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㉖雨の日2
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「くそっ!!」
思わず悪態をつく。国生は、大石達が見回ると言っていた区域を目指すが、すれ違いにならないとは言い切れない。
部下の川井は、怪異に気付けるタイプだ。けれど、控えめな性格で大人しい。
部署の中ではベテランで大石からの信頼も厚いが、日頃から口数が少なく、あまり自分の意見を言わない。
さすがに危険を察知したら上司である大石に伝えるとは思うが、本人達が戻って来ていないということは、まだ作業しているのか、すでに何か起こってしまったのか・・・。
祭囃子に混じって人の声が聞こえる。何を言っているかまでは分からない。
なのに、なぜか自分を呼んでいるんじゃないか、探しているんじゃないか、という気になってくる。
20歳のあの日、夜の雪景色の中、友人達とスノーボードに夢中になっていた。
ちゃんとしたコースとは違う緩やかな傾斜は、大してスピードもでないが、深夜の雪山に不法侵入したことで変に高揚し、思った以上に盛り上がった。
友人の一人が何かに気付いた。
「なぁ、あれヤバくね?なんか灯りみたいなやつ見えんだけど。」
「うわっ!マジじゃん!!」
友人の一人が指差す方には、確かにゆらゆらと暗闇の中に灯りが浮かんでいる。
距離感がよく分からない。すこし遠く見えるが1キロもはない、数百メートルだろうか・・・
こちらからは見えないが、木々の間に通路でもあるのかもしれない。
「こっちのライト消して隠れんぞ!!」
わたわたしている間に、一つだった灯りは三つになっている。
国生達は、持ち込んだライトの灯りを全て消してコース脇の木の間に身を隠した。
「どうする?」
「そのうち、諦めんだろ。隠れてようぜ。」
国生がそういうと友人達も従った。木の中に入ると、そこは月明かりも届かない真っ暗闇だった。
近くにいるはずの友人の姿さえ、ろくに見えない。
じっと身を潜めていると、思った以上に体が冷えてくる。汗ばんだ体や着衣が冷気で冷やされ寒い。
盛り上がっていた気持ちも冷えていくようだった。
ゆらゆら揺れる灯りの群れを見ながら、国生はふと思った。
あれは、人間か・・・?ライトのような人工的な灯りとは違う気がする・・・。
ずっと見ていても木の陰で灯りが隠れるようなこともなく、やたらきれいに煌々と見える。燃える炎の揺らぎのように揺れるだけで、人の動きに合わせた揺れではないような気がしてきた。
幼い頃、家族でこの山に訪れていた時、その都度、父が言っていた。
『夕暮れを過ぎた山は、次の朝日が登るまでは入ってはいけない。
暗い山の中では、怖いことがたくさん起こるから・・・。』
あれは、自分と幼い弟が勝手に遊びに出ないように大人達が都合の良いことを言っているのだと思っていた。
実際に怖がりの弟は宿泊していたコテージから一人で出ることはなかった。
日頃、反発ばかりしている父の言葉をこんなタイミングで思い出したのは、幸か不幸か・・・。
父親の言っていた怖いことが起こっているんじゃないか?
冷えた体に追い打ちをかけるように冷や汗が流れた。
「おい、山おりるぞ。」
国生は友人三人に声をかけた。
あの灯りの群れに追いつかれたら山をおりれなくなる気がした。
灯りは五つになっている。
「えー、もうちょい滑ろうぜ!」
「俺、もういい寒くなってきた。」
「俺も。風邪ひきそう。」
一人が渋ったが、国生はかまわなかった。もともと、ここへは国生の車で来ているし、三対一なら多数決で勝っている。
各自スノーボードをバッグに仕舞い、降りる準備に取りかかる。
その時、ちらちらと白いものが空から降ってきた。
「・・・雪・・・。」
誰かが、呟いた。
運が悪い。本格的に降り始める前におりないと視界を奪われてしまう。
それに、自分たちの足跡が消えてしまったら、帰り道が分からなくなってしまう。
「急げっ!!」
国生は、友人達を急かした。
一番最初に帰り支度のできた友人が、来たときの足跡を探して先頭をきった。
全員で足跡と方向を確認して歩き出したはずだった。
積もった雪を踏みしめザクザクと歩く。行きは、ワクワクとはしゃいでいたため辛さなんて感じなかった。
帰りは終わりのない坂道を下っているようだった。途方もない暗闇の中に、自分達だけが存在しているように感じた。
息遣いと足音が響いて、それ以外の音はまったく分からない。
足跡を辿って帰っているはずなのに、不安が消えない。これは、本当に自分達の足跡か?
