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⑦恋人の部下
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「よお、お疲れ。」
ランチタイム終了後の厨房で、純也が翌日の確認をしながら仕込をしていた時、ふいにレストランの裏口、主に業者が使う出入り口から若い男の声がした。
「あぁ、国生さん。お疲れっす。」
純也と変わらない長身だが雰囲気は随分違う。彼は、国生 大聖(コクショウ ダイキ) 28歳、コース管理に所属する啓介の部下でサブキーパーをしている。
「辰巳さんは?」
「フロアです。もう今日はお客さんいないんで。」
「邪魔していいか?」
「いいですけど、それ、一応隠して下さいね!」
国生は作業着を着ていたが、上着を脱いだ上半身は黒いハイネックのノースリーブのアンダーウェアで、左肩から二の腕にかけて黒いトライバル柄のタトゥーが丸見えになっている。
かなり広範囲に入った目立つタトゥーだが、コース管理は、もともと裏方であるし客前で隠していれば会社側は国生のタトゥーは問題ないとしている。
日に焼けた肌と均整のとれた細マッチョな体は同性の純也から見ても理想的だ。身長は同じなのに、筋肉量では明らかに負けている。
国生の彫りの深いはっきりとした顔立ちや焼けた肌、癖の強い黒髪のハーフアップのマンバンは日本人離れして見えた。きれいに整えられた顎髭も、彼をより男らしく魅力的に魅せている。
少々、ガテン系のような厳つさはあるが、文句のない男前だと純也は思っている。
ただ、この自分より一つ年上のクラブ通いでもしてそうな男前が、上司である料理長の恋人だと聞いた時は、にわかには信じられなかった。
国生のいう『辰巳さん』とは、純也が務めるレストランの料理長、倉本 辰巳(クラモト タツミ)41歳だ。
今はフロアで、他の従業員達と休憩を取っている。
「あぁ。」
国生は、歩きながら腰に巻いていた上着を解いて羽織った。
「お前、昨夜は楽しんだんだろ?」
「セクハラですよ、国生さん。」
「あいつらに言えよ。随分、煩かったぜ。」
国生は、純也の前で止まると少し意地の悪い顔で笑う。
国生も恋人である倉本と一緒に住んでいて、純也達と同じ作りの一軒家を借りている。
隣りと言えば隣りではあるが、建物同士は50メートルは離れている。
それでも、国生には昨日のあれの声が聞こえていたようだった。
ずんぶん前だが純也がつい国生に、営みの後に高頻度で啓介を訪ねてくる得体のしれない何かの愚痴を零してしまったせいで、そういった日がバレるようになってしまった。
完全に純也のミスだ。啓介には絶対に言わないよう頼んである。啓介のいないところでからかわれはするが、今のところバラされてはいない。
他の従業員宅にバレているかどうかは分からないが、啓介には隠し通せなくなるぎりぎりまでは、だまっている予定だ。
「最終的には、帰ってくれましたよ。」
「俺、最初、お前が外に閉め出されたのかと思ったぜ!!」
「やめてくださいよ!国生さんだったら区別つくでしょ!」
「まぁな。でも、あんまりそっくりに真似てっからさ。」
国生は純也や啓介とは違いスカウトされて働いているわけではない。まだ、付き合う前の片思いの相手、倉本の傍にいたい一心で自ら売り込み入社したのだ。
意外にも国生は父親がここの施設の会員であるというコネを持っていたし、何より純也と同じように普通の人なら見えないものまで見えてしまうのだ。
純也は国生から、その話を聞いた時、この人なら自分の気持ちを分かってくれるかもしれないと思った。
純也は自分の啓介への気持ちが重いことは分かっている。それでも啓介のいない人生を、もう自分は生きていけない。
結構な時間と労力をかけ料理長の心を射止めたらしいが、今現在の国生は毎日が幸せで溢れてるいるらしく、そういった惚気を聞かされることも多い。本人曰く、十分すぎるぐらい報われている、とのこと。
倉本が国生のことをどうこう言っているのは普段からほとんど聞かないが、社宅で生活を共にしているぐらいだから両思いは間違いないんだろうなとは思っている。
「それより、次の『ご祈祷』までの間、仕事中の啓介さんのことほんっとうにお願いしますよ!?」
「分かってるって!ずっと一緒にいるわけじゃねぇけど、居場所は把握するようにするし。」
純也と国生はタイプは違うが歳が近く、お互いの恋人がお互いの部署にいるということで親しくしている。
最近は山の治安が悪いので、国生に啓介が危ない目に合わないよう見ていて欲しいと頼んでいるのだが、二人は組んで仕事をしているわけでないし、なんせ敷地が広い。居場所が把握できていても、何かあった時にすぐに駆け付けられるとは限らないので、純也の心配はあまり変わらなかった。
