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大軍くる

優雅な目覚め

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 粗末な小屋の隙間から朝日が差し込んでくる。
 この杜は深い、陽の光が差し込んでくるのは、随分と時間が経過してからでないと無理であった。

「寝すぎたな」

 ぼりぼりと頭の後ろを掻いて起き上がると、バキバキと痛んでいる体を無理やり動かして小屋を出る。

「痛てて……。 もう無理はできない歳なのか」

 なんて、冗談に聞こえない冗談を言いながら、外に出た。

「おはようございます主」

「ん、おはよう」

 ヘラオがニコニコと笑いながら、話しかけてくる。
 
「モルフィは?」

「あちらに」

 指を差した方向には、干し肉などを保存しておく小屋が見える。
 そうか、そうだった。 忘れていた。

 俺は、そのままゆっくりと小屋に向かい、数回軽く戸を叩き中に入る。

「あ――! おはようございますケトル様」

「あぁ、おはようモルフィ」

 眩しい笑顔が飛び込んできた。
 この笑顔には随分と癒されて助けられてきたものだ。

「で? どうだ?」

「はい、随分と頑固なものでして、誰も口を割ろうとはしません」

 呆れた表情で、肩を落としてしまう娘、昨日の戦闘で感じた落胆がそのまま続くと思っていたが、どうやらそれは無いようで、少しだけ背筋を伸ばして、モルフィの後ろで黙ってこちらを睨んでくる存在たちの前に俺はでる。

「おはよう諸君」

「ぺっ‼」

 手足を縛られ、薄暗い部屋の中には、戦闘で捕らえられた捕虜たちがいた。
 人間、魔族合わせて十体ほどがおり、俺がせっかく挨拶したのに、こちらに向かって唾を吐いてきた魔族がいる。

「き! きさまぁ――‼」

 その行為にモルフィが怒り、腰の剣を抜こうとしたのを無理やり止める。

「やめろ、大丈夫だからな?」

 頬に付着した、臭い液体を拭い、一歩前に出た。

「自分たちの状況は理解しているか? まぁ、聞いたところによると、俺がこの杜にいるとは聞かされていなかったようだが」

「だ、誰だテメェは⁉ 俺たち魔族にこんなことをしてタダで済むと思うなよ! この腐れ外道が‼」

 今にも、斬り殺しそうなモルフィの殺気を背に感じ、さらに前に出る。
 
「教えてやる。この杜は俺たちが自らの力で切り開き、ようやく手に入れた安寧の地に、お前たちはズケズケと入り込んできたんだから、反撃されても文句は言えないだろう? それに、圧倒的な戦力差に関わらず負けたのだから、もう何も言う事はない。雑魚が」


「――‼ おのれぇ! 今すぐ縄を解け! 貴様を殺し、その鬼人を壊れるほど犯してやる! 今すぐ縄を……ほ、ど……」

 
「口を慎め、この下衆が……望み通り縄を解いてやったぞ感謝しろ」

 ギリっと歯を食いしばりながら、怒った瞳のまま俺の横に立ったモルフィ、手には抜かれた剣があり、刃には血糊が付着していた。
 目の前で今まで威勢よく吠えていた魔族は、今は下半身と上半身が斬り離されており、ゴトリと音をたてながら、後ろに倒れていく。

「……ッ」

 今まで混沌としていた小屋の中が、一気に温度が下がり恐怖が支配する。
 
「あぁ、えっと、そのすまない。 モルフィは俺の事となると、今のような行動に出てしまうので、注意するように、次、俺とまともな会話ができるヤツいるかぁ?」

「じ、自分が!」

 少しの沈黙の後に、名乗り出たヤツがいた。
 人間の青年で、甲冑の感じからして、階級持ちだろう。
 若いのに、随分と出世しているもんだな。

「よっし! 唯意義な会話ができると期待する。まずは、今回の作戦についてだが、誰が提案した?」

 この答えに関しては、ある程度予想がついている。
 
「……わ、わからない! 本当だ、前の白の季節が始まろうとしていた時に、急に呼び出されたと思ったら、魔族との合同演習とこの杜への進軍命令が下っていた」

 ふむ、やはり、いくら若くして出世しているとしても、末端の兵には変わりがない。
 むしろ、こんな遠回しに俺を始末しにかかってくることを考えると、かなり上の存在が怪しいと思えた。

