2 / 43
第二話
変わらぬ日々
しおりを挟む
いつも通りの変わらぬ朝を迎えたが、胸のざわめきはいっこうに収まらなかった。一階のリビングに降りシャッターを開けると、柔らかな朝の光と共に庭に咲く金木犀の香りが一気に押し寄せ優しく体を包み込んだ。
見上げた秋空はどこまでも高く青く澄みわたっている。金木犀の香りを胸いっぱいに吸い込むと、先ほどまでのざわめきは嘘のように消え穏やかな気持ちになった。
「おはよう燈花、ふぁ…まだ眠い」
一緒に暮らす七歳年上の姉がけだるそうな足つきで階段から降りてきた。
「あっ、おはようお姉ちゃん、まだ起きるには早いんじゃない?」
「今日は日帰り出張なのよ、帰りが遅くなるけど良い?」
「大丈夫よ、心配しないで気をつけて行ってきて」
「ごめんね、いつも…」
姉は申し訳なさそうに言いため息をついた。姉とは数年前から一緒に暮らしている。突然夫を亡くし若くして未亡人になった姉はしばらく女手一つで二人の娘を育てていたが、仕事をしながら子供たちを育てるのは容易ではない。
私たちは両親を早くに亡くしたので姉とは互いに助け合い寄り添い合って生きてきた。私は少しでも姉の力になりたいと思い一緒に住み、二人の姪の育児を手伝っている。
姉は会社勤めだが、私は幸いにも大好きなアロマの知識を生かし、アロマセラピストとして両親が残してくれたこの家で小さな教室を開いている。ドラマティックな事も起こらないし、なんの変化もない平凡な日々だがこれが人生なのだろうと、疑うことはなかった。
夢の事もすっかり忘れていたある日
「燈花ちゃん知っている?今日学校で習ったんだけどね、聖徳太子って人はいなかったかもなんだって!」
と、10歳の姪が得意げに言ってきた。
「そんなことはないでしょう?」
私も少し大袈裟に答えた。
「でも今日、社会の時間に先生が言っていたよ、聖徳太子が居ないだなんて、なんだかガッカリ…」
姪が残念そうに言った。
「そんなはずないと思うけど…」
私も彼が実在したのかどうかは自信がなかったし、正直今まで聖徳太子にも古代の歴史にも興味を持った事がなかった。けれどその日以来なぜが急に聖徳太子が気になり始めた。
彼は本当に実在したのだろうか??文献を読み漁ったりネット検索をする日々が続いたが、やはり真相はわからない。けれど私は彼が実在の人物であることを信じたいと思った。
ある夜のこと、その日も布団にくるまると携帯をとり聖徳太子に関する事柄を飽きもせず調べていた。突然ある1枚の画像が目に飛び込み、息をのんだ。数ヶ月前に夢の中で訪れた場所にそっくりだったのだ。
この場所に行ったことがある。夢の中で確かに私はここに居た…間違いない…
その画像を見れば見るほど夢の記憶は確信へと変わった。この場所はいったいどこなのだろうかと詳しく調べ更に驚いた。その場所は聖徳太子の叔母である、推古天皇の陵墓だった。あまりにも予期せぬ答えに頭の中が真っ白になった。
推古天皇の陵墓?
