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第4部 四神を愛しなさいと言われました
105.白虎の領地に来てみました
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……そもそも、どうして白虎の領地の視察をするというのが婚礼の後になったのか香子は今の今まで思い出しもしなかった。
(玄武様の領地はとても寒いから、春になってから玄武様の領地を視察して、それからって話になっていたような……)
それが何故白虎の領地へ先に向かうという話になったのだろうか。
『香子、如何した?』
白虎に顔を覗き込まれて、香子はビクッとした。
白虎のことは好きだ。でもこのまま、白虎が香子を放してくれなかったら好きではいられないと、香子は思った。
白虎は本能が強い。それを香子はどうして忘れていたのだろう。
『……そう怯えるな』
白虎が青ざめた香子を眺めながら舌なめずりをした。
(……誘導、されていたの?)
『白虎様』
そんな白虎を、白雲が窘めた。
『花嫁様を怯えさせないでください。眷属たちが待っております』
『……挨拶などいらぬと伝えたはずだ』
『そういうわけには参りません』
白雲の言葉に、香子はやっと息を吐いて白虎の腕の中から周りを見回した。
『わぁ……』
そこは広い室内だった。広間、というのだろうか。天井に鮮やかな絵が描かれている。そして白雲のいう白虎の眷属たちが沢山いて、頭を下げて拱手し白虎の言葉を待っていた。
『……面を上げよ』
白虎がいらいらしたように声をかけた。
『謝神君!』(ありがとうございます!)
みな一斉に声を上げる。白虎のように、みな低い声だったから迫力がすごい。女性もいるのだろうが、男性が多いように香子には見えた。
バッと眷属たちが揃った動きで顔を上げる。みな白虎のように白い髪で、金の瞳を持っている。そしてその面は白虎に似通っている。白虎がその中に混じっても見分けられる自信が香子にはあるが、その眷属たちを見分けるのはたいへんそうだった。
(どこの眷属もコピーかってぐらい似てるんだよねぇ……)
とはいえ紅夏と紅炎は違うと香子もはっきりわかる。髪は結い上げてお団子にし、布にしまわれているから髪型は一緒だ。顔も朱雀と似通っているが、やはり違うのである。ただ具体的にどこがどう違うというのは香子にも説明できない。違うということがわかるというだけだ。
『……戻れ。香子はここを見にきただけだ』
白虎がいらいらしている。香子は白虎の腕を優しく撫でた。
眷属が一人進み出た。
『白虎様、花嫁様、このたびはご結婚おめでとうございます』
『あ、はい……』
拱手されて香子は面食らった。そういえば香子はもう四神と婚礼を挙げている。だから白虎とも結婚したことになっているのだ。
『我ら眷属一同、花嫁様のお越しを心待ちにしておりました。ですが……見にいらしたとはいったいどういうことでございましょう?』
後半の声が更に低くなって、香子は思わず白虎にしがみついた。元々声が低いこともあり、香子には恐ろしく感じられたのだった。
『……止めよ。香子が怯える』
『……失礼いたしました』
『それについては我が答えよう。その前に茶の準備をせよ。花嫁様はお疲れだ』
白雲の言葉に眷属たちが動き出した。誰の動きにも無駄がない。これが眷属なのだなと香子は思う。
四神の領地を巡ること三回目にしてようやく、香子は眷属についての違和感にまた気づいた。居心地の悪さは、この完璧すぎる動きにもあったのだろう。
女性が一人進み出た。それ以外はみな男性である。
全部で五人である。この五人で白虎と香子の世話をしてくれることになるのだろう。
白虎に抱かれたまま長椅子に腰かければ、女性の眷属がお茶を淹れた。
『ありがとう。貴方が付いてくれるの? よろしくね』
『もったいないお言葉です。我は白風と申します。どうぞなんなりとお申し付けください』
『白風、短い間だけど世話になるわ』
そう言うと、女性―白風は眉をピクリと動かした。
『……以前伝えておいたはずだ。花嫁様はこのままこちらに住まわれるわけではない。今回は視察であると』
白雲が低い声を発した。香子はお茶を一口啜る。緑茶だった。
『……しかし花嫁様は白虎様に嫁がれたはずです』
先ほどの男性が唸るような声を上げる。香子は白虎にすり寄った。正直とても怖い。
『花嫁様は四神に嫁がれたのだ。まだどの領地で過ごされるかは決めかねている』
『そんな……』
五人の表情はあまり変わらないが、明らかに落胆した様子だった。表情がなくてもわかるものなのだなと香子はぼんやり思う。
自分のことを話されているということはわかるのだが、香子としてはどうしてこうなったという気持ちである。
(ある意味、一番最後にこちらへ来なくてよかったのかも……)
まだ玄武の領地へ行っていないわけで、もし何かあれば玄武が迎えにきてくれるだろう。そう考えることで、この修羅場のような雰囲気から香子は逃れたかった。
『……先代の花嫁様は連れてこられてから、こちらでずっと過ごしたと聞いております』
男性の眷属が先代の花嫁のことを持ち出した。
『……黙れ』
白虎が唸る。
『先代の白虎は我ではない。そして先代の花嫁もまた香子ではないのだ』
香子の手は震えていた。その手から白虎が茶器を奪う。
『香子、そなたはそなたの心のままに振舞えばよい』
『白虎様……』
『もちろん、口説かせてはもらうがな』
『はい……』
香子はもう泣きそうだった。
こんなにも、白虎を頼もしいと思ったことはなかった。
眷属たちはその場で平伏した。
『たいへん申し訳ありません!』
香子はまた白虎に頭を擦り寄せたのだった。
(玄武様の領地はとても寒いから、春になってから玄武様の領地を視察して、それからって話になっていたような……)
それが何故白虎の領地へ先に向かうという話になったのだろうか。
『香子、如何した?』
白虎に顔を覗き込まれて、香子はビクッとした。
白虎のことは好きだ。でもこのまま、白虎が香子を放してくれなかったら好きではいられないと、香子は思った。
白虎は本能が強い。それを香子はどうして忘れていたのだろう。
『……そう怯えるな』
白虎が青ざめた香子を眺めながら舌なめずりをした。
(……誘導、されていたの?)
