ゴルフ場で親友の恋人の手料理を食べた記念日

豆腐屋

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    最近、動くとすぐ汗ばむ。あっという間に桜は散った。
    辛い季節がやって来る気配に、思わずため息がでた。

    佐柳純也(サヤナギ ジュンヤ)27歳、ゴルフ場のレストランの厨房で働いている。
    彼の恋人も同じゴルフ場のコースで働いている。キャディではない。
    コース管理を取り仕切るグリーンキーパー大石啓介(オオイシ ケイスケ)39歳だ。

     レストランといえば屋内なので空調がきいて快適だと思われがちだが、厨房は火を扱うので暑いのだ。揚げ物をするフライヤーの前など地獄だ。
    けれど、恋人の啓介はほぼ一日、ずっと外なので自分より過酷なはず、そう思うと弱音を吐くのはかっこ悪かった。

    
「お前、打つ前にちゃんとグリーン見てるか?地面の傾きや芝の生え方でボールの転がり方は変わるんだぞ?」

「見てますよぉ。でも、どうなってたらどう転がるのか、ぜんぜん分かんないんですもん。」

    仕事の終わりのコースでパターを教えて貰いながら、純也は啓介に甘えていた。
    純也は、もともとゴルフはしていない。この仕事に着いたのも夜の時間が空くからだ。日が暮れればラウンドはできない。提供しているのはモーニングとランチ、あとは表彰式に伴う軽食だ。次の日の仕込みをしても夕方には仕事を上がれる。遊びに行くのにも都合が良かった。
    けれど今は、仕事の終わりに啓介についてコースに出ている。啓介はプライベートでもラウンドに行くほどゴルフが好きだし、腕前もなかなかのもの。
    純也は、啓介の手解きでボールを打つのが楽しいので、くっついて練習している。

「啓介さん、ラインみてくだいよ。」

     グリーンの芝の上で、純也はしゃがんで啓介を呼んだ。啓介は、純也のすぐ後ろまできて屈む。

「途中から下りになるから、んっ!!」

     真面目に地面の傾きを解く啓介の唇に、純也は唇を押し付けた。後頭部付近に片手をそえて、そのまま舌を割り込ませる。

    ちゅっ♡くちゅっちゅっ♡

    舌が絡み合い、そこから漏れる濡れた音が生々しい。平日だし、まだシーズン的にサンセットの呼ばれる夕方の時間帯の予約は始まっていないので、客はとっくにいない。けれど、コース内の水やりに啓介の部下がいつ回ってくるか分からない。

「んっ、ふっ、純也っ!!こんなところでっ、」

「啓介さん、俺、知ってるんすよ・・・」

「え!?なにを??」

    不意打ちの野外でのキスを咎めようした啓介を、今度は言葉で純也が遮った。
    ついさっきまで、普段通りだったはずなのに何故か落ち込んでいるような様子の純也に啓介は少し焦る。

「明日、ラウンドの予約入れてますよね?」

「あぁ・・・」

     確かに、明日、啓介は自身の職場でもあるこのコースで友人とラウンドの予定だ。
    それを言わなかったのが、気に食わなかったのか?

「伝えた方が良かったか?」

「まぁ、言っては欲しいです・・・恋人に黙って遊びに行かれると普通に傷つくんで・・・」

「それは・・・悪かった。次から言うようにする。」

「お願いします。でも、まだありますよね?」

「???・・・いや、ないが?」

    純也は、ショックを受ける。以前の自分との会話を啓介は覚えていないとうのか・・・

「なんでっ!!」

    啓介さん、酷い・・・信じられない・・・
純也はショックを受けいていることを隠そうともせず、啓介の肩を掴んだ。

「またアイツと一緒じゃないっすかっ!!」

「えっ?あっ、伊集のことか?だって、もう一緒に回るようになって10年は経つんだぞ?今更、どうこうないだろう?」

「10年!!!」

    伊集(イジュウ)というのは、啓介の同業者で県内のゴルフ場のグリーンキーパーをしている男だ。二人が平のコース管理の従業員だった頃に研修先で知り合って、同い年だったこともあり意気投合し、今ではお互いグリーンキーパーになり、割としょっちゅうプライベートでも会っているのだ。

    10年だと?俺なんて啓介さんと出会ってすらいないし、なんなら高校生で他県にいたし、と純也は悔しさで胸が痛くなる。

    打つ体制に入っていたゴルフボールは芝の上にポツンと取り残され、完全にそれどころではなくなっていた。

    レストランには従業員用のパソコンがあり、そこで毎日の客の入り具合を確認できるようになっている。当日の客の増え方や悪天候の日のキャンセル、週末の混み具合など、純也も確認するのは日課になっていた。

    そして翌日の予約に啓介の名前を見つけたのだ。最初は何にも聞いていない・・・と単純にショックだった。仕事中は基本的に厨房からでないので、知らなかったら、そのまま気付かずおわった可能性も高い。