「大石さんって、何も分かんねぇわりに上手くかわすし、今までも何とかなってたんだから大丈夫じゃねぇ?まぁ、でも気持ちは分かるから、俺も気を付けとくよ。だから、そっちもちゃんと見といてくれよ!?」
「お願いします!心配なんです!!俺からしたら、料理長の方が大丈夫だと思いますけどね・・・。客に口説かれたぐらいでなびかないでしょ・・・。」
「辰巳さんの気持ちが揺るがなくても、身の安全は保証されねぇんだよ!!お前は、篠原みたいな客を何も思わねぇのか?」
純也が山の怪異を不安に思っているのに対し、国生はレストランの客が倉本に手を出すのが心配なようで、怪しいやつは、すぐ報告しろという約束がある。
「嫌に決まってるじゃないですか!!あの人、来週また来るんですよ!!」
頻繁ではないが、貸し切りのパーティや価格設定の高い料理、客からの希望で、客の目の前で調理することもある。
純也もガーデンパーティや貸し切ったフロアで、何度か請け負った。派手で迫力のあるフランベを披露しておけば、だいたい盛り上がる。
倉本には倉本に付いている客が何人かいて、定期的に貸し切ったレストランでのライブキッキンの予約が入っている。
純也も助手を務めることがあるが、倉本の客は一通り終わった後、倉本を席に呼んだり酒を勧めたりと距離が近い。
倉本は、まったく押しに弱くないのでブレることなく一線引いたままだった。
もちろん、酒は飲まない。
「だろ?嫌だろ?」
「はい。嫌です。」
「だから、これからもよろしく頼む!これ以上、あの人目当ての客が増えたら、俺、辰巳さん連れてここ辞めっから。」
本気の目だ・・・。確かに俺だって篠原さんみたいな客が何人もいたら、啓介さんを人前に出したくない・・・。
二人のプライベートのパワーバランスがどうなっているのか純也は知らないが、転職の決定権を国生が持っているとは思えない。
だが、純也もまた、国生の気持ちが痛いほど分かってしまう。
恋人の魅力は自分達が一番よく分かっている。それを思いっきり堪能できるのは恋人である自分だけだ。
恋い焦がれるのは勝手だが、遠巻きに見る程度にしておいてくれないと困る。
それ以上はこちらが我慢ならない。
純也との約束が続行されたことで、国生はようやくフロアへ入って行った。
良好な関係でいるためには、対等でなければならない。純也と国生の間で頼み事は、お互い等価交換が基本だ。
純也もきりのいいところまで終わらせたら、休憩に合流することになっている。
ランチタイム終了後の厨房で、純也が翌日の確認をしながら仕込をしていた時、ふいにレストランの裏口、主に業者が使う出入り口から若い男の声がした。
「あぁ、国生さん。お疲れっす。」
純也と変わらない長身だが雰囲気は随分違う。彼は、国生 大聖(コクショウ ダイキ) 28歳、コース管理に所属する啓介の部下でサブキーパーをしている。
「辰巳さんは?」
「フロアです。もう今日はお客さんいないんで。」
「邪魔していいか?」
「いいですけど、それ、一応隠して下さいね!」
国生は作業着を着ていたが、上着を脱いだ上半身は黒いハイネックのノースリーブのアンダーウェアで、左肩から二の腕にかけて黒いトライバル柄のタトゥーが丸見えになっている。
かなり広範囲に入った目立つタトゥーだが、コース管理は、もともと裏方であるし客前で隠していれば会社側は国生のタトゥーは問題ないとしている。
日に焼けた肌と均整のとれた細マッチョな体は同性の純也から見ても理想的だ。身長は同じなのに、筋肉量では明らかに負けている。
国生の彫りの深いはっきりとした顔立ちや焼けた肌、癖の強い黒髪のハーフアップのマンバンは日本人離れして見えた。きれいに整えられた顎髭も、彼をより男らしく魅力的に魅せている。
少々、ガテン系のような厳つさはあるが、文句のない男前だと純也は思っている。
ただ、この自分より一つ年上のクラブ通いでもしてそうな男前が、上司である料理長の恋人だと聞いた時は、にわかには信じられなかった。
国生のいう『辰巳さん』とは、純也が務めるレストランの料理長、倉本 辰巳(クラモト タツミ)41歳だ。
今はフロアで、他の従業員達と休憩を取っている。
「あぁ。」
国生は、歩きながら腰に巻いていた上着を解いて羽織った。
「お前、昨夜は楽しんだんだろ?」
「セクハラですよ、国生さん。」
「あいつらに言えよ。随分、煩かったぜ。」
国生は、純也の前で止まると少し意地の悪い顔で笑う。
国生も恋人である倉本と一緒に住んでいて、純也達と同じ作りの一軒家を借りている。
隣りと言えば隣りではあるが、建物同士は50メートルは離れている。
それでも、国生には昨日のあれの声が聞こえていたようだった。
