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第4部 四神を愛しなさいと言われました
142.店はいろいろありました
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『またいつでもご利用を!』
香子たちに対応した男性は満面の笑みを浮かべ、揉み手をしながら香子たちを送り出した。
あの男性はやはり店主だったらしい。
さっそく玄武と花嫁が来店した飯館だと宣伝を始めたようだ。香子からすると普通の味であったが、肉料理を好まない香子が何か言う資格はないと思ったので苦笑するに留めた。
黒流が嘆息した。
『少々お待ちください』
そう言って店に戻る。そうしてすぐに戻ってきた。
『お待たせしました。参りましょう』
黒流が何をしてきたかは香子にはわからない。おそらくあまり宣伝しないようにと釘を刺してきたのかもしれなかった。(あくまでこれは香子の想像である)
玄武の腕に抱かれたまま、またぶらぶらと往来を歩き始めた。
金物屋や小吃店(軽食を出す店)を横目に眺める。もう食べ物屋に入りたいと、香子は思わなかった。先ほどは玄武も気を利かせたつもりだったのかもしれない。その気持ちが嬉しくて、香子は玄武の胸に顔をすり寄せた。
それにしても、少し口の中が脂っこい。
『茶葉を売っている店はあるかしら? そこで味見ができるといいのだけど……』
『ございますが、花嫁様が飲まれるような茶は扱っておりません』
珍しく黒月が即答した。
『そう……』
そんなことは当たり前ではないかと香子は苦笑した。
『花嫁様、でしたらあちらに茶館(上等な喫茶店のようなもの)がございます』
『茶館があるの?』
『はい、ご案内します』
黒流は黒月の言など聞いていないように、玄武たちを促した。黒月は黙って玄武の後から付いてくる。
茶館は先ほどの飯館よりもしっかりした店構えの建物だった。茶館があるということは裕福な人もいるのだなと、香子は少し失礼なことを思った。
すぐに席を用意された。店内の、少し奥まったところにある席である。
『本日はようこそいらっしゃいました。玄武様、花嫁様が当店にいらしたのは初めてでございますね? まことに光栄なことと存じます』
店主は女性だった。
給仕がお茶請けを出し、この店で一番高級だという茶を淹れた。
『これは、紅茶かしら?』
『花嫁様はお茶に詳しいのですね。今お出しできるのはこれぐらいでございます。まだ新茶が出回っておりませんので、申し訳ありません』
紅茶であれば一年を通して新茶が出るから問題はない。香子はお茶を啜った。
どこの紅茶かはわからなかったが、申し分なかった。
『おいしいわ』
『恐悦至極に存じます』
『どれ』
玄武は香子が飲んでから茶に口を付けた。香子よりも先に黒流が毒見を済ませていた。
基本的に玄武も香子も毒見は必要ないのだが、毒が効かないと知られるのも都合が悪いので外では毒見役が必要である。その毒見役である黒流もまた玄武の眷属なので毒は一切効かないのだが。
『……香子はこの味が好きか?』
『好きです』
『では購入いたしましょう』
黒流がすぐに給仕に声をかけ、茶葉を買い求めてしまい香子は内心慌てた。茶館で茶葉を買うと、市井で買うよりも何倍も高い値段であることが多い。それは場所代なので別にぼったくりではないのだが、ここに来る前は学生であった香子からすると少しもったいなくも感じられる。
だが購入を止めると言うこともできない。香子は口を挟まないようにとお茶を啜った。
玄武は香子の葛藤に気付いていたので、ククッと喉の奥で笑った。
『……悪趣味です』
『すまぬ。そなたが愛しくてな』
『~~~~っっ! そんな言葉ではごまかされませんよっ』
『ではどうする?』
『今はどうもいたしませんが……四神宮に戻るまでにどうするか考えます』
『それは怖い』
玄武が珍しくおどけた。
その後はいろいろな店があることを確認して玄武の館へ戻ることにした。黒流が馬車を呼びに向かったので、茶館を出たところで馬車に乗ることができたが、その際には人だかりができていた。
玄武はやはりこの領地の人々に愛されているということが見てとれて、香子は笑顔になった。
『花嫁様!』
玄武が香子を抱いたまま馬車に乗り込もうとした時、声がかかった。香子はそちらに目を向けたが、その時にはすでに馬車の中に入っていた。
『花嫁様は玄武様に嫁いできたんだよね!?』
子どもの声だった。馬車の扉が閉められる。
『香子は気にせずともよい』
香子は玄武にきつく抱きしめられた。馬車が動き出す。
『……まだ、はっきりとは言えないのです……』
香子が玄武を愛しいと思う気持ちは本物だ。けれどまだ選べないことも事実だった。
『わかっている。領民がすまない』
『玄武様が謝ることではありません』
玄武も長いことこの土地を治めてきたのだ。あまり人と関りを持たなかったとしても、領民への思いもあるだろうと香子は想像する。
『ここの人々の気持ちもわかります……』
『決めるのはそなただ』
『そう、なんですよね……』
選ぶのは香子なのだ。先代の花嫁のように、いきなり奪われたりはしていない。それはそれでもどかしいと香子は思うが、これが四神の精いっぱいの愛情表現なのだということもわかって、胸が苦しくなるのを感じた。
『……館に戻ったら、また池を見せてくださいませ』
