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大軍くる

撤退の兆しを見逃すな

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 敵を十分にひきつけていく、まだまだだと心の中で唱え続ける。
 先頭の兵がぬかるみに入りだすと動揺が広がるが、そのまま進み始めた。

「部隊の指揮系統も不十分でもありますね、縦と横の連絡がまったくダメですね」

 最初はきっちりと揃った隊列を見たときは、少しは期待したものの、さっそく落胆せずにはいられない。
 適度に暴れるだけでよかったが、気持ちが変わってしまう。

「まぁ、本命は取っておきましょう、美味しいものは最後というのが好きなので」

 ゾロゾロと歩みが遅くなっても、誰も我々を警戒しないのは、やはりなめられているのが明白であり油断でしかない。
 真っすぐ進み続け、程なくすると軍の全体が湿地帯に入り込んでいく。
 そろそろ頃合いかと思い、半分で変化を解いていたのを全開にし、声をあげる。

「さて! 餌の時間ですよ!!」

 その瞬間、魔獣たちが湿地帯の草むらや泥の中から一斉に飛び出していく。

「⁉ て、敵襲!!」

 足の悪い場所では、身体能力の差が大きな戦力の違いになってしまう。
 その点、魔族と同等かそれ以上の身体能力をもつ魔獣たちは、泥など無いかのような動きで敵の集団の中に飛び込んでいった。

「私も行きましょう!」
 
 左右に控えている二頭のブッラクホーンと同時に駆け出していく。
 槍や剣が舞う戦場に、黒と赤い体が飛び込むと瞬間に数人の首が飛んでいった。

「舞踏祭の招待状、しかと受け取っていただきますぞ!」

  数で負けるなら、得意の状況にもっていかなければならない。
 今回は、相手が勝手にそうなってくれが、いつもこれぐらい上手くいけば苦労はしないのだが……。

「ぎゃぁぁぁ――!!」
「来るな、来るなぁ!」

 数多の叫び声が周りを包んでいくが、さすがに一体で十五人を相手にしなければならないので、徐々にではあるが、人間にまとまりが見え始めていく。
 
「潮時ですかね? ならば! ここで一人でも数を減らすまで」
 
 槍が左右からくるも、この強固な鱗で守られた皮膚に傷はつかない。
 逆に弾かれ、大きなスキができてしまう。
 その瞬間に、二人の腕と胴体に深い傷が入り、血潮が目の前を染めていく。

「うむ、甘露な雨ですね」

 ブラックホーンの一体に傷がついてしまう。
 さすがに、無理があったか……。

「撤退開始!」

 私の指示に従い、戦場を離脱していく。
 このとき、素早く動ける魔獣ならば被害は少なくてすむ。
 しかし、一方的な戦闘に見えていても、実のところ総合的な被害は我々のほうが大きい、相手の二十人とこちらの二十体では比重が違いすぎる。

「やはり、引き際が難しいですね!」

 斬れ味の衰えることがない、我が爪で相手を死の淵へと誘い続けているが、分厚い人間の壁は減ること知らない。
 それに囲まれてしまい、命を落とす個体も多く、この作戦が諸刃の剣であることが伺えた。

「ならば! 私が時間を稼ぐまで‼」

 キシャーー! っと、腹から声を出すと一瞬敵の歩みが遅くなる。
 そこを狙い、敵をしとめていく……一体でも多く、一人でも多く討ち取るために、私はこの戦場を舞い続けなければならない。


***

 なんとか、軍を立て直せはじめた。
 最初は混乱し、伝達の兵も歩みが遅いので心配したが、持ちこたえたか……。

「しかし、敵の引き際が良すぎる。獣程度の知恵ではないな」

 私は幾度となく、このような戦場を経験してきた。
 だから、なんとなくわかってしまう【嫌な予感】というものが、だが、敵の奇襲を受けても、進み続ける軍を見て内心では、余裕な感じがした。

「取り越し苦労かもしれない、それに魔族と合流すれば完全に勝てる。しかし、馬車が動けないので辛いのぉ、誰か! 私を抱えなさない‼」

 近くにいた兵士が数名寄ってきて、私を抱きかかえ、背中にのせてくれた。
 これは、これは、馬車とまではいかないが、随分と楽である。

「よっし、魔族と合流する。進むのだ!」

 号令を発したとき、ある兵士が話しかけてくる。

「失礼ながら、未だに僅かな抵抗があり、全体の動きが乱れております。それにこのまま進みますと、また湿原地帯のようでして、再度同じような奇襲を受ける可能性がございます‼」

 なに? まだ抵抗している馬鹿がいるのか、さすが獣としか言いようがない。
 だが、コヤツの言う通り、敵の攻撃のおかげで少しであるが進路と計画が狂ってしまった。

「このまま進むのと、迂回し安全な地をいくのでは、どれほど時間が違うか?」

「さほど変わらないとか、ですが、馬車はお使いになられますぞ」

 その一言が全てだった。
 私はずっと、この汗臭い背中に居続けるのは無理である。

「よっし、急ぎ敵を殲滅し、迂回するのだ! 湿原を抜けるぞ‼」

***

 敵の動きが変わったのを直感で感じ取る。
 よっし! 計画通り動き出したと感じた私は、殿を早々に切り上げて退却を開始した。

「まて! 逃がすな‼」

 足を取られ、鈍足な人間に私を止めることなどできない。
 完全な包囲網が完成するまにえ、この地を抜け出していく。

「ここまでは上等、モルフィは大丈夫でしょうかね?」

 戦闘経験の浅い彼女を心配してしまいますが、まぁ、なんとかやってくれるでしょう。
 魔獣たちが逃げのびたことを祈りつつ、次の作戦へと移行していく。
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