上 下
251 / 597
第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

97.ブルータスお前もか!

しおりを挟む
 皇太后の茶会で疑問に思ったことを、香子はすぐに紅児に尋ねた。
 そうかもしれない、とはちらと思ったが確信が持てなかったので。

『”庶民の常識”ですか? ……おそらく性の……件ではないかと思います……』

 戸惑ったようにうっすらと頬を染めて答えた紅児に、香子は悪いことをしたと思った。セレスト王国の”庶民の常識”とは以前紅児に教えてもらった「結婚前に積極的に性交渉を行い、体と心の相性のいい相手を見つけて結婚する」という結婚観である。女性は結婚するまで純潔であることが求められるこの国では、皇太后が目を剥くのもしかたないとはいえた。
 日本ではそこまで厳密ではないものの、純潔を尊ぶ人は一定数いたように思う。そして法律では未成年の性交渉は推奨されていなかったはずだ。それでも女性は十六歳、男性は十八歳で結婚が可能など、今思えばちぐはぐな法律もある。成人は二十歳なのに親の許可があれば十六歳で結婚ができるというのは、結婚は親の決定が全てだった時代を映していると香子は思う。そう考えるとここ百年で時代はめまぐるしく移り変わっている。きっと次の百年後にはいろいろな技術が全て旧時代のものとなっていることだろう。
 ならばこの世界はなんなのか。この国の旧態依然としたものはなんなのだろう。

(まだ発展途上ということなのかしら……)

 とても長い間変化の少ない民族もいるのだから深く考える必要はないのかもしれない。そうして香子はそのことについて一旦考えるのを止めた。


 そうして皇后のことは気になったが大祭まで少しは心穏やかに過ごせそうだと思っていたある日、頭痛がしそうなことが起こった。
 
『……なんですって……?』

 いつになく取り乱した侍女頭の陳秀美が『花嫁様に取次ぎを!』と玄武の室にやってきたのは朝方のことだった。
 
『昨夜、エリーザが紅夏の室で過ごした、ですって……?』

(あいつ……)香子の目が据わる。やはり四神の眷属が人に興味を持つ、というのは普通のことではなかったのだ。紅夏が紅児の様子をみると言ってきたこと自体がだったのだろう。何故気づかなかったのかと、香子は己のうかつさを嘆いた。
 紅児の国の常識からすると紅夏と交わったとしてもおかしいことではない。けれど紅児が紅夏と結婚したいと思うほど好きでないのに抱かれたなら、それはそれで問題だ。
 これからのことを考えただけで激しく頭痛がしそうである。香子は深く嘆息した。

 結果として最悪なことにはならなかったらしい。いつも通りの時間に朱雀に抱かれて部屋に戻れば紅児がいた。侍女として仕事に出てきたということは昨夜は未遂だったのだろう。紅児は香子預かりとなっているが恋愛は自由だと香子は考えている。
 ただ紅児の目元に泣いたような跡が見えたことに、香子はまた目を据わらせたのだった。
 後ほど紅夏を問い詰めなければ……と午後白虎の室、白虎の腕の中で考えていたら陳が白雲を呼びにきた。ためらいながらも仕事中に白雲を連れて行くなど珍しいと思ったので、香子は白雲が戻ってきた時改めて陳を連れてくるように言った。

『エリーザにまた何か?』
『その……紅夏さまと言葉の行き違いがあったようで……』

 それは普通にありそうだと香子も思う。さらに頭痛がしそうだったので大したことでないならと内容は聞かなかった。しかしどうせなのでこの際紅夏も呼んできてもらい話をすることにした。
 
『昨夜エリーザと共に過ごしたと聞いたわ』
はい
『何をしたの?』
『口付けを。妻になれと言いました。それから抱きしめて眠りました』

 睨み付ける香子の視線などものともせず紅夏は淡々と答えた。
 求婚したというのか。香子はぽかんと口を開き、しばらくそのままでいることしかできなかった。

『エリーザは、未成年よ……』

 どうにか気を取り直して大事なことを告げる。紅児は14歳、この国でも、紅児の国でもまだ未成年だ。
 
『そのようですな。ですが我には理解できかねます。人というのは何を以て成人年齢を決めているのでしょうか』
『紅夏、貴方は一体なんのことを言っているの?』
『紅児はすでに子を成せる体です』

 香子は天を仰いだ。確かにそれはそうだ。
 
『……そういえば貴方たちの基準はそうだったわね。でも人はそれだけではないの。体の成熟だけではなく精神の成熟もまた必要なのよ。貴方たちが五十年かけて体を成熟させるよりももっと早く人の体は生殖できるようになるわ。でもそれに精神がついてこなければ意味がないのよ』
『……そういうものなのですか』

 紅夏はあまり納得していないように見えた。
 香子は嘆息した。白雲、青藍といい、”つがい”を見つけた眷族は性急だ。
 
『ねぇ、紅夏。求婚したってことは紅児は貴方の”つがい”なのよね? でもそう言われても紅児は戸惑うだけだわ。貴方たちは本能で”つがい”がわかるかもしれないけど、人にはそんなことわからない。だからまずはお互いをよく知る為にできるだけ話をしたらどうかしら? そして紅児が貴方の想いを納得できたら応えてくれるかもしれないわ。でももし納得させられなかったら、諦めなさい。いくら貴方の”つがい”であっても、紅児は他の国の人なのだから』

 もちろん紅夏が諦めるなどできようはずがないことは百も承知である。現に視線だけで人が殺せるなら香子は何度だって殺されているだろうと思うようなきつい眼を向けられている。
 
(だから、私は四神の花嫁じゃないのかしら?)
『わかりました』

 全く納得のいっていない表情で紅夏はそう答えるとその場を辞した。
 香子は深くため息をつく。
 
『もう……わかるけど……どうにかならないんですか、あれ!!』

 叫ぶように言い、香子はがぶがぶと白虎の腕を文字通りかじりまくったのだった。
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

目が覚めたら男女比がおかしくなっていた

いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。 一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!? 「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」 ##### r15は保険です。 2024年12月12日 私生活に余裕が出たため、投稿再開します。 それにあたって一部を再編集します。 設定や話の流れに変更はありません。

処理中です...