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本編
115.我最愛的(最終話)
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夜の港は人通りが少ないとはいえそれなりに目がある。
紅児は紅夏に抱きかかえられたまま馬車に戻された。そのまま馬車の中で紅夏が手短に船長へ紅児の症状の理由を伝えると、船長はやるせないというように首を振った。
『……さすがにそれは無理というものです。グッテンバーグ様、今回姪御さんを連れて帰るのは諦めた方がいい』
ため息混じりに言う船長は半ば呆れたように紅児の叔父―ベンノ・グッテンバーグを見て言った。
『だが……』
渋るベンノに船長が畳みかける。
『失礼ですが、このまま乗せれば姪御さんは確実に死にますよ。彼女は一度死の淵から生還しているんです。今はそれだけでもいいと思いましょう』
『…………』
『熟練の船乗りでも一度海を恐れたら使い物になりません。途中の島で降り、そのまま一生海に戻らないという者もいます。もちろん雇い主は貴方だ。しかし明らかに海を恐れている者を乗せるわけには参りません』
ベンノは少し考えるような顔をしたが、紅夏と船長の厳しい表情に嘆息した。
『……こだわりすぎていたことは認めよう。……せめて、宿に戻るまで考えさせてくれないか』
紅夏は紅児を包み込むように抱え直す。それはまるで、大事な雛を守る親鳥のように見えた。
当初、ベンノは何がなんでも紅児を連れて帰国するつもりだった。しかし実際目の当たりにしたトラウマの深さに、その考えは改めざるを得ない。それでも帰国は明日に迫っており、ベンノは苦渋の選択を強いられた。
『では後ほど飯店でお会いしましょう』
そう言って船長は馬車を降りた。再度船内の確認をしてから宿に戻るのだという。
『……エリーザが落ち着いたら、宿に戻ろう』
ベンノのひどく疲れたような声に、紅夏は『是』と応えた。
* *
……ひどい恐慌状態の中、紅児の脳裏にある映像が映りこんできた。
『……!?』
がたがた震える体はがっしりと抱きかかえられていて、身動きがとれない。
しばらくその映像が流れるままに身を委ねているうちに、それが春の大祭の時のものだということに気付いた。
養父と会話する紅児。
頬を染めて何かを睨んでいる紅児。
おいしそうに食べ物をほおばる紅児。
そして、楼台に上った花嫁たちを見ながらうっとりとした顔をした紅児。
(……ああ……)
場面が変わり、今度は綺麗な景色の場所。
広い湖を見ながら嬉しそうにしている紅児。
(……これは夏の庭園に行った時の……)
全てが紅児で溢れていた。
こんなに。
こんなにずっと自分を見つめていてくれたのは。
また場面が切り替わる。
月餅を正面から受け取って嬉しそうにしている紅児。
見たこともないような大きな焼売を目を丸くして見ている紅児。
どこかの店の楼台から頬を上気させて花嫁を眺める紅児。
(中秋節の頃だわ……)
恥ずかしいぐらい自分ばかりで、これを見せてくれている者の視点がどれだけ自分に注がれているのか再認識する。
おかげでいつのまにか体の震えも、恐怖心も消えてしまっていた。
〈紅夏さま……〉
目を閉じたまま心の中で呼びかけてみる。
〈エリーザ〉
心に届いた自分の名前に泣きそうになる。
なんてことをしてくれるのだと紅児は思う。紅児を落ち着かせる為とはいえ、あんな恥ずかしい映像ばかり見せられたらもう紅夏から絶対に離れられないではないか。
〈……もう……これ以上紅夏様を好きにならせてどうするおつもりなのですか……〉
頬が熱くなるのを感じながらぎゅっと抱き返し、心の中で呟けば、
〈そなたを我以外見ぬようにさせたいだけだ、エリーザ……〉
