590 / 608
第4部 四神を愛しなさいと言われました
138.そんなに感謝されることはしていないと思います
しおりを挟む
玄武の領地で玄武と香子の世話をしてくれる眷属は、成人したばかりの青年だった。
その姿を見て、珍しく黒月の眉が寄った。それを香子はたまたま見てしまい、眷属の中でも合う合わないはあるのかもしれないと思った。
眷属は四神に比べると、時にとても人間臭い。
『黒流と申します。黒月と共に仕えさせていただきます』
玄武はそれに頷いた。
『よろしくね』
香子が声をかけると、黒月の眉がまた寄った。もしかして、明日四神宮に戻ったら説教が待っているのだろうかと香子は思った。
(これってヤキモチ……?)
黒月に知られたら説教の時間が倍になりそうなことを考えて、香子は玄武の胸に顔を埋めた。黒月に笑っているのを悟られてはいけないと思ったのである。
そんな香子の内心を知らない眷属たちは、微笑ましい物を見る気持ちで玄武と香子の一対を眺めた。
最初に通された広間でお茶を飲んだ後、玄武の部屋へ連れて行かれた。
『広い、ですね……』
しかも部屋に面した庭にはとても大きな池があった。
『大きい……』
香子は目を丸くした。
『玄武様がこちらで過ごされていた間は本性を現わしていることが多かったのです。その際はこちらの池に浸かっていらっしゃいました』
黒流が説明する。
『ああ……玄武、ですものね……』
玄武の本性は巨大な亀で、そこに蛇も一緒にいる。なんとも不思議な姿だと香子は思っているが、嫌いではない。蛇には少し構えてしまう部分もあるが、玄武の蛇は香子に対して非常に友好的である。
『そうだな……随分長い間池に浸かっていた気がする』
『そうなのですね』
『我ら眷属、領民一同は花嫁様に感謝しております』
『え?』
黒流に言われて、香子は首を傾げた。香子は玄武の領地に来たのは初めてで(前回の湖は除く)、玄武の領地に対して何も働きかけをしていないからだった。
『花嫁様が降臨されたことで、昨年は例年よりも早く春が訪れました。作物の作付けなども早くでき、昨年は豊作でございました。これも全て、花嫁様が玄武様を受け入れて下さったからでしょう』
『……そんな』
(私は何もしていないのに)
その存在があるだけで、誰かの助けになるなんてわからないと香子は思う。だが確かに香子が玄武を愛したことで、玄武の領地やその周りではみなの顔が明るくなっていた。冬はとても寒いが、春の訪れが例年より早まるとわかれば、それだけで希望を持てるものである。それに昨年の夏もそれほど暑くはならず、とても過ごしやすい気候であった。
長く花嫁の不在が続いたことで気候の影響を受けていた玄武の領地では、特に香子の存在が歓迎されたのである。
『そうだな。香子は我の想いを受け入れてくれている』
玄武が頷いた。
そうして部屋の一角に置かれている長椅子に、香子を抱いたまま腰掛けた。
すぐに黒流がお茶を淹れる。
香子はほう、と息を吐いた。
『花嫁様は食事をされると聞いております。昼食はどうなさいますか?』
香子は玄武を見た。そうしてから、決めるのは己だったと思い直した。
『そうね……先ほど軽く食べてきてしまったから、今はいいわ』
『ではまたお尋ねしましょう』
用意されたお茶は花茶だった。菊の花のお茶である。香子は傍らで立っている黒月を見た。
『……何か?』
『ううん、なんでもないわ』
黒月はとても記憶力がいい。眷属はみなそうなのかもしれないが、香子は黒月の気遣いに口角を上げた。
香子は食事中はジャスミン茶を飲むが、基本ジャスミン茶は苦手なのである。なのでお茶単体で飲むのならばジャスミン茶は避けたいというのが本音だ。ジャスミン茶が苦手だということは女官や侍女たちも把握しているから、黒月もそれで耳にしたのかもしれないと思った。
一般的に花茶と言えばジャスミン茶なのに、わざわざ菊の花のお茶を用意させたというのはそういうことなのだろう。
菊の花は乾燥して保管しているから、一年中飲むことができる。
『おいしい……』
しかもお茶菓子に香子の大好物の杏仁酥(アーモンドクッキー)を出された。
すごく歓迎されているのだなと香子は思った。
『そういえば香子はこれが好きであったな』
玄武が気づいたことで、香子は上機嫌になった。
『はい。とても好きです。でもお菓子ばかり食べていたらごはんが食べられなくなるかもしれません』
そう言いながらも香子は自分の胃が底なしになっていることを把握していた。食べられるとはいえそれほどおなかがすいているわけではないので、お菓子もほどほどに食べた。
『玄武様、そこの池はどれほど大きいのでしょうか? 近くで見てもよろしいですか?』
『いこう』
香子はどこの領地に住むか決める前にその地に足を下ろしてはいけない。だから当然移動は玄武に抱かれて、である。
(最近抱き上げられて移動することに慣れすぎてる……)
それなのに筋力が衰えている様子はないのが、香子としては不思議だった。
玄武が立ち上がり、部屋を出た。庭に面した廊下に出ると、池がよく見える。
『本当に大きいですね……』
そのまま玄武は庭に下りた。
『香子、どうしたい?』
『池の周りを歩いてほしいです』
玄武の口元がクッと上がった。玄武もまた機嫌がよさそうで、香子はよかったと思ったのだった。
その姿を見て、珍しく黒月の眉が寄った。それを香子はたまたま見てしまい、眷属の中でも合う合わないはあるのかもしれないと思った。
眷属は四神に比べると、時にとても人間臭い。
『黒流と申します。黒月と共に仕えさせていただきます』
玄武はそれに頷いた。
『よろしくね』
香子が声をかけると、黒月の眉がまた寄った。もしかして、明日四神宮に戻ったら説教が待っているのだろうかと香子は思った。
(これってヤキモチ……?)
黒月に知られたら説教の時間が倍になりそうなことを考えて、香子は玄武の胸に顔を埋めた。黒月に笑っているのを悟られてはいけないと思ったのである。
そんな香子の内心を知らない眷属たちは、微笑ましい物を見る気持ちで玄武と香子の一対を眺めた。
最初に通された広間でお茶を飲んだ後、玄武の部屋へ連れて行かれた。
『広い、ですね……』
しかも部屋に面した庭にはとても大きな池があった。
『大きい……』
香子は目を丸くした。
『玄武様がこちらで過ごされていた間は本性を現わしていることが多かったのです。その際はこちらの池に浸かっていらっしゃいました』
黒流が説明する。
