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もう一度③

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 「ひっ♡あ・・・あっ♡っ♡」

 まともに声も出せないまま、和輝は目を見開いて上半身をのけ反らせた。

 目の前がチカチカして、呼吸をするのもやっとだった。

 「和輝っ?和輝っ?」

 一京の声は分かるものの返事ができない。

 顔を覗き込んで頬に触れてくる一京と、どうにか視線を合わせた。

 暴力的な快感に、意識を持っていかれそうだった。けれど、今、自分の中にはっきりと恋人の存在を感じる。
 苦しい程の存在感が懐かしい。

 和輝は、ようやく動いた右手で自分の下腹を撫でた。
少し膨らんで、確かにそこに入っている。

 「一京・・・懐かしい・・・嬉しい・・・」

 ぽろりと和輝の瞳から涙がこぼれる。

 「うん・・・俺も嬉しい。ありがとう、和輝。また俺を受け入れてくれて・・・」

 唇を合わせると、気持ちよさよりも心が満たされていくのが分かった。

 「好き・・・一京・・・」

 「愛してる、和輝・・・」

 キスの合間に告げた言葉は、次のキスでお互いの中に飲み込まれた。
 
 「動いて、一京。俺・・・もう大丈夫だから・・・」

 和輝は、一京の背中に再び腕を回す。合図のようなキスの後、奥まで入っていた一京のものがゆっくりと引き抜かれいく。

 「あぁぁっ♡♡」

 和輝は、すぐ目の前にある一京の顔を見る。黒い瞳とかち合った。

 昔から変わらず綺麗な顔だ。出会った当時は同じぐらいだった身長は途中で随分と差がついた。
 
 

 二人が初めて出会ったのは中学生の頃で、当時は隣り合った地区の別々の中学校に通っていた。
 二つの地区の中間点に、年若い不良少年達が集まる治安の悪い公園があり、中学生の和輝と一京は、其々の友人達とその公園に出入りしていた。

 幾つもの不良グループが集まるため、突如として喧嘩が始まることも珍しくなく、夕方から夜にかけては特に治安が悪い。

 その日、和輝は高台になった公園から歩道に出る階段を駆け下りていた。
 階段の真ん中よりまだ上で不意につまづき、踵を踏んで履いていたスニーカーの右片方が脱げて下へ転がり落ちた。

 それに気づいたものの、自身の体のバランスを取り直すのが精一杯で、顔を上げた時にはスニーカーの行方が一瞬分からなかった。

 一方、一京は公園に上がる階段を上がろうと足を踏み出したところに、上からスニーカーが落ちてきた。段を跳ねるように転がり、自分の少し上の段で止まった。

 だいぶ履き込んだ感じのキャンバス地の紫のスニーカー。

 一京が、目線を上に上げると知らない少年が、階段の上段でバランスを崩したように膝をついている。自分とは違う学校の制服を着ている。  

 彼が顔を上げると目が合った。一京は、スニーカーを拾うと彼の所まで上がっていった。

 和輝は、見知らぬ少年が自分のスニーカーを拾い階段を上がって来ていることに気付く。
 どんどん近付いて、直ぐ側で止まりしゃがんでスニーカーを差しだしてくる。
 自分の周りにはいない綺麗な顔の少年だった。

 「お前のだろ?」

 和輝が頷くと、一京は少し強引に和輝の足にスニーカーを履かせた。

 「わりぃ、ありがと・・・」

 和輝が漸く声を出せた時、一京は和輝をじっと凝視していた。

 和輝の薄茶の瞳が西日を受けて明るく輝いている。それは甘い蜂蜜のようで、今にも溶け出してしまいそうだった。

 「ごめん、俺、今日、急いでて・・・」

 和輝は申し訳なさそうに一京に告げると、あっという間に階段を駆け下り行ってしまう。

 初恋の矢に胸を射抜かれた一京は、走り去る和輝に思わず手を伸ばすも、まったく間に合わなかった。
 単純に和輝は、めちゃくちゃ走るのが早かった。この時、普通に追いかけていても一京には追いつけなかった。