胸がきゅうっとひどく甘く疼いて、目の奥まで熱くなる。もう好きなんて言葉では言い表せないくらい紅夏を好きだと思った。
そっと瞼を開こうとした時、おほん、と咳払いをする音が聞こえ、紅児は更に赤くなった。
『……そろそろ落ち着いたかな?』
『そのようです』
呆れたような声音にしれっと返したのは紅夏。
やがてがたがたと馬車が動き出し、紅児たちは一路宿に戻る。その間紅児はずっと紅夏の胸に顔を埋めたままだった。嬉しくてたまらなかったのと同時にひどくいたたまれなかったのである。
『……エリーザ、食事はとれそうか……?』
宿に着くと遠慮がちに叔父に声をかけられた。少し考えて『はい』と答える。
きっとまたしばらく叔父には会えないだろうということが紅児にはわかっていた。あんな状態で船に乗れるはずもない。情けないとは思ったが、どうしようもないことだった。
一旦用意された部屋に入り支度をする。凝った内装も今の紅児の目には全く入らなかった。
嘆息する。
(やっぱり、駄目だったのね……)
落胆と、安堵。
母に会えないのはつらいが、それと同時に花嫁の側から離れなくてもいいことにほっとした。
(私、冷たいのかしら……)
そしてそれに伴う自己嫌悪。
(でも、乗れないんだから……)
自分への言い訳。
傍らにいてくれる紅夏にそっと手を伸ばす。その手を握り返されて、紅児はほっとした。
「……結局、乗れませんでした……」
呟く。
「いつか、乗れる日がくるのでしょうか……」
それもまた漠然とした不安だった。
「それはわからぬ。だがそなたはまだ若い。いくらでも試す機会はあるし、船も沈むことはない」
淡々とした答えに、紅児は頷いた。
気休めなど言わない、それが紅夏の優しさだと紅児は思う。こればかりは紅児が自分でどうにかしないといけないことだから、これから考えるしかない。
「そうですね……」
理屈ではない。けれど船に乗れないことも自然と受け止めてくれる紅夏に、紅児は少しだけ気が楽になるのを感じた。
久しぶりに食べる叔父との夕食は唐の国の物だった。
船長も一緒だったが、2人が船の話を持ち出すことはもうなかった。
デザートが食べ終わるという頃、やっと叔父が重い口を開いた。
『エリーザ……明日、港へ見送りにきてくれないか』
『はい、もちろんです!』
紅児は即答した。
叔父が納得していないのは明らかだった。けれど今回は譲歩してくれた。それだけでも、少しは母の伴侶として認めてもいいような気がする。
……本当は、絶対に認めたくないけれど。
貿易船は日中距離をできるだけ稼ぐ為早朝に出港する。
アリーナ号も多分に漏れず、かなり早い時間に出港することになっていた。
早朝の港は昨夜とは違い喧騒に包まれていた。そんな中紅児は紅夏と共に叔父の見送りとしてきていた。
『叔父様、申し訳ありませんが母によろしくお伝えください』
本当は母に手紙を書こうと思ったが、何を書いていいかわからなかった。仕方ないので紅児が好きな茶葉を届けてもらうことにした。
『ああ、また迎えにくる。……できれば次に来る時には乗ってもらえると助かるんだがな』
叔父が苦笑しながら言うのに、紅児は力なく笑った。
『努力はします』
それが今紅児に答えられる精いっぱいだった。
『グッテンバーグ様、そろそろ……』
『ああ、もうそんな時間か……』
従者に呼ばれ、叔父は名残惜しそうに紅児を見た。
そして。
『エリーザ、この男が嫌になったらいつでも言うんだぞ。すぐに迎えにきてやる』
と冗談めかして言った。紅児は笑った。そういえば叔父はそんな冗談も言う人だったことを思い出す。
『残念ながら、そんな日はこないと思います。それよりも、母をよろしくお願いします』
頭を下げる。叔父はおや? と言うような表情をしたが、すぐに破顔した。
『……女の子にはかなわないな。一つだけ教えてやろう』
そう言って踵を返す。
『?』
『ベティーナは潔白だ』
『……え?』
そのまま叔父は船の方へ悠然と歩いていく。紅児は目を白黒させた。
ベティーナは紅児の母の名である。
(潔白って……潔白って……)
紅児が考えている間に叔父は縄はしごを登ろうとしている。
「ご母堂は叔父上殿と本当はまだ結婚していないのではないか」
紅夏の言葉に紅児はばっと顔を上げた。そのまま船に向かって走りだす。
『おっ、叔父様っ! どうっ、どういうこと、ですかっっ!?』
『それが知りたければ次、船に乗ってくれーー!!』
ボーーーーーーーーーーッッと汽笛が鳴る。
出港の合図だった。
「いったい……」
ゆっくりと動き出す船を目で追いながら、紅児は呆然と呟いた。
あんなに悩んだ自分がバカみたいではないかと思う。
背中からぎゅっと抱きしめられた。
「叔父上殿がそなたのご母堂に懸想していることは間違いないのだろう」
「そう、かもしれませんね……」
叔父の意図については今後考えることにして、それよりも今はどんな顔をして四神宮に帰ればいいのかを考えなければいけない。
「あーあ、また花嫁様に侍女として雇っていただけるかしら」
紅児はぼやくように言った。
「エリーザは我の妻なのだから、客人でもいいのではないか?」
不思議そうに聞かれ、首を振る。
「まだ正式に籍は入れられないでしょう? それまでは働かないと」
「それは人間の事情だろう。そなたは我の『つがい』ぞ」
紅児は笑った。紅夏の想いがひどく心地いい。
「ええ、でもけじめは大事だと思うんです。……我最愛的、你(私の最愛の、貴方)」
最後の科白を恥ずかしそうに言うと、紅児は愛しの旦那様に捕らわれてしまった。
四神宮に戻ったらどうしようかとか。
次の船には乗れるだろうかとか、不安は尽きない。
でもきっと四神宮の人々や養父母も応援してくれるだろうし、それに何より傍らには紅夏がいてくれる。
紅の髪が結んだ縁はこれからもずっと続いていくだろう。
そう、最愛の夫と一緒に。
『紅に染まる~貴方の色に』 2015年9月20日 終
改題「貴方色に染まる」 2018年5月2日改稿
紅児は紅夏に抱きかかえられたまま馬車に戻された。そのまま馬車の中で紅夏が手短に船長へ紅児の症状の理由を伝えると、船長はやるせないというように首を振った。
『……さすがにそれは無理というものです。グッテンバーグ様、今回姪御さんを連れて帰るのは諦めた方がいい』
ため息混じりに言う船長は半ば呆れたように紅児の叔父―ベンノ・グッテンバーグを見て言った。
『だが……』
渋るベンノに船長が畳みかける。
『失礼ですが、このまま乗せれば姪御さんは確実に死にますよ。彼女は一度死の淵から生還しているんです。今はそれだけでもいいと思いましょう』
『…………』
『熟練の船乗りでも一度海を恐れたら使い物になりません。途中の島で降り、そのまま一生海に戻らないという者もいます。もちろん雇い主は貴方だ。しかし明らかに海を恐れている者を乗せるわけには参りません』
ベンノは少し考えるような顔をしたが、紅夏と船長の厳しい表情に嘆息した。
『……こだわりすぎていたことは認めよう。……せめて、宿に戻るまで考えさせてくれないか』
紅夏は紅児を包み込むように抱え直す。それはまるで、大事な雛を守る親鳥のように見えた。
当初、ベンノは何がなんでも紅児を連れて帰国するつもりだった。しかし実際目の当たりにしたトラウマの深さに、その考えは改めざるを得ない。それでも帰国は明日に迫っており、ベンノは苦渋の選択を強いられた。
『では後ほど飯店でお会いしましょう』
そう言って船長は馬車を降りた。再度船内の確認をしてから宿に戻るのだという。
『……エリーザが落ち着いたら、宿に戻ろう』
ベンノのひどく疲れたような声に、紅夏は『是』と応えた。
* *
……ひどい恐慌状態の中、紅児の脳裏にある映像が映りこんできた。
『……!?』
がたがた震える体はがっしりと抱きかかえられていて、身動きがとれない。
しばらくその映像が流れるままに身を委ねているうちに、それが春の大祭の時のものだということに気付いた。
養父と会話する紅児。
頬を染めて何かを睨んでいる紅児。
おいしそうに食べ物をほおばる紅児。
そして、楼台に上った花嫁たちを見ながらうっとりとした顔をした紅児。
(……ああ……)
場面が変わり、今度は綺麗な景色の場所。
広い湖を見ながら嬉しそうにしている紅児。
(……これは夏の庭園に行った時の……)
全てが紅児で溢れていた。
こんなに。
こんなにずっと自分を見つめていてくれたのは。
また場面が切り替わる。
月餅を正面から受け取って嬉しそうにしている紅児。
見たこともないような大きな焼売を目を丸くして見ている紅児。
どこかの店の楼台から頬を上気させて花嫁を眺める紅児。
(中秋節の頃だわ……)
恥ずかしいぐらい自分ばかりで、これを見せてくれている者の視点がどれだけ自分に注がれているのか再認識する。
おかげでいつのまにか体の震えも、恐怖心も消えてしまっていた。
〈紅夏さま……〉
目を閉じたまま心の中で呼びかけてみる。
〈エリーザ〉
心に届いた自分の名前に泣きそうになる。
なんてことをしてくれるのだと紅児は思う。紅児を落ち着かせる為とはいえ、あんな恥ずかしい映像ばかり見せられたらもう紅夏から絶対に離れられないではないか。
〈……もう……これ以上紅夏様を好きにならせてどうするおつもりなのですか……〉
頬が熱くなるのを感じながらぎゅっと抱き返し、心の中で呟けば、
〈そなたを我以外見ぬようにさせたいだけだ、エリーザ……〉
胸がきゅうっとひどく甘く疼いて、目の奥まで熱くなる。もう好きなんて言葉では言い表せないくらい紅夏を好きだと思った。
そっと瞼を開こうとした時、おほん、と咳払いをする音が聞こえ、紅児は更に赤くなった。
『……そろそろ落ち着いたかな?』
『そのようです』
呆れたような声音にしれっと返したのは紅夏。
やがてがたがたと馬車が動き出し、紅児たちは一路宿に戻る。その間紅児はずっと紅夏の胸に顔を埋めたままだった。嬉しくてたまらなかったのと同時にひどくいたたまれなかったのである。
『……エリーザ、食事はとれそうか……?』
宿に着くと遠慮がちに叔父に声をかけられた。少し考えて『はい』と答える。
きっとまたしばらく叔父には会えないだろうということが紅児にはわかっていた。あんな状態で船に乗れるはずもない。情けないとは思ったが、どうしようもないことだった。
一旦用意された部屋に入り支度をする。凝った内装も今の紅児の目には全く入らなかった。
嘆息する。
(やっぱり、駄目だったのね……)
落胆と、安堵。
母に会えないのはつらいが、それと同時に花嫁の側から離れなくてもいいことにほっとした。
(私、冷たいのかしら……)
そしてそれに伴う自己嫌悪。
(でも、乗れないんだから……)
自分への言い訳。
傍らにいてくれる紅夏にそっと手を伸ばす。その手を握り返されて、紅児はほっとした。
「……結局、乗れませんでした……」
呟く。
「いつか、乗れる日がくるのでしょうか……」
それもまた漠然とした不安だった。
「それはわからぬ。だがそなたはまだ若い。いくらでも試す機会はあるし、船も沈むことはない」
淡々とした答えに、紅児は頷いた。
気休めなど言わない、それが紅夏の優しさだと紅児は思う。こればかりは紅児が自分でどうにかしないといけないことだから、これから考えるしかない。
「そうですね……」
理屈ではない。けれど船に乗れないことも自然と受け止めてくれる紅夏に、紅児は少しだけ気が楽になるのを感じた。
久しぶりに食べる叔父との夕食は唐の国の物だった。
船長も一緒だったが、2人が船の話を持ち出すことはもうなかった。
デザートが食べ終わるという頃、やっと叔父が重い口を開いた。