「純也・・・」  

    啓介の方が身長が6cm低いので自然と上目遣いで純也を見つめることになる。
    180cmの長身は料理人として役に立ったことはないが、見上げてくる啓介を純也は気に入っている。

「伊集は結婚してるし・・・お前が心配するようなことは何にもないんだぞ?」

「でも・・・」

     心配なものは心配なのだ。前の時も言ってくれなくて、当日、たまたま気付いたのだ。予約の段階では、名前がきちんと入っていないことも多い。
    伊集に肩を抱かれた啓介がレストランの自動ドアからコースに出ていくのを見送るのは辛かった。後で、啓介につめよると肩を抱かれていたのではなく、肩を組んでいただけだと訂正された。
    表現の違いだ。事実は変わらない。

    あいつは啓介さんの体に触ったし、きっとこれからも触る。

    純也の中では、もはや痴漢と変わりない扱いだった。

   啓介は、自分の肩を掴む純也の手に自分の手を重ねた。

「明日は、ナポリタン注文する。お前が作ってるんだろ?」

    熱い鉄板にのせて出すナポリタンは、昔からある人気メニューで、現在は洋食を担当する純也が任されている。啓介は本当は和食の方が好きなのに、純也と付き合ってからは純也の担当しているメニューを注文してくれるのだ。
    事後報告が多いおかげで、経験を積んだ純也は予約表の名前を隅々までチェックする習慣がついた。

「もぉ~、啓介さん、それはずるいっす!!」

    嬉しいけど誤魔化された気もして、純也は力任せに啓介を抱きしめた。

「おいっ!!こんなところでやめろっ!!」

「体、触らせないでくださいよ!!」

「わかったからっ」

    啓介は、顔を赤くして弱々しく純也を押し返す。その照れ隠しの行動があまりにも可愛く、年上の恋人の頬にキスをして腕を緩めた。

「今日、家行っていいっすか?」

「・・・俺は、明日はラウンドだからな?」

「分かってます!!」

    もう今日は練習にならない。とっくに手放して芝の上に倒れていたパターを拾い上げる純也に、啓介は一緒にコースに出れるようになるには、まだまだかかりそうだと残念に思う。
    純也は学生時代はテニスをしていたらしく、初心者にしては感も良かった。体の使い方も上手くて、スラリとした長身はコースの緑によく映えた。


    次の日、純也は朝から落ち着かなかった。平日なので客の人数はしれている。昼のピークがきても余裕で捌ける。
    ラウンドのハーフ休憩で、ほとんどの客はレストランに上がってくるし、昨日、啓介に確認したらハーフでレストランに上がると言っていた。
    予約の時間的に11時半あたりで休憩に来るだろう。
    今朝、改めて確認したら、啓介の予約は伊集とのツーサムだった。

    2人きりだと?もうそんなのデートじゃないかっ!!!

     啓介に教えて貰っているくせに、いらないちょっかいをだすせいで上達の遅い自分を棚に上げ、純也は伊集を呪った。

     厨房から少しだけフロアの方に出て、様子を伺う。まだ客が少ないせいか料理長も、怒りはしない。
    何してるんだ?とは聞かれたが、大石さんが来ると言えば見逃してくれた。付き合っているとは伝えてないが、彼ら二人がよくコースで一緒に練習をしているのを、ほとんどの従業員は知っている。

   

    今日のウェア、めっちゃ似合ってる・・・

    純也は影から覗きながら、胸が高なった。啓介の体に程よくフィットしたゴルフウェアは、少しセクシーな雰囲気もある。上下とも黒を基調としているが、派手な差し色が部分的に入り、仕事で日焼けし引き締まった体を際立たせていた。
     
     でも、ちょっとエロい・・・
   
     自分が見る分には良いが、他の奴らが見るのはダメだ。今日もまた注意事項ができたと、啓介から目を逸らさずに純也は思う。
     肌の露出が多いわけでも、ボディラインがくっきりなわけでもないのに、なぜかいやらしく見えてしまう。自分の下心のせいだろうか?

     いやいや、啓介さんの体のせいだ、と純也は思い直す。
     いやらしいのだ、あの人の体は。アラフォーなのに筋肉の弾力があり、かといってムキムキすぎずほどよい肉感で肌も若々しい。
     清潔感のある黒髪や、仕事中は厳しく見える奥二重の瞳も、普段は黒目がちで実に愛らしい。


    ウエイトレスが注文をとって帰ってきた。テーブルナンバー③、啓介と伊集が座ったテーブルだ。まぁ、全部見てたし聞き耳を立てていたから注文内容も知っている。

     レストランはクラブハウスの2階にある。3番テーブルはコース側の窓際席で、眺めがいい。お客さんを招待した時は、 このテーブルを選ぶ従業員は多い。
    純也も、啓介を好きになってからは良くレストランからコースを眺めるようになった。18ホールある広大な土地の芝から植木、地面の水はけやバンカーの砂まで、自分の愛する人が毎日、気にかけ手塩にかけて管理しているのだと思うと、純也も自然とこの風景を愛おしく思えた。
    
