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第4部 四神を愛しなさいと言われました

143.葛藤が止まりません

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 玄武の館に戻ってから、香子はまた玄武の腕に抱かれたまま池の周りを歩いてもらった。
 何がしたかったわけではない。ただ、香子は気持ちを少し鎮めたかっただけである。
 眷属だけでなく領民たちも香子が玄武の元に嫁いでくることを望んでいる。それはどこの領地でもそうであっただろう。気軽に領地の視察がしたいなどと言うべきではなかったと香子は少しだけ後悔していた。

(決めないと、いけないのよね……)

 このままずっと四神宮にいられないのかと考えてしまう。そんな自分が香子は嫌だった。

香子シャンズ、気に病むな』

 密着しているから、玄武には香子の苦悩が流れてしまっているのだろう。

『申し訳ありません……』

 池の周りを歩いてもらっても、香子の苦悩は晴れなかった。
 夕飯には海鮮料理が出された。香子が海老を好きだというのは伝わっているらしい。これでもかと海老餃子(水餃子)を出されて、香子は思わず平らげてしまった。

『おいしい……』

 こんなに大量に出されることなんて四神宮ではありえない。四神宮でもそれなりの量で出てくるのだが、あちらは料理の種類が多いのだ。
 こちらは香子の好物が一気にわんさか出してきた。おかげで海老春巻も餡儿餅シャルビン(中国版おやきのようなもの)もどどんと皿に載せられて出てきて、香子は狂喜した。
 これは香子をどうしても玄武の領地に留めたいからしているのかと、おいしい料理に舌鼓を打ちながら香子は震えた。しかしおいしい。
 香子が街の店で聞いた鍋包肉グオバオロウも出てきた。こちらで使われた肉は臭みもなく、香子はとてもおいしく食べられた。

『どれもとってもおいしいわ』

 香子は笑顔で、給仕をする眷属に伝えた。

『それはよろしゅうございました』

 温泉地は明日見学することになり、香子は玄武用の大きな浴室に通された。

『わぁ……広い』
『玄武様が本性を現わされても使えるようにしております』

 黒月が教えてくれた。

『そう……』

 玄武は当たり前のように香子と共に入浴するという。

『人払いをせよ』

 玄武がそう言ったことで、眷属たちは無言で姿を消した。訓練されてるな、と香子は失礼なことを思った。
 玄武に抱かれたままだというのに、器用に衣裳を脱がされて香子は玄武と共に広い湯舟に浸かった。

『はー……気持ちいい~……』

 いい湯だな、と香子は歌いたくなった。そういえば先日何曲か浴室で歌ったことを思い出した。浴槽がとても大きい。泳げそうだと思い、香子は玄武を振り返った。

『香子、如何した?』
『そのう……足を下に付けてはいけないと聞いていますが、泳ぐのはどうなんでしょう?』

 自分でも子どもか? と香子は思ったが、こんなに広いのだから少しぐらい、とも考えてしまった。

『泳ぐ、か……』

 玄武の目が笑んでいるように見えた。

『足を下に付けなければ問題はあるまい。このまま泳ぐことはできそうか?』
『うーん……玄武様の膝を足場にさせていただけるなら泳げそうです』
『そなたは面白いな』

 そう言う玄武は本当に楽しそうだった。香子も嬉しくなり、玄武に手伝ってもらって玄武の膝を軽く蹴り、浴槽の中をクロールで泳いだ。

『器用なものだ』

 湯の温度は熱すぎず温すぎずちょうどいい温度である。浴槽の端まで泳いでターンし、香子は玄武の元に戻った。

『そなたは泳げるのだな』
『はい、私の国では小さい頃に水泳を習う者が多いのです。学校にはプールもありますし』
『ほう……面白いな』

 玄武の腕の中に囚われて、香子はとても幸せだと感じていた。やはり玄武の腕の中が一番安心すると香子は思ったが、朱雀の顔も浮かぶ。

『香子、そなに悩まずともよい』

 玄武の腕の中にいるから香子の葛藤はすぐに読み取られてしまい、香子は困った顔をした。

『……いつまでもこのままではいられないではありませんか』
『それはそうだが……我はそなたが望むなら百年ぐらい待ってもかまわぬぞ』
『……それはさすがに長すぎです……』

 四神というか、神々は生が長すぎるからこんなずれたことを言うのだろうと香子は嘆息した。

『玄武様、そろそろ出ましょう』
『もういいのか?』
『このまま入っていたらのぼせそうです』

 実際には、香子がのぼせることなど絶対にない。それを香子もわかってはいたが、言わずにはいられなかった。
 浴室を出れば、眷属たちが無言で玄武と香子を拭き、薄い睡衣ねまきを香子に着せかけた。

『部屋へ向かう』
『かしこまりました。準備はできております』

 玄武は歩いていく時間も惜しかったのか、次の瞬間香子は広いベッドに押し倒されていた。

『玄武様……』
『そなたが愛しくてたまらぬ』
『……せめて水を』
『そうだな』

 床の横に置かれた茶器に、玄武が手づからお茶を注ぐ。香子は目を丸くした。そして茶器を渡され、玄武にじっと見つめられながらお茶を啜った。

『玄武様も少しは飲んでください』
『我はそなたからもらう故かまわぬ』
『え……』

 玄武が香子から、と言えば。
 香子は己がどんな状態になるのかを思い出して、頬を真っ赤に染めた。
 四神は香子を抱く際、とても念入りに愛撫を施すのだ。

『うう……お、お手柔らかに……』

 香子は玄武に抱かれたくないわけではない。ただそういうことを口にされるのが苦手なだけだ。
 香子はこくこくとお茶を飲むと、空になった茶器を玄武に奪われた。

『香子、愛しくてたまらぬ……』

 至近距離でとんでもない美形に愛を語られて、香子はすぐにふにゃふにゃになってしまったのだった。
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