 また会えるかもしれないと同じ時間の同じ場所で一週間待ってみたが会えない。一京は自分の友人達に聞いてみたが、分からないと言う。
 そろそろ、公園にたむろする他の不良達に情報提供をお願いしようかと思ってたところ、あの運命の階段に和輝が現れたのだ。

 「良かった!!会えて!!」

 あの日と、ほぼ同じ時間の夕焼けの中、薄茶の瞳が西日を受けて輝いている。
 履き込んだ紫のスニーカーは、相変わらず踵を踏んでいた。

 もう一度、ちゃんとお礼が言いたかった、と少し恥ずかしそうに笑って・・・。

 極道の家に生まれた王子様は、無事、初恋相手と再会を果たしたのだ。

 二人で階段を上がり公園に入ると、一斉に注目を浴びた。

 「「「藤丸一京と瀬戸和輝が一緒に???」」」

 言わずもがな、一京は不良達の中ではヤクザの息子としてかなり名が知れていた。

 和輝の方は・・・一週間前のあの日、階段を駆け下りる直前に一勝負終えていた。
 公園最強だった2つ上の少年を下し彼から最強を奪い取り、若干14歳でこの公園のトップに立った。
 無名のルーキーが無傷で最強の男に勝利するという快挙に、この一週間公園内は和輝の話題で持ちきりだった。
 
 この公園のトップに立つことは同時に、この辺り一帯の不良達のトップに君臨するということなのだ。 

 一京は、自分の惚れたお姫様の思った以上のお転婆ぶりに、早く彼の心を射止めて周りを牽制しなければと決意した。
 そして、和輝のデビュー戦ともいえる一戦を見逃したことを、ずっと悔やんでいた。

 一京の友人達は一京の探していた『蜂蜜色のタレ目のめちゃくちゃ可愛いドジっ子』が瀬戸和輝だったことに言葉が出なかった。

 ドジっ子・・・?運動神経、野生動物並みなのに!?

 中学3年に進級する前の春休みの出来事だった。
 

 「和輝・・・」

 情事の後、二人で軽くシャワーを浴びてベッドに戻ってきた。
 パジャマを着てベッドに端に和輝が座っていると、その前に一京が跪き和輝の右足をとって足の甲に口付けた。

 物語の王子様のような仕草だが、一京は時々、こういったことをしてくれる。
 
 「一京?」

 「あの時、和輝の右足のスニーカーが脱げて良かったと思って・・・。」

 「まだ言ってんのっっ?初めて会った時の階段の話だろ、それ!!」

 和輝とっても大切な思い出ではあるが、コケて靴が脱げたという、少し間抜けな話のため人前で話すのは禁止している。

 「一生忘れない、ずっと覚えてる・・・」

 「・・・それは・・・俺もそうだけど・・・」

 それを聞いて一京は嬉しそうに笑うと、次は和輝の左手をとり甲にキスをする。

 「和輝、これからもずっと一緒にいたい。俺と結婚してほしい。」

 手に持っていたシャンパンゴールドのリングを薬指にはめると、ぴったりとおさまった。

 「・・・一京・・・俺・・・」

 自分の左手を見つめる和輝の目から涙が溢れて頬を伝う。  

 「俺っ、めっちゃ嬉しいっ・・・」

 「俺の奥さんになってくれる?」

 「っ・・・奥さん・・・んぅ・・・結婚はするぅっ・・・。」

 奥さんの部分は、スルーされたが結婚は承諾してくれた。してくれると信じてはいたけれど、実際に本人の口から聞けると、感動はひとしおだ。

 「ありがとう和輝!!」

 泣いてしゃっくりをあげる可愛い婚約者を、一京は力一杯抱きしめる。
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