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第4部 四神を愛しなさいと言われました

124.ストレス発散には歌うことも大事です

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 香子は元々時代劇を見るのが好きだった。
 だから中国に留学してからも、中国の時代劇を見始めた。中国のTVではいろんな種類の時代劇が放映していて、日本ではもうほとんど見られなくなっていたから香子は狂喜した。
 それでずっと時代劇を見、学校に通いながらその語学力をぐんぐん伸ばした。
 その主題歌などは、歌詞をノートに書きこんだりして覚えていた。
 だからいくつか、その時代劇の主題歌や挿入歌などを覚えている。
 叫ぶのもいいが、歌うのが一番なのではないかと香子は思ったのだ。それならば特に心配もされないだろうと。
 お風呂で歌うと声が浴室内にうまく響く。
 そんなわけで香子はとても気持ちよく歌い上げることができた。

(あ、少しすっきりしたかも……)
『……花嫁様は歌が上手ですね』

 黒月が呟いた。
 香子は何事? と思った。
 黒月が香子を褒めることはほとんどない。その黒月が……と思わず香子はまじまじと黒月を見てしまった。

『……なんでしょう?』
『ううん……ありがと』
『知らない曲ですが、花嫁様はそういう曲を何曲もご存知なのですか?』
『ええ、他にも知っているし歌えるわ』
『ではもう一曲歌っていただいても?』
『ええっ? もちろん。……ありがとう』

 黒月に頼まれて歌うのはとても嬉しいことだと香子は思った。それから都合二曲歌い、全身真っ赤になって湯から上がった。
 香子はもうその身体の特性上のぼせはしないが、ちょっとやりすぎたかなという気はした。
 でも黒月も気持ちよさそうに聞いてくれたし、と香子は自分に言い訳をしてみる。
 もちろん浴室にいたのは黒月だけでなく侍女たちも四人程控えていた。その四人は恍惚とした顔をしていた。
 そして、花嫁様の歌を聞いたとみなに自慢しなくてはと内心震えていた。
 香子はたまに浴室に鼻歌を歌っていたことはあるが、三曲もしっかり歌ったことはないのである。
 次のリサイタルに備えて、侍女たちは絶対に浴室でのお世話は誰にも渡さないと決意した。
 侍女たちがそんなことを考えているとは全く知らない香子は、しびれを切らして迎えに来た玄武に浴室の前で拉致られ、そのまま玄武の室にお持ち帰りされてしまったのだった。


 青龍に一晩中抱かれた次の日の夜は玄武と朱雀に抱かれるなんて、重労働もいいところだと香子は思う。
 けれど四神に愛されるのは決して嫌なことではないので、絆されてるなぁと香子も思うばかりだ。

『随分念入りに身体を磨いていたのだな?』

 朱雀のテナーが耳元に囁かれた。

『そういう……わけでは……』

 洗っていたわけではない。香子はもろもろのストレスを歌うことで発散していたのだ。

『では何を?』
『歌っていました……いろいろ溢れてしまって、気持ちが』
『? わからぬが、そういうものなのか』

 玄武と朱雀はいつもの無表情に、なんともいえないものを乗せた。香子でなければ気づかないほどの、表情の変化である。
 香子は笑んだ。

『いろいろ複雑なのですよ……』
『そうか』
『そなたからもっと学ばねばならぬな』

 玄武が学んでくれる気があるというのが、香子はたまらなく嬉しいと思った。

『はい、学んでください』
『まずはそなたの感じるところだな……』
『そこは……も、十分……』

 エロにばかり特化して! と香子は憤ったが、四神の手に香子が逆らえるわけもなく、その夜はいつも通り何も考えられなくなるほど愛されたのだった。


 翌朝、玄武と朱雀と共に朝食を取り、落ち着いてから朱雀に抱かれて部屋に戻った。

『……なんとも離れがたいものだな』

 朱雀は香子を抱いたままなかなか長椅子に下ろさなかった。

『朱雀様……』
『そなたへの愛しさに際限がない。今宵も愛でさせてくれ』

 そんなことをみなの前で言われるのは、香子としてはとても困る。目をそっと逸らした先で、部屋付きの侍女である紅児と林雪紅は真っ赤になっていた。

『朱雀様、その辺で……どうか』
『香子、愛している』

 甘いテナーに耳を震わされて、香子もまた頬を赤く染めた。

『……そ、そういうのは、朱雀様の室で……』
『では参ろう』
『そういうことじゃなくてーっ!』

 香子を抱いたまま踵を返そうとした朱雀を、香子だけでなく延夕玲や楊芳芳も止めた。

『朱雀様、なりませぬ! せめて花嫁様のお召替えを。そのまま部屋からお出しすることはできません!』

 夕玲は声を震わせながらも毅然として伝えた。

『何故か』
『花嫁様の顔をご覧なされませ。そのような色を含んだお顔で、しかも身だしなみも整えられていないお姿で出られては、みなを誘惑してしまいます。花嫁様を愛しく思われるのでしたらもう少し自制なさってくださいませ!』

 香子は目を丸くした。
 言っている内容はアレだが、夕玲の言うことに間違いはなかった。

『……さすがは眷属のつがいというところか。……わかった』

 朱雀はクククと喉の奥で笑った。名残惜しそうに香子に口づけ、丁寧に長椅子に下ろす。

『香子、また夜にな』
『はい、朱雀様……』

 朱雀は楽しそうに部屋を出て行った。
 その途端、夕玲がへなへなとその場に崩れた。

『夕玲!? 大丈夫!? 黒月、お願い!』

 部屋の表に香子は声をかけた。黒月が飛び込んできて夕玲を抱き上げる。

『黒、黒月……だ、大丈夫、ですから……』

 夕玲はひどく動揺していたが、黒月は冷静だった。

『花嫁様、どういたしますか?』
『そうね。青藍のところに連れて行って落ち着かせてから戻してもらうように言ってくれる?』
『かしこまりました』
『花嫁様! 大丈夫、ですからっ!』

 夕玲がただ腰を抜かしただけだというのは香子にもわかってはいたが、こういう時はつがいが面倒を看ればいいと香子は思った。
 ようは疲れたのである。
 ひどい上司もいたもんだ、と香子は自分で思ったのだった。
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