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第4部 四神を愛しなさいと言われました

100.自覚が遅すぎるのかもしれません

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 忙しい中ではあったが、書の練習は欠かしたくなかったので香子は青龍に付き合ってもらい練習をくり返していた。
 そして婚礼前最後ということで張錦飛にも来てもらい、また書の指導をしてもらった。

『はい、そこをそう……持ち上げて。いいですぞ。花嫁様もだいぶ上手になられましたな』
『ありがとうございます』

 どうしても四神に邪魔をされてしまうので、毎日書の練習をするというのは難しいのだが、少しは身についてきたようである。香子はふぅっとため息をついた。
 書を習っている場所は四神宮の茶室だ。扉は開け放たれているし、黒月、延夕玲、楊芳芳と侍女たちがその場に控えている。己の拙い字を彼女たちにも見られてしまうことは恥ずかしいのだが、四神がこの場で見張るよりはよかった。
 なにせ香子はあまり覚えがよくなかったから、張に手を添えられて書く、などという場面もあったからである。
 その時は、張が帰った後黒月に叱られた。触れさせるのは何事かと。

『指示通りに私ができないからああなるのよ。老師せんせいは何も悪くないから、ね?』
『……それは存じておりますが、男はいつまでも男でございます。くれぐれもお気をつけください』
『……はい』

 そんなことはないだろうと香子は内心思ったが、そこで口答えをしようものならどれだけ説教をされるかわからないので素直に返事をした。
 その後で夕玲に、

『黒月殿は花嫁様の身を案じるあまり、もしかしたらジャン殿にお怪我を負わせてしまう可能性もありますので……』

 香子は部屋でそんなことをこっそり教えられた。
 その可能性を香子は考えていなかったので青ざめた。
 四神も眷属も、時に突拍子もないことをするものである。
 それからは真面目に書に取り組み、張に手を添えてもらわなくてもそれなりに書けるようになってきたのだった。
 いいかげん本気を出すのが遅い……と香子は自己嫌悪した。
 その日書を習った後は、香子と張は渡り廊下に出て茶室が片付くのを待った。

『……緊張していらっしゃいますな』
『? ……そうでしょうか?』
『落ち着かない気持ちが表れております。ですが、それもしかたなきことでしょう』

 張に言われ、そういうものかと香子は思う。

『四神と花嫁様の婚礼は、今生きている者は未だかつて見たことがございません。ですからみな浮足立っております』
『……そうなのですか?』
『街は大盛況でございますよ。いろいろおめでたい物が売られ、人通りも増えておりますな』
『老師は街へ出られたのですね』
『はい、なかなか面白い光景でございましたぞ』
『それは、見たい、ですね……』

 写真とか、映像があれば実感するのだろうが、四神宮に街の喧騒は届かない。四神宮は基本的に静かだ。四神宮の外は、確かに落ち着かない空気を感じたと香子も思い出した。

『そういうことを当事者が知らないというのも不思議に感じます。お祭りのようなものなのでしょうが、できれば私もお祭りに参加したいです』

 みんな楽しんでていいなと香子は思う。
 屋台なども出ているのだろうか。食べ歩きもしてみたい。しみじみと香子はそう思った。

『四神と花嫁様は祀られる側でございますからな。婚礼を挙げ、どなたかの領地に移られればそこでお祭りのようなものに参加することもできましょう。今は庶民のものと考えるのが寛容かと存じます』
『……そうですね』

 身分や地位のようなものがあるとたいへんだと、香子はしみじみ思った。
 張は四神の領地に移れば、というようなことを言っていたが、移ったら移ったですぐ子作りとなるのは間違いない。だからしばらくは香子はベッドから出してもらえなくなることを想定はしていた。

(でもまあ、今回は婚礼だけだから……あ、でももしかして交互に初夜とかありえるのかしら……?)

 香子はそこまで考えていなかった。いつもの延長戦のようなつもりでいたのである。
 張を見送ってから、香子は青ざめた。

(え? それってどうなる、の?)
香子シャンズ、如何した?』

 頭を抱えていたら、白虎がやってきた。ひょいと抱き上げられて、それだけでももうときめいてしまう。
 好きあっている者同士が身体を重ねることに、香子はもう躊躇はしていない。けれど婚礼の後……と考えたらもうだめだった。

『……どうしたらいいのでしょう?』
『香子?』

 香子の頬は真っ赤だった。
 やっと婚礼を挙げる、という意味に思い至ったようである。
 白虎はそんな香子を己の室に運んだ。そして居間の長椅子に一旦腰かけ、香子を抱きしめた。

『……また何やら考えているのか?』
『……ううう……』
『そなたは本当に、面白いな』

 そう言って、白虎は香子の頬に口づけた。

「わぁっ!?」

 香子はもう取り繕うこともできなかった。

『そなたを見れば触れたくなる。いろいろなことに悩んでいるそなたは面白いし、愛しい』
『ぎゃーーーっ! やめてください~~~っ!』

 そんな腰にくるようなバスで囁くのは止めてほしいと、香子は手で白虎の口を塞ごうとした。

『……いつもそなたは新鮮だな』

 びちびち跳ねるお魚かっ! と香子が思う間もなく、白虎は立ち上がり、香子を寝室に運んでしまったのだった。
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