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⑩お供え

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 『ご祈祷』が遅れたり、篠原の件もあったりと心中落ちつかない日々を送っていた純也だったが、先日、無事、今年の『ご祈祷』が終わり、心配事は少し減った。

 4月に入っても、白花岳はまだまだ雪に包まれている。標高から考えても仕方のないことではあるのだが、雪の減りが遅いことが啓介の気がかかりだった。

 そんな啓介を見ていると、純也もどうにかしてやりなくなるのだが、雪解けのスピードはどうにかできるものではない。



 「減らないですね、雪・・・。」

 「まぁなぁ・・・毎年、めちゃくちゃ積もるけどちゃんと溶けるから、心配はいらねぇと思うけど。」

 純也は、国生と共にコース付近まで上がってきていた。月に一度の『お供え』のためである。

 山の怪異は一人でいる者を狙う、と言われていてコース管理も含め、施設より上に上がっていく際は単独行動は基本許されていない。
 とはいえ、一人だろうが二人だろうが、狙われるときは狙われる。
 
 山で一人というのは、ふとした時に心細くなる時がある。きっと、そういう隙をつかれるのだろう。

 まだまだコース整備にとりかかれる状態ではないが、必要最低限の雪掻きはされていて、山道に雪はなかった。

 一つ目の祠に人間の食べ物と花を備える。山の中に散り散りに5か所ある祠の一つ目だ。

 一つ目の祠は、ご祈祷をしている神社の近くにある。『お供え』を始める前に神社にお参りするのが決まりだ。神社には鮮やかな朱い鳥居があり、それは山頂方向からも麓側からも数十メートル置きに続いていた。

 こんな山の中によく作れたものだと思う。朱い鳥居は山の中で迷った際の目印の役割もあるという。
 鳥居をくぐりながら真っ直ぐ下れば神社まで連れて行ってくれる、と言われている。

 木々が生い茂り、直ぐに方向感覚を失う山の中で真っ直ぐ進むのはかなり難しいが、ないよりは心強いだろう。

 「それなに?」

 「スコーンと苺ジャムです。」

 純也がお供え用の白い皿に大きなクッキーのようなものを二つ乗せていた。 
 皿のそばに小さな容器の乳酸菌飲料も置いている。

 純也は真面目な顔で供え終わると

 「啓介さんに手を出すなよ。」

 と祠に向かって告げた。

 「・・・俺らは?」

 それを聞いた国生が、納得いかない様子で横槍を入れる。
 山で仕事をしているのは一緒なのだから、ちゃんと安全を願ってほしいのは当然だ。

 「これ、もともとは俺が啓介さんの軽食のために焼いてるスコーンなんですよ。おからパウダー混ぜたりオートミール入れたりして、腹持ちの良さと栄養面にも気を使った啓介さんのためのスコーンなんです。」

 純也は国生をシカト気味で話し始める。表情も真顔でどこを見ているのか分からない。

 今いる場所が場所なだけに正気を失うのは勘弁してほしい。

 「・・・。」

 「2日前に啓介さんが、午前中の休憩でウサギが寄ってきたから、スコーンを砕いてウサギにやったって話をしてて・・・。」

 「それ、絶対、普通のウサギじゃねぇだろ!」

 野ウサギはいるが、そんな人懐こい個体を国生は見たことがない。街育ちの国生から見た野ウサギは意外とデカくて逃げ足が早い。
 
 食べ物に困っていない野生のウサギがスコーンを欲しがるとは思えない。

 「でも、啓介さんはウサギって信じてる!!撫でても逃げなかったって!!俺と一緒の時に偽物見たことあるのに!!そんな時に限って他のコース管理の人は見てないし!!」

 「散策コースの整備してた日だから、一人だったんだろうな。」

 「啓介さんの食料を奪ったり愛でられたり、ありえないんですよ!!俺のいない所で、啓介さんに近付きやがって!!」

 『お供え』を行っている理由の一つは、山にいる人外が人の食べ物を好むと伝えられているからだ。
 そのため、『お供え』は人にとっては、ありふれた日常の食べ物であることが多い。

 倉本が用意するときも、おにぎりとウィンナーのようなお弁当メニューだ。
 そのウィンナーがタコやカニになっているのは、彼の細やかな気遣いに違いなかった。

 「落ち着け!!」

 日頃の恨みをぶつけるような純也を国生が宥めるが、あまり効果はなく、変わらず純也の目はどこか分からないところを見ている。

 「スコーンはやる・・・あと、家に来るな!!」
  
 家に来るな、に込められた思いの強さは尋常ではなかった。

 国生が純也と二人で祠を回るのは、今回が初めてだ。お供えは毎回レストランで用意するが、供えて回る人間に特に決まりはなく場所が分かる者と時間が取れる者の組み合わせになる。

 「祠、あと4つあるんだぞ?大丈夫か?」

 毎回、こんな熱く思いをぶつけられたら、こちらがしんどい。
 
 誰だよ・・・こいつをコックコートの王子様なんて言ったのは・・・

 コックコートの王子様・・・それはライブキッチン中の純也を勝手に写真にとりSNSにあげた客が添えていた言葉である。

 普段は白いコックコートを着ている純也だが、客前で調理する時は途中で汚れても目立たないようブラウンや黒いものを身に付けており、それは見た目もオシャレで従業員からも好評だった。
 
 その写真を見たという問い合わせの電話が何件か入り発覚した。
 SNSにあげたのは、まだ若いご令嬢で会社側から注意して写真も削除してもらい、ライブキッチン中に限らず撮影は禁止というルールが表立ってできた。

 会員でなくとも家族だったり身元のしっかりした招待客だったりは施設を利用できるのだが、もっと厳しくした方がいいと古参の会員から意見が入る事態にまでなった。

 限られた人間だけの隠れ家的イメージをくずすわけにはいかない。

 「国生さん、次行きましょう!」

 振り返った純也は、いくらかスッキリした顔をしていた。   
 純也は自分と身長は変わらないのに、かなり細身の体だ。己の上司、彼の恋人である大石の方がよっぽど筋肉のついた男らしい体をしている。

 今日は、山に上がるのでアウトドア寄りの防寒された服装だが、その服の上からでも細身であることは分かる。

 「お前、そんなガリガリで大石さん抱いてんの?」

 「だから、セクハラですよ!!ガリガリでもないです!!」

 急に振られた話に、純也は勢いよく反論する。純也は、細身だが本人が言うようにガリガリではない。平均より細身なだけで、至って健康な体だ。

 「俺がガリガリなら、料理長はどうなんです?俺なんかよりぜんっぜんっ痩せてますよね!?」

 「お前が辰巳さんの何知ってるんだよ!!」

 「同じロッカールームで着替えてます。」

 家を出るときにすでに作業着の啓介達と違って、純也達はレストランの中のロッカールームでユニホームに着替えている。
 倉本は服の上から見ただけでも細身の体型だが、脱いだら思った以上に痩せている。
 持病があるとか不健康な理由ではなく、もともと少食なうえに体質的に太れないのだ。

 「・・・痩せ過ぎだよな?辰巳さん・・・。」

 「そうですね。まぁ、でも元気ですからね・・・。」

 かなりの痩躯であるが、倉本もまた至って健康なのだ。

 「行くか、次。」

 「行きましょう。」
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