   
「お待たせ致しました。ナポリタンです。鉄板が大変お熱くなっておりますで、お気をつけください。」
       
     純也は、そう言って両手に持っていたナポリタンを啓介と伊集の前に置いた。
     驚いた顔をして、啓介が純也を見つめた。


     自分が持っていく。厨房で純也はそう言った。普通は、そんなことありえない。巷のレストランやカフェならありえるが、ここではありえないのだ。

    けれど、忙しくないしいいぞ、と料理長はあっさり許可をだした。
   忙しくなかったこともあり、目立つ汚れのない白いコックコートで、鉄板のナポリタンをそれぞれ両手にのせ、純也はフロアにでた。 


    実をいうと、啓介は純也のコックコート姿を見るのは初めてだ。
    仕事中に、ちらっと見かけたぐらいならある。はっきりと至近距離で、こんなにまじまじと見たことなんてなかった。

    制服やユニホームのカタログにのっているモデルみたいだ・・・

    啓介は、純也を見つめながらも自身の動悸が早くなるのがわかった。
    料理物のドラマに出てる俳優やアイドルより純也の方が格段にかっこいい。

    すらりとした体に、すっきりした顔立ち。純也は、恋人の贔屓目なしでじゅうぶんにかっこいい。   
    普段は年下なのを利用して、がっつり甘えてくるだけに仕事中の姿のギャップがすごい。

「啓介さん、外、暑くなってきてるから熱中症にも気をつけてね?」    
 
「あぁ・・・」

    顔が熱い・・・。テーブルの上に置かれた啓介の手に純也からナプキンの巻かれたフォークが手渡された。その際の手を軽くにぎるような仕草に、ますますドキドキさせされる。

    いつもなら、人前でこんなことするなって怒るのに・・・

    純也は叱られる覚悟でやっていた。この伊集という男を牽制するために。

「伊集さんも、楽しんでいってください。」

    圧を込めた笑顔で、伊集の手元にフォークをおく。
  
     
「ありがとう。もしかして、佐柳君?大石から、よく話を聞いてるよ。」

    純也は、つい勢いよく啓介に顔ごと視線をむける。言い訳できないほど、顔を赤くした啓介がフォークを渡されたまま握りしめている。

「伊集・・・余計なことは・・・」

    小さな声で友人をせめる。泣きそうなほど恥ずかしがって照れている年上の恋人の、なんと可愛いことだろう。

「啓介さん・・・♡♡」

    まったく予想外だ。いつもは、少しそっけないぐらいなのに。優しいけれど、恥ずかしがり屋で滅多に好きとも言ってくれない硬派な人。

「いつもは、ラウンド後は飲みに行くんだけど、今日は早くかえすよ。」

「伊集~っっ!」

「いいじゃないか、たまには素直になれよ。」 

    伊集に促され、純也の方を見るとキラキラした目でこちらを見ている。ものすごく期待した顔だ。
    恋人を喜ばせたい気持ちはある。ただでさえ自分は一回り年上で同性で、何かと負い目を感じてしまう立場なのだ。
    しかし、今ではない。ここは職場だ。人目もある。そして純也は先程から疎らな客から注目を集めまくっている。

    決心がつかず、もたついていると

「啓介さんっ♡♡」

    年下の恋人は、いつだって素直で可愛い。年齢なのか性格なのか、啓介が付き合い初めに厳しく口止めしなければ、あっという間に職場中に知れ渡っていただろう。
    仕事の後、あれだけイチャつきながら練習していたらバレバレなのだが、啓介の中ではまだバレていないことになっている。

    早く早くと急かすような恋人の視線が熱い。キラキラした目で見ないで欲しい。
    どうせ、自分は彼のワガママを完全に拒否できたことなどないのだから。

「今日は、早く帰る・・・」

「はいっ!俺も早く上がります!!」


    純也は、スキップしそうな勢いで厨房へ戻って行った。
    あんなに伊集のことを敵視していたのに、きっと今は感謝すらしている。
    純也の後ろ姿を見送ると、啓介は呼吸を整えるように息を吸った。
    いつもの彼に戻して、伊集と向き合う。

「冷める前に食ってくれ。このナポリタン、あいつが作ってるんだ。」

    伊集が心底、微笑ましいというように笑った。

    今日は、最高のゴルフ日和だ。平日でコースも空いている。
    あれこれ突っ込んでからかってやりたいが、それではきっと後半のプレーが乱れて勝負にならない。
    それは、また次の酒の席にでもしてやろう。

    しかし、まさかゴルフ場で親友の恋人の手料理を食べる日がくるとは思わなかった。
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