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第4部 四神を愛しなさいと言われました
135.聞いたらそうなることはわかっていました
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香子が何を四神に尋ねようとしているかというと、四神の誰かの領地に向かった後の話である。
四神は自由に他の領地へ行くことができるが、香子は一度誰かの領地に住み始めたらそのままその領地から出ないものだと暗に言われている気がした。
確かにこの国の考え方からしたら、それは間違っていないと香子は思う。
一度嫁いだら離縁はありえないし、ましてや香子がいろいろなところへ向かうというのも現実的ではないだろう。
だがあえて香子は聞いてみたかった。
もし、妊娠する前に他の領地へ向いたいと香子が考えた時どうするのかを。
ただし、これはすごく聞きづらい問題である。
香子としてもありえない、これは実質浮気宣言であるからだ。
(倫理的にありえない……でもなぁ、夫が四人なんだよねぇ……)
その時点で倫理とは、と香子は首を傾げてしまうのだ。
なかなか子ができないと聞いてはいる。早くても五十年ほど愛し合うことで第一子が生まれるものだと。一人目が四神の次代ということはなく、次に生まれる、もしくは四神の世代交代の際に次代が生まれるのだと香子は聞いた。
そう考えると、すでに玄武は千歳だ。
香子が眷属を産んだとして、その後に次代を産んで、それから五十年ほどで玄武が身罷ることを考えると百五十年しか共にいられない。
百五十年とだけ考えたら途方もない時間だが、香子がこれから四神に寄り添うことを考えると短い期間とも言える。
玄武の腕に抱かれて茶室に向かい、香子は集まってもらった四神にお茶を淹れた。
日本の茶道ではないが、手順に添ってお茶を淹れると心が落ち着いてくるのを感じた。なによりここには道具が揃っているから、それだけでも香子は嬉しい。お茶も最高級の物が用意されているし、お茶菓子もおいしい。
みなに茶を振舞い、香子も品茗杯を(茶藝用の小さな湯呑)傾けた。
『おいしい……』
『うむ、うまい。それで……我らに聞きたいこととはなにか?』
朱雀が問うた。香子は内心うっと詰まった。
けれど気になったことは、たとえそれが四神にとって地雷であったとしても聞いておきたかった。
『はい。例えば、なのですが……私がどなたかの領地へ向うと決めた後、子を成す前に他の方の領地へ向かうということは可能なのでしょうか?』
『……その可能性があると?』
朱雀のテナーが冷たく聞こえた。
『あくまで例えばの話です……私はまだ二十三年しか生きていませんから』
『……確かに、香子にとっては途方もない年月か』
『そういうことです』
香子だって心変わりするかもなんて言いたくはない。しかし今まで二十三年しか生きていないのに、この先五十年も同じ人と一緒にいられるかと考えてもわからないのだ。
『この国では夫と添い遂げるのが当たり前であろうが……』
『私の国ではすでにそうではありませんでした。私の両親はそうではありませんでしたが、離婚はそれほどおかしなことではありませんでしたし……』
『香子』
玄武のバリトンが名を呼んだ。香子はその声にビクッと震えた。
『……そなたは不安なのだな』
言い当てられて、香子はなんだか泣きたくなった。四神を困らせたいわけではないのだ。だからこそ、そういうことがありえるのかと聞いている。それがありえないと言うのならば、香子だけでなく四神もまた香子の心をつなぎとめる為に努力しなければならないはずだ。
『はい。……私が、その方をずっと想い続けられるかどうかわかりませんから』
『それは……我らも努力せねばならぬな。そなたに愛想をつかされぬように』
玄武にそう言われて、香子はぽろりと涙をこぼした。
『香子?』
四神が慌てたように席を立った。玄武が香子を椅子から抱き上げる。それはほんの一瞬の出来事だった。
香子はきょとんとした。
『香子、如何した? どこか痛むのか?』
心配そうに聞かれて、香子は胸を押さえた。胸が甘く、苦しくも感じられた。
四神は花嫁以外愛さないし、愛せない。今は香子が花嫁だから、香子以外見ていない。
そう、四神にとって香子が全てなのだ。
そしてそれを、香子自身がわかっていないといけないと香子は思った。何度でも頭に刷り込まなくては香子は忘れてしまう。それは人だからだろう。香子はそんなに恋愛経験はなくて、今まで「この人じゃなければだめだ」なんて思ったことはない。
だから、四神はそういうものなのだと自分に言い聞かせなければならないのだと思った。
認識するのが遅すぎたけれど、香子もまた手放しで四神を好きだと思えるようになってからはまだそれほど経っていない。
『胸が、少し痛みます。玄武様だけでなく、朱雀様も、白虎様も、青龍様のことも……好きですから』
そう、頬を染めながら伝えれば玄武はとても嬉しそうに笑んだ。
『そなたに想われることほど嬉しいことはない。……だが』
『……はい』
『そなたには我らの愛をもっと教え込まなくてはいけないようだ』
(やっぱり、そうなった……)
それを聞いてしまったら、こうなってしまうことは香子にも予想できていた。それでも聞かずにはいられなかったのだからしょうがない。
一度誰かの領地へ移動したら、次代が生まれてその神が身罷るまで香子はそこから離れることはできないようだ。
