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㊴目覚めの良い朝

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久しぶりに天気のいい朝だった。窓のカーテンの隙間から入る日差しで、啓介の周りがきらきらと輝いている。

 ほんと妖精みたい・・・♡♡
 
 年上の大人の男の人だというのに、このピュアさは何なんだろう・・・。体の関係だってあるのに、まったく汚れている気がしない。
 なのに、体はちゃんとイヤらしい。絶妙にエッチな筋肉の付き方をしていて敏感に反応してくれる。最高だ。

 こんな人が恋人だなんて、きっと自分が世界で一番幸せに違いない。

 やたら、早起きしてしまった。

 今日のことを考えるとワクワクし過ぎて、アラームより先に目が覚めてしまった。
 二度寝もできる気がしない。

 すぐ近くできらめく、啓介のきらきらを見つめた。この光の粒達には、自分には分からない不思議な力があるのだろう。
 
 世の中には、不思議なことがたくさんあるものなのだ。白花岳にきてからは、特にそう思う。

 純也は、眠っている啓介を隙間なく抱き寄せた。

 「ん・・・。」

 薄く空いた唇から小さな吐息のような声が漏れる。

 今日、篠原が来る。数日の間、施設全体が休んでいたため、本来の予約日からずれたのだろう。
 無理に予約を入れてきたということは、切羽詰まっているのかもしれない。

 あのぐちゃぐちゃがどうなっているのか、少し楽しみになってきた。

 「・・・純也?・・・寒いのか?」

 夢現の状態で、啓介が布団を上に引き上げた。純也の背中に腕回し撫でてくれる。

 「ん、少しだけ・・・。」

 寒いわけではなかったが、それを理由により強く抱き寄せた。

 内面まで完璧だ。寝起きだろうが寝ぼけてようが、いかなる時も優しさと可愛さに溢れている。

 啓介さんは、年の差を気にしてるけど老化どころか年々、魅力が増していってる気がする・・・。

 今、この瞬間でさえ閉じた瞼の黒い睫、綺麗に日に焼けた肌、小さな寝息、全てが可愛い。

 今回も良い天気だったら、テラス席を使うと言ってくれた。
 この分だと、問題ないだろう。

 ランチの予約は二名だった。毎回決まった相手ではないので、今回も同伴者が誰かは分からない。

 楽しいことが待っている日は、必要以上に早起きしてしまうものだ。
 全然眠くない。むしろ頭はスッキリしている。

 純也は、今日のこれからを思い胸を踊らせた。



 「啓介さん、分かってますよね?」

 二人の出勤前に、純也はソファーに座り啓介に念入りに確認した。今日で最後になる予定ではあるが、最後だからと言って大目にはみない。

 「篠原さんのことだろ?分かってる!でも、チップを一回目であっさり受け取るのは、ちょっと・・・なんていうか・・・図々しくないか?」

 「ないです!図々しいのは向こうです!!内ポケットになんて、入れさせないでください!!」
   
 「う・・・ん。」
 
 どう考えても図々しいのは篠原だ。自分の都合で仕事中の啓介を呼び出し、付きっきりで相手をさせるなんて贅沢しすぎだ。

 万死に値する。
 
 言い聞かせたものの、啓介があっさりチップを受け取るわけがないことは想像がつく。
 部下を叱責する時の勢いで、篠原にも怒ってほしい。でも、あれはあれで魅力的だから、別の魅力に気付いてしまうかもしれない。
 ナシだ。

 啓介さんが魅力的すぎるばっかりに・・・。
 
 心配は尽きないが、あんまり言いすぎると優しい恋人を、また傷付けてしまう。

 純也は、自分が落ち着くために啓介を抱き締めた。 

 「口煩く言ってごめん・・・でも、本当に気を付けて、啓介さん。」

 「純也・・・心配してくれて、嬉しい。分かってる。気を付けるよ。」

 二人は触れるだけのキスをして、それぞれの職場に向かった。



 コースに溜まった水はいくらかマシになっていたが、レストランから見えるコースの土地は低くなっていて、他に比べて水の引きが遅かった。

 たった一組なのに、レストランを開けさせるなんて篠原は何者なんだろうか。

 待機中の厨房で、純也は全身を一気に駆け上がってくる悪寒を感じた。あっという間に体中に鳥肌がたった。

 「佐柳?」

 急に様子の変わった純也に倉本が気付いた。

 「篠原さん、来たみたいです。」

 「ひでぇのか?」

 「今まで一番・・・。」

 今までで一番、気配が大きい。体が、小刻みに震えた。楽しみだなんて思っていたが、これはちょっと想像の範囲を超えている。

 「みちるはっ・・・?」

 倉本は、少し焦ったようにフロアの方へ向かった。

 「みちる!お前、大丈夫か?」  

 「今日は一段とすごいですね・・・でも、大丈夫です。すぐ慣れるんで。」

 篠原を出迎えるためフロアで立っていたみちるは、少し顔をしかめていた。  
 倉本には、心配ないと言っているが顔色は良くない。

 篠原が二階へ上がってきたら、もっと酷くなるかもしれない。

 「平気です!いつもだったら、友緖さんが助けくれるけど、私、今日は一人で大丈夫です。」

 気配を敏感に感じ取りすぎてしまうみちるを、友緖は自分は、あまり分からないからと、接客を代わってくれた。

 今までは篠原の座るテーブルには、毎回、友緖が行っていた。  

 「どんな生活してたら、が憑くんでしょうね・・・」

 「前に来た東雲ってやつは?あいつには憑いてなかったのか
?」

 「あの人には何も憑いてなかったです。残念ながら・・・。」

 もし東雲にも同じようなものが憑いていたら、友緖に告げ口してやろうと思ってた。

 人から恨みを買ってそうな外見のくせに、何一つ憑いていなかった。
 がっかりした。
 
 女の生霊か水子でも憑いてたら理想的だった。

 倉本と話している間に、みちるの顔色は戻っていた。

 階段を上がってくる足音が聞こえる。

 純也も厨房で、嫌な気配が近付いてくるのを感じていた。

 
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