『エリーザ……明日、港へ見送りにきてくれないか』
『はい、もちろんです!』
紅児は即答した。
叔父が納得していないのは明らかだった。けれど今回は譲歩してくれた。それだけでも、少しは母の伴侶として認めてもいいような気がする。
……本当は、絶対に認めたくないけれど。
貿易船は日中距離をできるだけ稼ぐ為早朝に出港する。
アリーナ号も多分に漏れず、かなり早い時間に出港することになっていた。
早朝の港は昨夜とは違い喧騒に包まれていた。そんな中紅児は紅夏と共に叔父の見送りとしてきていた。
『叔父様、申し訳ありませんが母によろしくお伝えください』
本当は母に手紙を書こうと思ったが、何を書いていいかわからなかった。仕方ないので紅児が好きな茶葉を届けてもらうことにした。
『ああ、また迎えにくる。……できれば次に来る時には乗ってもらえると助かるんだがな』
叔父が苦笑しながら言うのに、紅児は力なく笑った。
『努力はします』
それが今紅児に答えられる精いっぱいだった。
『グッテンバーグ様、そろそろ……』
『ああ、もうそんな時間か……』
従者に呼ばれ、叔父は名残惜しそうに紅児を見た。
そして。
『エリーザ、この男が嫌になったらいつでも言うんだぞ。すぐに迎えにきてやる』
と冗談めかして言った。紅児は笑った。そういえば叔父はそんな冗談も言う人だったことを思い出す。
『残念ながら、そんな日はこないと思います。それよりも、母をよろしくお願いします』
頭を下げる。叔父はおや? と言うような表情をしたが、すぐに破顔した。
『……女の子にはかなわないな。一つだけ教えてやろう』
そう言って踵を返す。
『?』
『ベティーナは潔白だ』
『……え?』
そのまま叔父は船の方へ悠然と歩いていく。紅児は目を白黒させた。
ベティーナは紅児の母の名である。
(潔白って……潔白って……)
紅児が考えている間に叔父は縄はしごを登ろうとしている。
「ご母堂は叔父上殿と本当はまだ結婚していないのではないか」
紅夏の言葉に紅児はばっと顔を上げた。そのまま船に向かって走りだす。
『おっ、叔父様っ! どうっ、どういうこと、ですかっっ!?』
『それが知りたければ次、船に乗ってくれーー!!』
ボーーーーーーーーーーッッと汽笛が鳴る。
出港の合図だった。
「いったい……」
ゆっくりと動き出す船を目で追いながら、紅児は呆然と呟いた。
あんなに悩んだ自分がバカみたいではないかと思う。
背中からぎゅっと抱きしめられた。
「叔父上殿がそなたのご母堂に懸想していることは間違いないのだろう」
「そう、かもしれませんね……」
叔父の意図については今後考えることにして、それよりも今はどんな顔をして四神宮に帰ればいいのかを考えなければいけない。
「あーあ、また花嫁様に侍女として雇っていただけるかしら」
紅児はぼやくように言った。
「エリーザは我の妻なのだから、客人でもいいのではないか?」
不思議そうに聞かれ、首を振る。
「まだ正式に籍は入れられないでしょう? それまでは働かないと」
「それは人間の事情だろう。そなたは我の『つがい』ぞ」
紅児は笑った。紅夏の想いがひどく心地いい。
「ええ、でもけじめは大事だと思うんです。……我最愛的、你(私の最愛の、貴方)」
最後の科白を恥ずかしそうに言うと、紅児は愛しの旦那様に捕らわれてしまった。
四神宮に戻ったらどうしようかとか。
次の船には乗れるだろうかとか、不安は尽きない。
でもきっと四神宮の人々や養父母も応援してくれるだろうし、それに何より傍らには紅夏がいてくれる。
紅の髪が結んだ縁はこれからもずっと続いていくだろう。
そう、最愛の夫と一緒に。
『紅に染まる~貴方の色に』 2015年9月20日 終
改題「貴方色に染まる」 2018年5月2日改稿
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