今まで生きている中で古墳に対し興味を持ったことも、ましてや訪れた事も一度もない。更に別の画像にも目が釘付けになった。それは上空から撮影されたもので、茶褐色の大地に二つの細長い人型のような穴が地面に掘られている。
この光景にも見覚えがある。と言うか見た…
あの日見た夢の中の景色が鮮明に浮かび上がった。明日香村近くに実在する植山古墳だ。この古墳は推古天皇とその子息竹田皇子の合葬墓であったのではないかと言われている。
二つとも推古天皇のお墓だわ…
いくつもの疑問が頭の中でぐるぐると回り始めた。ただこの二つの画像から何か縁のような、強く引かれる力を感じた。
何故か推古天皇に呼ばれているような気がしてならなかった。早めに機会を作り自分の目で確かめようと思った。その晩、不思議な感覚に襲われなかなか寝つく事が出来なかった。
幸運にもこの夢は早々に叶い、その年の秋、姉や姪達と共に旅行がてら推古天皇陵墓を訪ねることになった。なんだか異国にでも行くようで、どきどきと胸が高鳴った。
大阪駅でレンタカーを借りると真っ先に推古天皇陵墓を目指した。しばらく車を走らせるとあたりは美しい田園風景へと変わった。雲一つない秋晴れだ。空はどこまでも高く青く澄み渡っている。
姪達は外の景色をチラッと見たものの、興味がないのかすぐに持ってきたゲームに夢中になった。彼女達がさすがにゲームに飽き始めた時、水田の中にぽつんと陵墓らしきものが見えた。
運良く通りすがりの地元の人を見つけたので、念のため確認した。やはり推古天皇陵墓で間違いないらしい。私達は畑のあぜ道に車を止め外に出た。
「やっと着いた~」
姉は車から降りると、う~んと背伸びをした。ちょうど秋の収穫の時期と重なり、田畑の稲穂は重い頭を下げ、波のように風にうたれている。
その光景が金色の波のようでとても美しかった。水路には沢山の蛙が一列に並んでいて通りすぎる私達をじぃーっと見ている。
やっと来られた…そう、ここよ…あの石階段…
早歩きでその小さな石階段へと向かった。石階段を登り終え後ろを振り返ると眼下には美しい段々畑が広がり、その奥にはいくつにも連なる美しい山々が見えた。
ここで間違いない…
はっきりとあの日、夢の中で見た景色を思い出したていた。振り返ると姉と姪達は道路の傍にある水路を覗きこみ、蛙探しに夢中になっている。私はもう一度正面を向き手を合わせ心の中で挨拶をした。
橘燈花と申します。ご縁を感じこの度は遠方よりやって参りました。推古天皇にご挨拶を申し上げます…
深く頭を下げた瞬間、急に風がビューと強く吹き、すぐにビリビリビリという雷のような雷鳴が遠くに聞こえた。驚いた私は振り向きざまによろけ足を踏み外し、階段下まで勢いよくゴロゴロと転がり落ちた。
「燈花大丈夫⁉︎しっかりして‼︎」
姉の呼ぶ声が何度も聞こえるが、体はぴくりとも動かないし、頭は朦朧としている。
どこからか飛んできたのかわからないが、何枚もの鮮やかな黄色のイチョウの葉が、くるくる、くるくる、と青空の中を舞うのが見えた。
随分とゆっくり舞うのね…
目の前はぼやけ、ほどなくして意識を失った。
見上げた秋空はどこまでも高く青く澄みわたっている。金木犀の香りを胸いっぱいに吸い込むと、先ほどまでのざわめきは嘘のように消え穏やかな気持ちになった。
「おはよう燈花、ふぁ…まだ眠い」
一緒に暮らす七歳年上の姉がけだるそうな足つきで階段から降りてきた。
「あっ、おはようお姉ちゃん、まだ起きるには早いんじゃない?」
「今日は日帰り出張なのよ、帰りが遅くなるけど良い?」
「大丈夫よ、心配しないで気をつけて行ってきて」
「ごめんね、いつも…」
姉は申し訳なさそうに言いため息をついた。姉とは数年前から一緒に暮らしている。突然夫を亡くし若くして未亡人になった姉はしばらく女手一つで二人の娘を育てていたが、仕事をしながら子供たちを育てるのは容易ではない。
私たちは両親を早くに亡くしたので姉とは互いに助け合い寄り添い合って生きてきた。私は少しでも姉の力になりたいと思い一緒に住み、二人の姪の育児を手伝っている。
姉は会社勤めだが、私は幸いにも大好きなアロマの知識を生かし、アロマセラピストとして両親が残してくれたこの家で小さな教室を開いている。ドラマティックな事も起こらないし、なんの変化もない平凡な日々だがこれが人生なのだろうと、疑うことはなかった。
夢の事もすっかり忘れていたある日
「燈花ちゃん知っている?今日学校で習ったんだけどね、聖徳太子って人はいなかったかもなんだって!」
と、10歳の姪が得意げに言ってきた。
「そんなことはないでしょう?」
私も少し大袈裟に答えた。
「でも今日、社会の時間に先生が言っていたよ、聖徳太子が居ないだなんて、なんだかガッカリ…」
姪が残念そうに言った。
「そんなはずないと思うけど…」
私も彼が実在したのかどうかは自信がなかったし、正直今まで聖徳太子にも古代の歴史にも興味を持った事がなかった。けれどその日以来なぜが急に聖徳太子が気になり始めた。
彼は本当に実在したのだろうか??文献を読み漁ったりネット検索をする日々が続いたが、やはり真相はわからない。けれど私は彼が実在の人物であることを信じたいと思った。
ある夜のこと、その日も布団にくるまると携帯をとり聖徳太子に関する事柄を飽きもせず調べていた。突然ある1枚の画像が目に飛び込み、息をのんだ。数ヶ月前に夢の中で訪れた場所にそっくりだったのだ。
この場所に行ったことがある。夢の中で確かに私はここに居た…間違いない…
その画像を見れば見るほど夢の記憶は確信へと変わった。この場所はいったいどこなのだろうかと詳しく調べ更に驚いた。その場所は聖徳太子の叔母である、推古天皇の陵墓だった。あまりにも予期せぬ答えに頭の中が真っ白になった。
推古天皇の陵墓?
