47 / 117
本編
47.双対
しおりを挟む
双対 つがい(お互いを対としての意味)
朝の一仕事を終えて花嫁の居間の隅に立つ。
花嫁が戻ってくるまですることはないが、女官である延に話しかけられるのでもなければ声を出してはいけないし微動だにしてもいけない。紅児にとって主に思索にふけるのにかっこうの時間である。
紅児の最後の一言だけで紅夏は悟ったようだった。
その後の彼の表情の意味を考える。
紅児は自分が「跡取り娘」だということは伝えた。けれど紅夏は大したことがないように笑んでいた。
彼の考えが全く読めない。
どういうことなのか早く問いただしたかった。
昼になってごはんを食べさせられながら片手を捕えられ、そのまま会話の続きを頭の中(心話)でする。傍目には恋し合う2人がじっと見つめ合っているようにしか見えなかったが、紅児はそんなこと全く気付いてはいなかった。
〈跡取り娘ということは、帰国の運びになればもうこちらへは戻ってこないという解釈でいいのだな?〉
〈はい……〉
紅児は目を伏せる。紅夏は正確に理解してくれたようだった。
〈お父上にご兄弟はいらっしゃらないのか?〉
〈います、けど……まだ子供はいなかったと思います〉
〈結婚はしているのだな〉
〈していたと思います〉
紅夏は少し考えるような顔をした。
〈……どのような状況においても、我はそなたを諦める気はない。だが海をまたぐといえばどのようなことが起こるか想定はできぬ。一度朱雀様にお伺いをたてることにしよう〉
やはり眷族というとなにがしかの制約があるのだろう。紅児はそれに頷いた。
けれど正直、紅夏が2人の関係を前向きにとらえているのが嬉しかった。しかも具体的にこれからのことも考えてくれている。どうにかなるだろうというような漠然とした科白でないことが紅児の表情を明るくさせていた。
「やはり……」
「何がやはり、なのですか?」
黒月が思わずといったように呟いた時、斜め後ろから声がした。
「なんでもない。趙殿には関係のないことだ」
「隣、よろしいですか?」
「…………」
食堂で紅児と紅夏の様子を見守っているのは侍女たちだけではない。基本四神宮に勤める者全員の目に触れる。ただ食事の時間はみな同じではないので常に見守っている者はそういない。
黒月も花嫁についているのが普通だが、今日の昼食時は延と青藍が控えるというので先に食堂に来たのだった。
「赤、といっても違う色なのに、しっくりきますね」
「……紅児と紅夏様は”つがい”だ。当り前だろう」
四神宮の主官である趙は「ほう……」と呟いた。
「というと、白雲殿や青藍殿たちのような……」
「そうだ」
黒月は趙にかまわず食べ物を口に運ぶ。その横顔は平然としているように見えた。
「黒月殿に”つがい”はいないのですか?」
「わからぬ」
黒月は趙の方を見ないで答える。
「わからない、とは?」
「”つがい”を感覚で認識するのは成人してからだ。我はまだ成人しておらぬゆえ、いるかどうかすらわからぬ」
「ああ……そういえばそうでしたね」
趙は頷いた。
「では成人前に確認するすべはないのですか?」
「……あるにはあるが……ある程度親密でなければ確認等しようとも思わぬだろう」
「それもそうですね」
そう言って趙は少しだけ肩を落としたが、黒月はそれに気づくことなく紅児と紅夏の様子を見守っていた。
午後は花嫁に届いた贈物の仕分け作業をすることになった。
大祭の後だからか、いつもより贈物の数が多いように見えた。
花嫁がこの世界に降り立ち、王城に着いたその日からいろんな人々から贈物が届けられるようになったのだという。
最初のうちは主管である趙が管理をしていたそうだが、あまりの多さに侍女たちが主に仕分けをするようになったのだとか。
「一時的にでも……2日に1度見てもらうべきかしら」
侍女頭である陳が困ったように言う。
それぐらいここ数日の贈物の量は異常だった。
最初のうちは色とりどりの贈物に楽しんで仕分けをしていた侍女たちも、最近はおなかいっぱいというかんじである。
これらの贈物はまず中書省に集められ、四神宮に送っていいものかどうか選別される。その後改めて目録を作成し、それを趙が確認してから現物が届けられる。それまでにかかる時間は丸1日。お役所仕事としては各段に早い方ではないかと紅児は思う。
届けられた現物を花嫁が確認し個人的に取っておきたいものを選んだ後、侍女たちが花嫁に身につけてほしいものを選ぶのだ。残ったものは換金され、寄付されるということは前述した通りである。(19話参照)
中書省でまず撥ねられるとはいえ、とにかくすごい量だった。
「夜着は一応全部取っておくように言われているから、布類は一応分けておいてね」
宝飾品は一応長く勤めている者たちがより分けている。紅児は他の日が浅い侍女たちと衣類をまとめていた。