「そうか、わかった。では、次の質問だが」

「待ってくれ! しっかり質問に答えられたら、お、俺たちは解放されるんだよな?」

「ん? あぁ、そうだな、うんうん、しっかり開放しよう、それは約束する」

 なんの見返りが無ければ、情報なんてベラベラと教えてくれないだろう。
 だから、こちらも好条件を提示する。

「俺たちは手出しはしない。約束する」

 俺の答えを聞いた捕虜たちは、皆一斉に安堵の表情に変わる。
 そうそう、こうやって築くものだよ信頼関係というものは。

「次の軍の動きまではわからないだろうが、何か聞いているのがあれば教えろ」

「それも知らない、だが、この演習が終わり次第、後続軍が動くとまでは聞いていない」

 ならば、相手は今回で全てケリがつくと思っていたのだろう。
 しかし、それが失敗した。
 それに、次回は俺たちに復讐するという大義名分がある。 ならば、今回よりも大規模な軍を動かせやすくなると考え間違いない。

「了解した。 まぁ、俺が聞きたいことっていえばこんなものかな」

 あまりにもアッサリと終わりが見えたことに、驚きの表情になる。
 それは、モルフィも同様であった。

「よろしいのですか? もっと、こう外の世界の情報を聞き出してもよいのでは?」

「それもそうなのだが、外の世界の情報があって役にたつのか? 今はだれが魔王なのか? 勇者はどこにいるのか? それを聞いてどうする? 今、俺たちに必要なのは、次を生き抜くことだ」

「だったら、なおさら情報が多いに越したことはないのでは⁉」

 そう、情報は武器だ。
 その有無により勝敗が決まると言っても過言でない。
 だが、今本当に必要なのは次に敵が動く時期であり、外の雑多な情報など、これから嫌というほど勝手に入ってくる。

「おそらく、この作戦が失敗したことにより、魔族と人間の双方はかなり焦るだろう、次の軍はかなり大規模だと思って間違いない。だけど、後続の軍の編成情報は無いとなれば、また一から整える必要がある」

「つ、つまり?」

「次に相手が攻めてくるまで、かなりの期間があるということだ。その間に必要な情報を仕入れれば良いんだよ」

 
 俺の言葉に納得したのか、複雑な表情のままモルフィは頷いてくれる。
 さて、聞きたい情報はもう無い。

「よっし! 約束通り解放しようではない」

 喜びの表情になる捕虜たち、中には俺を侮るような眼光をもつモノもいた。
 その油断で負けたというのに、まったく俺が弱すぎるのがいけないのか?

「あぁ、武器は貰うが、防具は要らない着ていけ」

 ガチャガチャと小うるさく小屋から出ると、お互い頷きあって一気に走り出した。
 
「本当によろしいのですか?」

「あん? あぁ、言っただろ、俺たちは手を出さないって」

 腹の底から、忘れかけていた感情が浮き上がってくる。

「あらあら、主は本当にお優しいのですね」

 ヘラオがニヤニヤしながら、歩み寄ってきた。

「用意はしているか?」

「はい、もちろん、以前の大戦でもケトル様が捕虜をタダで逃がしたことなど一度もありませんので、すでに準備は整っております」

 さすが、俺の右腕、全て理解している。

「それじゃ、任せた」

「仰せのままに」

 状況を理解できていない娘も、ヘラオが右手を掲げた瞬間に杜中の魔物が呼応したのを聞いて、ようやく理解したようだ。
 鎧を着たままでは、重くてそんなに早くは逃げられないだろう。
 そう、俺は約束は違えないってことで有名だった。

「言ったろ? 俺たち・・・は、なにもしないって」
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