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第4部 四神を愛しなさいと言われました
92.もう少し手加減をお願いしたいです
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四神の衣裳を事前に見せてもらえるということに、皇太后はとても喜んだ。
『まぁ……なんという美しい衣裳でございましょう……。これは腕が鳴りますわ』
とはいえ、かえって皇太后を燃え上がらせてしまったようで、香子は内心、
(あ、これまずいやつだ)
と思ったがそんなことはもう後の祭りだった。
『……何故』
香子はぐったりして、呟いた。
婚礼の衣裳は決まった。それだけが救いである。
皇太后、皇后、女官、侍女たちの熱意がそれはもうすごくて、さすがに黒月が止めなければ更に延々布を当てられそうな勢いだった。彼女たちはあまりにも燃え上がったあげく、婚礼の衣裳だけでなく白虎の領地へ向かう際の衣裳や、玄武の領地へ向かう際の衣裳まで作りましょうと言い出したのだ。
香子はもう人ではないから、香子が考えているより身体は疲れにくくなっている。けれど精神的にはものすごく疲れるのだ。
あそこで口を挟んでくれた黒月に感謝である。
『……これ以上はどうか。花嫁様のお顔が非常に疲れていらっしゃいますので』
それに延夕玲もやっと気づいたらしく、楊芳芳と共にしまったというような顔をした。
『花嫁様、たいへん申し訳ありません!』
『……老佛爷、そろそろよろしいでしょうか?』
慈寧宮の主は皇太后なので、香子はぐったりしながらも皇太后にお伺いを立てた。
『……そうじゃな。花嫁様もお疲れのご様子。婚礼の衣裳も決まったことですし、ここまでにしておきましょうか』
皇太后はにっこりと笑んだ。
おかしい、と香子は思う。皇太后は皇帝の実母なので少なくとも六十歳は超えているはずだ。なのにどうしてこんなに元気なのだろう。
衣裳決めを終えて、お茶をしている時に香子は皇太后に尋ねた。香子は玄武の腕の中である。
『老佛爷はどうしてそんなにお元気なのですか?』
皇太后は一瞬だけ目を見張った。
『ほ……花嫁様にはご苦労をおかけしました。こうして花嫁様や四神と共に言葉を交わせることが元気の秘訣でございましょう』
『そうですか……』
『花嫁様が四神に嫁がれるのはとても喜ばしいことではありますが……寂しくはなりますな』
『……私は、まだ実感が湧きません』
皇太后は笑んだ。
『そうでしょうとも。花嫁様は元々庶民の出でございましたな』
『はい』
産まれた時から偉い人の妻になるような教育は受けていない。香子も学ぶことはできるし、ある程度知識があるから会話に付いていける程度である。
『とはいえ、花嫁様は高等教育を受けられた身。妾には想像もつきませぬが、花嫁様のいた世界では嫁いでからも仕事をするのは当たり前なのでしょうか』
『そう、ですね』
香子は元の世界の中国を思い浮かべた。文化大革命以降の中国は旧態依然とした体制を徹底的に破壊された影響でいろいろなことが変わった。それまでは女性は結婚したら家に入るのが当たり前だったが、共働きが基本になったという。朝食は家で作らず外で食べるのが基本だし、日本のように残業するのが普通ではないから帰宅するのが早い方が夕飯を作ったりすると聞いた。
ただこれはあくまでまた聞きなので、実際ほとんどの家庭がそうなのかまではわからない。
香子が学んだのは、あくまで周囲の話を聞いたり授業の内容で知った事柄である。
『男女共に、結婚してからも働くのが基本です』
日本はまだ専業主婦はいるが、皇太后が聞きたいのは日本ではないだろうと香子は思ったのでそう答えた。
『ふむ……花嫁様は四神に嫁がれれば今まで以上に表へ出ることはできますまい。それについてはどうお考えなのでしょう?』
皇太后に聞かれ、香子は少し考えた。
『……そうですね。きっと四神は私を離さないと思います』
おなかに回っている玄武の腕が一瞬力を増したように、香子には感じられた。
『全く想像はできませんが、とても長い時を私は生きることになるみたいです。ですから、その長い生のうちにはいろいろなところへ行けるでしょうし、知りたいことなどを調べることもできると思います。なので、出られないというのはそれほど苦には思っていません』
『……花嫁様は肝が据わっていらっしゃる』
皇太后は満足そうに笑んだ。玄武が香子の髪をそっと撫でた。
元々香子は中国歴史が好きで、大陸の歴史書を中国語で読みたいと思い留学した。しかし香子は失念していた。現代中国語と漢文は似て異なるものであるということを。日本語の古典も苦手だった香子が、漢文をマスターする日が来るのはどうかはわからない。
それでも四神と過ごすほど長い年月をかければ、歴史書を読めるようになるのではないかと香子は思っている。
大陸内を巡りたいという思いもあるが、基本香子はヒキコモリなのだ。
何日も書物と共に部屋に閉じこもっていても苦にはならない。問題は、書物を読む時間が本当に得られるのかということである。
(……これはもう話し合うしかないわよね)
四神に”察してほしい”は通じない。したいこと、してほしいことはきちんと伝えなければいけないし、考え方の差異も埋めていかなければならない。それでも、神と人であるから埋まらない部分もあるだろう。
『……私はのんびりしているだけかもしれません』