本当に道は下っているか?
そんな考えが頭をよぎった時、ふっと意識が浮上するように何かが切り替わった。くらりとした頭に思わず目をつぶる。
目を開けた時、国生は友人達に叫んだ。
「まてっ!道が違うっっ!!」
ここはどこだ?そもそも道は下ってもいない。緩やかな上りだ。
「何言ってんだよ!足跡たどってんだぞ?」
先頭の友人が反論する。
「いいから引き返すぞっ!!」
国生は、前から三番目を歩いていた。手っ取り早く目の前の一人の腕を掴んで止まらせる。
「大聖っっ!!」
自分の後ろにいた友人に名前を呼ばれて振り向いた。
「足跡が・・・道、分かんねぇよ・・・。」
雪の上にには、つい今し方つけた二つ三つの跡があるだけで、歩いてきた跡は綺麗さっぱりなくなっていた。
おかしいだろっ!!これっぽっちの雪でっ!!
ちらつく程度の雪が、こんな短時間で完全に足跡を消してしまえるとは思えない。
ありえない状況に言葉が出てこなかった。
「どうする?仕方ねぇからこのまま進む?」
「いや、そっちはだめだ。取り敢えず下る。」
国生は自分自身を落ち着かせるため、大きく息をして冷たい空気を吸い込んだ。
惑わされるな、と強く自分に言い聞かせ足を踏み出す。
父は他に何か言っていなかったか?無事に山をおりる方法は・・・。
『鳥居をくぐれ。 山の中で怖いことから守ってくれる。』
この山には、小さな神社があった。山の緑に映える赤い鳥居。いつも、施設に着いたらお参りに行っていた。
コテージから少し距離があったので、車で行っていたはずだ。
そして父は、弟と自分に必ず鳥居をくぐるように言った。
思わず悪態をつく。国生は、大石達が見回ると言っていた区域を目指すが、すれ違いにならないとは言い切れない。
部下の川井は、怪異に気付けるタイプだ。けれど、控えめな性格で大人しい。
部署の中ではベテランで大石からの信頼も厚いが、日頃から口数が少なく、あまり自分の意見を言わない。
さすがに危険を察知したら上司である大石に伝えるとは思うが、本人達が戻って来ていないということは、まだ作業しているのか、すでに何か起こってしまったのか・・・。
祭囃子に混じって人の声が聞こえる。何を言っているかまでは分からない。
なのに、なぜか自分を呼んでいるんじゃないか、探しているんじゃないか、という気になってくる。
20歳のあの日、夜の雪景色の中、友人達とスノーボードに夢中になっていた。
ちゃんとしたコースとは違う緩やかな傾斜は、大してスピードもでないが、深夜の雪山に不法侵入したことで変に高揚し、思った以上に盛り上がった。
友人の一人が何かに気付いた。
「なぁ、あれヤバくね?なんか灯りみたいなやつ見えんだけど。」
「うわっ!マジじゃん!!」
友人の一人が指差す方には、確かにゆらゆらと暗闇の中に灯りが浮かんでいる。
距離感がよく分からない。すこし遠く見えるが1キロもはない、数百メートルだろうか・・・
こちらからは見えないが、木々の間に通路でもあるのかもしれない。
「こっちのライト消して隠れんぞ!!」
わたわたしている間に、一つだった灯りは三つになっている。
国生達は、持ち込んだライトの灯りを全て消してコース脇の木の間に身を隠した。
「どうする?」
「そのうち、諦めんだろ。隠れてようぜ。」
国生がそういうと友人達も従った。木の中に入ると、そこは月明かりも届かない真っ暗闇だった。
近くにいるはずの友人の姿さえ、ろくに見えない。
じっと身を潜めていると、思った以上に体が冷えてくる。汗ばんだ体や着衣が冷気で冷やされ寒い。
盛り上がっていた気持ちも冷えていくようだった。
ゆらゆら揺れる灯りの群れを見ながら、国生はふと思った。
あれは、人間か・・・?ライトのような人工的な灯りとは違う気がする・・・。
ずっと見ていても木の陰で灯りが隠れるようなこともなく、やたらきれいに煌々と見える。燃える炎の揺らぎのように揺れるだけで、人の動きに合わせた揺れではないような気がしてきた。
幼い頃、家族でこの山に訪れていた時、その都度、父が言っていた。
『夕暮れを過ぎた山は、次の朝日が登るまでは入ってはいけない。
暗い山の中では、怖いことがたくさん起こるから・・・。』
あれは、自分と幼い弟が勝手に遊びに出ないように大人達が都合の良いことを言っているのだと思っていた。
実際に怖がりの弟は宿泊していたコテージから一人で出ることはなかった。
日頃、反発ばかりしている父の言葉をこんなタイミングで思い出したのは、幸か不幸か・・・。
父親の言っていた怖いことが起こっているんじゃないか?
冷えた体に追い打ちをかけるように冷や汗が流れた。
「おい、山おりるぞ。」
国生は友人三人に声をかけた。
あの灯りの群れに追いつかれたら山をおりれなくなる気がした。
灯りは五つになっている。
「えー、もうちょい滑ろうぜ!」
「俺、もういい寒くなってきた。」
「俺も。風邪ひきそう。」
一人が渋ったが、国生はかまわなかった。もともと、ここへは国生の車で来ているし、三対一なら多数決で勝っている。
各自スノーボードをバッグに仕舞い、降りる準備に取りかかる。
その時、ちらちらと白いものが空から降ってきた。
「・・・雪・・・。」
誰かが、呟いた。
運が悪い。本格的に降り始める前におりないと視界を奪われてしまう。
それに、自分たちの足跡が消えてしまったら、帰り道が分からなくなってしまう。
「急げっ!!」
国生は、友人達を急かした。
一番最初に帰り支度のできた友人が、来たときの足跡を探して先頭をきった。
全員で足跡と方向を確認して歩き出したはずだった。
積もった雪を踏みしめザクザクと歩く。行きは、ワクワクとはしゃいでいたため辛さなんて感じなかった。
帰りは終わりのない坂道を下っているようだった。途方もない暗闇の中に、自分達だけが存在しているように感じた。
息遣いと足音が響いて、それ以外の音はまったく分からない。
足跡を辿って帰っているはずなのに、不安が消えない。これは、本当に自分達の足跡か?
本当に道は下っているか?
そんな考えが頭をよぎった時、ふっと意識が浮上するように何かが切り替わった。くらりとした頭に思わず目をつぶる。
目を開けた時、国生は友人達に叫んだ。
「まてっ!道が違うっっ!!」
ここはどこだ?そもそも道は下ってもいない。緩やかな上りだ。
「何言ってんだよ!足跡たどってんだぞ?」
先頭の友人が反論する。
「いいから引き返すぞっ!!」
国生は、前から三番目を歩いていた。手っ取り早く目の前の一人の腕を掴んで止まらせる。
「大聖っっ!!」
自分の後ろにいた友人に名前を呼ばれて振り向いた。
「足跡が・・・道、分かんねぇよ・・・。」
雪の上にには、つい今し方つけた二つ三つの跡があるだけで、歩いてきた跡は綺麗さっぱりなくなっていた。
おかしいだろっ!!これっぽっちの雪でっ!!
ちらつく程度の雪が、こんな短時間で完全に足跡を消してしまえるとは思えない。
ありえない状況に言葉が出てこなかった。
「どうする?仕方ねぇからこのまま進む?」
「いや、そっちはだめだ。取り敢えず下る。」
国生は自分自身を落ち着かせるため、大きく息をして冷たい空気を吸い込んだ。
惑わされるな、と強く自分に言い聞かせ足を踏み出す。
父は他に何か言っていなかったか?無事に山をおりる方法は・・・。
『鳥居をくぐれ。 山の中で怖いことから守ってくれる。』
この山には、小さな神社があった。山の緑に映える赤い鳥居。いつも、施設に着いたらお参りに行っていた。
コテージから少し距離があったので、車で行っていたはずだ。
そして父は、弟と自分に必ず鳥居をくぐるように言った。
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