それがわかっただけでも上々だと香子は思う。
『……しっかり愛は伝わっておりますから……』
無駄と知りつつ、香子はそう玄武に答えたのだった。
四神は自由に他の領地へ行くことができるが、香子は一度誰かの領地に住み始めたらそのままその領地から出ないものだと暗に言われている気がした。
確かにこの国の考え方からしたら、それは間違っていないと香子は思う。
一度嫁いだら離縁はありえないし、ましてや香子がいろいろなところへ向かうというのも現実的ではないだろう。
だがあえて香子は聞いてみたかった。
もし、妊娠する前に他の領地へ向いたいと香子が考えた時どうするのかを。
ただし、これはすごく聞きづらい問題である。
香子としてもありえない、これは実質浮気宣言であるからだ。
(倫理的にありえない……でもなぁ、夫が四人なんだよねぇ……)
その時点で倫理とは、と香子は首を傾げてしまうのだ。
なかなか子ができないと聞いてはいる。早くても五十年ほど愛し合うことで第一子が生まれるものだと。一人目が四神の次代ということはなく、次に生まれる、もしくは四神の世代交代の際に次代が生まれるのだと香子は聞いた。
そう考えると、すでに玄武は千歳だ。
香子が眷属を産んだとして、その後に次代を産んで、それから五十年ほどで玄武が身罷ることを考えると百五十年しか共にいられない。
百五十年とだけ考えたら途方もない時間だが、香子がこれから四神に寄り添うことを考えると短い期間とも言える。
玄武の腕に抱かれて茶室に向かい、香子は集まってもらった四神にお茶を淹れた。
日本の茶道ではないが、手順に添ってお茶を淹れると心が落ち着いてくるのを感じた。なによりここには道具が揃っているから、それだけでも香子は嬉しい。お茶も最高級の物が用意されているし、お茶菓子もおいしい。
みなに茶を振舞い、香子も品茗杯を(茶藝用の小さな湯呑)傾けた。
『おいしい……』
『うむ、うまい。それで……我らに聞きたいこととはなにか?』
朱雀が問うた。香子は内心うっと詰まった。
けれど気になったことは、たとえそれが四神にとって地雷であったとしても聞いておきたかった。
『はい。例えば、なのですが……私がどなたかの領地へ向うと決めた後、子を成す前に他の方の領地へ向かうということは可能なのでしょうか?』
『……その可能性があると?』
朱雀のテナーが冷たく聞こえた。
『あくまで例えばの話です……私はまだ二十三年しか生きていませんから』
『……確かに、香子にとっては途方もない年月か』
『そういうことです』
香子だって心変わりするかもなんて言いたくはない。しかし今まで二十三年しか生きていないのに、この先五十年も同じ人と一緒にいられるかと考えてもわからないのだ。
『この国では夫と添い遂げるのが当たり前であろうが……』
『私の国ではすでにそうではありませんでした。私の両親はそうではありませんでしたが、離婚はそれほどおかしなことではありませんでしたし……』
『香子』
玄武のバリトンが名を呼んだ。香子はその声にビクッと震えた。
『……そなたは不安なのだな』
言い当てられて、香子はなんだか泣きたくなった。四神を困らせたいわけではないのだ。だからこそ、そういうことがありえるのかと聞いている。それがありえないと言うのならば、香子だけでなく四神もまた香子の心をつなぎとめる為に努力しなければならないはずだ。
『はい。……私が、その方をずっと想い続けられるかどうかわかりませんから』
『それは……我らも努力せねばならぬな。そなたに愛想をつかされぬように』
玄武にそう言われて、香子はぽろりと涙をこぼした。
『香子?』
四神が慌てたように席を立った。玄武が香子を椅子から抱き上げる。それはほんの一瞬の出来事だった。
香子はきょとんとした。
『香子、如何した? どこか痛むのか?』
心配そうに聞かれて、香子は胸を押さえた。胸が甘く、苦しくも感じられた。
四神は花嫁以外愛さないし、愛せない。今は香子が花嫁だから、香子以外見ていない。
そう、四神にとって香子が全てなのだ。
そしてそれを、香子自身がわかっていないといけないと香子は思った。何度でも頭に刷り込まなくては香子は忘れてしまう。それは人だからだろう。香子はそんなに恋愛経験はなくて、今まで「この人じゃなければだめだ」なんて思ったことはない。
だから、四神はそういうものなのだと自分に言い聞かせなければならないのだと思った。
認識するのが遅すぎたけれど、香子もまた手放しで四神を好きだと思えるようになってからはまだそれほど経っていない。
『胸が、少し痛みます。玄武様だけでなく、朱雀様も、白虎様も、青龍様のことも……好きですから』
そう、頬を染めながら伝えれば玄武はとても嬉しそうに笑んだ。
『そなたに想われることほど嬉しいことはない。……だが』
『……はい』
『そなたには我らの愛をもっと教え込まなくてはいけないようだ』
(やっぱり、そうなった……)
それを聞いてしまったら、こうなってしまうことは香子にも予想できていた。それでも聞かずにはいられなかったのだからしょうがない。
一度誰かの領地へ移動したら、次代が生まれてその神が身罷るまで香子はそこから離れることはできないようだ。
それがわかっただけでも上々だと香子は思う。
『……しっかり愛は伝わっておりますから……』
無駄と知りつつ、香子はそう玄武に答えたのだった。
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