継続可能な最高の幸せ!ただし、怪異ありきで。

豆腐屋

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⑧図々しい客

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 今日は、篠原が来る日だ。
 純也は朝、出勤前の啓介に何度も人気のないところに二人で行くのはやめてくれと頼んだ。
 実際には昨日の夜から頼んでいて、その度、啓介は分かったと約束してくれた。
 何度も同じ内容を約束させる純也に、嫌な顔を一つせず、その度毎にきちんと対応してくれる。 
 
 啓介のそういったところは、やはり自分より格段に人生経験の豊富な大人であると実感させられる。 
 
 自分が、まだまだ子供のようで差を感じたが、それはそれだ。
 現実として一回りの歳の差があるので、仕方ない。片思い時代の猛アプローチで、それを関係ないと言ったのは純也本人だ。
 一緒に暮らし始めてからも年の差を感じることはあっても、問題に思うことはない。

 純也にとって、啓介は天然でピュアで真面目で誠実で心が広く格好良くて可愛くて、仕事はできるのに放っておけなくて・・・等語りきれない程の魅力に溢れた奇跡的な存在なのだ。

 しかし、それは全て恋人である純也のものなので、どれ一つとして他の者に分け与える気はない。
 例え生きている人間だろうが、正体不明の怪異だろうが、わずかでも奪うことは許されない。

 純也は、ふと思ったことがある。

 あの篠原をとりまく、生霊やら死霊やらのぐちゃぐちゃをそのままにしておいたらどうなるのだろうか?
 何か良くないからこそ篠原は啓介に会って、それらを一掃しているはずだ。

 ずっと、そのままだったら、ぐちゃぐちゃはどんどん増えて、例えば・・・死ぬのだろうか?

 ぜんぜん良いけど。あいつから入ってくる3万円なんてどうでもいいし。  
 啓介さんだって、要らないって言ってるし。  

 啓介と篠原が気になって頭から離れない。何とかランチタイムの準備を進めているが、まったく身が入らない。

 ここは、厨房だ。いくら恋人が心配とはいえ仕事をおろそかにはできない。それに、己の仕事に責任を持たないことを啓介は嫌う。
 
 人生の最優先は啓介だが、根が真面目な純也はランチタイムが始まれば、自ずと集中していた。


 「佐柳さん、パスタのスープとサラダ、出しますね?」

 「はい、お願いします!」

 メインのパスタが出来上がるタイミングから逆算して、先にセットメニューを持って行ってもらう。
 あまり時間が開きすぎてもいけない。

 「!!!」

 突如、体を突き抜けるように悪寒が走った。  

 パスタの調理に取り掛かっていた純也だったが一瞬で体中に鳥肌が立つ
 足元から這い上がってきた寒気に、はっと気付いて壁掛けの時計を見た。

 篠原さんだ!!時間的にも間違いない。

 幾度か目にしたぐちゃぐちゃの気配がする。
 毎回、欠片も残らず一掃されているのに、一ヶ月程で同じだけくっつけて再登場する。

 同じものが再生するのか再び取り憑くのか、新しい別物を仕入れているのかは分からない。

 せめて、せっかく啓介が綺麗にしているのだから、もっと長持ちさせてほしい。リピートのペースが早すぎる。

 篠原が、啓介を呼び出す時はスタッフ経由で連絡が行く。
 啓介は日によって、広い敷地のどこにいるのか分からないので、篠原がチェックインした際にスタッフから連絡を入れて、啓介の方がそれとなく準備をしているようだった。

 本人同士で連絡を取り合ってないことに、純也はホッとした。



 「大石キーパー、今日はテラス席使うみたいですね。珍しい。」

 客の食器を下げてきたウエイトレスが、純也に言った。社宅で一緒に住んでいるぐらいなので、二人の関係はほとんどの従業員が知っている。

 特に女性はこういった事に気が利く。
純也に気を使って、こうして啓介の情報を回してくれる。

 「け、大石さん、テラスにいるの?」

 思わず下の名前で呼びそうになったが、仕事中なので言い直した。

 「はい。篠原さんと二人で。」

 きっと自分がお願いしたからだと、すぐに解った。その気遣いに、胸がジンと熱くなる。

 厨房から出て、そっとフロアの方を覗く。フロアの更に奥、ガラスを隔ているので、よくは見えないがテラス席に一組だけ客が座っている。

 見間違いようのないキラキラと輝く黒髪の後ろ姿と、まだ消えていないぐちゃぐちゃの気配。

 テラス席は、外に階段が付いていてフロアを通らなくても使用可能だ。
 仕事中の啓介は、当然、作業着なので客のいる時間帯には、ほとんど建物内には入ってこない。

 屋根があっても防ぎきれない日差しを浴びて、愛しい人は今日も輝いている。
 純也は啓介がキラキラしていなくても恋に落ちた自信があるけれど、篠原のようにあのキラキラがあるからこそ、寄ってくるやからがいるのも事実だ。

 あのキラキラは時には得体の知れないものを引き付け、時には篠原の連れているぐちゃぐちゃは消しさる。あれに惹かれているのか啓介本人に惹かれているのかは判断できないが人外に対して、まったく真逆の効果を発揮している。

 そういったことから、山の怪異と篠原が連れているものは、まったく異なる存在なのだろうと思う。
 山の怪異は、いわゆる心霊的なものとは違うのだ。
 
 なので、篠原と一緒にいる啓介が気を付けるのは篠原本人に的を絞っていい。

 丸テーブルを挟んだ対面位置なのも、自分のために距離をとってくれているのかもしれない。
 チップを渡すぐらいなら、一秒でも早く帰ってほしい。
 篠原がいる限り、啓介は昼食もとれないのだ。

 啓介さんは、肉体労働なのに!!絶対、お腹すいてるのに!!
 指一本でも啓介さんに触れたら許さない・・・ 。

 あのぐちゃぐちゃの中には、自分の恨みも混ざっているのではないかと純也は思った。  
 
 「佐柳!働け!大石に言いつけるぞ!!」

 ぎりぎりフロアに出ていない位置からテラスを見つめたまま厨房の中に帰ってこない純也に倉本が痺れをきらす。

 今日の予約分の食事は終わっているが、少し時間を遅らせて、従業員の昼休憩が始まる。
 職場の立地的に、他で食事を調達するのが 大変なので、ほぼ毎日、全従業員分の賄をレストランで用意している。

 啓介に言いつけられるのは困る。しかし、純也は啓介の胸元にチップが差し込まれるところまでは、見届けないと気が済まない。

 同僚達には、申し訳ないが昼食が少々遅れても我慢してほしい。

 最悪メインのおかずはなくとも、ご飯はタイマーで仕掛けてるから遅れず炊きあがるし、ポトフも大丈夫だ。

 それに俺の一番食べて欲しい人がまだだ。

 「もう少しだけ待ってください!!見逃すわけにはいかないんです!!」

 
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