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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
97.ブルータスお前もか!
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皇太后の茶会で疑問に思ったことを、香子はすぐに紅児に尋ねた。
そうかもしれない、とはちらと思ったが確信が持てなかったので。
『”庶民の常識”ですか? ……おそらく性の……件ではないかと思います……』
戸惑ったようにうっすらと頬を染めて答えた紅児に、香子は悪いことをしたと思った。セレスト王国の”庶民の常識”とは以前紅児に教えてもらった「結婚前に積極的に性交渉を行い、体と心の相性のいい相手を見つけて結婚する」という結婚観である。女性は結婚するまで純潔であることが求められるこの国では、皇太后が目を剥くのもしかたないとはいえた。
日本ではそこまで厳密ではないものの、純潔を尊ぶ人は一定数いたように思う。そして法律では未成年の性交渉は推奨されていなかったはずだ。それでも女性は十六歳、男性は十八歳で結婚が可能など、今思えばちぐはぐな法律もある。成人は二十歳なのに親の許可があれば十六歳で結婚ができるというのは、結婚は親の決定が全てだった時代を映していると香子は思う。そう考えるとここ百年で時代はめまぐるしく移り変わっている。きっと次の百年後にはいろいろな技術が全て旧時代のものとなっていることだろう。
ならばこの世界はなんなのか。この国の旧態依然としたものはなんなのだろう。
(まだ発展途上ということなのかしら……)
とても長い間変化の少ない民族もいるのだから深く考える必要はないのかもしれない。そうして香子はそのことについて一旦考えるのを止めた。
そうして皇后のことは気になったが大祭まで少しは心穏やかに過ごせそうだと思っていたある日、頭痛がしそうなことが起こった。
『……なんですって……?』
いつになく取り乱した侍女頭の陳秀美が『花嫁様に取次ぎを!』と玄武の室にやってきたのは朝方のことだった。
『昨夜、エリーザが紅夏の室で過ごした、ですって……?』
(あいつ……)香子の目が据わる。やはり四神の眷属が人に興味を持つ、というのは普通のことではなかったのだ。紅夏が紅児の様子をみると言ってきたこと自体がそうだったのだろう。何故気づかなかったのかと、香子は己のうかつさを嘆いた。
紅児の国の常識からすると紅夏と交わったとしてもおかしいことではない。けれど紅児が紅夏と結婚したいと思うほど好きでないのに抱かれたなら、それはそれで問題だ。
これからのことを考えただけで激しく頭痛がしそうである。香子は深く嘆息した。
結果として最悪なことにはならなかったらしい。いつも通りの時間に朱雀に抱かれて部屋に戻れば紅児がいた。侍女として仕事に出てきたということは昨夜は未遂だったのだろう。紅児は香子預かりとなっているが恋愛は自由だと香子は考えている。
ただ紅児の目元に泣いたような跡が見えたことに、香子はまた目を据わらせたのだった。
後ほど紅夏を問い詰めなければ……と午後白虎の室、白虎の腕の中で考えていたら陳が白雲を呼びにきた。ためらいながらも仕事中に白雲を連れて行くなど珍しいと思ったので、香子は白雲が戻ってきた時改めて陳を連れてくるように言った。
『エリーザにまた何か?』
『その……紅夏さまと言葉の行き違いがあったようで……』
それは普通にありそうだと香子も思う。さらに頭痛がしそうだったので大したことでないならと内容は聞かなかった。しかしどうせなのでこの際紅夏も呼んできてもらい話をすることにした。
『昨夜エリーザと共に過ごしたと聞いたわ』
『対』
『何をしたの?』
『口付けを。妻になれと言いました。それから抱きしめて眠りました』
睨み付ける香子の視線などものともせず紅夏は淡々と答えた。
求婚したというのか。香子はぽかんと口を開き、しばらくそのままでいることしかできなかった。
『エリーザは、未成年よ……』
どうにか気を取り直して大事なことを告げる。紅児は14歳、この国でも、紅児の国でもまだ未成年だ。
『そのようですな。ですが我には理解できかねます。人というのは何を以て成人年齢を決めているのでしょうか』
『紅夏、貴方は一体なんのことを言っているの?』
『紅児はすでに子を成せる体です』
香子は天を仰いだ。確かにそれはそうだ。
『……そういえば貴方たちの基準はそうだったわね。でも人はそれだけではないの。体の成熟だけではなく精神の成熟もまた必要なのよ。貴方たちが五十年かけて体を成熟させるよりももっと早く人の体は生殖できるようになるわ。でもそれに精神がついてこなければ意味がないのよ』
『……そういうものなのですか』
紅夏はあまり納得していないように見えた。
香子は嘆息した。白雲、青藍といい、”つがい”を見つけた眷族は性急だ。
『ねぇ、紅夏。求婚したってことは紅児は貴方の”つがい”なのよね? でもそう言われても紅児は戸惑うだけだわ。貴方たちは本能で”つがい”がわかるかもしれないけど、人にはそんなことわからない。だからまずはお互いをよく知る為にできるだけ話をしたらどうかしら? そして紅児が貴方の想いを納得できたら応えてくれるかもしれないわ。でももし納得させられなかったら、諦めなさい。いくら貴方の”つがい”であっても、紅児は他の国の人なのだから』
もちろん紅夏が諦めるなどできようはずがないことは百も承知である。現に視線だけで人が殺せるなら香子は何度だって殺されているだろうと思うようなきつい眼を向けられている。
(だから、私は四神の花嫁じゃないのかしら?)
