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㊶※グロ表現あり

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 純也は淡々と作業を進めていた。だが、顔は緩んでいるし、時々、鼻歌が漏れている。

 食料庫の片隅に簡易的に作られた調理台の周りにはブルーシートが敷かれ、生臭い臭いが立ちこめていた。 

 ミニバンの中から取り出した二人のうちの一人だけ、食材の納品を装って運び込んでもらった。
 
 純也の手によって元の形を失った肉塊は、国生の手で氷の入ったクーラーボックスに綺麗に整理されながら詰められていく。

 先に抜き取った大まかな内蔵は、素早く梱包され先程、知らない男達が持ち帰った。

 車は潰れていたものの、中の人間は二人とも絶命しておらず、だったら内蔵を売ると国生がどこかに連絡したからだ。

 国生から、これ用に渡された黒いコックコートは、強力な防汚コーティング素材で、体液が染み込むこともなく快適だった。
 個人的にもう一着ぐらいほしい。

 突然現れた男に、横からあれこれ指示されながら薬品を注射したり、体の中から必要なものを取り出すのは医者の真似事のようで楽しかった。
 興味が湧いたので、本格的に習得したくなり国生に良い先生を紹介してもらう約束をした。

 静かに仕事を進める国生を見ながら純也は、これからも上手くやれそうだと感じる。
 
 仕事が早くて綺麗で無駄口がないおかげで、自分も作業に集中できる。

 「~♪~♪~♪」

 何度も啓介の体に触れ、金を渡してきた右手を肘下で切断した。

 もう冬の心配はなくなった。 

 「頭はそのまま置いとけよ。親父に渡すから。」

 「何か使うんですか?」

 「目が右向いてんだろ?昔から勝ち取った首の目が右を向いてたら縁起が良いって言われてんだよ。そういうの好きなんだ、うちの親父。」

 篠原の目が右を向いているのはきっと、落石や倒木が右から来たからだろう。
 わざわざ、そうなるようにしたのなら、もともと父親に贈るつもりだったのかもしれない。

 「へぇ、親孝行ですね。」

 「そんなんじゃねぇよ!まぁ・・・いろいろ、協力してもらってから、たまにはな・・・。」
 
 純也は、意味のない意地を張る国生を見て、どんな風に甘えて父親に我儘を言っているのか少し気になった。

 自分の前だから格好つけているだけで、父親の前ではまったく違うんだろうか?
 
 「次、お父様が来られたら教えてください。俺からも御礼をしたいので。」

 「・・・俺からの頼み事言っていいか?」

 「どうぞ?関係はwin-winであるべきですから。」

 「・・・もし、俺が・・・ここ辞めて親父の跡継ぐことになったら、辰巳さんも連れて行く。・・・お前も一緒に来てくんねぇ?大石さんと一緒に。」

 「いいですよ、啓介さんが一緒なら。」

 白花岳に執着はない。啓介が一緒ならどこでもいい。それに、国生がいなくなれば今回のようなことは、まず無理だ。

 啓介を幸せにするのは自分の役目だが、安全に守り続けるために、これからも力を貸してほしい。

 「え、マジ?そんなアッサリ・・・。」

 「料理長と俺で店でもやります?でも、啓介さんは家に居てもらおうかな♡人前に出したくないし♡♡」

 「あと、みちると風見も。」
 
 国生は、時間が経てば友緖の妹への思いも吹っ切れると思っている。

 今は、妹の残りの体が眠るここに居たいと思っていても、きっとその気持ちは永遠には続かない。

 「レストランスタッフ根こそぎじゃないですか。」 

 そうなった時には、父親に頼らなくても国生本人がどうにかできる権力を手に入れているのかもしれない。

 純也は国生の実家の事業のことは知らないが、細かいことはおいおいでいい。

 「あ、ぶなぴも。一人でも欠けたら辰巳さんが悲しむだろ!!」

 「俺も知ってる人が一緒だと、気が楽でいいですけど。あの東雲って人、どこ行ったんですか?」

 解体したのは篠原の体だけで、東雲の方は別の場所に運ばれて行った。

 「病院。」

 「良かったんですか?料理長、気にしてたんでしょ?」

 「辰巳さんが、生き残ったんなら、もういいって。あんまり風見の周りでばっか人が死んだら、さすがに悲観するんじゃねぇかって・・・。」

 解体した肉と骨は、汚れたブルーシートや調理台と共に知らない男達が回収していった。
 
 国生と純也は、しばらく庫内の換気をし自分達の体にも匂いが残らないよう身嗜みを整えてから解散した。


 
 「お帰り、純也。お疲れ様!!」

 純也が家に戻ると、先に戻った啓介が出迎えてくれた。

 「ただいま、啓介さん♡」

 体温の高い温かな体を、純也はぎゅっと抱きしめる。その瞬間、温度と感触とサイズが自分の体に馴染む。

 「純也!!今日の帰りに篠原さんが事故にあって亡くなったって!!」

 「らしいですね。俺、国生さんと見てきたんですよ、事故現場。」

 「見に行ったのかっ?悲惨だったって聞いたぞ?大丈夫か?」

 悲惨な事故現場を作り上げたのは純也と国生だ。派手な演出のため、わざわざ見映えする量の血液をまいた。

 「大丈夫です♡」

 人によってはトラウマになる現場かもしれないが自分で作ったので、もちろん平気だ。

 そんなことより、明日から施設は全面休業で連休に入ると国生が言っていた。
 それも彼の父親の指示に違いなかった。

 人を一人でも始末すると、その場に留まったり付いて来られたりすることがないようお祓いするらしい。
 言われてみると、純也はこの白花岳で人の霊のようなものは見たことがなかった。

 いるのは正体不明の怪異だけだ。この職場にはいろいろ鋭い人間が多い。
 そういった後始末も重要なのだろう。

 国生は、食料庫の周りにも日本酒や薄い木の板できた御札を置いていた。
 帰り際に三枚もらい、一枚は玄関に置けと言われたので言われた通りにした。
 
 残りは寝室と、備え付けの神棚に置くのがオススメらしい。

 「これ以上、嫌なことが続かない用お祓いするから明日から、また暫く閉めるって・・・。」

 啓介が表情を曇らせる。自分と会った直後に人が死んだというのが、思った以上に堪えているようだった。

 「大雨に土砂崩れ、人身事故と続きましたからね・・・。」

 「せっかくゴルフシーズンが始まったところだったのに・・・それに篠原さんも・・・。」

 啓介は見るからに落ち込んでいるが、純也の気持ちは逆だった。

 連休に入る・・・それは思う存分、啓介と愛し合えるということだ。
 
 「うん・・・俺も自分の料理が最後の食事だったと思うと、すごく複雑・・・。」

 これから気落ちしている啓介を元気付けて甘やかして、二人だけの世界に誘い込まなければならない。

 きっと国生も似たような予定を立てていることだろう。
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