『それも大事なことですな』
皇太后、皇后と笑みを交わし、ようやく香子は四神宮に帰ることができたのだった。
『まぁ……なんという美しい衣裳でございましょう……。これは腕が鳴りますわ』
とはいえ、かえって皇太后を燃え上がらせてしまったようで、香子は内心、
(あ、これまずいやつだ)
と思ったがそんなことはもう後の祭りだった。
『……何故』
香子はぐったりして、呟いた。
婚礼の衣裳は決まった。それだけが救いである。
皇太后、皇后、女官、侍女たちの熱意がそれはもうすごくて、さすがに黒月が止めなければ更に延々布を当てられそうな勢いだった。彼女たちはあまりにも燃え上がったあげく、婚礼の衣裳だけでなく白虎の領地へ向かう際の衣裳や、玄武の領地へ向かう際の衣裳まで作りましょうと言い出したのだ。
香子はもう人ではないから、香子が考えているより身体は疲れにくくなっている。けれど精神的にはものすごく疲れるのだ。
あそこで口を挟んでくれた黒月に感謝である。
『……これ以上はどうか。花嫁様のお顔が非常に疲れていらっしゃいますので』
それに延夕玲もやっと気づいたらしく、楊芳芳と共にしまったというような顔をした。
『花嫁様、たいへん申し訳ありません!』
『……老佛爷、そろそろよろしいでしょうか?』
慈寧宮の主は皇太后なので、香子はぐったりしながらも皇太后にお伺いを立てた。
『……そうじゃな。花嫁様もお疲れのご様子。婚礼の衣裳も決まったことですし、ここまでにしておきましょうか』
皇太后はにっこりと笑んだ。
おかしい、と香子は思う。皇太后は皇帝の実母なので少なくとも六十歳は超えているはずだ。なのにどうしてこんなに元気なのだろう。
衣裳決めを終えて、お茶をしている時に香子は皇太后に尋ねた。香子は玄武の腕の中である。
『老佛爷はどうしてそんなにお元気なのですか?』
皇太后は一瞬だけ目を見張った。
『ほ……花嫁様にはご苦労をおかけしました。こうして花嫁様や四神と共に言葉を交わせることが元気の秘訣でございましょう』
『そうですか……』
『花嫁様が四神に嫁がれるのはとても喜ばしいことではありますが……寂しくはなりますな』
『……私は、まだ実感が湧きません』
皇太后は笑んだ。
『そうでしょうとも。花嫁様は元々庶民の出でございましたな』
『はい』
産まれた時から偉い人の妻になるような教育は受けていない。香子も学ぶことはできるし、ある程度知識があるから会話に付いていける程度である。
『とはいえ、花嫁様は高等教育を受けられた身。妾には想像もつきませぬが、花嫁様のいた世界では嫁いでからも仕事をするのは当たり前なのでしょうか』
『そう、ですね』
香子は元の世界の中国を思い浮かべた。文化大革命以降の中国は旧態依然とした体制を徹底的に破壊された影響でいろいろなことが変わった。それまでは女性は結婚したら家に入るのが当たり前だったが、共働きが基本になったという。朝食は家で作らず外で食べるのが基本だし、日本のように残業するのが普通ではないから帰宅するのが早い方が夕飯を作ったりすると聞いた。
ただこれはあくまでまた聞きなので、実際ほとんどの家庭がそうなのかまではわからない。
香子が学んだのは、あくまで周囲の話を聞いたり授業の内容で知った事柄である。
『男女共に、結婚してからも働くのが基本です』
日本はまだ専業主婦はいるが、皇太后が聞きたいのは日本ではないだろうと香子は思ったのでそう答えた。
『ふむ……花嫁様は四神に嫁がれれば今まで以上に表へ出ることはできますまい。それについてはどうお考えなのでしょう?』
皇太后に聞かれ、香子は少し考えた。
『……そうですね。きっと四神は私を離さないと思います』
おなかに回っている玄武の腕が一瞬力を増したように、香子には感じられた。
『全く想像はできませんが、とても長い時を私は生きることになるみたいです。ですから、その長い生のうちにはいろいろなところへ行けるでしょうし、知りたいことなどを調べることもできると思います。なので、出られないというのはそれほど苦には思っていません』
『……花嫁様は肝が据わっていらっしゃる』
皇太后は満足そうに笑んだ。玄武が香子の髪をそっと撫でた。
元々香子は中国歴史が好きで、大陸の歴史書を中国語で読みたいと思い留学した。しかし香子は失念していた。現代中国語と漢文は似て異なるものであるということを。日本語の古典も苦手だった香子が、漢文をマスターする日が来るのはどうかはわからない。
それでも四神と過ごすほど長い年月をかければ、歴史書を読めるようになるのではないかと香子は思っている。
大陸内を巡りたいという思いもあるが、基本香子はヒキコモリなのだ。
何日も書物と共に部屋に閉じこもっていても苦にはならない。問題は、書物を読む時間が本当に得られるのかということである。
(……これはもう話し合うしかないわよね)
四神に”察してほしい”は通じない。したいこと、してほしいことはきちんと伝えなければいけないし、考え方の差異も埋めていかなければならない。それでも、神と人であるから埋まらない部分もあるだろう。
『……私はのんびりしているだけかもしれません』
『それも大事なことですな』
皇太后、皇后と笑みを交わし、ようやく香子は四神宮に帰ることができたのだった。
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