ずんぶん前だが純也がつい国生に、営みの後に高頻度で啓介を訪ねてくる得体のしれない何かの愚痴を零してしまったせいで、そういった日がバレるようになってしまった。
完全に純也のミスだ。啓介には絶対に言わないよう頼んである。啓介のいないところでからかわれはするが、今のところバラされてはいない。
他の従業員宅にバレているかどうかは分からないが、啓介には隠し通せなくなるぎりぎりまでは、だまっている予定だ。
「最終的には、帰ってくれましたよ。」
「俺、最初、お前が外に閉め出されたのかと思ったぜ!!」
「やめてくださいよ!国生さんだったら区別つくでしょ!」
「まぁな。でも、あんまりそっくりに真似てっからさ。」
国生は純也や啓介とは違いスカウトされて働いているわけではない。まだ、付き合う前の片思いの相手、倉本の傍にいたい一心で自ら売り込み入社したのだ。
意外にも国生は父親がここの施設の会員であるというコネを持っていたし、何より純也と同じように普通の人なら見えないものまで見えてしまうのだ。
純也は国生から、その話を聞いた時、この人なら自分の気持ちを分かってくれるかもしれないと思った。
純也は自分の啓介への気持ちが重いことは分かっている。それでも啓介のいない人生を、もう自分は生きていけない。
結構な時間と労力をかけ料理長の心を射止めたらしいが、今現在の国生は毎日が幸せで溢れてるいるらしく、そういった惚気を聞かされることも多い。本人曰く、十分すぎるぐらい報われている、とのこと。
倉本が国生のことをどうこう言っているのは普段からほとんど聞かないが、社宅で生活を共にしているぐらいだから両思いは間違いないんだろうなとは思っている。
「それより、次の『ご祈祷』までの間、仕事中の啓介さんのことほんっとうにお願いしますよ!?」
「分かってるって!ずっと一緒にいるわけじゃねぇけど、居場所は把握するようにするし。」
純也と国生はタイプは違うが歳が近く、お互いの恋人がお互いの部署にいるということで親しくしている。
最近は山の治安が悪いので、国生に啓介が危ない目に合わないよう見ていて欲しいと頼んでいるのだが、二人は組んで仕事をしているわけでないし、なんせ敷地が広い。居場所が把握できていても、何かあった時にすぐに駆け付けられるとは限らないので、純也の心配はあまり変わらなかった。
「大石さんって、何も分かんねぇわりに上手くかわすし、今までも何とかなってたんだから大丈夫じゃねぇ?まぁ、でも気持ちは分かるから、俺も気を付けとくよ。だから、そっちもちゃんと見といてくれよ!?」
「お願いします!心配なんです!!俺からしたら、料理長の方が大丈夫だと思いますけどね・・・。客に口説かれたぐらいでなびかないでしょ・・・。」
「辰巳さんの気持ちが揺るがなくても、身の安全は保証されねぇんだよ!!お前は、篠原みたいな客を何も思わねぇのか?」
純也が山の怪異を不安に思っているのに対し、国生はレストランの客が倉本に手を出すのが心配なようで、怪しいやつは、すぐ報告しろという約束がある。
「嫌に決まってるじゃないですか!!あの人、来週また来るんですよ!!」
頻繁ではないが、貸し切りのパーティや価格設定の高い料理、客からの希望で、客の目の前で調理することもある。
純也もガーデンパーティや貸し切ったフロアで、何度か請け負った。派手で迫力のあるフランベを披露しておけば、だいたい盛り上がる。
倉本には倉本に付いている客が何人かいて、定期的に貸し切ったレストランでのライブキッキンの予約が入っている。
純也も助手を務めることがあるが、倉本の客は一通り終わった後、倉本を席に呼んだり酒を勧めたりと距離が近い。
倉本は、まったく押しに弱くないのでブレることなく一線引いたままだった。
もちろん、酒は飲まない。
「だろ?嫌だろ?」
「はい。嫌です。」
「だから、これからもよろしく頼む!これ以上、あの人目当ての客が増えたら、俺、辰巳さん連れてここ辞めっから。」
本気の目だ・・・。確かに俺だって篠原さんみたいな客が何人もいたら、啓介さんを人前に出したくない・・・。
二人のプライベートのパワーバランスがどうなっているのか純也は知らないが、転職の決定権を国生が持っているとは思えない。
だが、純也もまた、国生の気持ちが痛いほど分かってしまう。
恋人の魅力は自分達が一番よく分かっている。それを思いっきり堪能できるのは恋人である自分だけだ。
恋い焦がれるのは勝手だが、遠巻きに見る程度にしておいてくれないと困る。
それ以上はこちらが我慢ならない。
純也との約束が続行されたことで、国生はようやくフロアへ入って行った。
良好な関係でいるためには、対等でなければならない。純也と国生の間で頼み事は、お互い等価交換が基本だ。
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