『わかりました』
全く納得のいっていない表情で紅夏はそう答えるとその場を辞した。
香子は深くため息をつく。
『もう……わかるけど……どうにかならないんですか、あれ!!』
叫ぶように言い、香子はがぶがぶと白虎の腕を文字通りかじりまくったのだった。
そうかもしれない、とはちらと思ったが確信が持てなかったので。
『”庶民の常識”ですか? ……おそらく性の……件ではないかと思います……』
戸惑ったようにうっすらと頬を染めて答えた紅児に、香子は悪いことをしたと思った。セレスト王国の”庶民の常識”とは以前紅児に教えてもらった「結婚前に積極的に性交渉を行い、体と心の相性のいい相手を見つけて結婚する」という結婚観である。女性は結婚するまで純潔であることが求められるこの国では、皇太后が目を剥くのもしかたないとはいえた。
日本ではそこまで厳密ではないものの、純潔を尊ぶ人は一定数いたように思う。そして法律では未成年の性交渉は推奨されていなかったはずだ。それでも女性は十六歳、男性は十八歳で結婚が可能など、今思えばちぐはぐな法律もある。成人は二十歳なのに親の許可があれば十六歳で結婚ができるというのは、結婚は親の決定が全てだった時代を映していると香子は思う。そう考えるとここ百年で時代はめまぐるしく移り変わっている。きっと次の百年後にはいろいろな技術が全て旧時代のものとなっていることだろう。
ならばこの世界はなんなのか。この国の旧態依然としたものはなんなのだろう。
(まだ発展途上ということなのかしら……)
とても長い間変化の少ない民族もいるのだから深く考える必要はないのかもしれない。そうして香子はそのことについて一旦考えるのを止めた。
そうして皇后のことは気になったが大祭まで少しは心穏やかに過ごせそうだと思っていたある日、頭痛がしそうなことが起こった。
『……なんですって……?』
いつになく取り乱した侍女頭の陳秀美が『花嫁様に取次ぎを!』と玄武の室にやってきたのは朝方のことだった。
『昨夜、エリーザが紅夏の室で過ごした、ですって……?』
(あいつ……)香子の目が据わる。やはり四神の眷属が人に興味を持つ、というのは普通のことではなかったのだ。紅夏が紅児の様子をみると言ってきたこと自体がそうだったのだろう。何故気づかなかったのかと、香子は己のうかつさを嘆いた。
紅児の国の常識からすると紅夏と交わったとしてもおかしいことではない。けれど紅児が紅夏と結婚したいと思うほど好きでないのに抱かれたなら、それはそれで問題だ。
これからのことを考えただけで激しく頭痛がしそうである。香子は深く嘆息した。
結果として最悪なことにはならなかったらしい。いつも通りの時間に朱雀に抱かれて部屋に戻れば紅児がいた。侍女として仕事に出てきたということは昨夜は未遂だったのだろう。紅児は香子預かりとなっているが恋愛は自由だと香子は考えている。
ただ紅児の目元に泣いたような跡が見えたことに、香子はまた目を据わらせたのだった。
後ほど紅夏を問い詰めなければ……と午後白虎の室、白虎の腕の中で考えていたら陳が白雲を呼びにきた。ためらいながらも仕事中に白雲を連れて行くなど珍しいと思ったので、香子は白雲が戻ってきた時改めて陳を連れてくるように言った。
『エリーザにまた何か?』
『その……紅夏さまと言葉の行き違いがあったようで……』
それは普通にありそうだと香子も思う。さらに頭痛がしそうだったので大したことでないならと内容は聞かなかった。しかしどうせなのでこの際紅夏も呼んできてもらい話をすることにした。
『昨夜エリーザと共に過ごしたと聞いたわ』
『対』
『何をしたの?』
『口付けを。妻になれと言いました。それから抱きしめて眠りました』
睨み付ける香子の視線などものともせず紅夏は淡々と答えた。
求婚したというのか。香子はぽかんと口を開き、しばらくそのままでいることしかできなかった。
『エリーザは、未成年よ……』
どうにか気を取り直して大事なことを告げる。紅児は14歳、この国でも、紅児の国でもまだ未成年だ。
『そのようですな。ですが我には理解できかねます。人というのは何を以て成人年齢を決めているのでしょうか』
『紅夏、貴方は一体なんのことを言っているの?』
『紅児はすでに子を成せる体です』
香子は天を仰いだ。確かにそれはそうだ。
『……そういえば貴方たちの基準はそうだったわね。でも人はそれだけではないの。体の成熟だけではなく精神の成熟もまた必要なのよ。貴方たちが五十年かけて体を成熟させるよりももっと早く人の体は生殖できるようになるわ。でもそれに精神がついてこなければ意味がないのよ』
『……そういうものなのですか』
紅夏はあまり納得していないように見えた。
香子は嘆息した。白雲、青藍といい、”つがい”を見つけた眷族は性急だ。
『ねぇ、紅夏。求婚したってことは紅児は貴方の”つがい”なのよね? でもそう言われても紅児は戸惑うだけだわ。貴方たちは本能で”つがい”がわかるかもしれないけど、人にはそんなことわからない。だからまずはお互いをよく知る為にできるだけ話をしたらどうかしら? そして紅児が貴方の想いを納得できたら応えてくれるかもしれないわ。でももし納得させられなかったら、諦めなさい。いくら貴方の”つがい”であっても、紅児は他の国の人なのだから』
もちろん紅夏が諦めるなどできようはずがないことは百も承知である。現に視線だけで人が殺せるなら香子は何度だって殺されているだろうと思うようなきつい眼を向けられている。
(だから、私は四神の花嫁じゃないのかしら?)
『わかりました』
全く納得のいっていない表情で紅夏はそう答えるとその場を辞した。
香子は深くため息をつく。
『もう……わかるけど……どうにかならないんですか、あれ!!』
叫ぶように言い、香子はがぶがぶと白虎の腕を文字通りかじりまくったのだった。
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