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お茶漬けでホッ!
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世間はうだる暑さだ。
いまどきの役所仕事はクールビズ。と言っても鳥肌が立つほどエアコンが効いているので欠かせないのがホッカイロや足元に電熱ストーブ。休みには熱いお茶などすすっている。営業や現場で働く業務の人が聞いたら卒倒しそうな身分だ。
午後六時。こんな時間に終業できるというのも、役所が社会的に認められている証拠だ。少なくともアキオはそう考えて就職した。
入り組んだ交差点を避けて、細い裏道を通って駅の改札をくぐると、少し急ぎ足になる。
家の灯りが見える。もうすぐ一日のミッションは終わるのだ。
アキオはわき目もふらずに帰宅した。
妻のミカがおくれ毛を抑えて出てくる。
「おかえりなさい。お仕事どうだった」
「給料分はみっちり働いたよ」
「まあ、すてきな旦那様。お食事は? それともシャワー?」
ミカの一言ににこっと笑って、彼女の方を見る。
「うん、ひとっぷろ浴びたいところだが、夕飯にしよう。なにか軽いものを頼む」
アキオは帰りの道で汗をかいた頭髪を強くなでつける。大きく息をついた。通りの人いきれの中で張りつめていた何かがほどけるのを感じた。
「わかったわ。少し待っていてね」
ミカはぱたぱたと台所にひっこんだ。
関節を伸ばしながらゆっくりと歩いて、台所の手前のリビングに入る。やっと楽になれる。年がら年中座って事務というのも、肩こりや腰痛のもとになる。もう、バリバリに緊張していた。
玄関先でミカが笑顔で迎えてくれるのでなければ、家になど帰らない。サウナにでも行ってのんびり牛乳を開けているところだ。
メッシュのジャケットを椅子の背もたれにかけ、シャツのボタンを二つほど開ける。ズボンの膝をたくし上げて、テーブルについた。
台所でミカが食べ物を支度する音がする。茶碗と箸のすれ合う音。冷蔵庫を開け閉めして、コンロの火を着ける音。ミカのつくり出している日常感が身に沁みた。
「はい、あなた。本当に軽いものだけれど」
ミカが良い香りをさせながらやってきた。
「おっ、いいね。ばあちゃん家の高菜茶漬けか。今日ずっと食べたかったんだよ」
「ええ、今年もお盆に田舎へ行くんでしょ? お義母さんが送ってきてくれたのよ。よくお礼を言わなくちゃね」
「ばあちゃんの高菜好きなんだよなあ。これだけで一日がうまくいったと思えるよ」
「辛味と香味がさりげなくて、いろんな料理に使えるわ。あなたの好物だしね」
「ああ、ちょうどこういうのがよかったんだよ。ありがとう」
「今日もお疲れ様」
「いやいや、これさえあれば、この夏も、もうひと頑張りだ」
「ゆっくり食べてね」
刻んで炒めた高菜の緑に白ごまと刻みのりがぱらりと振りかかり、ごま油の匂いがふわりとただよう。口に運ぶとさっぱりとした食感と懐かしの味が食欲をそそる。箸の横に着いた飯粒まで急いで食べる。
半分まで食べて、ほっと息をつく。やっと人心地がついた気分だ。生まれてきてよかった。
『アキオがお茶漬けを食べる』その様子をミカはきちんと座ってアキオの向かいで見ていた。
遠くひぐらしの声がこのちいさな幸せを歌っていた――。
END
いまどきの役所仕事はクールビズ。と言っても鳥肌が立つほどエアコンが効いているので欠かせないのがホッカイロや足元に電熱ストーブ。休みには熱いお茶などすすっている。営業や現場で働く業務の人が聞いたら卒倒しそうな身分だ。
午後六時。こんな時間に終業できるというのも、役所が社会的に認められている証拠だ。少なくともアキオはそう考えて就職した。
入り組んだ交差点を避けて、細い裏道を通って駅の改札をくぐると、少し急ぎ足になる。
家の灯りが見える。もうすぐ一日のミッションは終わるのだ。
アキオはわき目もふらずに帰宅した。
妻のミカがおくれ毛を抑えて出てくる。
「おかえりなさい。お仕事どうだった」
「給料分はみっちり働いたよ」
「まあ、すてきな旦那様。お食事は? それともシャワー?」
ミカの一言ににこっと笑って、彼女の方を見る。
「うん、ひとっぷろ浴びたいところだが、夕飯にしよう。なにか軽いものを頼む」
アキオは帰りの道で汗をかいた頭髪を強くなでつける。大きく息をついた。通りの人いきれの中で張りつめていた何かがほどけるのを感じた。
「わかったわ。少し待っていてね」
ミカはぱたぱたと台所にひっこんだ。
関節を伸ばしながらゆっくりと歩いて、台所の手前のリビングに入る。やっと楽になれる。年がら年中座って事務というのも、肩こりや腰痛のもとになる。もう、バリバリに緊張していた。
玄関先でミカが笑顔で迎えてくれるのでなければ、家になど帰らない。サウナにでも行ってのんびり牛乳を開けているところだ。
メッシュのジャケットを椅子の背もたれにかけ、シャツのボタンを二つほど開ける。ズボンの膝をたくし上げて、テーブルについた。
台所でミカが食べ物を支度する音がする。茶碗と箸のすれ合う音。冷蔵庫を開け閉めして、コンロの火を着ける音。ミカのつくり出している日常感が身に沁みた。
「はい、あなた。本当に軽いものだけれど」
ミカが良い香りをさせながらやってきた。
「おっ、いいね。ばあちゃん家の高菜茶漬けか。今日ずっと食べたかったんだよ」
「ええ、今年もお盆に田舎へ行くんでしょ? お義母さんが送ってきてくれたのよ。よくお礼を言わなくちゃね」
「ばあちゃんの高菜好きなんだよなあ。これだけで一日がうまくいったと思えるよ」
「辛味と香味がさりげなくて、いろんな料理に使えるわ。あなたの好物だしね」
「ああ、ちょうどこういうのがよかったんだよ。ありがとう」
「今日もお疲れ様」
「いやいや、これさえあれば、この夏も、もうひと頑張りだ」
「ゆっくり食べてね」
刻んで炒めた高菜の緑に白ごまと刻みのりがぱらりと振りかかり、ごま油の匂いがふわりとただよう。口に運ぶとさっぱりとした食感と懐かしの味が食欲をそそる。箸の横に着いた飯粒まで急いで食べる。
半分まで食べて、ほっと息をつく。やっと人心地がついた気分だ。生まれてきてよかった。
『アキオがお茶漬けを食べる』その様子をミカはきちんと座ってアキオの向かいで見ていた。
遠くひぐらしの声がこのちいさな幸せを歌っていた――。
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