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第4部 四神を愛しなさいと言われました
137.玄武の領地へ行ってみました
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あの少年は小吃店(軽食などを扱っている店)の従業員なのだろうか、香子はぼんやり思った。
紅児がいた時は紅児が店を手伝っていたと聞いていた。他に従業員はいなかったと言っていたが、紅児がいなくなってから雇ったのかもしれない。
『天女様がいらしたと……』
少年に腕を引かれるようにして、紅児の義父が顔を覗かせた。戸惑ったような表情で。
その目が黒月と、その後ろにいる玄武と香子の姿を捉えてこれでもかと見開かれた。
『玄武様!? 花嫁様!?』
紅児の義父はそう叫ぶとバッとその場に平伏した。
そんなことをしたら汚れてしまうではないかと、香子はおろおろしてしまう。
『平身』(そのままでよい)
玄武が言えば、紅児の義父――馬はゆっくりと立ち上がり、
『謝執明神君!』(ありがとうございます、玄武様)
と声を上げた。
『え? 玄武様? って、え? え?』
従業員らしい少年は店主と黒月、そして香子を抱いている玄武の間で視線を泳がせる。普通は確かに四神がこういう村を訪れることはないだろうと、香子は少年に同情してしまった。
『本日はご息女から手紙と品物を届けにきた。どちらへ運べばよいだろうか』
黒月は全く空気を読まず、馬に声をかけた。
『は、はい、ありがとうございます。こちらで受け取ります』
馬が受け取ろうとしたが、黒月は荷物を放さなかった。
『これはそなたたちには重い。中まで運ばせてほしい』
『かしこまりました……ではこちらへ。おい、玄武様と花嫁様がおいでだ! 茶を淹れろ!』
馬は黒月を促した後、慌てて店の中へ声をかけた。
『あ、あの……おかまいなく……』
届けに来ただけだし、と香子は控えめに声をかけた。
『いえいえ、是非一杯だけでも!』
馬は黒月に荷物を店の柜台(カウンター)に置かせると、玄武と香子を店内に招いた。店内には一組だけ客が入っていたが、入口近くに移動して香子たちに『どうぞどうぞ』と席を譲った。少年が卓を片付けて拭き、椅子も拭いてから『ど、どうぞ』と香子たちに腰掛けるよう促した。
玄武が香子を抱いたまま小さな凳子(背もたれのない椅子)に腰掛ける。香子を下ろす気はないようだった。
『お待たせしました』
馬の奥さんがお茶を運んできた。
『今煎餅(クレープ地に卵、ネギ、揚げパンを甘辛いタレで包んで焼いたもの。中国版しょっぱいクレープ)をご用意します』
そう言われて、香子は目を丸くした。かつて四神宮に来た時、香子が煎餅を好きだと言っていたのを覚えていてくれたらしい。ありがたいことだと香子は思った。
『ありがとう』
『俺たちにも頼むよ』
店内にいた客は遠慮して出ていくということはなかった。そういうところが逞しいと香子は思う。
『失敗したら出してやるよ』
『そりゃねえだろ!』
はははと馬と客が笑う。みな同じ村の人たちなのだろう。こういう気安いやりとりはいいなと香子は笑顔になった。
香子は出されたお茶を啜った。
わざわざいいものを淹れてくれたらしい。きっと前回紅夏が届けた荷物の中に入っていたものだろう。
『熱いですから、気を付けて食べてくださいね!』
奥さんから紙に包まれた煎餅を受け取って、香子は『ありがとうございます』とかぶりついた。これはやはりできたてが一番おいしいと香子は思う。甘辛のタレとこの皮がたまらない。
玄武と黒月も受け取って煎餅を食べた。
『……おいしい』
珍しく黒月が呟いた。
『これは、領地の屋台などでも食べられるものでしょうか』
『香子はこれが好きであったな』
『はい』
大学の側の屋台で売られていたのを何度も買って食べたことを香子は思い出した。
『お気遣いありがとうございます』
食べ終えて、紅児は元気でやっていることを伝えてから店を出る。
『全く……玄武様と花嫁様を遣いに出すなんてとんでもない娘です』
馬は苦笑した。
『私がわがままを言ったのです。元気な姿が見られてよかった。これからも元気でいてください』
香子はそう言って、奥さんの手を握った。
そうして、香子たちは村を辞した。
移動は黒月の漢服を掴んで一瞬であったから、香子は笑ってしまった。情緒も何もあったものではない。それも跳んだ先はどこかの庭である。
『香子、如何した?』
『いえ、ここは……』
『玄武様の館です』
黒月が答えてくれた。
『ああ、やはり……』
『玄武様! こんなところにいらしたのですか!? 玄武様がいらしたぞ! 花嫁様と黒月も一緒だ!』
館にいる眷属だろう。長い黒髪の美丈夫が香子たちを見つけたらしく、館の方へ声をかけた。すると眷属たちがどこからともなく集まってきたのを見て、香子は目を丸くした。
『玄武様、どうぞこちらへ』
眷属に促されて、玄武は外廊下に上がった。香子を抱いたまま眷属の後に続く。そうして広い建物に案内された。
玄武が香子を抱いたまま椅子に腰かけると、眷属たちは少し離れたところに並び平伏した。
『玄武様、花嫁様、おかえりなさいませ』
そう言われて、香子はえ? と思った。
もう自分は玄武の館に来ることになっていたのかと、一瞬混乱してしまった。
『……香子はまだどこで暮らすかは決めておらぬぞ』
眷属が一人、顔をそっと上げる。
『わかっております。ですが花嫁様が玄武様に嫁がれたことは事実でございましょう。ですので、こちらの館も花嫁様の家でございます』