「夜着は全部とっておくって……」
「やっぱり夜の、よねぇ」
ふふふと頬を染めて言い合う侍女たちに紅児は首を傾げた。どうも今回は衣装類が多かったらしい。一体何に使うのかわからないような薄い着物が何枚もあった。
上に羽織るのだろうか。
「花嫁様に懸想したのかしらね。こんなにいっぱい……」
「四神に取り入りたいのではないかしら」
「馬鹿ね、四神への贈物は全て領地に送られてるというじゃないの」
侍女たちは紅児から受け取った薄絹の着物を丁寧に畳んで別にしていく。
何に使うのだろうと首を傾げている紅児に1人が気づいたらしい。
「どうかしたの?」
「いえ……こんな透けている衣装、何に使うのかと思いまして」
それに侍女たちはふふっと笑った。
「紅児は紅夏様と何もないっていうのは本当だったのね」
「紅夏様、実は奥手でいらっしゃるとか?」
「これはね……」
耳元で用途を教えられて紅児は真っ赤になった。
そんなものがあるとは知らなかった。
その後、紅児は薄絹の夜着をより分けながらその都度頬を染めていたのである。
朝の一仕事を終えて花嫁の居間の隅に立つ。
花嫁が戻ってくるまですることはないが、女官である延に話しかけられるのでもなければ声を出してはいけないし微動だにしてもいけない。紅児にとって主に思索にふけるのにかっこうの時間である。
紅児の最後の一言だけで紅夏は悟ったようだった。
その後の彼の表情の意味を考える。
紅児は自分が「跡取り娘」だということは伝えた。けれど紅夏は大したことがないように笑んでいた。
彼の考えが全く読めない。
どういうことなのか早く問いただしたかった。
昼になってごはんを食べさせられながら片手を捕えられ、そのまま会話の続きを頭の中(心話)でする。傍目には恋し合う2人がじっと見つめ合っているようにしか見えなかったが、紅児はそんなこと全く気付いてはいなかった。
〈跡取り娘ということは、帰国の運びになればもうこちらへは戻ってこないという解釈でいいのだな?〉
〈はい……〉
紅児は目を伏せる。紅夏は正確に理解してくれたようだった。
〈お父上にご兄弟はいらっしゃらないのか?〉
〈います、けど……まだ子供はいなかったと思います〉
〈結婚はしているのだな〉
〈していたと思います〉
紅夏は少し考えるような顔をした。
〈……どのような状況においても、我はそなたを諦める気はない。だが海をまたぐといえばどのようなことが起こるか想定はできぬ。一度朱雀様にお伺いをたてることにしよう〉
やはり眷族というとなにがしかの制約があるのだろう。紅児はそれに頷いた。
けれど正直、紅夏が2人の関係を前向きにとらえているのが嬉しかった。しかも具体的にこれからのことも考えてくれている。どうにかなるだろうというような漠然とした科白でないことが紅児の表情を明るくさせていた。
「やはり……」
「何がやはり、なのですか?」
黒月が思わずといったように呟いた時、斜め後ろから声がした。
「なんでもない。趙殿には関係のないことだ」
「隣、よろしいですか?」
「…………」
食堂で紅児と紅夏の様子を見守っているのは侍女たちだけではない。基本四神宮に勤める者全員の目に触れる。ただ食事の時間はみな同じではないので常に見守っている者はそういない。
黒月も花嫁についているのが普通だが、今日の昼食時は延と青藍が控えるというので先に食堂に来たのだった。
「赤、といっても違う色なのに、しっくりきますね」
「……紅児と紅夏様は”つがい”だ。当り前だろう」
四神宮の主官である趙は「ほう……」と呟いた。
「というと、白雲殿や青藍殿たちのような……」
「そうだ」
黒月は趙にかまわず食べ物を口に運ぶ。その横顔は平然としているように見えた。
「黒月殿に”つがい”はいないのですか?」
「わからぬ」
黒月は趙の方を見ないで答える。
「わからない、とは?」
「”つがい”を感覚で認識するのは成人してからだ。我はまだ成人しておらぬゆえ、いるかどうかすらわからぬ」
「ああ……そういえばそうでしたね」
趙は頷いた。
「では成人前に確認するすべはないのですか?」
「……あるにはあるが……ある程度親密でなければ確認等しようとも思わぬだろう」
「それもそうですね」
そう言って趙は少しだけ肩を落としたが、黒月はそれに気づくことなく紅児と紅夏の様子を見守っていた。
午後は花嫁に届いた贈物の仕分け作業をすることになった。
大祭の後だからか、いつもより贈物の数が多いように見えた。
花嫁がこの世界に降り立ち、王城に着いたその日からいろんな人々から贈物が届けられるようになったのだという。
最初のうちは主管である趙が管理をしていたそうだが、あまりの多さに侍女たちが主に仕分けをするようになったのだとか。
「一時的にでも……2日に1度見てもらうべきかしら」
侍女頭である陳が困ったように言う。
それぐらいここ数日の贈物の量は異常だった。
最初のうちは色とりどりの贈物に楽しんで仕分けをしていた侍女たちも、最近はおなかいっぱいというかんじである。
これらの贈物はまず中書省に集められ、四神宮に送っていいものかどうか選別される。その後改めて目録を作成し、それを趙が確認してから現物が届けられる。それまでにかかる時間は丸1日。お役所仕事としては各段に早い方ではないかと紅児は思う。
届けられた現物を花嫁が確認し個人的に取っておきたいものを選んだ後、侍女たちが花嫁に身につけてほしいものを選ぶのだ。残ったものは換金され、寄付されるということは前述した通りである。(19話参照)
中書省でまず撥ねられるとはいえ、とにかくすごい量だった。
「夜着は一応全部取っておくように言われているから、布類は一応分けておいてね」
宝飾品は一応長く勤めている者たちがより分けている。紅児は他の日が浅い侍女たちと衣類をまとめていた。
「夜着は全部とっておくって……」
「やっぱり夜の、よねぇ」
ふふふと頬を染めて言い合う侍女たちに紅児は首を傾げた。どうも今回は衣装類が多かったらしい。一体何に使うのかわからないような薄い着物が何枚もあった。
上に羽織るのだろうか。
「花嫁様に懸想したのかしらね。こんなにいっぱい……」
「四神に取り入りたいのではないかしら」
「馬鹿ね、四神への贈物は全て領地に送られてるというじゃないの」
侍女たちは紅児から受け取った薄絹の着物を丁寧に畳んで別にしていく。
何に使うのだろうと首を傾げている紅児に1人が気づいたらしい。
「どうかしたの?」
「いえ……こんな透けている衣装、何に使うのかと思いまして」
それに侍女たちはふふっと笑った。
「紅児は紅夏様と何もないっていうのは本当だったのね」
「紅夏様、実は奥手でいらっしゃるとか?」
「これはね……」
耳元で用途を教えられて紅児は真っ赤になった。
そんなものがあるとは知らなかった。
その後、紅児は薄絹の夜着をより分けながらその都度頬を染めていたのである。
11
お気に入りに追加
690
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」

侍女から第2夫人、そして……
しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。
翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。
ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。
一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。
正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。
セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

[完]出来損ない王妃が死体置き場に捨てられるなんて、あまりにも雑で乱暴です
小葉石
恋愛
国の周囲を他国に囲まれたガーナードには、かつて聖女が降臨したという伝承が残る。それを裏付ける様に聖女の血を引くと言われている貴族には時折不思議な癒しの力を持った子供達が生まれている。
ガーナードは他国へこの子供達を嫁がせることによって聖女の国としての威厳を保ち周辺国からの侵略を許してこなかった。
各国が虎視眈々とガーナードの侵略を図ろうとする中、かつて無いほどの聖女の力を秘めた娘が侯爵家に生まれる。ガーナード王家はこの娘、フィスティアを皇太子ルワンの皇太子妃として城に迎え王妃とする。ガーナード国王家の安泰を恐れる周辺国から執拗に揺さぶりをかけられ戦果が激化。国王となったルワンの側近であり親友であるラートが戦場から重傷を負って王城へ帰還。フィスティアの聖女としての力をルワンは期待するが、フィスティアはラートを癒すことができず、ラートは死亡…親友を亡くした事と聖女の力を謀った事に激怒し、フィスティアを王妃の座から下ろして、多くの戦士たちが運ばれて来る死体置き場へと放り込む。
死体の中で絶望に喘ぐフィスティアだが、そこでこその聖女たる力をフィスティアは発揮し始める。
王の逆鱗に触れない様に、身を隠しつつ死体置き場で働くフィスティアの前に、ある日何とかつての夫であり、ガーナード国国王ルワン・ガーナードの死体が投げ込まれる事になった……………!
*グロテスクな描写はありませんので安心してください。しかし、死体と言う表現が多々あるかと思いますので苦手な方はご遠慮くださいます様によろしくお願いします。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる