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雅貴と谷川

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 「こんな朝っぱらから、なんだって?」

 一京の実家では、意外にも早起きを好む谷川が珍しく早朝から鳴った電話に鬱陶しそうな顔をしていた。
 楽しく飲んだ次の日に緊急の面倒事は、勘弁して欲しい。せっかくいい気分でコーヒーを用意していたのに、内容によっては飲む気が失せる。

 「あぁ、一京が休みは和輝と一緒にとるってよ。」

 「はぁ!?んなの、わかりきってただろ。」
 
 「和輝が休むのをしぶったから、確認だと。」

 平和な内容にホッとする。一京も、しばらくは和輝にべったりくっついて大人しくしているだろう。
 ただでさえ、和輝を自分の目と手の届く範囲に置いておきたい奴なのだ。
 5年間が相当辛かったことは想像がつく。

 まったく、この親子は碌でもないところが、そのまんまそっくり似てしまった。

 谷川は、コーヒーの準備を再開した自分に纏わりつく雅貴を横目に溜息を飲み込んだ。

 毎朝、毎朝、何年どころか何十年だ。よく飽きもせず、くっついてこれるな、こんなじじぃに・・・と思う。

 昔から、この男の執着はすごかった。だから、和輝を溺愛する一京を見ても仕方がないな・・・と思う。
 間違いなく雅貴の遺伝子だ。 

  それほど愛してくれていると思えるから幸せではあるけれど。

 自分の遺伝子が頑張った部分は身長か?彼が高校生の時に抜かれはしたが、雅貴の遺伝子だけでは一京があそこまで育つことはなかったはずだ。
 感謝してほしい。

 自分達も今では落ち着いて熟年夫婦などと言われているが、若い頃はいろいろあった。
 人前では格好つけて弱味を見せられない意地っ張りな自分に、雅貴はいつもくだらない喧嘩が起きないよう一歩引いてくれた。
 
 出所後のホテルといえば、谷川には忘れられない思い出があった。
 二人がまだ20代で血気盛んだった頃だ。
 

  
 「はぁ?あいつ、何かやらかしたんですか?」

 その日、雅貴の元に一本の連絡が入る。服役中だった谷川の出所が3日程遅れることになるという電話だった。

 こちらとしては、ただでさえ心配で毎日気になって仕方ないというのに、出所予定日の前日に何をやらかしたのだ、と無性に腹がたった。

 今回、谷川は道路交通法違反で3ヶ月間服役していた。3ヶ月ですんで良かったとは思ったものの、今の彼の体のことを思うと心配で、まだ留置所にいた彼に面会した際、つい声を荒げてしまった。 
 
 「お前・・・自分の体がどんな状態か自覚あんのか?」

 「・・・。」

 返事はないが、谷川が自分の体のことを分からないわけがない。
 彼は、通院で投薬中の体だ。闘病ではなく妊活で。

 年単位なら難しいが、3ヶ月なら問題ないと主治医の先生は言ってくれたものの、不真面目な態度に呆れられても仕方ないと思う。
 こんな家業である自分達の面倒を見てくれる医者を探すのでさえ一苦労だった。

 「・・・ごめん、雅貴・・・」

 俯いたまま小さな声で謝る谷川を、それ以上せめることはできず、真面目に務めてちゃんと期日で帰ってこいと、声をかけた。

 「夏樹・・・待ってるから。迎えも行く。」

 夏樹(ナツキ)というのは谷川の下の名だが、中性的な響きを本人が好んでないこともあり、彼をその名で呼ぶ者はいない。

 恋人である雅貴だけが、彼をそう呼ぶ権利を持っていた。

 その時、谷川は必ず3ヶ月で帰ると約束してくれた。

 正確に言えば、谷川は出所が伸びた、というのとは少し違っていた。
 提携先の病院で2日間検査入院するので、問題なければそのまま帰っていいとのことだった。

 谷川に何があったのか、その時は教えてもらえず、雅貴は何も手につかない状態で2日過ごした。
 
 この時、雅貴は組を継いだばかりだった。先代の頭が急死し、雅貴が跡目を継ぐことを余儀なくされた。
 覚えなくてはならないことは山程あるが、もうそれどころではなくなった。 
 周りにも、すぐに自分が先代の頭と同じだけの働きができるなんて期待していないだろう。  
 きっとベテラン勢でしのいでくれる。 

 自分がこうしている間にも、谷川が大丈夫なのかどうなのか、イヤなことばかりが頭に浮かぶ。
 彼より大切なものなんて、自分にはない。

 3日目の朝、体調に問題がないので帰宅許可の出た谷川を病院まで迎えにいった。
 1秒でも早く会いたい。
 
 病院につき、足早に病室に向う雅貴を警察の人間が呼び止めた。
 職業柄、慣れっこだが今は勘弁してほしい。しかも、心当たりがない。
 
 「急いでんだよっ!!」

 いらついて怒鳴ったが相手も慣れたもので、冷静な態度で谷川の事情を説明された。



 「相手の奴らは死刑だろうな?そうでないなら、俺が殺す。」

 雅貴は、それだけ言うと再び谷川の病室へ急いだ。

 「夏樹っっ!!」

 個室のドアを開けるなり、名前を呼んだ。

 谷川はベッドに腰掛けて、雅貴を待っていた。顔には痣と小さな擦り傷、口の端は切れていて痛々しい。

 雅貴は谷川の足元に崩れ落ち、ベッドに座る彼の膝に顔を埋め泣いた。
 
 「なつきっ、うぇ、ごめんなぁ、おれっ、何もっできなくて、たすけてやれなくてぇっ、えっうぅ・・・っ」

 「雅貴・・・ありがとな、迎えに来てくれて・・・」

 「ぅあぁっ、そんなのっ、ぅっえっ・・・」

 「泣くなよ・・・お前の方がひでぇツラだぜ。」

 出所用に差し入れてくれた白いパンツは、雅貴の涙でぐっしょりと濡れた。
 埋めた顔を上げさせ、谷川が雅貴の涙を指先で拭う。

 少々、童顔だが綺麗な顔だ。部屋の灯りで涙がキラキラと光っている。
 自分なんかのためにこんなに泣いて・・・組員達にはとても見せられない。

 「なつき・・・」

 雅貴は、今でも警察から事実として聞かされた内容が嘘あってほしかった。

 自分の大切な恋人が、服役中の男共に暴行されただなんて。

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