡い光に照らされ神秘的でありながら、凄く美しかった。
「それでは、行きましょう」
アマイモンの案内で、俺たちは宿まで行くことになるが、まさか本当に付いてくるとは思っていなかった。
全員、フードとマントで姿は確認できないようにはなっているが、この領地の長が心配だからと言って、行動を共にしてくれるなんて、考えられない。
「ケトル様」
モルフィが俺の隣に来ると、耳元で囁いた。
「どうかしたのか?」
キョロキョロと辺りを見渡して、にっこり微笑むと腕に抱き着いてくる。
もにゅっといきなり柔らかい感触に包み込まれる左腕、ぎゅっと力をいれてくる細い指先は、俺の少し老けた肌に優しく食い込んでいく。
「おいおい、いきなりどうしたんだ⁉」
「えへへへ、ここ素敵な場所ですね」
周りを見ると、出店などが立ち並び、賑やかな雰囲気で溢れかえっている。
そんな光景を彼女は見たことがなかった。
単純に楽しいのかもしれない、俺やヘラオ、魔獣たちしかいない世界とはまるで違う場所、キラキラと瞳を輝かせながら見るだけでも楽しんでいた。
「後で、一緒に来ましょうね!」
娘が言うのだから、父親の俺は返す言葉は決まっている。
「もちろん、ゆっくりと来ような」
俺の返事に満足したのか、また笑うと腕を絡ませたまま、アマイモンの後を着いていった。
そして、キラキラした表道から外れ、裏道や小道を警戒しながら進んでいくと、到着したのが目の前の宿で、たしかに、これは凄い。
「え? こんな立派な宿が一番安いんですか?」
モルフィが信じられない質問をする。
しかし、彼女は知らないのだよ……基準が杜の小屋なので、今にも崩れそうな感じのする宿でも十分に立派に見えてしまう。
「り、立派かはわかりませんが、ケトル様のご要望にあう形の宿かと思われます。今、確認してきましたが、今晩のお客は私たちだけのようですので」
そうだろうな、灯りが一つもない時点で気が付いていたが、まぁ、十分だろう。
二部屋とってもらい、隣の部屋は女性陣で俺は一人のつもりだったが、アマイモンとモルフィの猛反対により、全員同じ部屋で寝ることになってしまう。
「おいおい、別に俺は……」
「いいえ! ダメです。父からお聞きしておりましたが、ケトル様はあり得ないほど、戦闘は弱いと聞いておりますので、ダメです」
「そうですよ、本当にケトル様は虫も殺せないほどなのですから! 私が一緒じゃないと絶対ダメです!」
な、情けない――二人の女性に護られるおっさんって、どんな顔をすればいいんだよ。
ほら、目の前で宿の亭主、めっちゃ複雑そうな顔しているじゃん、そ、そんな目で俺を見ないでぇ――‼
それから、説得を試みようとしても、彼女たちが首を縦にふることはなく、俺たちは一緒の部屋で泊まることとなった。
もう、どうにでもなれ、しかし、あの亭主……最後に、なんか悟ったぞ! みたいな顔していたが、不安しか感じない。
部屋の鍵を開けると、ギィっと軋む音が鳴り、埃とカビの香りで充満している中へと入っていく。
「う、嘘だろ……」
目の前には、小さな部屋、そして、ちょっとだけ大きなベッドがある。
しかも、一つだけ、何を勘違いしたのか、あの亭主! 余計なことをしやがって、全然そういった関係じゃないし、ば、バカじゃねぇの⁉
現状を見たモルフィは何ていうんだ、心配になって隣に視線を向けると、なぜかとても嬉しそうに腕から離れ、ベッドへ飛び込んでいく。
アマイモンも、マントとフードを脱ぐと、小さくため息をついてベッドの横の椅子に腰を下ろした。
「あれ?」
もしかして、動揺しているのって俺だけなのか?
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