『ああ……玄武、ですものね……』
玄武の本性は巨大な亀で、そこに蛇も一緒にいる。なんとも不思議な姿だと香子は思っているが、嫌いではない。蛇には少し構えてしまう部分もあるが、玄武の蛇は香子に対して非常に友好的である。
『そうだな……随分長い間池に浸かっていた気がする』
『そうなのですね』
『我ら眷属、領民一同は花嫁様に感謝しております』
『え?』
黒流に言われて、香子は首を傾げた。香子は玄武の領地に来たのは初めてで(前回の湖は除く)、玄武の領地に対して何も働きかけをしていないからだった。
『花嫁様が降臨されたことで、昨年は例年よりも早く春が訪れました。作物の作付けなども早くでき、昨年は豊作でございました。これも全て、花嫁様が玄武様を受け入れて下さったからでしょう』
『……そんな』
(私は何もしていないのに)
その存在があるだけで、誰かの助けになるなんてわからないと香子は思う。だが確かに香子が玄武を愛したことで、玄武の領地やその周りではみなの顔が明るくなっていた。冬はとても寒いが、春の訪れが例年より早まるとわかれば、それだけで希望を持てるものである。それに昨年の夏もそれほど暑くはならず、とても過ごしやすい気候であった。
長く花嫁の不在が続いたことで気候の影響を受けていた玄武の領地では、特に香子の存在が歓迎されたのである。
『そうだな。香子は我の想いを受け入れてくれている』
玄武が頷いた。
そうして部屋の一角に置かれている長椅子に、香子を抱いたまま腰掛けた。
すぐに黒流がお茶を淹れる。
香子はほう、と息を吐いた。
『花嫁様は食事をされると聞いております。昼食はどうなさいますか?』
香子は玄武を見た。そうしてから、決めるのは己だったと思い直した。
『そうね……先ほど軽く食べてきてしまったから、今はいいわ』
『ではまたお尋ねしましょう』
用意されたお茶は花茶だった。菊の花のお茶である。香子は傍らで立っている黒月を見た。
『……何か?』
『ううん、なんでもないわ』
黒月はとても記憶力がいい。眷属はみなそうなのかもしれないが、香子は黒月の気遣いに口角を上げた。
香子は食事中はジャスミン茶を飲むが、基本ジャスミン茶は苦手なのである。なのでお茶単体で飲むのならばジャスミン茶は避けたいというのが本音だ。ジャスミン茶が苦手だということは女官や侍女たちも把握しているから、黒月もそれで耳にしたのかもしれないと思った。
一般的に花茶と言えばジャスミン茶なのに、わざわざ菊の花のお茶を用意させたというのはそういうことなのだろう。
菊の花は乾燥して保管しているから、一年中飲むことができる。
『おいしい……』
しかもお茶菓子に香子の大好物の杏仁酥(アーモンドクッキー)を出された。
すごく歓迎されているのだなと香子は思った。
『そういえば香子はこれが好きであったな』
玄武が気づいたことで、香子は上機嫌になった。
『はい。とても好きです。でもお菓子ばかり食べていたらごはんが食べられなくなるかもしれません』
そう言いながらも香子は自分の胃が底なしになっていることを把握していた。食べられるとはいえそれほどおなかがすいているわけではないので、お菓子もほどほどに食べた。
『玄武様、そこの池はどれほど大きいのでしょうか? 近くで見てもよろしいですか?』
『いこう』
香子はどこの領地に住むか決める前にその地に足を下ろしてはいけない。だから当然移動は玄武に抱かれて、である。
(最近抱き上げられて移動することに慣れすぎてる……)
それなのに筋力が衰えている様子はないのが、香子としては不思議だった。
玄武が立ち上がり、部屋を出た。庭に面した廊下に出ると、池がよく見える。
『本当に大きいですね……』
そのまま玄武は庭に下りた。
『香子、どうしたい?』
『池の周りを歩いてほしいです』
玄武の口元がクッと上がった。玄武もまた機嫌がよさそうで、香子はよかったと思ったのだった。
207
お気に入りに追加
4,026
あなたにおすすめの小説

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

白い結婚のはずでしたが、王太子の愛人に嘲笑されたので隣国へ逃げたら、そちらの王子に大切にされました
ゆる
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」
オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。
「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」
そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。
「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」
このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。
オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。
愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん!
王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。
冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。
昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。
入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。
その甲斐あってか学年首位となったある日。
「君のことが好きだから」…まさかの告白!

【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。
BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。
父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した!
メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる