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第4部 四神を愛しなさいと言われました
99.眷属が過保護な理由はそれでした
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黒月はそう間を置くことなく慈寧宮に戻ってきた。
『花嫁様、ただいま戻りました』
『ご苦労さま』
黒月が戻ってきたことで、白虎はしぶしぶ香子をその場に下ろした。それに香子は笑ってしまう。
本当に最近はほとんど立たせても歩かせてももらえないから、不思議な感覚だと香子は思う。
『では始めましょうぞ』
お針子を待たせているのだ。皇太后に促され、香子は黒月、延夕玲を伴い隣の室へ移る。それからはもう、ああでもないこうでもないと周りに言われながら、香子は案山子になった気分だった。
もちろん衣裳は素晴らしいし、肌触りもいい。しかしこう何度も衣裳を着せられるのも疲れてしまう。
終わった時には、さすがに香子もぐったりしていた。
なんというか、香子以外は張り切っていて元気なのが香子としては解せない。
『花嫁様、失礼します』
『え?』
黒月が側にきたと思ったら、香子はその腕に抱き上げられていた。きょとんとしてしまう。
『な、なんで……』
周りが『哎呀!』などと声を上げる。黒月は背が高くて凛としているし、恰好も男装の麗人と言われてもおかしくないぐらいだ。そんな黒月に香子が抱き上げられたことでみな黄色い声を上げてしまった。
『お疲れでしょう』
『そ、それはそうだけど、すぐそこに白虎様もいらっしゃるから、大丈夫よ……』
女性版玄武のような美貌が至近距離にあって、香子でも少しドギマギしてしまった。侍女が慌てて室の扉を開ける。黒月は香子を抱き上げたまま、白虎が待つ室へ移動した。
『香子』
白虎が立ち上がり、機嫌よさそうに黒月から香子を受け取る。香子は顔を両手で覆った。黒月に一瞬でもときめいてしまったことを恥じた。
(だって玄武様に似てるんだもんー……)
眷属はみな四神に顔が似通っているのである。それはもうそういうものだからしかたないのだが、抱き上げるのは反則だと香子は思った。
皇太后、女官、侍女たちがぞろぞろと戻ってきた。
『花嫁様をお借りしました。婚礼の際は今以上に美しくなられますので、白虎様も楽しみにしておいてくださいませ』
皇太后がご機嫌で白虎に告げる。
『そうか、それは楽しみだ。では戻ろうぞ』
『えっ?』
まだこの後の予定を聞いていないと香子は思ったが、その時にはもうどこかへ移動していた。香子は白虎の腕の中できょろきょろと辺りを見回した。
どうやら四神宮の、白虎の室に戻ってきたらしい。
『白虎様、まだ話があったのではないかと思うのですが……』
四神の独占欲が凄まじいのは香子も身に染みているが、いきなり移動するのはどうかと思うのだ。
『話など、黒月と女官が聞いてくればいいだけの話ではないか』
『……それはそうですけど』
さすがにあの場から瞬時に移動してしまうのは態度が悪いと香子は思う。四神のやることだからと皇太后は思ってくれるかもしれないが、香子としては複雑だった。
『……香子、触れさせよ』
香子ははーっとため息を吐いた。
『……そんなに心配しなくても、私は四神のものですよ?』
『わかってはいる』
わかっていたとしても、それを許容できるかどうかは別である。
『ごはんの時間には離してくださいね?』
香子はしかたないなあと諦めて、白虎に身を委ねたのだった。
今夜は黒月も一緒に入浴している。
たまにこうして一緒に入ってくれるのが嬉しいと香子は思うのだが、最近黒月の過保護っぷりも激しい。
(最初はあんなに嫌われてたのになぁ……)
香子の守護をすると黒月自身が決めたということもあるが、四神と同じぐらい黒月は香子を見ているようだった。香子は湯を両手で掬い、軽く顔を洗った。
『黒月』
『はい』
『私のことは抱き上げなくていいわ』
『……抱き上げた方が早いですし、守りやすいのです』
『? そういうものかしら』
香子を抱き上げていたら両手が塞がってしまうのではないかと思い、香子は首を傾げた。
『戦闘訓練はしておりますが、何かあった際に必要なのはその場を離れることかと』
『……まぁ、それもそうね』
黒月の言うことにも一理あった。どちらにせよ、香子を守護するのが黒月のみであった場合は逃げた方がいいだろう。香子を攻撃する者がいるとは思えないが、四神の婚礼である。
今まで誰も見たことがないその式典(現在生きている人々は)で何が起こるかは誰にもわからない。
それは婚礼のその日だけでなく、前後もということだろう。
『……黒月の予想ではどう? 何かよくないことは起こりそう?』
香子は全く想像できなかったので、素直に黒月に問うた。
『……我には想像もつきませぬ。ですが、人が大勢集まるところでは悪意もまた見えるものです』
悪意だけならいいのだが、それで行動されてしまうと厄介ではある。
『ヘンなことを聞いたわ。ごめんなさい』
『花嫁様、我に謝ってはなりません』
香子は苦笑した。その融通のきかなさも黒月のいいところだと香子は思う。
婚礼はもう挙げることが決まっている。仮縫いの衣裳を着た時、『お胸が……』と言われてしまった。かといって白虎に胸を揉むなと言うのも難しい。白虎はいったいどこまで香子の胸を育てたいのだろうか。
小さいのも気になるし、香子としては小ぶりな胸がコンプレックスではあったのだが、大きくなったらなったで困っているので、身勝手なものだと香子自身も思う。
『もうあと少しなのね……』
婚礼を挙げたら、なにか変わるだろうか。
香子はぼんやりと、そんなことを考えた。
『花嫁様、ただいま戻りました』
『ご苦労さま』
黒月が戻ってきたことで、白虎はしぶしぶ香子をその場に下ろした。それに香子は笑ってしまう。
本当に最近はほとんど立たせても歩かせてももらえないから、不思議な感覚だと香子は思う。
『では始めましょうぞ』
お針子を待たせているのだ。皇太后に促され、香子は黒月、延夕玲を伴い隣の室へ移る。それからはもう、ああでもないこうでもないと周りに言われながら、香子は案山子になった気分だった。
もちろん衣裳は素晴らしいし、肌触りもいい。しかしこう何度も衣裳を着せられるのも疲れてしまう。
終わった時には、さすがに香子もぐったりしていた。
なんというか、香子以外は張り切っていて元気なのが香子としては解せない。
『花嫁様、失礼します』
『え?』
黒月が側にきたと思ったら、香子はその腕に抱き上げられていた。きょとんとしてしまう。
『な、なんで……』
周りが『哎呀!』などと声を上げる。黒月は背が高くて凛としているし、恰好も男装の麗人と言われてもおかしくないぐらいだ。そんな黒月に香子が抱き上げられたことでみな黄色い声を上げてしまった。
『お疲れでしょう』
『そ、それはそうだけど、すぐそこに白虎様もいらっしゃるから、大丈夫よ……』
女性版玄武のような美貌が至近距離にあって、香子でも少しドギマギしてしまった。侍女が慌てて室の扉を開ける。黒月は香子を抱き上げたまま、白虎が待つ室へ移動した。
『香子』
白虎が立ち上がり、機嫌よさそうに黒月から香子を受け取る。香子は顔を両手で覆った。黒月に一瞬でもときめいてしまったことを恥じた。
(だって玄武様に似てるんだもんー……)
眷属はみな四神に顔が似通っているのである。それはもうそういうものだからしかたないのだが、抱き上げるのは反則だと香子は思った。
皇太后、女官、侍女たちがぞろぞろと戻ってきた。
『花嫁様をお借りしました。婚礼の際は今以上に美しくなられますので、白虎様も楽しみにしておいてくださいませ』
皇太后がご機嫌で白虎に告げる。
『そうか、それは楽しみだ。では戻ろうぞ』
『えっ?』
まだこの後の予定を聞いていないと香子は思ったが、その時にはもうどこかへ移動していた。香子は白虎の腕の中できょろきょろと辺りを見回した。
どうやら四神宮の、白虎の室に戻ってきたらしい。
『白虎様、まだ話があったのではないかと思うのですが……』
四神の独占欲が凄まじいのは香子も身に染みているが、いきなり移動するのはどうかと思うのだ。
『話など、黒月と女官が聞いてくればいいだけの話ではないか』
『……それはそうですけど』
さすがにあの場から瞬時に移動してしまうのは態度が悪いと香子は思う。四神のやることだからと皇太后は思ってくれるかもしれないが、香子としては複雑だった。
『……香子、触れさせよ』
香子ははーっとため息を吐いた。
『……そんなに心配しなくても、私は四神のものですよ?』
『わかってはいる』
わかっていたとしても、それを許容できるかどうかは別である。
『ごはんの時間には離してくださいね?』
香子はしかたないなあと諦めて、白虎に身を委ねたのだった。
今夜は黒月も一緒に入浴している。
たまにこうして一緒に入ってくれるのが嬉しいと香子は思うのだが、最近黒月の過保護っぷりも激しい。
(最初はあんなに嫌われてたのになぁ……)
香子の守護をすると黒月自身が決めたということもあるが、四神と同じぐらい黒月は香子を見ているようだった。香子は湯を両手で掬い、軽く顔を洗った。
『黒月』
『はい』
『私のことは抱き上げなくていいわ』
『……抱き上げた方が早いですし、守りやすいのです』
『? そういうものかしら』
香子を抱き上げていたら両手が塞がってしまうのではないかと思い、香子は首を傾げた。
『戦闘訓練はしておりますが、何かあった際に必要なのはその場を離れることかと』
『……まぁ、それもそうね』
黒月の言うことにも一理あった。どちらにせよ、香子を守護するのが黒月のみであった場合は逃げた方がいいだろう。香子を攻撃する者がいるとは思えないが、四神の婚礼である。
今まで誰も見たことがないその式典(現在生きている人々は)で何が起こるかは誰にもわからない。
それは婚礼のその日だけでなく、前後もということだろう。
『……黒月の予想ではどう? 何かよくないことは起こりそう?』
香子は全く想像できなかったので、素直に黒月に問うた。
『……我には想像もつきませぬ。ですが、人が大勢集まるところでは悪意もまた見えるものです』
悪意だけならいいのだが、それで行動されてしまうと厄介ではある。
『ヘンなことを聞いたわ。ごめんなさい』
『花嫁様、我に謝ってはなりません』
香子は苦笑した。その融通のきかなさも黒月のいいところだと香子は思う。
婚礼はもう挙げることが決まっている。仮縫いの衣裳を着た時、『お胸が……』と言われてしまった。かといって白虎に胸を揉むなと言うのも難しい。白虎はいったいどこまで香子の胸を育てたいのだろうか。
小さいのも気になるし、香子としては小ぶりな胸がコンプレックスではあったのだが、大きくなったらなったで困っているので、身勝手なものだと香子自身も思う。
『もうあと少しなのね……』
婚礼を挙げたら、なにか変わるだろうか。
香子はぼんやりと、そんなことを考えた。
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