『そう、そなたが望むのなら……』
玄武の顔が近づいてきて、香子はそっと目を閉じたのだった。
香子たちに対応した男性は満面の笑みを浮かべ、揉み手をしながら香子たちを送り出した。
あの男性はやはり店主だったらしい。
さっそく玄武と花嫁が来店した飯館だと宣伝を始めたようだ。香子からすると普通の味であったが、肉料理を好まない香子が何か言う資格はないと思ったので苦笑するに留めた。
黒流が嘆息した。
『少々お待ちください』
そう言って店に戻る。そうしてすぐに戻ってきた。
『お待たせしました。参りましょう』
黒流が何をしてきたかは香子にはわからない。おそらくあまり宣伝しないようにと釘を刺してきたのかもしれなかった。(あくまでこれは香子の想像である)
玄武の腕に抱かれたまま、またぶらぶらと往来を歩き始めた。
金物屋や小吃店(軽食を出す店)を横目に眺める。もう食べ物屋に入りたいと、香子は思わなかった。先ほどは玄武も気を利かせたつもりだったのかもしれない。その気持ちが嬉しくて、香子は玄武の胸に顔をすり寄せた。
それにしても、少し口の中が脂っこい。
『茶葉を売っている店はあるかしら? そこで味見ができるといいのだけど……』
『ございますが、花嫁様が飲まれるような茶は扱っておりません』
珍しく黒月が即答した。
『そう……』
そんなことは当たり前ではないかと香子は苦笑した。
『花嫁様、でしたらあちらに茶館(上等な喫茶店のようなもの)がございます』
『茶館があるの?』
『はい、ご案内します』
黒流は黒月の言など聞いていないように、玄武たちを促した。黒月は黙って玄武の後から付いてくる。
茶館は先ほどの飯館よりもしっかりした店構えの建物だった。茶館があるということは裕福な人もいるのだなと、香子は少し失礼なことを思った。
すぐに席を用意された。店内の、少し奥まったところにある席である。
『本日はようこそいらっしゃいました。玄武様、花嫁様が当店にいらしたのは初めてでございますね? まことに光栄なことと存じます』
店主は女性だった。
給仕がお茶請けを出し、この店で一番高級だという茶を淹れた。
『これは、紅茶かしら?』
『花嫁様はお茶に詳しいのですね。今お出しできるのはこれぐらいでございます。まだ新茶が出回っておりませんので、申し訳ありません』
紅茶であれば一年を通して新茶が出るから問題はない。香子はお茶を啜った。
どこの紅茶かはわからなかったが、申し分なかった。
『おいしいわ』
『恐悦至極に存じます』
『どれ』
玄武は香子が飲んでから茶に口を付けた。香子よりも先に黒流が毒見を済ませていた。
基本的に玄武も香子も毒見は必要ないのだが、毒が効かないと知られるのも都合が悪いので外では毒見役が必要である。その毒見役である黒流もまた玄武の眷属なので毒は一切効かないのだが。
『……香子はこの味が好きか?』
『好きです』
『では購入いたしましょう』
黒流がすぐに給仕に声をかけ、茶葉を買い求めてしまい香子は内心慌てた。茶館で茶葉を買うと、市井で買うよりも何倍も高い値段であることが多い。それは場所代なので別にぼったくりではないのだが、ここに来る前は学生であった香子からすると少しもったいなくも感じられる。
だが購入を止めると言うこともできない。香子は口を挟まないようにとお茶を啜った。
玄武は香子の葛藤に気付いていたので、ククッと喉の奥で笑った。
『……悪趣味です』
『すまぬ。そなたが愛しくてな』
『~~~~っっ! そんな言葉ではごまかされませんよっ』
『ではどうする?』
『今はどうもいたしませんが……四神宮に戻るまでにどうするか考えます』
『それは怖い』
玄武が珍しくおどけた。
その後はいろいろな店があることを確認して玄武の館へ戻ることにした。黒流が馬車を呼びに向かったので、茶館を出たところで馬車に乗ることができたが、その際には人だかりができていた。
玄武はやはりこの領地の人々に愛されているということが見てとれて、香子は笑顔になった。
『花嫁様!』
玄武が香子を抱いたまま馬車に乗り込もうとした時、声がかかった。香子はそちらに目を向けたが、その時にはすでに馬車の中に入っていた。
『花嫁様は玄武様に嫁いできたんだよね!?』
子どもの声だった。馬車の扉が閉められる。
『香子は気にせずともよい』
香子は玄武にきつく抱きしめられた。馬車が動き出す。
『……まだ、はっきりとは言えないのです……』
香子が玄武を愛しいと思う気持ちは本物だ。けれどまだ選べないことも事実だった。
『わかっている。領民がすまない』
『玄武様が謝ることではありません』
玄武も長いことこの土地を治めてきたのだ。あまり人と関りを持たなかったとしても、領民への思いもあるだろうと香子は想像する。
『ここの人々の気持ちもわかります……』
『決めるのはそなただ』
『そう、なんですよね……』
選ぶのは香子なのだ。先代の花嫁のように、いきなり奪われたりはしていない。それはそれでもどかしいと香子は思うが、これが四神の精いっぱいの愛情表現なのだということもわかって、胸が苦しくなるのを感じた。
『……館に戻ったら、また池を見せてくださいませ』
『そう、そなたが望むのなら……』
玄武の顔が近づいてきて、香子はそっと目を閉じたのだった。
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