今まで生きている中で古墳に対し興味を持ったことも、ましてや訪れた事も一度もない。更に別の画像にも目が釘付けになった。それは上空から撮影されたもので、茶褐色の大地に二つの細長い人型のような穴が地面に掘られている。
この光景にも見覚えがある。と言うか見た…
あの日見た夢の中の景色が鮮明に浮かび上がった。明日香村近くに実在する植山古墳だ。この古墳は推古天皇とその子息竹田皇子の合葬墓であったのではないかと言われている。
二つとも推古天皇のお墓だわ…
いくつもの疑問が頭の中でぐるぐると回り始めた。ただこの二つの画像から何か縁のような、強く引かれる力を感じた。
何故か推古天皇に呼ばれているような気がしてならなかった。早めに機会を作り自分の目で確かめようと思った。その晩、不思議な感覚に襲われなかなか寝つく事が出来なかった。
幸運にもこの夢は早々に叶い、その年の秋、姉や姪達と共に旅行がてら推古天皇陵墓を訪ねることになった。なんだか異国にでも行くようで、どきどきと胸が高鳴った。
大阪駅でレンタカーを借りると真っ先に推古天皇陵墓を目指した。しばらく車を走らせるとあたりは美しい田園風景へと変わった。雲一つない秋晴れだ。空はどこまでも高く青く澄み渡っている。
姪達は外の景色をチラッと見たものの、興味がないのかすぐに持ってきたゲームに夢中になった。彼女達がさすがにゲームに飽き始めた時、水田の中にぽつんと陵墓らしきものが見えた。
運良く通りすがりの地元の人を見つけたので、念のため確認した。やはり推古天皇陵墓で間違いないらしい。私達は畑のあぜ道に車を止め外に出た。
「やっと着いた~」
姉は車から降りると、う~んと背伸びをした。ちょうど秋の収穫の時期と重なり、田畑の稲穂は重い頭を下げ、波のように風にうたれている。
その光景が金色の波のようでとても美しかった。水路には沢山の蛙が一列に並んでいて通りすぎる私達をじぃーっと見ている。
やっと来られた…そう、ここよ…あの石階段…
早歩きでその小さな石階段へと向かった。石階段を登り終え後ろを振り返ると眼下には美しい段々畑が広がり、その奥にはいくつにも連なる美しい山々が見えた。
ここで間違いない…
はっきりとあの日、夢の中で見た景色を思い出したていた。振り返ると姉と姪達は道路の傍にある水路を覗きこみ、蛙探しに夢中になっている。私はもう一度正面を向き手を合わせ心の中で挨拶をした。
橘燈花と申します。ご縁を感じこの度は遠方よりやって参りました。推古天皇にご挨拶を申し上げます…
深く頭を下げた瞬間、急に風がビューと強く吹き、すぐにビリビリビリという雷のような雷鳴が遠くに聞こえた。驚いた私は振り向きざまによろけ足を踏み外し、階段下まで勢いよくゴロゴロと転がり落ちた。
「燈花大丈夫⁉︎しっかりして‼︎」
姉の呼ぶ声が何度も聞こえるが、体はぴくりとも動かないし、頭は朦朧としている。
どこからか飛んできたのかわからないが、何枚もの鮮やかな黄色のイチョウの葉が、くるくる、くるくる、と青空の中を舞うのが見えた。
随分とゆっくり舞うのね…
目の前はぼやけ、ほどなくして意識を失った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる