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第4部 四神を愛しなさいと言われました

129.気づくのが遅くて申し訳ありません

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 今回の、張錦飛による書道教室には玄武と青龍も見学に来た。
 おかげで香子はやりづらくてしかたなかったが、二神は張の教え方を真面目に聞いていたようである。

『……そのようにして教えるのだな』
『知らぬことばかりです』

 二神は張の教え方に感心していた。
 終わった後、玄武と青龍は席を外した。こういう気遣いはありがたいと香子は思う。
 書を習う時間が終われば、張とお茶をする。比較的暖かいので庭でお茶をすることになった。
 すでに四月も半ばである。
 この国には桜を愛でる習慣がない。なので春と言われても香子はあまり実感が湧かないのだが、南の方へ行けば咲いているだろうとは思っている。
 確か景山の植物園でも桜は見なかった。

『こちらの庭はいつでも色とりどりですな』

 張が茶を啜り、そう呟いた。

『そう、ですね。風さえ吹かなければ気候が安定していますから』
『これ一つとっても、四神が尊い存在であることがわかります』

 張はそう言って満足そうに頷いた。

『そうですね』

 尊いかどうかはともかく、人ではないということはよくわかる。四神宮の中はいつだって快適な気候が保たれている。ただ周りの影響を全く受けないわけではないので、風や雨、雪などが降れば寒くも感じられる。それでも四神宮の中ではその影響は少ない。建物の中に入れば、常に快適である。

(原理が全くわからないけど……教えてもらったところで私にはわからないんだろうなぁ)

 お茶を啜る。
 最近は緑茶の新茶が手に入るそうで、どれもみずみずしい味がすると香子は思った。

『……張老師ジャンせんせい

 せっかく来てもらったのだからと、香子は張に少し相談をすることにした。ぶっちゃけ聞いてもらえるだけでいいのである。それぐらい香子には、ただ話を聞いてくれる相手がいないのだ。

『……私、すでに四神に嫁いでいるわけですけど……悩んでいます……』
『ほう、何を悩んでいらっしゃるのですかな?』

 張はにこにこしている。

『以前も言ったかもしれないのですが、どなたの領地に向かうのかを、です……』

 張は少し遠くを眺めるように視線を巡らせた。

『……急ぐことはありますまい。花嫁様は四神に嫁がれているのですから、じっくりお考えになればいいのです』
『そう、ですね……でも、気が急いてしかたがないのです』

 張は自分の顎鬚を撫でた。

『それは花嫁様の問題というよりも、周囲の問題でしょうな。四神もそうでしょうが、周りが花嫁様を急かしているのでしょう。ですが……』
『はい』
『四神の神官として、わしが言うことではないでしょうが……花嫁様はご自分が思うように振舞っていいのです。四神宮にまだいたいならばいたい。どなたかの領地に移りたいなら移りたいと。そして四神にはどうしてほしいのかをはっきり伝えればいいのです。四神は花嫁様が絶対ですからのぅ』

 そう言って張はほっほっほっと笑った。
 このバルタン星人のような笑い方を聞くと香子はほっとする。

『そう、ですね……』

 四神は人ではないから、察してもらうことは難しい。
 香子がはっきりと主張をするしかないのだ。

『張老師、ありがとうございます』
『少しは助言になりましたかな?』
『はい、とても!』

 香子は己の立場というものを振り返ってみることにした。
 張を四神宮の門から見送った時、香子の顔は晴れやかだった。
 亀の甲より年の功とはよく言ったものだと思う。あとは当然のことながら張が四神と香子の置かれた状況を理解しているということもあるだろう。
 そして基本的に張は中立だ。
 香子が四神を嫌わない限り、張は香子に助言をしてくれるだろう。

(なんだかんだ言って、面倒看はいいのよね……)

 書を習いたいと言ってよかったと、香子は部屋に戻ってから思った。
 侍女たちに香子が衣裳を整えてもらっている間に白虎が来た。

『少し早かったか?』

 白虎の声のトーンがほんの少し下がったのが香子にはわかった。

『そんなことはありません』

 すかさず白風が答えた。

『白風、控えよ』

 白虎に付き従っている白雲に窘められて、白風は口を噤んだ。香子からは見えなかったが、白風はおそらく不満そうな顔を隠していないだろう。それはそれでわかりやすくていいと香子は思う。
 香子自身、あまり裏表というのがないから余計だった。

(私も空気を読むのは苦手だしね)

 とはいえ、仕えている者がその調子では困る。香子が考えることではないが、他に教育係が必要かもしれない。

『白虎様、お待たせしました』
『ああ、待った』

 白虎はそう言って、香子を抱き上げた。それについ香子は笑ってしまう。

『白虎様の室ですか?』
『そうだ』
『少しお話がしたいです』
『……そうか』

 人形の白虎の頭にしょんぼりと垂れた耳が見えたように、香子には思えた。

(最初から、恐れる必要なんてなかったのだわ……)

 確かに白虎の本性に抱かれるというのは恐ろしいが、白虎はいつだって香子を愛しくてならないという目で見つめていたのだから。

『白虎様、大好きです』

 どうしても伝えたくて、香子はそう口にした。
 その途端白虎は香子を抱いたまま瞬間移動をした。
 白虎の室の、寝室に。
 香子は苦笑した。

『あの……』
『なんだ』
『あとでちゃんと、話をしましょうね?』
『ああ、あとだ』

 しょうがないなと香子は思う。白虎はずっと耐えていたのだ。香子を怖がらせないようにと。そして香子を勝手に奪ってしまわないようにと。
 それがたまらなく愛しく思えて、香子は素直にベッドに押し倒されたのだった。
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