それは確かにそうかもしれないと香子は納得した。そして、彼らの期待に満ちた目がプレッシャーだなとも思ったのだった。
紅児がいた時は紅児が店を手伝っていたと聞いていた。他に従業員はいなかったと言っていたが、紅児がいなくなってから雇ったのかもしれない。
『天女様がいらしたと……』
少年に腕を引かれるようにして、紅児の義父が顔を覗かせた。戸惑ったような表情で。
その目が黒月と、その後ろにいる玄武と香子の姿を捉えてこれでもかと見開かれた。
『玄武様!? 花嫁様!?』
紅児の義父はそう叫ぶとバッとその場に平伏した。
そんなことをしたら汚れてしまうではないかと、香子はおろおろしてしまう。
『平身』(そのままでよい)
玄武が言えば、紅児の義父――馬はゆっくりと立ち上がり、
『謝執明神君!』(ありがとうございます、玄武様)
と声を上げた。
『え? 玄武様? って、え? え?』
従業員らしい少年は店主と黒月、そして香子を抱いている玄武の間で視線を泳がせる。普通は確かに四神がこういう村を訪れることはないだろうと、香子は少年に同情してしまった。
『本日はご息女から手紙と品物を届けにきた。どちらへ運べばよいだろうか』
黒月は全く空気を読まず、馬に声をかけた。
『は、はい、ありがとうございます。こちらで受け取ります』
馬が受け取ろうとしたが、黒月は荷物を放さなかった。
『これはそなたたちには重い。中まで運ばせてほしい』
『かしこまりました……ではこちらへ。おい、玄武様と花嫁様がおいでだ! 茶を淹れろ!』
馬は黒月を促した後、慌てて店の中へ声をかけた。
『あ、あの……おかまいなく……』
届けに来ただけだし、と香子は控えめに声をかけた。
『いえいえ、是非一杯だけでも!』
馬は黒月に荷物を店の柜台(カウンター)に置かせると、玄武と香子を店内に招いた。店内には一組だけ客が入っていたが、入口近くに移動して香子たちに『どうぞどうぞ』と席を譲った。少年が卓を片付けて拭き、椅子も拭いてから『ど、どうぞ』と香子たちに腰掛けるよう促した。
玄武が香子を抱いたまま小さな凳子(背もたれのない椅子)に腰掛ける。香子を下ろす気はないようだった。
『お待たせしました』
馬の奥さんがお茶を運んできた。
『今煎餅(クレープ地に卵、ネギ、揚げパンを甘辛いタレで包んで焼いたもの。中国版しょっぱいクレープ)をご用意します』
そう言われて、香子は目を丸くした。かつて四神宮に来た時、香子が煎餅を好きだと言っていたのを覚えていてくれたらしい。ありがたいことだと香子は思った。
『ありがとう』
『俺たちにも頼むよ』
店内にいた客は遠慮して出ていくということはなかった。そういうところが逞しいと香子は思う。
『失敗したら出してやるよ』
『そりゃねえだろ!』
はははと馬と客が笑う。みな同じ村の人たちなのだろう。こういう気安いやりとりはいいなと香子は笑顔になった。
香子は出されたお茶を啜った。
わざわざいいものを淹れてくれたらしい。きっと前回紅夏が届けた荷物の中に入っていたものだろう。
『熱いですから、気を付けて食べてくださいね!』
奥さんから紙に包まれた煎餅を受け取って、香子は『ありがとうございます』とかぶりついた。これはやはりできたてが一番おいしいと香子は思う。甘辛のタレとこの皮がたまらない。
玄武と黒月も受け取って煎餅を食べた。
『……おいしい』
珍しく黒月が呟いた。
『これは、領地の屋台などでも食べられるものでしょうか』
『香子はこれが好きであったな』
『はい』
大学の側の屋台で売られていたのを何度も買って食べたことを香子は思い出した。
『お気遣いありがとうございます』
食べ終えて、紅児は元気でやっていることを伝えてから店を出る。
『全く……玄武様と花嫁様を遣いに出すなんてとんでもない娘です』
馬は苦笑した。
『私がわがままを言ったのです。元気な姿が見られてよかった。これからも元気でいてください』
香子はそう言って、奥さんの手を握った。
そうして、香子たちは村を辞した。
移動は黒月の漢服を掴んで一瞬であったから、香子は笑ってしまった。情緒も何もあったものではない。それも跳んだ先はどこかの庭である。
『香子、如何した?』
『いえ、ここは……』
『玄武様の館です』
黒月が答えてくれた。
『ああ、やはり……』
『玄武様! こんなところにいらしたのですか!? 玄武様がいらしたぞ! 花嫁様と黒月も一緒だ!』
館にいる眷属だろう。長い黒髪の美丈夫が香子たちを見つけたらしく、館の方へ声をかけた。すると眷属たちがどこからともなく集まってきたのを見て、香子は目を丸くした。
『玄武様、どうぞこちらへ』
眷属に促されて、玄武は外廊下に上がった。香子を抱いたまま眷属の後に続く。そうして広い建物に案内された。
玄武が香子を抱いたまま椅子に腰かけると、眷属たちは少し離れたところに並び平伏した。
『玄武様、花嫁様、おかえりなさいませ』
そう言われて、香子はえ? と思った。
もう自分は玄武の館に来ることになっていたのかと、一瞬混乱してしまった。
『……香子はまだどこで暮らすかは決めておらぬぞ』
眷属が一人、顔をそっと上げる。
『わかっております。ですが花嫁様が玄武様に嫁がれたことは事実でございましょう。ですので、こちらの館も花嫁様の家でございます』
それは確かにそうかもしれないと香子は納得した。そして、彼らの期待に満ちた目がプレッシャーだなとも思ったのだった。
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