『白虎様』
そんな白虎を、白雲が窘めた。
『花嫁様を怯えさせないでください。眷属たちが待っております』
『……挨拶などいらぬと伝えたはずだ』
『そういうわけには参りません』
白雲の言葉に、香子はやっと息を吐いて白虎の腕の中から周りを見回した。
『わぁ……』
そこは広い室内だった。広間、というのだろうか。天井に鮮やかな絵が描かれている。そして白雲のいう白虎の眷属たちが沢山いて、頭を下げて拱手し白虎の言葉を待っていた。
『……面を上げよ』
白虎がいらいらしたように声をかけた。
『謝神君!』(ありがとうございます!)
みな一斉に声を上げる。白虎のように、みな低い声だったから迫力がすごい。女性もいるのだろうが、男性が多いように香子には見えた。
バッと眷属たちが揃った動きで顔を上げる。みな白虎のように白い髪で、金の瞳を持っている。そしてその面は白虎に似通っている。白虎がその中に混じっても見分けられる自信が香子にはあるが、その眷属たちを見分けるのはたいへんそうだった。
(どこの眷属もコピーかってぐらい似てるんだよねぇ……)
とはいえ紅夏と紅炎は違うと香子もはっきりわかる。髪は結い上げてお団子にし、布にしまわれているから髪型は一緒だ。顔も朱雀と似通っているが、やはり違うのである。ただ具体的にどこがどう違うというのは香子にも説明できない。違うということがわかるというだけだ。
『……戻れ。香子はここを見にきただけだ』
白虎がいらいらしている。香子は白虎の腕を優しく撫でた。
眷属が一人進み出た。
『白虎様、花嫁様、このたびはご結婚おめでとうございます』
『あ、はい……』
拱手されて香子は面食らった。そういえば香子はもう四神と婚礼を挙げている。だから白虎とも結婚したことになっているのだ。
『我ら眷属一同、花嫁様のお越しを心待ちにしておりました。ですが……見にいらしたとはいったいどういうことでございましょう?』
後半の声が更に低くなって、香子は思わず白虎にしがみついた。元々声が低いこともあり、香子には恐ろしく感じられたのだった。
『……止めよ。香子が怯える』
『……失礼いたしました』
『それについては我が答えよう。その前に茶の準備をせよ。花嫁様はお疲れだ』
白雲の言葉に眷属たちが動き出した。誰の動きにも無駄がない。これが眷属なのだなと香子は思う。
四神の領地を巡ること三回目にしてようやく、香子は眷属についての違和感にまた気づいた。居心地の悪さは、この完璧すぎる動きにもあったのだろう。
女性が一人進み出た。それ以外はみな男性である。
全部で五人である。この五人で白虎と香子の世話をしてくれることになるのだろう。
白虎に抱かれたまま長椅子に腰かければ、女性の眷属がお茶を淹れた。
『ありがとう。貴方が付いてくれるの? よろしくね』
『もったいないお言葉です。我は白風と申します。どうぞなんなりとお申し付けください』
『白風、短い間だけど世話になるわ』
そう言うと、女性―白風は眉をピクリと動かした。
『……以前伝えておいたはずだ。花嫁様はこのままこちらに住まわれるわけではない。今回は視察であると』
白雲が低い声を発した。香子はお茶を一口啜る。緑茶だった。
『……しかし花嫁様は白虎様に嫁がれたはずです』
先ほどの男性が唸るような声を上げる。香子は白虎にすり寄った。正直とても怖い。
『花嫁様は四神に嫁がれたのだ。まだどの領地で過ごされるかは決めかねている』
『そんな……』
五人の表情はあまり変わらないが、明らかに落胆した様子だった。表情がなくてもわかるものなのだなと香子はぼんやり思う。
自分のことを話されているということはわかるのだが、香子としてはどうしてこうなったという気持ちである。
(ある意味、一番最後にこちらへ来なくてよかったのかも……)
まだ玄武の領地へ行っていないわけで、もし何かあれば玄武が迎えにきてくれるだろう。そう考えることで、この修羅場のような雰囲気から香子は逃れたかった。
『……先代の花嫁様は連れてこられてから、こちらでずっと過ごしたと聞いております』
男性の眷属が先代の花嫁のことを持ち出した。
『……黙れ』
白虎が唸る。
『先代の白虎は我ではない。そして先代の花嫁もまた香子ではないのだ』
香子の手は震えていた。その手から白虎が茶器を奪う。
『香子、そなたはそなたの心のままに振舞えばよい』
『白虎様……』
『もちろん、口説かせてはもらうがな』
『はい……』
香子はもう泣きそうだった。
こんなにも、白虎を頼もしいと思ったことはなかった。
眷属たちはその場で平伏した。
『たいへん申し訳ありません!』
香子はまた白虎に頭を擦り寄せたのだった。
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