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雅貴と谷川⑨

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 「夏樹、大丈夫か?」

 「ん・・・あぁ・・・ぎりぎりだけどな・・・」

 「ん~♡♡夏樹、すっっっげぇ可愛かった♡♡♡」

 雅貴が谷川の胸に顔を擦り寄せると、谷川が頭を撫でる。自分に対して可愛い等と言ってくることに、今更文句はつけないが、見た目だけなら雅貴の方がよっぽど可愛い。

 体力を消耗したせいで眠気が襲う。本当はシャワーも浴びたいし出されたものを洗浄しなくては、腹痛を起こしてしまう。
 
 「少し寝ろよ。後で一緒にシャワー浴びよう。」

 雅貴にそう言われ、谷川はあっという間に意識を手放した。

 雅貴はしばらく谷川の寝顔を見つめたり、頭を撫でたりを楽しみ満足すると携帯を片手に部屋を出る。

 睦み合っている間に部下から連絡が入っていた。

 「お疲れ。何かあったか?」

 「お疲れ様です。何かあったかじゃないですよ!あいつら、どうするんです?」

 2週間ほど前に、あの4人を拉致して監禁している。生かすか殺すか、まだ決めていなかった。

 「父親の様子はどうだ?」

 「俺らの仕業だとは思ってるでしょう。息子に関しては自分に被害がなかったら、消えてくれた方が厄介払いできるって思ってる節ありますね。息子の面倒事で相当金使ってますから。」

 「じゃあ、返すか。いらねぇもん処分してやることねぇだろ。」

 「マジで、あれ返すんすか?」

 「えっ?、まだ生きてんだろ?」

 「生きてますけど・・・歯、全部抜いたし、爪、全部剥がしたし、指とか耳とかなかったりで、だいぶ死にかけてますね。」

 「全部、一緒に返してやれば?こっちもいらねぇし。」

 「面倒くさいんで、全員まとめて議員のとこでいいっすか?」

 「おう。あと、父親はセクハラか痴漢で訴えられてもらうから、それも手配しといてくんね?」

 「OKっす。」

 「あっ、杉山!俺と夏樹、今日、入籍したから!!」

 「やっとすね!おめでとうございます!」

 親のところに返す前に、4人の状態を確認しときたい。思ったより元気だったら腹立だしいので、最終確認は自分がすると伝えた。

 杉山は、谷川と同じ暴走族チームの元メンバーで、彼に付いてきて入会した1人だった。
 入会してからも、谷川に忠誠を誓っているのは変わらず、そこをかって、今回の役目に抜擢した。
 
 良い働きをしてくれた。事情を話したのは杉山にだけだった。手伝いに何人かつけたが、言うとおり動くただの手足のようなものだ。

 杉山は、絶対に他言しない。雅貴にはその確信があった。



 「夏樹ぃー♡♡そろそろシャワー浴びようぜ♡♡♡」

 部屋に戻ると、愛しい伴侶はベッドで眠ったままだった。覆い被さるようにして、キスを降らす。

 どんな姿であれ、子を親元に返すなんて良いことをしたのではないかと思う。
 自分も、あと少しで親になる身だし、徳を積んどいてもいいだろう。
 
 「んん・・・」

 うっすらと目があいた。はっきりした覚醒を待たずに唇を奪う。

 「んっ、ちゅっ♡っちゅくっ♡♡」

 谷川の顔が少し息苦しそうにしかめられたが、ちゃんと応えてくれる。

 彼がチームを抜けて自分の元に来てくれた時、5人の男達を伴っていた。
 その中の1人が杉山だ。
 事前に聞いて話は通っていので、そのことについては問題はなかった。 

 しかし時間は午前中だというのに、厳つい改造バイクが列をつくり、天神会の事務所の前に並んだ。
 引退するリーダーと彼に付いていくメンバーとの別れを惜しんだラストランだ。
 チーム自体は次世代に引き継がれるのだけれど、ヤクザになれば、ただの不良の彼らとは住む世界が違ってしまう。

 まだ元気だった父が、そんな光景を見て

『行列に従者付きなんざ、まるでお姫さまの輿入れだな。』

 と目を細めて笑った。

 大切な仲間とチームより自分を選んでくれた。絶対に彼を幸せにしなければならない。

 次のリーダーだとう男のバイクの後ろに跨ったままの彼の前に跪き、手をとってその甲にキスをした。
 夏樹は、めちゃくちゃ照れてた。

 そして、夏樹は俺の前でリーダーを引退し、次のリーダーへバトンを渡した。
 その後、夏樹は仲間や後輩達の見てる前だというのに、大人しくそのまま俺にエスコートされてくれた。

 誇らしかった。

 いろいろあったけど、自分はずっと幸せだ。

 夏樹にもそうであって欲しい。



 いつも通りの朝の証であるように、コーヒーの香りが広がる。

 杉山があんなことになって、谷川が落ち込んでいた期間、朝のコーヒーはなかった。
 雅貴も、自分で煎れようとは思わなかった。

 「雅貴・・・」

 「ん?」

 ドリップされるコーヒーも見つめながら、谷川が雅貴を呼ぶ。
 雅貴は、後ろから彼にじゃれついたまま返事をした。歳を重ねてもメタボとは無縁の平らな腹に腕を回す。

 「一京、顔色よくなってたな・・・良かった・・・」

 「あぁ、酷かったもんな・・・」 

 杉山は、本当に一京や和輝が自分の上にいくことが許せなかったのだろうか・・・。

 彼に、若頭という地位を与えたのは雅貴だ。自分・・・というより谷川のためだったかもしれないが、期待を裏切らない仕事をする男だった。

 一京が自分の跡を継いだら、時期をみて自分と谷川は引退する予定だ。そうなれば、谷川に付いてきた杉山達も引退するものだと思っていた。

 あの男が天神会そのものに、そこまでこだわっていたようには見えなかった。
 
 雅貴は、きっと杉山が本当に許せなかったのは雅貴の存在そのものだと思った。
 自分達より後から谷川と出会った雅貴が、自分達から谷川を奪って谷川の人生そのものを変えた。
 
 そうだとしたら、自分は恨まれても仕方ない・・・でも、一京と和輝は、狙わないでほしかった。 
   
 杉山が借りていたレンタルガレージには、谷川が若い頃に乗っていたバイクが入っていた。
 いつでも、乗れるようにメンテナスされた状態で、車体も磨かれて輝いていた。
 
 そのことは、谷川には伝えなかった。 

 雅貴が谷川に頼まなければ、谷川はバイクを乗り続けたかもしれないし、チームの引退ももう少し後だったかもしれない。   

 もう今となっては、どうもできないことだけど。

 「また、4人で飯でも食おうぜ。和輝の好きなもん、食わしてやろう。」

 谷川の背中越しに雅貴が言う。当分は、一京が和輝のことを独り占めしたがるだろうから、いつになるか分からないが。

 「・・・お前のせいで、一京が俺のこと谷川さん、って呼ぶから和輝がいまいち俺のこと一京の親だって感覚薄いみたいなんだよな。もう一度言うけど、お前のせいだぞ。」

 谷川は振り返って、自分の背中に張り付いた雅貴を睨んだが彼は幸せそうに、ぴったりくっついたままだった。 

 杉山は、確かに反乱を起こした。けれど、あの日の約束は守ってくれた。

 谷川が刑務所で4人の男達にされたこと、谷川に知られないように報復したこと。
 雅貴と杉山、二人の秘密だった。

 約束通り、本当に墓場まで持っていってくれた。
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