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第4部 四神を愛しなさいと言われました

91.また衣裳決めをしなければなりません

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 四神宮には、四神の結婚についての騒ぎなどはそれほど届かなかったが、決めることは多々ある。
 まずは衣裳決めもそうだが、段取りの確認も必要である。四神宮に部外者を入れるわけにはいかないので、衣裳については皇太后が住んでいる慈寧宮に移動して選ぶこととなった。これはいつものことなので、もう香子も諦めた。
 皇太后は四神の衣裳もと思っていたようだが、それには眷属たちから待ったがかかった。
 そういえば大祭の時も四神は四神の方で衣裳を用意していたことを香子は思い出した。だからといって四神の元にお針子さんたちが来て採寸を行ったり、布を持ってきた気配はない。今更ではあるが香子は首を傾げた。

香子シャンズ、首が曲がっているぞ』

 今日は青龍と過ごす日である。ここは青龍の室の居間だ。長椅子に青龍が腰掛けたところに香子は横抱きにされている。
 傾げたことで斜めになった首を青龍に直されて、香子はちょっと面白いと思った。

『如何した?』

 そう聞かれて、香子は青龍をじっと見つめた。

『……いえ、大祭の時もそうですが、四神は衣裳決めをどうされたのかと思いまして』
『?』

 今度は青龍が首を傾げた。

『衣裳決め? あれは眷属が用意している』
『? 青龍様はご自身で衣裳に使う布を選んだりはなさらないのですか?』
『そなたの衣裳は別だが……我らが何を纏ったとて大して変わらぬだろう。全て眷属に任せているぞ』
『えええ……いいなぁ……』

 もう身体に何度も布を当てられることに香子はうんざりしていた。婚礼だからとお色直し的なこともするらしいと聞いて、香子は白目を剥きそうになったぐらいである。
 衣裳を着るのが嫌なのではない。センスはそれほどあるとは言えないが、香子だって服を買いに行くのは嫌いではなかった。
 けれど物には限度というものがある。
 香子を囲んでそれこそ一時辰(約二時間)はああでもないこうでもないと皇太后を始め、皇后も、女官や侍女たちも衣裳決めに口を出すのだ。なかなか決まるものではないし、ようやく彼女たちが困っている香子に聞いて初めて『この色がいい』という意見が言える程度である。
 香子にとって衣裳決めはなかなかに難儀であった。

『そなたもいっそ江緑たちに任せてしまえばいいのではないか?』
『ほぼ任せてはいるんですが、私の身体に当てたりとかするので……結局私がいないとだめなんです……』

 婚礼の衣裳は一着決まったが、お色直し用の衣裳がまだ決まっていないのだ。もう香子はうんざりしていた。
 いくら婚礼を挙げるからといったって疲れることこの上ない。

『そうか。そなたはたいへんだな。……なにかそなたの助けになれればいいのだが』

 香子は青龍に身体を預け、その胸に頬を寄せた。そう言ってくれるだけで十分だと香子は思ったが、本当に四神に何かしてもらうことはできないのかと考えることにした。
 とはいえ、青龍の腕の中にいて他のことばかり考えていては白虎のように拗ねられてしまう可能性もあるのでほどほどが一番である。
 ならば、と香子は思う。一緒に考えてもらえばいいのだ。

『私、婚礼の衣裳を全部で三着作らなければいけないみたいなのです。一番最初に着る一着は決まったのですが、もう二着決めなくてはいけません』
『そんなに着替えるのか』

 青龍は驚いたようだった。

『これを前提に青龍様に何かしていただけることはありますか?』

 さすがに表情があまり動かない青龍も、少し考えるような顔をした。珍しい表情が見られたので、香子としてはそれだけでも満足である。だがもちろん香子は伝えたりしない。四神に表情の変化を指摘すると、恥ずかしいのかすぐに能面のようなそれになってしまうからだ。
 玄武と朱雀はそれでも表情が豊かになったと香子は思うが、白虎と青龍は未だにあまり表情が動かない。面食いの香子としては、それはなんとももったいないことだと思うのだ。

『……失礼します』

 室の隅に控えていた青藍が声を発した。

『四神の衣裳はすでに用意されているはずですので、それを持って花嫁様の衣裳決めをした方が早いのではありませんか?』
『あ……確かにそれはいいわね』

 どうしても四神の衣裳がわかっていないと香子の衣裳を選びづらいというのはある。それで皇太后たちもああでもないこうでもないとやっているのだ。

『でも、婚礼の衣裳を先にこちらへ送ってしまっても問題はないの?』

 万が一紛失でもしたらと香子は考えてしまった。四神の衣裳を紛失することなどありえないのだが、香子は中国の時代劇の見すぎなので何か起こるのではないかと思ったのだ。

『? 何が起こるというのですか?』
『も、もし紛失したらとか……』

 青藍は冷たい目で香子を見た。

『……四神宮の侍女たちの管理に信頼が置けないと、花嫁様はおっしゃられるのですか?』
『あ……』

 確かにそう受け取られてもしかたない物言いだった。

『物語の見すぎです。ごめんなさい……』

 香子は素直に謝った。

『……そなたがどのような物語を読んでいたかは知らぬが……ああ、以前読ませてもらったな』

 青龍がククッと喉の奥で笑う。以前”神雕俠侶”という本の一巻を四神に見せたことがあった。いわゆる武侠小説だが、恋愛小説でもある。一巻だけしか手元にないのでその後の話の展開は香子がかいつまんで四神に説明したのだ。

『香子としてはあのような物語の世界にいる感覚なのだな』
『……衣裳からして違うのですから。でも、これが現実でしたね』

 香子は力なく笑んだ。
 そして青藍に四神の衣裳を先に届けてもらうよう、手配は頼んだのだった。


ーーーーー
神雕俠侶 金庸著。翻訳されたものは「神雕剣侠」というタイトルで徳間書店から2006年に発行。現在は中古でしか手に入らないみたいです。
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